第八話 レインフォビアに向かうお話
グラン・クロス駅、それは王都アニマベルク主要の巨大ターミナル駅であり何万もの人々や物流を支えるアニマベルクの発展には欠かせない要であった。
どう歩いても常に誰かしらの肩とぶつかりあうような群衆の中、一人の除霊師と一人の除霊師見習いが人々をかき分けて駅構内の通路を歩いていた。
「ったく……相変わらずここは混み合ってるのな」
「それは、そうですよ」
レクエルム除霊事務所所属の除霊師キッドと、アニマベルク魔術学園から研修生として派遣された除霊師見習いのイヨ・クライスは悪態をつきながらとあるホームを目指していた。
キッドとイヨが目指しているのは十四番ホーム。それはグラン・クロス駅で最も利用者が少ないホームだ。基本的に十四番ホームは一日の発着数が少ない路線がまとめられてあてがわれるホームだ。
目的は『
「十四番ホームといえば助手、なぜグラン・クロスには十三番ホームがない理由を知ってるか?」
「助手じゃないです。噂でしかないですが、魔のホームと呼ばれていたとか」
「どんな噂だ?」
グラン・クロス駅には計十三のホームが存在する。一から十二まで番号が振られているが、十二の次は十四。十三番のホームだけ存在しないことになっていた。
「確か、今私たちが向かっている十四番ホームがかつての十三番ホームで、そこでは不可解な事故が多発して怪我人や犠牲者があとを絶たなかった。そこで名前を変えて十四番ホームにしたところ事故はぴったりと止んだという。そんな噂です」
イヨは神妙な面持ちで呟いた。霊や魔術、除霊術などといった旧時代では解明が不可能だった類の現象や技術が解明されるようになった結果、それらを用いても解明できないモノに対する恐怖というものが旧時代より増長されている、そういう風潮が今の時代にはあった。
「……ブブー、残念ハズレ。これには明確に答えがちゃんとあるんだよ」
「え、聞いたことないんですけど」
「当たり前だ、こんなの一般には流通しない。その答えはグラン・クロスには十四個のホームがあるから、だ」
「はぁ……?」
「一般人は使わない。国の要人や極秘任務に向かう除霊師たちが乗降するためのホームがこの駅のどっかにある」
まるで実際に使ったことがあるかのように語るキッドの後ろをついていきながら、イヨはそんなバカな答えがあるかと言わんばかりに口を開こうとしたが次のキッドの言葉に遮られた。
「そして本当の十三番ホームの存在を隠すためにそんな噂をでっち上げた。噂に注目させて本当の十三番ホームから目を逸らさせるために」
「でも、そんな話聞いたことありませんよ? 国の王族だって専用列車を使うとはいえホーム自体は既存のものを使います。当然立ち入りは制限されますけど」
「そりゃ、
王族より身分が上の人物がこの国にいるのかと、イヨはピンときてないようだった。
「俺から言いたいのは、噂ってのは誰かが意図をもって流してるのが大半だ。そして真実ってのは意外と大したことないものだったりするんだ」
「……」
そんなことはない、と反論するにはイヨの経験値が足りな過ぎた。まだ齢十八かそこらでは反論するだけの材料が見つからない。そもそも学園に入ってからはほぼ他人と交流することなくひたすら研鑽を積み重ねてきた彼女は、噂や言い伝えなどの俗っぽい話題に触れてこなかったのだ。
「そんな話をしてるうちに着いたな」
考えこむように下を向いて歩いていたため、わからなかったが見上げれば十四番ホームを示す標識が頭上にあった。
標識には目の前の角を曲がれば十四番ホームに着くらしい。その角を曲がった瞬間。
視界一面を埋め尽くす雨。見慣れない街並み、光を通さない分厚い雲に覆われ薄暗い世界。足元を流れていく雨水に混じった赤いナニカ――
「ハぁッ――!?」
「お前も感じたか。この列車にこびりつく霊素の残滓に」
何が起きたか分からないイヨのそばでキッドは、ホームに止まっている列車を指さした。それにつられて視線を列車に移すと――
「――っ!?」
その列車を視界に収めた瞬間、息が詰まり動機が早まる。背筋に嫌な汗が流れ、全身の細胞が危険を知らせる信号を挙げ、即座に臨戦態勢に入ってしまう。
「落ち着け」
「あ、ぁ……」
キッドの声は驚くほど鮮明にイヨの心に響いて、そのおかげで彼女は冷静さを取り戻せた。それがなんだか釈然としないと感じつつも、言葉通り冷静に列車を見てみた。
そう言われてまじまじと列車を見ると、どこまでいってもただの列車だ。それも汽車と呼ばれるタイプの水と燃料で蒸気を生み出し走らせる古い型の列車だった。現在では魔力を動力とする魔列車と呼ばれるものが主流となっているなかでかなり珍しい。
だが、イヨの心をざわつかせるのは、列車にこびりついている霊素の反応。霊素の残滓量だけで見ればごく微量で大半の除霊師では気付けない量だ。しかし放っている気配が尋常ではない霊圧なのだ。
それは除霊師を名乗る者ならば、誰もが気づき青ざめるだろう。残留霊素を読み取れない者はなぜ霊素もないのに霊圧を感じているのか訳も分からず困惑するだろう。
それだけ強烈な霊圧を残留霊素だけで放っているのだ。
「こんだけ霊圧も放ってりゃ、
「……ほんとうにこれに乗るんですか?」
「あぁ、レインフォビア行きはこれしかない。特に危害はないだろ。飯屋にいって服に匂いが付く、これはそういう話だ」
「そんな次元の話ですか……これ……」
「まぁこんな霊圧放ちまくってる列車に乗って気が休まらないのは確かだな。だったらやってみるか? お祓い。ちょうどホームには誰も居ないみたいだし」
「……」
キッドの言う通り、辺りを見渡しても先ほどまでとは嘘のように、人の気配が一人もいなかった。恐怖渦巻くレインフォビアに向かいたい人間なんて一人もいないということだろうか。
そして彼女は
そんな彼女に対してまるで挑発をするかの如く言葉に、イヨの心は波だった。
「私は除霊師見習い――」
「許可なら俺が出す。どうしたできないのか?」
「っ、バカにして……できますよ! これくらい」
そうしてイヨは列車に向き直った。物体に残留した霊素を取り除く除霊術はいくつかあるが、その中で自分が扱える最も強力な術を選択した。
「
手印を結んで、除霊術を起動する。列車の上に、聖典を引用した文字が書かれた青い魔方陣が出現する。そこから触れても濡れない水が、バケツをひっくり返したかのような勢いで流れ出て列車に降りかかる。
「へぇ、さすが優等生。高等な術を使うんだな」
すると濡れない水が触れた瞬間、列車から黒い蒸気のようなものが沸き立ち、残留した霊素が洗い流されていく。《御霊流しの術》は学園では除霊師指導要領範囲外の高等除霊術で、優秀な成績を収める生徒だけが特別に講師から習うことができる術だった。
「くっ……、残留霊素だけでもここまで強いのは……ッ」
いくら洗い流しても落ちきらず、術式に流し込む魔力の量を増やしていく。並みの除霊師の全魔力分にも等しい量の魔力を使いきりようやく、全ての霊素を落としきることに成功した。
「はぁ……はぁ……」
「お、かなり綺麗になったな。おつかれさん」
イヨの除霊術のおかげで、列車が纏っていた嫌な雰囲気はなくなり見ているだけで心が洗われるような気配を放っていた。
「そんじゃ乗り込むか。所長が奮発して指定席を取ってくれたからな、後ろの方の車両だ」
キッドはホームの後ろの方に向かって行った。その様子をイヨはなんとなく、違和感を覚えながら見ていた。
「……」
なんとなくだが、魔力を使うときにいつもとは違うような何かを感じていた。それが何かなのかはわからない。試しに手のひらに魔力を集中させてみても、先ほど除霊術を使った時の違和感は感じ取れない。気のせいだと自分に言い聞かせて、イヨもキッドの後ろをついて行った。
◆◆◆◆
「邪魔してはいけないと思いつい身を隠してしまったが、学生のうちに《御霊洗いの術》を使い、あれだけ強力な霊素を落としてしまうとは……最近の学生は実力が高くてすごいな」
「……」
ついさっきまで、そこに誰もいなかったはずなのに、一瞬のうちにその場に二人の男女が現れた。まるでずっと透明のままその場にいたかのように自然に現れた。男の方は若い青年だった。光を弾き返すような純白のローブを羽織っていて同じく純白の短髪を揃えていた。
女の方はまだ少女と言えるほど幼い。ブロンドの髪を腰まで伸ばし、何より顔の横に垂らした縦ロールが特徴的な少女だ。男と同じ純白のローブを羽織っているが、その下にはイヨと同じアニマベルク魔術学園の制服を着ていることから学生ということが伺える。
「ふふっ、ええ、流石はイヨ・クライスですわ」
「イヨ・クライス……なるほど彼女が噂のクライス嬢か。君のご学友なのかい?」
「学友? いえ、わたくしたちはそんなものではありませんわ」
少女の瞳がイヨの後ろ姿をジッと見つめているのを、青年はそれ以上言及せずに少女の手を引いて列車に乗り込んだ。
彼らが乗り込んだ後、僅か数人の客が乗ったあと列車は静かに扉を閉めて駅を出発したのだった。
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