第28話気持ちが重すぎてカンスト状態です

 あぁ、美味しいなぁ、しみじみと美味しい。

 このじゅわっとお揚げから染み出る甘じょっぱい煮汁のちょうどいい塩梅、ほんのりと酸っぱすぎない酢飯にときどきぴりっザクザクっとくる紅しょうがのいいアクセント、白ゴマの香ばしさもいい、美味しいよぉ。

 付け合わせのレンコンのきんぴらもさっぱりしたうすしお味にこってりとしたごま油の風味が合わさって、いい、めっちゃいい! あぁ何だか懐かしい気分になってきたぁ。

 地元の河原の情景が浮かんでくるみたい。

 でも、でもさ、どっちもばあちゃんの味の再現度がパネェんですけど……知らずに食べてたらばあちゃんが作ってくれたんだと錯覚しそうなくらい……


「ねー、みな葉、どうだい美味しいかい」

「あ、うん、さすが料理名人だね、おいなりさんまでお手の物で」

「ぶうぇっへっへ、お気に召してくれてよかったのだよ。どうだい、君にとってどこか懐かしい味がしないかい?」


 えっ、そうくるの、まさか、まさか!


「あ、うん、実家のばあちゃんの味に似てて」

「うわー良かった! そうなのだよ、君のおばあさま直伝の味なのだよ」


 やっぱりー!! けろっと自白しやがったー!!

 もうっ! ニカッと爽やかに白い歯を見せて笑ってる場合じゃないでしょ! こっちの気も知らないでさぁ!

 ほっぺたに、なんか白ゴマくっつけてるし!


「えっ、何でうちのばあちゃんと七海がさぁ、レシピを教えるとかそんな間柄になっちゃってんのかなぁ、いつの間に」


 すっかり止まってしまった箸の先が、ぷるぷると小刻みにふるえる。

 七海はやっぱりへらへらと笑ったままだ。


「あのですねー、ボクが【にゃにゃ美愛の独白】ってブログをやっているのは、みな葉はもちろん知っているよね」

「あ、うん」


 去年秋の11/22、いい夫婦の日とカブった謎の開設日、公開の少し前に早速URLを教えてもらったけど、自分ではなく月浦うさぴょ子というキャラに向けているのだとわかってはいても強烈な愛の言葉の羅列がキモ過ぎて、秒で閉じて以来ただの一度も見ていない。心の奥底に封印していたというか今言われるまで忘れていた。


「そのブログにさ、君のおばあさまからコメントが来たんだよね」

「えっ、ばあちゃんネットなんかできないよ! ガラケーしか持ってないし!」


 上京して以来、両親とは音信不通状態だけどばあちゃんとはときどきショートメールで連絡を取っていた。

 バイトバイトで時間が不規則だったから電話も時間が合わないし、手紙だと両親にバレてしまうからだ。

 アパートを借りるときの保証人にもなってくれた。

 でも、ばあちゃんは老人向けの簡単動作のガラケーしか持っていなくて、通話とショートメール以外の機能は使えないはずだ。

 ブログにコメントなんて、できるはずないのに。


「みな葉がVtuberをやるって教えた後に、おばあさまは町のコミュニティセンターのパソコン教室に週三でせっせと通ったそうなのだよ、それからノートパソコンとタブレットを購入して片っ端から動画を観て叫ぶときの君の声の特徴で気づいて、ボクのブログにも辿り着いたそうなんだ」


 ばぁちゃん、まさかそこまでやってくれてたなんて。

 Vtuberの仕事が決まったとは書いたけど、内容が内容だけにチャンネル名やキャラ名とかは伏せておいたんだよね。


「それからメール交換をちょくちょくするようになってね、君が大好物のおいなりさんを食べたがっていたことも聞いたのだよ。実はね、おばあさまもおいなりさん動画を上げているんだよ」

「うそうそうそ! まさかばあちゃんが!」

「本当だよ、ほらここ、パソコン教室の先生に手伝ってもらったんだそうだよ」


 七海が見せてくれたチャンネル、【ばあちゃんの味つたえます】にはパーティー用の鼻眼鏡を掛けてはいるけど、確かにうちのばあちゃんらしき人物が映し出されていた。


「うわっ、チャンネル登録数三万人って! いつの間にばあちゃん!」

「ははーっ、みな葉ドッキリ大成功!」


 本当にドッキリだよーもうヤダー!

 ちょっと涙出てきちゃったし。


「わー、ごめんみな葉、泣かないでおくれよ! おばあさまがね、君の方から伝えたくなるまで動画を観ていることは伝えない方がいいんじゃないかっておっしゃられていたのだよ。でもボクのやり口は実に無粋だったね、結局隠し事になって嘘つきにもなっているのだから」


 うわっ、七海の方が今にも泣いちゃいそうじゃん。

 久しぶりにばあちゃんの味も食べられて、知らなかった近況も知れてうれしかったのに、泣かせちゃだめだよね、私の家族を探ってストーキングとかしたわけじゃないし、変な意味じゃなくてこっちを思ってしてくれたんだもん。

 何か感謝の言葉を。


「七海、左のほっぺたに、白ゴマついてるよ!」


 でも、私の口から飛び出したのはそんな言葉だった。

 あー、頭の隅でなんとなくずっと気にしてたからだ。


「えっ、どこだい!」

「あー、そこじゃないよ」


 見当違いのところを手でゴシゴシこする七海のほっぺたを、煮汁で濡れた自分の唇を拭おうとして手に持っていたハンカチでスッと拭く。

 自分で言いだした手前、いたしかたない行動だ。


「ぐうぇっへっへ、ありがとぉみな葉、このハンカチは洗って返すよ。いや新品を」

「いや、いいからいいから返して!」

「そんな訳にはいかないよぉ」


 ひったくるように私から奪い取ったハンカチをきっちりたたんで大事そうにバッグにしまう七海の顔は、どことなくしてやったりといった顔に見える。

 まさか! これは七海の罠! わざと白ゴマつけたの! こっちが手を出さずにいられなくなるように見当違いの違うとここすってたの?


 じとーっと疑惑の目を向けていると、七海はわざとらしいくらいのハッと何かに気付いたような顔をして、ポンと手を叩いた。


「そういえばさ、おばあさまに教えていただいたのだけれど、君の御両親にもVtuberや以前のゲームのお仕事のことも伝えているそうだよ。ゲームソフトもけもみみラバーズのグラビアも仏間の神棚に飾ってあるそうだよ」


 うわー、ゲームはともかく! 百合ップルのほうまで!


「あ、あの、ばあちゃんさ、けもみみラバーズが百合ップルってことについては何か言ってた……かな」


 そうだよ、聞くべきはまずここだった。


「あ、そっか、心配いらないのだよ。百合の花の好きな仲好しの女の子のお話だと思っていたよ」

「よ、良かった」


 ホッとした。

 ばあちゃんが私のためにがんばってパソコン教室にまで行ってくれたこと、あんなに反対していた両親が神棚に私の仕事の証を飾っていてくれたこと。

 七海がいなければ、私はずっと知らないままだったのかもしれない。

 うん、両親に連絡をするのはまだ決心がつかないし、時間はかかるかもしれない。

 でもいつか胸を張って自分は声優ですって言えるようになったら、きちんと連絡を取ってみよう。

 ばあちゃんには、ショートメールだけじゃなくて今夜は電話をしてみよう。

 たまには元気な声が聞きたいし、動画越しじゃない私の声も聞かせたい。


 あーあ、やることはキモいけど、こういうあったかいところがあるからどんなにキモいことやられてもコイツのこと本気では怒れないし、ついつい許してあげちゃうんだよね。


「あ、あの、七海いろいろありがと」

「いやー、こちらこそありがとうなのだよ! はふーみな葉の使用済みハンカチの香りがはぁ、鞄から漂ってくる、鼻腔をくすぐるこの柔らかな香り、あぁ至福だぁ!」


 キモいけど! キモいけど! キモいけど!


「けもみみラバーズのお二人さーん! 柊真恋さん到着しましたー。ちょっと早いけどお昼休憩もう終わりねー」


 ドアの向こうから波原さんの声が聞こえてきた。

 時計は午後の一時三十八分を示している。

 あっという間に一時間が過ぎ去っていた。

 短くて、美味しくて、懐かしくて、ジーンとして、めっちゃ濃くてキモい一時間だった。

 このドアを出たら、私はけもみみラバーズの月浦うさぴょ子なんだ。


 うん、そう、そこにいるのは歌の苦手な園原みな葉じゃない、月浦うさぴょ子として素直に感じたままに歌を歌えばいいんだ。

 ぎゅっとこぶしを握って胸に当てると、不安だった気分がどんどん落ち着いて来て穏やかに歌うことを受け入れられるような気がした。

 まぁ、この休憩室に入ってからは全然歌の話とかしてないんだけどね。


『がんばろう!』


 胸の中で自分に言い聞かせるようにそう唱えると、「がんばろうね、うさぴょ子!」七海が横でニカッと笑った。

 不思議だ。

 声に出していないのに、何で七海には私の心の声が聞こえちゃったんだろう。

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