第六話 相性最悪のコンビ結成
「……んだこれ……力が抑え……ったい助けるッ!!」
「彼女はもう……死を迎えてる」
「俺が絶対彼女を元に戻す」
――最後の言葉だけはやけに鮮明に聞き取れた。その言葉を最後に私の意識は浮上する。身体に絡みついてくる赤い手を振りほどきながら。
「ここ……」
見慣れない天井だった。イヨが覚えてる最後の記憶は、研修先の幽霊屋敷での出来事だ。世間を脅かす最恐のテロ組織『節足』に捕まり、私はそのあとは――
「あれ、どうしてたんだっけ」
捕まったあとの出来事がどうしても思い出せない。確か私は誰かと話してそれで……
「――ッ!?」
気を失う前の出来事を思い出していると、突然イヨに激しい頭痛が起きた。今までいきなり頭痛が起きることなんてなかった。まるでその先の記憶を思い出すことを防いでいるかのように、記憶に蓋をされてしまう。
寝起きのせいか、やけに身体に倦怠感が溜まっていたこともあり今は記憶の掘り出しを諦めたイヨは、周囲を見渡して状況を把握した。
ベッドから起き上がり窓を見ると、まだ夜のまま。しかし景色に見覚えはある。ほんの数時間前までお世話になっていたレクエルム除霊師事務所。気を失ったイヨをここまで運んでくれた人物がいる。
「私、気を失っちゃったんだ……ほんとにもうダメかも……」
明らかな失態だ。正直、舐めていた。学園で天才だの神童だの崇められていることは知っていた。もちろんおごっているつもりもなかったが、実力はあるという自覚はあった。心のうちのどこかに油断があったのかもしてない。
志望していた『明るい夜』に落ちて、第二第三志望ですらないまったくの無名の弱小事務所に来て最初の仕事。今後の将来のためにも絶対に失敗できないと気負いすぎていたのかもしれない。
どの道、イヨの将来はただでさえ細く脆い道だったが、さらにその道に暗雲がかかってしまった。その絶望感に耐えられずイヨは顔を両ひざにうずめた。
「……」
どれくらいそうしていたかわからない。一分ほどだったかもしれないし一時間経っていたかもしれない。うずくまるイヨの心を叩くように、部屋の扉がノックされた。
「……失礼、起きているかな?」
レクエルム除霊事務所の所長エルムの声だ。やはりここは事務所であっていたらしい。イヨは赤くなっていた目元を乱雑に布団で拭ってから声をかけた。
「あ、はいっ今開けます――」
「いや、君は寝ていたまえ」
ベッドから起きて扉をあけようとした瞬間、目に見えないチカラで身体ごと布団に押し込まれ、首元まで布団が掛けられた。
起きた出来事に目を回していると、扉が開かれ所長が部屋に入ってきた。その後ろに気まずそうに顔を背けている男を連れて。
「やあ、おはようイヨ。気分はどうだい?」
ちょうど所長の目線と、ベッドに横になっているイヨの目線が同じくらいの高さだった。
「あ、はい、身体がやけに重く感じるくらいで特には……」
「そっかそっか、まあ一回死んでるから当然だね」
「はい、一回死――え?」
「順を追って話そう。まずは自己紹介からだね、こちら君の研修の担当になるキッドだ」
「……?」
所長に紹介されたが、キッドは目を合わせることなく。頭をかいていた。あまり好印象とは思えない。すると突然キッドはイヨに向かって深く、それは深く頭を下げた。
「ほんっとぉーにすいませんでしたッ!!」
「えっ、ちょいきなりなんですか」
「君が命を落とす原因になったのは全部俺のせいなんだ!まあ四割ほどこのロリババアのせいでもあるけど大まは俺が悪い!」
「……キッド、私の呼び方については後できっちり話し合うとして急に話してもイヨがびっくりするだろう」
命を落とした、そう言われてもイヨには実感がわかなかったし、この二人が言っていることが理解できなかった。なぜなら現にイヨはこうして生きている。胸に手を当ててもしっかりと心臓の鼓動が感じられるのだ。死んだと言われても信じられない。
「イヨ、落ち着いて聞いてほしい。君は今夜、一度確実に命を落としている」
「でも、私は……」
「そう、君は生きている。それは落とした命を再び拾っただけに過ぎないんだ。しかもその落とした命は汚れているんだ」
目の前の幼女が何を言っているのだろうか。命を落とすつまりそれは死んだということ。死んだ人間は生き返らない、それはこの世の大原則であり絶対不変の理である。
「勿論死んだ人間が生き返ることはない。それはこの男の正体と君の身体の中に入り込んだモノが原因だ」
「私の身体に?」
「君が仕事に出かける直前、私が渡したものは覚えているかい?」
「小瓶……ですよね?」
「そう、その小瓶の中に封印されていたのが幽血種の核なんだ。このキッドのね」
「……は?」
今度こそ、イヨの思考は完全に止まった。所長の口からでた、幽血種という言葉がイヨの脳内を激しく駆け巡る。
「幽、血種……?」
それはかつて世界中を力と恐怖で支配した伝説の種族。全ての生物の頂点に君臨し、挑みし強者を悉く返り討ちにして世界の王として立ち続けた。だが、その力に恐れた全種族が団結し、幽血種は歴史から消える。
現在では絶滅したと言われているが、イヨ・クライスだけはその話を信じていなかった。なぜならあの夜、イヨの故郷を滅ぼしたのが――
「……で」
「へ?」
「私に近づくなッ!! このバケモノ!!」
「……ッ!?」
イヨの目には明らかに敵意と拒絶が宿る。バケモノ、と呼ばれたキッドはほんの少し悲しそうな目をしながら、慣れているという様子でほんの少し後ろに下がった。
「エルムさんっ、どういうことですか!? 幽血種が生きているなんて知られたら大問題どころか極刑ですよ!? そんなバケモノを野放しにしてそれどころか除霊師をやらせているなんてバカにするのもたいがいにしてくださいッ!! 誰も祓わないなら私が祓うッ!!」
イヨは一瞬で魔力を起動し手に集めた。さらにその魔力を霊を滅するための聖なる力に変換し撃ちだす。除霊術の初歩中の初歩。魔力の聖力転換である。
この力は悪しき霊を除霊するための力であり、生きている人間にはなんの影響もない。だがその魔力を避けることなく黙って受け止めたキッドは――
「――ッ、ほんとにアナタは……」
イヨの魔力が当たった右肩が大きく抉れ、ちぎれた腕が床に落ちる。鮮血が勢いよく噴き出すが、次の瞬間にはすでに出血は止まっている。それどころか床に落ちた腕が形を失い完全な液体になった。そして腕があった部分に液体が昇ってきて、腕を形成する。それと同時に抉れた肩も元通りになっていた。
「ほんとに……」
「彼の正体を知ってもらったうえで次の話だ。君の身体には彼の核が埋まっている」
「!? と、取ってください今すぐっ! あんなバケモノの核が入っているなんて耐えられませんッ」
「ふむ、君の身体から核を取り出すのは簡単だが、それでは君が死んでしまうぞ? 君が今生きていられるのは、幽血種の核から力を引き出しているからに過ぎない」
「そんな……」
絶望、そんな言葉がぴったりな顔でイヨはうなだれる。自分の体の中には世界最凶の生物の核が埋め込まれているという。吐き気を催すほど悍ましい、吐き気をこらえるので精いっぱいだった。
「私はこれからどうしたら……」
「ああ、それなんだけどね。君はたった今この瞬間からレクエルム除霊師事務所の一員だ。学園の卒業手続きはもう済ませてある」
「は? なら『明るい夜』には」
「……残念ながら諦めてもらうしかないな。君はもうこの事務所に永久就職と決まっている」
ガラガラと何かがイヨの中で崩れるのを感じた。ここまでくると乾いた笑いしか出てこない。
「ほんとうにすまない、俺が間に合わなかったばっかりにこんなことになってしまって……でも君は俺が絶対に守るから」
「来ないでください。それと私の前に二度と現れないでください」
「! そうそうそれなんだけど、君の身体はキッドの核から力を引き出している、そしてその核は当然持ち主のキッドから。つまり、キッドとイヨの距離が離れすぎると、核に力が供給されなくなって君は死ぬ。だから君たち二人は常に一緒にいなければならないんだ」
「……」
ますますキッドの顔が申し訳なさそうに沈んでいく。誰もこんなバケモノと四六時中一緒にいたくないだろう。きっどそれを聞いたイヨは最悪の歩表情をしているに違いない。恐る恐るイヨの方を見てみると。
「……」
「どうやら、現実を受け入れられず気を失ってしまったらしい。融合によって無自覚に体力を消耗している」
「これからどうしたら……」
「簡単なことだよ、君はすべきことは彼女を全力で守り通すこと。人生を奪ったに等しいんだ」
「それを……お前が言うのか!? そもそも核を渡したのはテメェが――」
「遅かれ早かれ彼女には核が融合される予定だった。それが自発的かどうかによる違いだ。……『節足』が動いている」
「――!?」
「気を引き締めるんだ、キッド・ブラドニア。この世界で恐ろしいことが起きようとしている」
そう言い残しでエルムは部屋を後にした。残されたキッドは眠るイヨの顔を見て複雑な表情をして部屋を出た。
様々な思惑が渦巻く中時間は平等に流れ夜が明ける――
◆◆◆◆
「……おはよう、ございます」
「やあおはよう! 昨日はよく眠れたかい? 身体の調子はどうかな?」
鼻をくすぐるような香ばしい香りにつられて一階に降りると、事務所のメンバーが集まって朝食を取っていた。
「おはよう、イヨ。貴女に起きたこと聞いたわ」
「レティさん……」
レティはほおばっていたトーストを置いてから、声をかけた。イヨはキッドではなくレティだったならどんなに良かったかと思った。肝心のキッドに目を向けると、同じくこちらを見ていたキッドと目が合い、両者とも視線を逸らす。
「……」
その様子を無言でエルムは見つめる。
「さ、イヨも座って食べるといい。今日のトーストは結構うまく焼けたんだ」
促されるまま席に着き、渡されたトーストにかじりつく。サクッと小気味いい音をたてて、香ばしいパンとバターの風味が口に広がる。
「あ、おいしい……」
「うん、気に入ってもらえてよかったよ」
寝る前の昏い気持ちを忘れるほど穏やかな朝食を取ることができた。イヨはなるべくキッドの存在が目に入らないよう、レティとばかり話すことで心の平穏を得られた。
「……さて、おいしく朝食をとったところで君たちに話がある」
朝食を食べ終えたレティは仕事がある、といってまた事務所を出て行ってしまった。もう少し居て欲しかったが仕方ない。
「君たちは今後、付かず離れずの関係になる。イヨの生命を維持するためにね。しかし今の君たちの関係はお世辞にも良好とはいえない。それではこの先に支障が出かねない」
執務机の前に二人を並べてエルムは言った。イヨはチラリと隣に立つキッドを見て苦々しい顔をしてすぐに視線を戻した。
「そこでだ。君たちには二人で長期旅行にでかけてもらう」
「「ハァっ!?」」
二人から頓狂な声が漏れた。一人は困惑、一人は嫌悪の声だ。
「勿論、ただの旅行ではない。イヨの除霊師としての修行旅行だ。今のイヨの実力ではウチでやっていくのはとてもかなり力不足だからね」
「おい、それはあまりにも……」
たまらずキッドからも非難の声を上げるが、エルムはそれを一蹴する。取りつく暇もないエルムは淡々と述べる。
「さっそく準備に取り掛かってくれ。君たちにはこれからレインフォビアに向かってもらう」
イヨはこの日何度目になるかわからないほど、頭を抱えた。
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