第三話 三流除霊師

 キッドとタマは屋敷に踏み込むと、軽く周囲を見渡した後まったく同じ言葉を第一声に発した。


「「黒だな」ニャ」


 一見すると長い間誰も使われていない錆びれた屋敷だが二人は長年の感と肌で感じる霊素の量からここには霊以外の存在を感知していた。二人は夜目が効くのか特に明かりをつけることなく進んでいく。

 更に二人は言葉を交わしたわけでもないのに、キッドは壁や天井などの上半分を、タマは主に床などの下半分を分担して観察をしていた。


 だからこそタマはいち早く気付くことができたのだ。キッドの足元にうごめく霊素の動きを読み取った。


「――下ニャ」

「っ!」


 背中からの声に疑うことなく軽く跳ぶ。その直後、床を突き破る勢いで数本の腕が突然床から生えてきた。あらかじめ跳んでいたキッドには当たらず、その手は宙を掴んでいる。少し後ろに着地したキッドは冷静にそれを観察すると、一つの共通点が浮かんだ。


「どれも幼い手だ」


 キッドに襲い掛からんと床から生えている手は、そのどれもがやや肉厚で短い、典型的な幼児や子供の手だった。


 その事実にキッドの目がスッと細められたとき、頭上から声が聞こえてきた。


「不意打ちを仕掛けておいてあっさり躱されるとは……こんなやつと組まされた私の身にもなってもらいたいものだ」

「こんなやつってヒドイじゃないスか姐さん、オレだってマジメにやってるんです」


 うすぼんやりとした淡い光と共に階段上から一組の男女が現れた。玄関ホールにいるキッドとタマを二人は見下ろしながら、ゆっくりと階段を降りてきた。


 女の方は外見は三十代ほどの整った顔立ちで、前髪は横一線に切りそろえられていた。背中まで届きそうな長髪で、髪色と同じ黒のロングコートを着ている。その言葉の節々からは冷酷で何事にも動じない鋼のような女性だと感じ取れた。


 男の方は見た目は若く二十台ほど。中肉中背で灰のローブをまとっている。適当に整えられた短髪をしている。


 二人はこの屋敷が幽霊が住み着く屋敷にも関わらずその奥からきたこと、そして現れた時に交わしていた会話の内容、そいて身にまとっている霊素の量からして――


「あー、お二人に聞きたいんだけど……お化け屋敷に肝試しにきたカップルってことはないかな。もしそうならここは危ないから早く帰った方が――」

「とぼけるなよ除霊師。すでに我々の正体に気付いて戦闘態勢に入っている者が言っても滑稽なだけだ」

「というよりも今すぐ帰った方がよいのはむしろテメェのほうだと思いますが」


 話してる途中に口調が変わっている男に違和感を覚えつつ、全力で警戒を続けていた。キッドの予想が正しければこの二人の正体は――


「化物ぞろいの宮廷除霊師ひしめく王都に現れるとは、たいした自信だなぁ――『節足』」

「「……」」


『節足』、そう呼ばれて沈黙した二人から、無言の肯定と受け取ったキッドは内心冷や汗をかいていた。なぜ彼らがこの場にいるのか、それは偶々目の前を飛んでいる虫がなぜこの場にいるのかを考えるほど無意味な問い。神出鬼没の彼らの動向をわかるのはこの世で一人で一人しかいない。


『節足』とは、主に霊犯罪を引き起こす国際犯罪組織である、その歴史は古く、故人権法が制定された百年以上前、王国有史以前に遡る。組織の理念や構成員、本拠地の場所など謎が多く、わかっているのは構成員には組織のマークが身体のどこかに刻まれていること、構成員の中にも階級制があることなどがある。

 遥か昔から除霊師たちと抗争を繰り返してきた『節足』はいわば王国に巣食う癌のようなもので、語るも憚られるような凶悪な事件の裏には必ずと言っていいほど『節足』が関わっているのであった。


「ま、『節足』かどうかは別として身体から霊素を漂わせてる時点で故人権法に抵触するからアウトなんだけどな」

「ならばどうする除霊師よ。ここで我らと戦うか?」

「どの道逃がす気はないだろうが」


 階段を降り切った二人は魔力と霊素が胎動している。すでに活性状態へと移行しておりまさに一色触発の状態だった。


「……タマ」

「はいニャ」


 フードからひょっこり顔を出したタマは、飛び降りた後二人の方へ駆けていった。二人のことなど気に留めることなくまっすぐに階段を目指した。タマが男の脇を通り抜けたところで男は思い出したかのように攻撃を始めた。


「――って行かせるワケねえだろうが!!」


 男の霊素が大きくうねる。タマが登ろうとしている階段に大量の手が生える。全ての腕がタマの小さな身体に襲い掛かろうとしたとき――


「――行かせてやってくれよ」

「「――ッ!?」」



 ドクンっと魔力の波動が玄関ホールを突き抜けた。魔力を扱えるものならば誰でも使える簡単な魔力放出。だがその量と密度が常識のそれを遥かに上回っていた。量にして王国民の全魔力を集めてギリギリ届くかどうか。そんな桁違いの魔力をキッドは軽く牽制のつもりで放っただけ。当の本人は驚愕する二人を前に不敵な笑みを浮かべていた。


「さあ、かかって来いよ。ゴミムシ共」



 ◆◆◆◆



「バカな……三流除霊師のハズ」

「……」


 女がふと漏らした言葉をキッドは聞き逃さなかった。三流除霊師のハズ、確かに女はそう口にした。それはまるでキッドたちが今日この場に来ることが分かっていたかのようだった。


「貴様、何者だ」


 女の口調には先ほどまでと違い、余裕が失われていた。少しでも言葉を間違えばその場で戦いが始まってしまいそうな緊迫感。キッドとしてはタマが救出に向かっている間できるだけこの二人を足止めしておきたい。すでに一度、この屋敷に来る前の戦いで敵を逃がしてしまったキッドは同じ失敗をしないためにも慎重に言葉を選ぶ必要があった。


「何者って、見ての通りさ。あんたの言う通り上級試験も合格できないような三流除霊師だよ」

「抜かせッ! そのような魔力を持ちながら三流な訳があるか!」

「いや、そんなキレられても困るんだけど……まあなんでもいいけどさ、除霊師権限でお前ら二人の身柄は拘束させてもらう。『節足』かどうかはそれからだ」


 そういってキッドは腰に佩いた一振りの棒を取り出した。棒と言っても長さは短く、手で丁度握れるくらいの長さと太さ。見ようによってはそれは剣の柄のようにも見える。


 そしてキッドが棒についているスイッチを押すと棒の先から、鮮やかに碧く輝く光の柱が伸びた。それはまさに光の剣と呼ぶにふさわしく、闇を照らすその碧光は邪悪を滅する正義の光そのものだ。


 そんな光の剣を構えるキッドの様子をみた二人の反応は、対照的だった。


「――ぷっ、クハハハハハハッ!」

「……」


 こらえきれずに噴き出す男と、こちらの意図を汲み取ろうと猜疑的な目を向ける女。二人の反応は違えど、どちらもキッドが剣を構えるという意外性に対するものだ。


「――ハハハっ……あーバカみてぇな魔力もっててもそれを使えないんじゃ意味がない。そんな骨董品で一体何ができるってんだ」

「……」


 男が骨董品と呼んだキッドの剣は、確かにひと昔前、まだ魔術というものが発展しきっていない頃の除霊師たちが使っていたものだ。魔力を含んだ鉱物、魔石から抽出した魔力で刀身を生成することで、魔術を使わずに霊体に対してダメージを与えることができ、こぞって使われていた。


 しかし時は進み、魔術が確立した技術として世に広まっていくにつれて、魔力剣の使い手は減少し、今では一ごく一部の除霊師が渋々使っているというのが現状だ。


 そのもっとも大きな理由が――


「お前、魔力適正がないんだろ?」


 魔術を用いた方が強力かつ安全に除霊を行えるから。にもかかわらず今でも魔石剣を使っているということはすなわち魔術適正がない、つまり魔術を使うことができないと言外に示しているほかにない。

 そのため魔石剣の使い手は、劣等なり三流などと他の除霊師から蔑まれた目で見られることが多いのだ。


「姐さん、こいつ魔力だけあってもそれを使えないザコっすよ。俺らでやっちゃいましょ」

「いや待て……こいつは確か」


 女の中で引っかかっているのは、キッドがこの屋敷に掛けられた霊錠を破って侵入してきたという点だ。この屋敷に張られた霊錠は女が仕掛けたもので、並みの除霊師で開けることは不可能な仕上がりになっている。

 それを破れるほどの除霊術の使い手が、魔術を使えないはずがない。


 ――それとも、『扉渡り』を行使したのはあの猫の方か? 信じがたいがそれならば魔術適正がないにも関わらず霊錠を突破できたのにも納得がいくが――。


「……かかってこないならこちらから行くぞ」

「――ッチ、チョーシに乗らないでくださいヨ!?」


 余りにも安易な挑発に乗せられた男が動くが、パッと見では何もしていないように見える。だがすでに攻撃は始まっているのだ。キッドの後方の床、完全に死角となっている場所から突然の腕が生え、指先をキッドに向けたかと思うと一斉に突撃を開始した。


 その様子を見ていた女は完全に勝負がついたと思い込み思考を放棄しかけていた。キッドが剣を後ろに回し、目線を二人から外すことなく死角から迫る手を斬り払うまでは。


「!」

「おい、この程度で勝ち誇られても困るんだが――」

 

 キッドは深く踏み込み、一気に二人に距離を詰める。狙いは相対している男ではなくその奥。一瞬だけ思考を飛ばし、意識が完全に自分から逸れた。そのわずかな隙を見逃さない。


「ッ! 姐サン!!」

「――遅い」


 男がキッドの狙いに気付いたときには、すでに剣の間合いの中。女もこちらに気付いたが手遅れだ。霊能も魔術も構築する前にこちらの剣が先に届く。


「レイソード流、環式『若鳥のシュプレー唐揚げム・フリット』」

「くっ……!?」


 神速の一閃。人体の急所、首筋を寸分狂わず狙った横薙ぎの剣戟。初手にして王手をかけたその攻撃は、辛うじてかわした女の首を浅く斬るだけにとどまった。だが、それは第一撃だけの話。無理やり避けた女は完全に身体が後ろにのけぞっており、次の行動に移れない。


 これで詰み。すぐに剣の角度を変えて袈裟斬りの体勢に入る。瞳でまっすぐに女を捉える。周囲の時間間隔が引き延ばされ一秒が永遠にも感じられる瞬間。姿勢が崩れ後ろに倒れかけている女と目線が合う。


 その顔は驚きと困惑、恐怖といったところか。これまで自分が斬ってきた。数えきれないほど見てきたモノの顔だった。


――コイツも他と変わらない。


 そんなことを思いながら、一つの命を終わらせるために剣を振ろうとした瞬間、真横から強い霊素の気配がした。このまま攻撃を続行してもいいが、手傷を負う。しかしここで女を逃せば警戒度が引きあがり、次のチャンスはしばらくやってこないかもしれない。


 両択を天秤にかける。時間にして一秒にも満たない極細の時間。その果てにキッドが選択したのは――


「っと……」


 キッドは攻撃を中断し、横に避けた。すぐに元居た場所から複数本の腕が生えてきて。虚空を斬るように暴れまわっている。女はすぐに後ろに回転しながらキッドから距離を取った。額には冷や汗が見えていた。


「ぐっ……」


 遅れて女の、首から勢いよく血と紫色の煙が吹き出し、女は首を抑えながら地面に手を付いた。


「姐さん!」

「……動くな!」


 心配そうに女に近寄ってきそうになっている男を、女は激しい口調で制した。言われたほうは何を言っているのか理解してない様子だ。


「私は問題ない、致命は避けた。それよりも、今はあの男の前で不用意に動くな。下手をすれば殺されるぞ」

「な……」


 キッドは女の首から噴き出している紫色の煙を冷ややかな目で見おろした。


「体内から霊素を噴出。お前も受霊体か。そっちのお前は隠す気もないようだが……この場で斬り捨てても構わないってことか」

「お前如き、この俺が……」


 男は羽織ってるマントを動かすと、マントの表面に複数の顔が浮かび上がる。それは目と口の穴が空いているだけだったが確かに顔だった。一目で数えただけでも二十人分はある。


「そら、イケてめぇラ!」

「……」


 マントをはためかせると、そこに寄生させていた霊が一斉に解き放たれてキッドに向かって飛んでくる。灰色のマントと同じ、材質の布のような霊だ。マントで球体を包んだような見た目、例えるならばてるてる坊主と言えるだろう。


 その一体一体に強力な霊素が宿っており、並みの除霊師ならば一体除霊するだけで精いっぱいの代物。それが合わせて二十体同時に襲い掛かってくる。


 しかしキッドはそんな状況でも心ひとつ乱すことなく剣を握り、また一言呟いた。


「レイソード流、還式『細芋の揚げ物ポム・フリット』」

「「「「キャァアアアアアアッ!!」」」

「タスケテ……」

「――!?」


 一斉に襲い掛かる霊体。その大群に包まれてキッドの姿が隠れたと思われたが、幾重もの閃光が輝いた。その直後取り囲んでいた霊体たちは木っ端みじんに爆散し、霊素の霧の向こう側で光る剣を持ったキッドがまっすぐ男の方を見ていた。


「ヒィっ!?」

「お前……さっきから」


 無表情でゆっくりと歩いてくるキッド。だが、男は動けなかった。歩みはのろく簡単に距離を離してしまえるはずなのに一歩も動けなかったのだ。


「いったいどれほどの人を犠牲にして――」


 足音に混じってビチャリ、と鮮血が流れる音がホールに響いた。キッドはゆっくりと自分の脚を見てみると、右脚がひざ下からちぎれていた。後ろをみると地面から湧いた腕が脚をもぎ取って。それをみたキッドは背筋に悪寒が奔った。


「てめぇ、まさか……」

「アハハハ! 成功成功ダイセイコウ! うーまくいっちゃっタ」


 男は自分が仕掛けたトラップにかかったキッドを見て心底喜んでいた。なにせ相手は凄腕の除霊師といえど人間だ。脚をもがれた以上動きは大きく鈍るし、何よりこうしている間にもどんどん千切れた箇所から血が溢れている。ホールには大きな血だまりが出来ている。


「あの男の血だぁ あれほどの強者、いや保有魔力量だけでもおつりがくるっ」


 女の方もキッドの出血を見て、牙を向きだし目は血走って見ていた。今にも飛び出してその血を啜りたそうにしている。


 勝利を確信している二人。それは間違いではない。――相手が普通の人間ならば。


「さっきから不自然だったんだ。お前が地面から生やす手がどれもことに」

「へぇ……それで?」

「てめぇが身体に宿してるは、なんだ?」

「……」


 キッドの問いかけにも、勝利を確信している男は答えない。キッドを挑発するようにふざけた表情で小首をかしげてみせるだけだ。


「もし、てめぇが宿してるソレが俺が思ってるモノだったら、俺は絶対に許さない」

「……んー、じゃあちょっとだけヒントをあげちゃおうカナ。おれぁこいつらは苦労したぜ? なんせ鳴き声がうるさくてなア」

「!!!」


 キッドの怒りが一瞬で沸騰し、全身が熱くなった。


「百ッ子童子を作っただと……?」

「あぁ、そんな名前だったかナ。まあこれは二匹目だけど」

「そうか、もういい……――」


 キッドは顔を俯けて何か小さな声で呟いた。それは二人の耳には届くことはなく。ゆっくりと剣を構えた。


「片足がないお前に何ができる!?」

「……すまない、それは返してくれ」


 キッドがそう優しく言うと、もいだ脚をぐちゃぐちゃに原型をとどめることなく遊んでいた腕たちの元から、血の塊が移動する。それは右脚の残骸だったもので、キッドの元あった場所の下まで移動してきた。


「「!?」」


 その人外じみた動きを目の当たりにした二人は言葉を失う。誰でもそうだ、粉々になった肉片が血と一緒に勝手に動いているのだ。生き物のように。


 そしてそれはさも当然のようにキッドの右脚にくっつき、あっという間に元の形に修復される。その再生速度は上級の霊を身体に宿している二人をもってしても驚愕させるもので――


「なっ――」

「レイソード流、滅式『――』」


 言葉を言い終わるまえに、男の視界が大きく傾く。上を向いた覚えがないのに視界は天井を写している。


 ――ちがう、これは俺が斬られた?


 意識で理解する前に身体でわからされる。首から上を失くしたからだが、膝を折って崩れる様子をしっかりと目に焼き付けられた。


「ザック――」

「お前もだ」


 その速度は先ほどのものとは比べ物にならないほど、速い。キッドは袈裟斬りをしたが、今度は女の方も警戒力が上がっており、また躱されてしまった。だが、今度は代わりに片腕を切断することに成功する。


「ぐぅっ!」


 キッドは追撃しようとさらに踏み込むが、女の額が前髪という守りから露出していることに気付く。その額には大きな一つ目がキッドを睨みつけていて――


「これは……魔眼の類か」

「くぅ……!」


 全身が一気に硬直し、思うように動かせなくなる。あの女の額にある大きな瞳を見たせいだろう。金縛りの魔眼、呪いと言い換えてもいい。他者を呪う手段はいくらでもあるが、その中でも呪いを視線に乗せる魔眼は代表的なものの一つだ。


 何より目を見せるだけで相手を呪うことができ、術もコントロールしやすい。そのためリソースを呪いの強度に注ぎやすいため強力なものにしやすいのが特徴だ。


 そして呪いを防御する方法はいくつかあり、最も代表的なものは魔力や魔術で心を守る方法。そして最も単純な物は――


「はぁ……はぁ腕が再生しない……貴様の斬撃、よもや魂を――何、ガハッ!?」

「この程度で、俺を拘束できると思ったか?」

 

 何事もなく動き出したキッドは、腕を抑えて地面に座り込む女を容赦なく蹴り飛ばした。女はロクな受け身も取れないままホールを転がっていき壁に激突し止まった。


「ケホッ……貴様、なぜ動ける……」


 女は何かの間違いだと自分に言い聞かせるように再び額を露出させ大きな瞳でキッドを睨みつけたが、当の見られている本人はまったく意に介することなく歩きながら。女に近づいて行った。


 その途中、キッドの背後から首から上がなくなった男の身体が襲い掛かってきて、腕を振りかざして攻撃してきたが。一瞥もすることなくなんなく躱して、さらに身体に深い袈裟斬りをお返しした。どさりと、仰向けに倒れた。


「ぎゃあああああああ!!」

「……」


 転がっている生首から悲痛な叫び声があがる当り、まだ絶命してないようだ。先ほどからキッドはレイソード流の滅式で斬っている。それでも絶命せず息がある限り何か秘密があるようだが、キッドに対する怯えようからして恐らく無敵でない。回数性の命のストックのようなものがあるとみられる。


 その命のストックの元の持ち主のことを思うとさらに怒りが止まらないキッドは、彼らの為にも死ぬまで斬ればいいと判断し、寝ている男の方に向かった。


「ヒィっ!? やめろやめてやめてください!?」

「……」


 その浅はかな命乞いなど今更キッドの耳には届かない。剣を振りかざそうとした瞬間――


「――!?」


 屋敷の奥で何かとんでもなく恐ろしい力が吹き荒れるのを感じた。その波動はホールにいた者だけでなく王都中、さらに大陸全土にまで広がり、並み居る強者らの背筋を粟立たせ、額に汗を流させた。


「なななんだこの力は……」

「……まさか」


 アレは幽血種俺の核が起動した――!?


 キッドはほんの僅か一瞬だけ、キッドの意識の中からホールの二人が完全に外れた。意識の割合の九割が館の奥の力の根源が占めたのだ。その隙を女は逃さなかった。


 動き出しは完全に女が速かった。ギリギリまで悟られないよう霊素と魔力を隠し最速で地面に転がっている男の元に向かう。


 二歩歩きだしたところでようやくキッドも女の動きに気付く。


 三歩目で女の目的に気が付いた。そうはさせまいと剣を振り上げ、降ろす。


 光剣が男の頭を切り裂く直前、女が伸ばした手が生首をかっさらい、光剣は宙を虚しく斬った。すぐに追撃しようとキッドは振り向くと、女は球技のように男の生首を抱え地面に手を付いて魔術陣を起動させた。


「逃がすかッ!」

「我らの目的は果たされた、近いうちにまた相まみえよう」


 そのまま魔力の残滓を残して別座標に転移してしまった。男の頭の代わりにホールの床に刻まれた熱線が冷めて色を失っていくようすを見ながらすぐに切り替えて屋敷の奥を目指した。


「あの所長、とんでもないもん持たせやがって」


 珍しく焦り悪態をつきながら、早足でホールの階段を駆け上がった。

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