第33話小さな一歩は大きな一歩!
そして、天下の柊真恋を脇に従え主演けもみみラバーズで放送した【うさぴょ子にゃみ美プレゼンツゆるゆる百合的新婚生活】の初回視聴率がどうだったかというと……
【測定不能】0.1%未満だったということだ。
いくらド深夜とはいえ、穴埋め企画とはいえ、宣伝なしの状況とはいえ、キー局の虹テレでの放送で今期アニメ最低の結果となってしまった。
いくら何でもマズいと思ったのか、急きょ真恋がこれまたド深夜の音楽番組にVTRゲストで差し込まれ【はぐれたことり】を歌唱、ウチらはカラオケ伴奏とともに音声のみで参加した。
「真恋の出演している【うさぴょ子にゃみ美プレゼンツゆるゆる百合的新婚生活】現在放送中で~す! 北条院とら丸さんのキャラも可愛いし、二回目からでものんびりゆるゆる観れますよ~観てね☆」
という真恋の宣伝効果もあってか、二話は0.3パーセントまで持ち直しはしたものの三話でまた測定不能ギリギリの0.1に転落。
今期の最低賞を単独で突き進むことになってしまった。
「いやー、こっちが急に持ち掛けた話だしねー正直期待はしてなかったんだけどさぁ。ずぶの素人主演でも真恋ちゃんが来てくれたからここまでひどいとは思わなかったね」
話を持ってきてくれた虹テレの担当者さんも電話越しにでもわかるほどの苦笑いしていたそうで、 もしも人気が出たらとちらつかされていた二期はもちろん白紙に。
穴埋め枠+完パケ後の放送だったため打ち切りは免れたものの一応未定とはなってるみたいだけど、円盤の発売なんて夢のまた夢となってしまった。
それでも熱心な動画視聴者やとら丸信者の人たちは少ない情報を拾ってちゃんと観てはくれたんだけど、評判は散々だった。
動画のコメント欄は、その動画への感想ではなくアニメへの不満で埋め尽くされた。
(演技指導の成果でうまくはなったけどプロ臭がきつい、二人の自然な生っぽいやり取りがいいのに)
(真恋ブーストで視聴率稼ぎしようとして、ハイ撃沈! 二人がよかったのによー安易にキャスト増やしやがってキャスアニウザ、SNSでもステマしてやがるしよー)
(アニメ化に目がくらんでけもみみラバーズ日和ったな、もうオワコン)
(とら丸っちに監督させるとかキャスアニの人材不足ヤバみ)
不評に次ぐ不評、何故か関係者の誰の身に覚えもないステマ疑惑まで飛び出す有様で、君たちが続ける限り見守り続けると言ってくれていた初期からの一番のファンを名乗っていてくれた人も(何か違う) と書いたきりコメントなし。
目をそむけたくなる言葉の羅列だったけど、私は全部目を通した。
今後のために必要なことだと思ったから。
目の前に垂らされたチャンスという名の細い細い蜘蛛の糸は、掴んだと同時にプツリと切れてしまった。
でも、何もなくなったわけじゃないんだ。
酷評を書き続けた人は、毎回自分の時間を使ってわざわざアニメを観てくれていたということ。
しかもリアタイで。
アニメ大惨敗で減ってしまいかもしれないと思ったチャンネル登録者数も視聴回数も、減るどころか増えた。
まぁ、手放しで喜んでる場合じゃない程度で、めっちゃ微増だけど。
でも、見放さないでウチらの、けもみみラバーズの動画をまた観たいと思い続けてくれたことはうれしかった。
初めてのオーディションで打ちのめされてからずっと後ろ向きでペシミスト気味になっていた自分が、こんな前向きな気分になれたのはとても不思議だ。
こうなれたのは、うさぴょ子というキャラのおかげ。
いつでもマイペースで自分らしく生きるうさぴょ子が、演じる私にも元気をくれたんだ。
私はうさぴょ子にきちんと向き合って、全力投球したいと思えるようになった。
ここにしか居場所がないとかそんな後ろ向きな思いからじゃなくて、ちゃんとうさぴょ子を極めたい。
私にしかできない、他に代わりなんかいないって、心からそう言えるようになりたいって思えた。
そしてそれが叶ったなら、そう思えたときには別の役にもチャレンジしてみたいとも思えるようになった。
それでも真恋の輝かしいキャリアの一ページに汚点を残してしまったのは、主演として申し訳ないと思わなくはなかったんだけど……
「ま、真恋はね! 別に悔しくなんかないんですからね、だって将来必ず天下を取るべきお方、とら丸兄さまの初監督作に出演することができたのよ! とら丸兄さまの成功と共にこの作品もカルト的に人気を集めるはずだわ、でもね第二作は真恋主演でとら丸兄さまに明るい光を見せるわよ、いえ一緒に見るわ! そこの二人はモブで使ってあげるわよ」
声優界の大スター、柊真恋はめっちゃ強メンタルの持ち主だった。
「笑止! 拙者はアニメの監督はもうやらん!」
「そ、そんなぁ……」
とら丸のたった一言でへなへなと崩れ落ちてしまうのは、相変わらずだけど。
七海はというと、こちらもへっちゃらだ。
「そもそもアニメはけもみみラバーズの課外活動みたいなものだからね。まぁ散々な結果にはなってしまったけれどホームであるチャンネルの視聴者が増えたことは喜ばしいことなのだよ。もっと多くの人にボクらのいちゃこらを見せつけたいものだ!」
「いや、ウチらじゃないでしょ、けもみみラバーズのでしょ」
「ボクら=けもラバではないか、ぶうぇっへっへ」
「いやいや、違うから、別物ですから」
へっちゃらどころか、ますます元気にふざけまくった言動をしている。
まぁ、実は初プロデュース作だったらしい鮫川さんが落ち込みまくっていると、おじさんから七海が聞いたそうだ。
「あぁ、私の安直なプロデュースで社長の甥御さん姪御さん、そして声優界の女神である真恋ちゃんにまで恥をかかせてキャスアニに損出をー」と大げさに土下座までしてしまい、下げた頭の影で泣いていると思ったおじさんが「いやいや、お金とかそんなにかかってないから、頭を上げて」と宥めると、すぐに立ち上がってけろっとした顔で笑っていたそうだけど。
一方、スタッフの中で株が急上昇した人もいた。
それは、意外にも元音楽教師の動画マンという異色の経歴で突然音楽プロデューサーを任された波原さん。
大惨敗のアニメの中で何故か主題歌の【はぐれたことり】だけはわりと評判がよく、なんと配信チャートでトップ20入りを果たしてしまったのだ。
(あの素人臭さが自然でいい)
(小学生の時を思い出した。音楽の砂田先生ピアノが上手で美人だったなぁ。)
後で分かったことだけど、鮫川さんが「忙しい真恋ちゃんに負担をかけさせたくないから」というだけの理由で練習なしの一発取りにした作戦が、図らずも大当たりしてしまったんだ。
責任を波原さんに押し付けるようにして音楽プロデューサーに指名したので、結果褒められるのも波原さんだけになってしまったけど。
「あー、めっちゃ濃くてあわただしいアニメの日々だったねー。でもいい経験ができたよ! けもみみラバーズに誘ってくれてありがとね、七海っ」
そう、私が前向きになれたのはうさぴょ子のおかげ、そしてそのうさぴょ子に出会わせてくれたのは、七海なんだ。
ゆるふわ可愛い系だけど実は百合っ子のセクハラ大魔王で、可憐な見た目に反してめっちゃ笑い声がブッサイクで、華のある実力者なのにこんな地味な私のことを好き好き言いまくる風変りな子。
でも、どこか憎めないちょっと面白いヤツ。
「あ、あの、こちらこそ受けてくれてありがとうなのだよ。いつかこの僕のあふるる思いごと全てを受け入れてくれる日も来ると信じ、いつでも胸襟を開いてお待ちしているよ……」
照れているのだろうか、キモ発言にいつものぶうぇっへっへ笑いをつけ忘れちゃってる。
真っ赤に染まった耳を引っ張って、「引っ張り出してくれて感謝してる」と耳元でもう一度気持ちを伝える。
七海は言葉で返さずに、何度も何度もまるで首振り人形みたいに首をコクコク動かした。
「さぁ、今日も、明日も私らしく頑張ろう!」
大きく伸びをして、上を見上げる。
空は高く、でも澄み切っている。
見えなくてもそこに星はある、輝く光はあるんだ。
とどかなくても私は何度だってそこに手を伸ばす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます