第27話はぐれたことりは大空を舞えるか?
「はーい、じゃあ発表します! あなた方【けもみみラバーズwith柊真恋♡】に歌ってもらうのはこれでーす」
音楽プロデューサーの波原さんに渡されたのは、合唱用の楽譜のコピーだった。
タイトルは【はぐれたことり】小学校低学年のときに音楽の授業で歌った合唱歌だ。
「はーい、じゃあ回収しますね」
渡されたと思ったらひったくるようにさっさと回収され、私は唖然としてしまった。
「あ、あの、波原さん……それを回収されてしまったら練習できません」
思わず小学生の子供に戻ったように右手を上げて発言すると、波原さんはおっとりと優し気な表情を一変させて、右眉をきゅっとつり上げた。
「えーと、あなたは、にゃみ美? うさぴょ子の」
「あっ、はい、うさぴょ子の方です」
「あぁそっちね、練習厳禁って伝言は聞いてなかったのかな」
「あ、はい、北条院とら丸さんからメッセージは、でももう当日だしいいかなって」
「あのね、本番までっていうのはもちろん当日も入ってるんだよー。下手に練習されたらこっちが大目玉くらっちゃうのよー、ただでさえお手当のつかない休日出勤みたいなもんだからさ、勘弁してよー」
こ、怖い……急に態度変ったなぁ、でもでもぶっつけ本番はもっと怖いよぉ。
「あの、でもいきなりはちゃんと歌えるのか不安なので、せめて一回くらいなら」
波原さんの眉はもっと上がり、眉間に深いしわも寄せて丸めた楽譜の原本でポンポンと肩を叩いている。
「あーあなたの相方からの情報で小学校の音楽で歌ってたのは知ってるから、若いんだからまだ覚えてるでしょ。大丈夫、大丈夫」
それ以上はもう取り付く島もなかった。
「はい、じゃあ二時に303スタジオでね。一旦かいさーん!」
前の仕事が押していて二時に合流予定の真恋が到着するまで、私たちは昼休憩を兼ねて待機、波原さんたちはどこかへさっさと立ち去ってしまった。
しかし、この曲になるなんて私知らなかったのに、何で七海情報であっちには筒向けだったんだろう。
小学校の音楽の授業のこととか話したことないのに、怖いんだけど。
「みな葉―、休憩室でランチとしゃれこもうではないか」
何の心配もせず能天気にへらへら笑う七海に久々にイラっとくる。
「ねー、七海、【はぐれたことり】を私が小学校の音楽で歌ったことがあるって何で知ってたの? それに、みんなぶっつけじゃないの? 七海はもしかして事前に知ってて練習してるとかないでしょうね!」
「ま、まさか! ボクが君を裏切るようなそんな真似をする訳がないではないか!」
それはそうかもしれないけど、疑問は何も解決してない。
「でも、波原さんに言ったんでしょ!」
「あー、兄者経由でボクの通っていた小学校の音楽の教科書が何かは聞かれたよ。君の学校のも一緒に」
あー、なんだそうだったんだ。ってホッとしなーい!
だから、何でそれを知ってるんだよ!
「何で私の小学校の音楽の教科書のことまで知ってるのよ! ここから新幹線で二時間はかかる山奥の学校のことを七海みたいな都会出身の子が知るはずないでしょ!」
「知ってるに決まっているよ! ボクはみな葉を好きになってからというもの十八の春を迎えるまで君のことを知らなかったのが悔しくてたまらなかった! 机を並べて共に授業を受け、朝礼で貧血を起こした君を支えて保健室へ連れて行き、そして昼休みと放課後には校庭でぐるぐるブランコでくたくたになるまで遊ぶそんな幼少時代を! 青春を共に過ごしたかったんだ!」
えー、段々慣れてきたとは思ってたけど、さすがに引くわ。
中学までは校長先生の話が長すぎて、強い日差しに少し弱い私は朝礼で貧血を起こしたことが度々あった。
飴のようなきれいなグラデーションのぐるぐるブランコの遊具も大好きだった。
何でそんなことまで知ってるんだろ。あー、でも貧血の子もぐるぐるブランコも別に珍しくはない、のかな……うーん。
「だからボクはね! 君の出身校の教科書全てをネットオークションで落札したのだよ! せめてもの同級生気分を味わいたくてね!」
げー、そんなことを、でもそもそも七海と私って年も二歳違うし、同郷だったとしても同級生にはならないんだけど、それに出身校も教えてないし。
「だからー、ウチらはそもそも学年が違うから小中で同級生にはならないでしょ。それに何で出身校まで知ってるの! プロフブックのアンケートでは高校しか聞かれてないんだけど!」
「うぅ、同級生気分に浸るくらいいいではないか、それに学校のことはみな葉が自分でSNSに載せていたではないか」
あー、そういえば養成所に入ったころに、少しでも宣伝になればいいと思って声優希望ですって自己紹介入りで始めたけど、見ず知らずのアカウントから『君とお友達になりたいです』とかキモいDMがひっきりなしにきたから怖くなってすぐにやめたんだった。
ん? そうすると、あのDMの主は、もしかして!?
「ねー、七海ぃ、鬼ポコ七太郎ってもしかしてアンタ?」
「うわー、みな葉、覚えていてくれたんだね」
「覚えていてくれたんだねじゃねーよ! あのDM、私がどんだけ怖かったか! せめて本名で送りなさいよ!」
「うう、ボク、まだ君と挨拶しか交わしていないころだったもので、名乗るのが恥ずかしかったんだよぉ」
「アンタみたいないつでもグイグイ女が、一体何を恥ずかしがるってのよ!」
カンカンに怒った私を見てしょぼしょぼした七海は、何故かスマホをシュッシュといじって、とある画像を私の目の前にかざした。
「もう全部カミングアウトしたのでね、君にこのお宝画像を見せることにするよ」
そこには卒業アルバムに載っている小学校六年のときの私の写真と、横には亜麻色の髪の知らない子だけどどこか見覚えのある女の子の写真が並んでいた。
つーかこれ、七海だろ、七海の子供時代だよね。
コイツ小学校の卒アルまで手に入れてたんかい!
つーか卒アルをネットオークションに出すなよ! 個人情報的にヤバいでしょうがよ! 誰だか知らない昔の同級生よ!
「ねー、これだとまるでボクらは竹馬の友のようだよね。あぁ本当にそうだったならと夢想してしまうよ」
ぽーっと空を眺める七海、そのバラ色に染まった頬とかキラキラした瞳の感じがちょっと夢見る乙女のようで、少女漫画のヒロインみたいに絵になってるところが余計にイラっとする!
言ってることもやってることも、めっちゃキモいってのに!
「もー、七海ったら私に嘘をつかない、隠し事はしないって言ったのはどこのお口なのかなぁ」
さすがに沸点を超越しちゃって、私はふにふにしたななみのほっぺたをぎゅーっと横に引っ張ってしまった。
「あぁ、ごめんよぉ、隠しているつもりはなかったのだよ、でも君が知りたいならボクが君に恋してからやったことの全てを今、白日の下にさらすよ! 二時までに言い終わるかわからないけれども」
あ、やっぱ聞きたくないわコレ、つーか多分聞いちゃヤバいやつだ。
全部聞いてしまったら、何か大事なものを失ってしまいそうな気がしないでもない。
うー、冷や汗が目に入ってちょっとしみる……
「あー、いいよ七海、そんなにしゃべり続けてたら喉が痛くなっちゃいそうだし、うん、それはおいおいいつかそのうちで、それより私お腹すいちゃったみたい。うん、もう十二時半だねー、今日のおべんと何かなぁ!」
「あー、やっぱみな葉は美しく広い心を持った女性だなぁ。それにそんなにランチを心待ちにしていてくれたのもうれしいよ! さぁご覧いただこう、これが今日の君とボクが共有するランチだよ! じゃじゃーん!」
あー、良かった、良かった。
ぶっちゃけ、七海のやってきたアレコレを聞いてしまったら私平常心を保てなくて、ただでさえヤバ気なレコーディングがいよいよアウトになりそうだもん。
あーもう! でも何でやられた私の方がこんなにビクビクしなきゃなんないのさ!
やることイチイチキモいけど、興信所使って調べたとか地元に探りに行くとか、そこまで踏み込んでのヤバいことまではしてないからどこまで怒っていいのかわかんないのが厄介なんだよー!
でも、私の心情的には一線どころか胸の中まで踏み込まれて来られたみたいでめっちゃもやもやしてますけどね!
もう、考えてもイライラするだけだ、美味しいご飯ご飯、コイツのここだけはありがたいわ。
ん? 今日はいつもの洋食じゃないんだ。
つーか、わー、わー、私の大好物のおいなりさんじゃん!
切り口から紅ショウガも見えてる! 白ゴマもふってある!
父さんと母さんが忙しいときに、おばあちゃんがよく作ってくれてたのとそっくり! 懐かしい、ちょうど最近食べたいなって思ってたんだよね。
「わー、これ、これ」
「うん、みな葉の大好物のおいなりさんですよー! 遠慮せずたーんとお食べよ」
うー、すぐに口に放り込みたい、がっつきたい。
何でこれが大好物なことを知ってるの? おばあちゃんのレシピは誰に聞いたの?
という頭にぷかぷかと浮かんだはてなマークは、この際なかったことにしておこう……
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