第11話 王都の散策とプレゼント


 それにしても……と、メリルは考えた。部屋を見回すが、代わり映えしない。いくら豪華なお部屋であっても、三週間もいたら飽きるのだと、メリルは気がついた。


「おはよ、メリル」


 この日もキースが訪れたので、メリルは思いきって言ってみた。


「あのね、キース」

「ん?」

「私、王都を見てみたいの。外へ行ってみたい!」


 当初は村の中ですら怯えていた彼女だが、旅で鍛えられた結果、元々のアクティブさが顔を覗かせている。するとキースが少しの間思案するように瞳を揺らしてから、ニッと笑って頷いた。


「いいぞ。俺が守ってやるし、王都の中なら安全だしな。いつ行く?」

「いつでもいいけど、できたらすぐにでも行きたいの。正直、ここにずっといるのは飽きちゃって」

「俺がいるのに?」

「あんまりそれは関係ないかな」

「おい」


 キースが吹き出すように笑った。キースには軽口がたたけるから楽しいと、メリルは最近考えている。できたらギルベルトとも、そういう関係になりたい。今はただ、嫌われたくなくて必死だ。


「じゃ、行くか」

「ええ。お財布を取ってくる」

「俺が買ってやるぞ?」

「いいの。私は自分で欲しいものは、自分で買うから」


 こうしてメリルは、寝室に置いていた荷物から、小さな鞄を取り出し、中にお財布を入れて、肩からかけた。そして居室に戻ると、メリルを見てキースが立ち上がる。彼が扉へと向かったので、メリルもその後に続いた。


 来た時以来初めて通る廊下を、メリルはまじまじと見る。最初の日は観察している暇など無かった。白い床の上に、緋色の絨毯が長く敷かれている。等間隔に銀色の甲冑が並んでいて、どれも槍を持っている。右手には規則的に窓があり、そこからは鬱蒼と茂る森の木々が見える。どれも常緑樹のようだ。左手には部屋の扉と油絵が交互に並んでいた。灯りは天井にあり、魔導光が白く廊下を照らしている。魔導光は、王国全土に広がっている灯り取りだ。


 その後は階段を降りていき、広いエントランスホールを抜け、桟橋を通る。

 初めて通る正門を抜けると、整備された白い坂道が、王都へと繋がっているのが分かった。


「王都の屋根が、全て灰色なのが分かるか?」

「ええ」

「景観を統一して作られた街なんだよ。街並みだけでも綺麗だろ?」


 キースの自慢げな言葉に、メリルも笑顔を浮かべ、素直に頷いた。

 ――キースの歩幅は、少し早い。だからメリルも早足で歩きながら、ギルベルトはやっぱり優しいなと比べてしまった。王宮なのだから本物の王子様もいるのだろうとメリルは考えたが、メリルの中の王子様といえばギルベルトだけだ。ギルベルトが貴族かどうかも知らなかったが、メリルはいつも輝いて見えるギルベルトを心の中でそう評している。


 坂道をくだりきると、突き当たりに曲がり角があった。右と左に別れている。


「右に行くと、店舗街がある。左手に行くと、王立博物館や王立図書館、植物園なんかがあるぞ。どちらに行く? 観光なら、左だ」


 キースの言葉に、小首を傾げてメリルは悩んだ。


「うーん」


 少し唸ってから、右を見る。


「私、お買い物をしたいの。人生でね、食べ物と服以外、ほとんど買ったことが無いから。何事も経験って言うじゃない?」


 それを聞くと、髪をかき上げてから、キースが頷いた。


「了解。じゃ、行くかー!」


 こうして二人は右に進んだ。横を馬車が通っていく。メリルが馬車側を歩いている。

 ……いつもギルベルトは、歩道側にメリルを歩かせ、自分は馬車が通る側を歩いていた。そんな旅路が懐かしくなってくる。


「ここが、武器屋。騎士団にも納品してる店だ」


 飾られている剣を示されて、メリルはまじまじと見る。だが、特にピンとは来なかった。それに気づいた様子のキースは歩を進め、隣の隣にあった衣類の店を見る。


「ここはどうだ?  流行はやりのドレスが沢山置いてあるぞ?」

「王宮で用意して頂いたもの。いらないよ」

「それもそうだな。あ、じゃあここなんかどうだ?」


 キースはその隣にある装飾具の専門店に視線を向ける。


「お守りの魔法石だの、首飾りだの、そういった品があって、俺もたまに行くんだ」


 それを聞いて、やっとメリルは興味を惹かれた。

 だから立ち止まり、大きく頷く。


「入ってみたい」

「よしよし。行こう」


 こうして二人は、店内に入った。半地下にある扉から中に入ると、清廉なお香の匂いが漂ってくる。そして右手のガラスケースには、様々な魔法石を用いた大小様々な輪が並んでいた。首飾り、ブレスレット、足輪、指輪。どれも繊細な意匠が施された銀細工で、小さな魔法石が嵌まっている。


「あ」


 その中に、メリルはワインレッドの魔法石を見つけた。他の品に比べると大きめの魔法石が、銀の輪の中央に嵌め込まれている。そばの説明書きには、『悪しき精霊を退散させるお守りの魔法石』という記述があった。レッドベリルという魔法石なのだという。


 金額を見ると、メリルの手持ちでも、なんとか変える金額だった。

 ギルベルトの事を思い出す。お守りとしても渡したいし、純粋に贈り物もしたいし、なによりギルベルトの骨張った指に、これはとても似合う気がした。説明を読むと、魔法で自動的に、指のサイズになると書いてあるから、サイズに問題は無い。


「私、これを買う!」

「お。買ってやろうか?」

「ううん。ギルベルトにあげるの!」

「……ほう。俺には?」

「え?」

「ギル様にはあげて、俺にはくれないのか?」

「うん。ギルベルトにだけあげるの」

「そ、そっかぁ」


 キースが苦笑した。それからキースが店主を呼んでくれ、店主は指輪を小箱に入れて、包装してくれた。メリルはお財布の中身を使い果たしたが、とても満足した。ギルベルトは、喜んでくれるだろうか? と、そればかりを考える。


 その後は、昼食の時間になるからと、二人は王宮へと戻った。

 すると、メリルの部屋には、ギルベルトがいた。


「ギルベルト!」


 メリルは丁度いいと思った。今、渡すことが出来ると、心が躍る。

 だがキースは何故なのか、苦い顔をし、顔を思いっきり背けた。何故だろうかと首を傾げつつ、気を取り直してメリルはギルベルトを見る。するとギルベルトが、いつもは浮かべている笑みを本日は浮かべておらず、無表情だった。若干不機嫌そうに見える。


「えっと……その……王都に出かけてきたの」


 メリルが告げると、ギルベルトが静かに頷いた。


「ああ、報告を受けたから知ってるよ」


 その声も冷ややかに聞こえ、理由が分からず、メリルは困惑した。


「あの……もしかして、王都に行ってはダメだった?」

「別に。君を軟禁したいわけではないし、キースを伴っているのならば危険はほとんど無いから、構わないよ」


 淡々と答えるギルベルトを見て、ならば何故、そんな風に怒ったような顔をしているのか、いよいよメリルは分からなくなった。


「だけど、メリル」

「なに?」

「最近、随分とキースと楽しそうだな」


 メリルは首を傾げた。実際楽しいが、何故ギルベルトがそんな事を言うのか分からなかったからだ。だがその疑問を解消するよりも先に、メリルは指輪を渡さなければと考える。ほぼ毎日来てくれるとはいえ、ギルベルトは来ない日だってある。数日来ないこともあるのだから、渡せる時に渡せる時に渡さなければと決意した。


 しかし、いざ渡すとなると緊張する。

 だが勇気を出して、かけたままだった小さなカバンから、メリルは白い紙で包装され、淡いピンクのリボンがついた小箱を取り出し、ギルベルトの元まで歩みよると、両手でそれを差し出した。


「ギルベルトに買ってきたの! お、お土産、お守り! よかったら、つけて……?」


 緊張と、なんともいえない羞恥に似た感情から、メリルは頬を朱く染めて、ギルベルトをチラリと見る。


「っ」


 するとギルベルトは、虚を突かれたように目を丸くして、その小箱を見た。

 それから静かに受け取ると、メリルに向かって顔を上げる。


「開けてもいいか?」

「ええ! 勿論!」


 メリルが勢いよく頷くと、ギルベルトが開封し、ヴェルベット張りの小箱を見る。

 そしてパカりと開けて、中に鎮座している指輪を見た。

 ギルベルトが、やっといつもの通り、いいや、いつもより優しい表情に変わる。その穏やかな、ただどこか苦笑するような顔を見て、メリルの胸がドキリと啼いた。ギルベルトはそれから、安堵したように息を吐くと、指輪を取り出し、左手の人差し指に嵌めた。


 それから立ち上がり、メリルの正面に立つ。

 身長差があるから、メリルは見上げた。彼女のふわふわの髪が揺れる。


「メリル」

「な、なに?」

「ありがとう」

「う、うん。いいの。その……似合うと思って……」


 真っ赤になったまま、メリルはしどろもどろで答える。すると口元を綻ばせ、吐息に笑みを載せたギルベルトが、不意にメリルの頭を優しく撫でた。


「メリルは、本当に僕の事が好きだな」

「え?」

「違うのか? メリルは僕の事が好きだろう?」


 それを聞いて、さらに真っ赤になり、メリルは口を半開きにして、動揺から唇を震わせた。己の気持ちが露見していたと気づき、プルプルと震えながら、非常に焦る。


 ギルベルトはしばらくメリルの柔らかな髪を撫でた後、微笑したままで扉を見る。


「そろそろ戻らなければ。また来る」


 そう言って、ギルベルトは出て行った。


 メリルはこの日、ずっと動揺と混乱から、朱くなったり青くなったりしており、キースは終始、呆れた顔をしていたのだった。





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