第25話ぶっつけ本番とかマジ無理です

 あー、ちゃんと出来るのかなぁ。

 そりゃ主題歌のことは気になってはいたけど、多才なとら丸がボカロとかでちょちょっと作っちゃってるんじゃないかって勝手に思ってたんだよね。

 作曲はダメだとはなぁ、誰にでも苦手なものってあるんだなぁ。

 うーん、苦手と言えば私だよ私! まさか自分にこんな仕事が巡ってくるなんて思ってもみなかったから、自主練で歌はほとんどやってないんだよね。

 養成所のレッスンではあったけどさぁ、音痴な子なんて一人もいなかったし、みんなカラオケクイーン、またはキングかよってくらい歌ウマだったしさ。

 いや、私も音痴ではないんだけどさ、あ、うん、多分ね……でも、上手いとはとてもじゃないけど言えないんだよね。

 キリンは木の上の葉っぱを食べるために首が長くなったって聞いたこと去るけど、私も歌わなくてはならない事情があるから必要に応じて進化して上手く、ならないかなぁ。


 毛布にくるまってごろごろベッドの上を転がっているうちに、私はいつの間にか眠りに就いていた。

 夢の中で私は広い原っぱにいて、そのド真ん中でずいぶん一生懸命に歌っていたんだ。

 でも、音は全く聞こえてこなくて……目の前に座っているとら丸と真恋がにこにこして左右に揺れていた。

 あー、なんか楽しそう、何の音もしないけど、私ちゃんと歌えているんだって安心して歌い終えたら……


「あー、やっと終わったのねー、耳の中がもぞもぞするわー」


 急に真恋の声が耳の中にわんわん響いてきて、とら丸も真恋も耳からオレンジ色のもこもこしたものをポコッと取り出した。

 そう、二人とも耳栓をしていたんだ。


「そこまでして聴きたくないなら、お客さんみたいに紛らわしく座ってるのやめてよー」


 絶叫した自分の声で、目が覚めてしまった。

 三時にやっと寝たばかりだというのに、時計は五時を示している。

 湿った目の端からは、つつーっと新たな涙まで流れ出してきた。


 あぁ、ヤバい、こりゃ相当キてるわ私。

 寝る前は進化して上手くとか、ワケわかんないことまで夢想しちゃってたし。

 もー、やれることはひとつしかないっていうのに!

 そう、私の唯一のとりえ、努力努力努力だ。


 三が日を終えたらとら丸から送られてくるはずの音源と歌詞を使って、ヒトカラでもして練習するしかない!

 どんな歌なんだろう、【ぷにぷにワンダーズ】の主題歌の【わんわんにゃんにゃん大バトル】だったら小さいときから歌いこんでて唯一十八番と言えるんだけど、あぁいう感じのリズミカルないかにもなアニソンだろうか。

 うーん、でも深夜アニメだから児童向けとは違うよね。めっちゃ難しい転調、転調、また転調のハイトーンボイスの人がキーンみたいのだったらどうしよう、声が出ないよぉ。

 うぅ、部屋の中で自主練した方がいいのかなぁ、でも発声練習なんか部屋でできるわけないし。

 さっきから小雨がちらほら降ってるから、河原もキツいよ。

 雪になったら大変だし。


 結局とら丸からの着信が来るまで自主練もせず、ベッドの上でジタバタしながら寝正月を送ってしまった。

 正月特番の真恋主演のいなずま戦士サンダーガールズ特別版、【グリーンマスカット北の海へとセンチメンタル一人旅】を観ながらストレッチとかはやってたんだけど。


 真恋といえば、とら丸から来たメッセージの主題歌担当者の中には真恋の名前もあった。

 三人で【けもみみラバーズwith柊真恋♡ 】というグループ名で歌うらしい。

 やっぱり一番ネームバリューあるし、プロデューサーの鮫川さんも真恋の日だけアフレコ見に来てたもんなぁ。

 真恋の歌上手いんだよねぇ、グリーンマスカットとしても、柊真恋本人としても。


 はぁ、ため息が止まらない私は、メッセージの続きを見て今度は息が止まりそうになった。


 そこには、収録日前の練習厳禁! 明日の本番ではありのままに素直に歌うことという鮫川Pからのお達しが記されていた。

 楽曲も歌詞も添付されてないし!


 えっ明日! 早くね? しかも練習厳禁ってさぁ、もー、どうしろって言うんだぁ!

 ぶっつけ本番なんて、いくらなんでもありえないし! ふざけすぎでしょうがー!!

 真恋はいいよ、こういうのも慣れてるだろうし、七海だってさ、おみくじの漢詩をすらすら読んで 意味まで解説しちゃえるくらいだしさ、ぶっつけの歌だってちゃっちゃとこなしちゃいそうだよ。

 でもさ、この私にそんなことができると思ってるのか! めっちゃ難しい曲だったらどうするのさ! たっぷり練習できたとしたって自信ないってのに!


 無理無理無理無理無理―!


 とら丸に無理で埋め尽くされたメッセージで返信してみたけど、待てども待てどもスマホはシーンとしたままで返事は一向に来なかった。


 あぁどうしよう……

 七海に連絡して何か探ってもらおうかな? でもあの兄妹って仲がいいんだか悪いんだかさっぱりわかんないし、そもそもとら丸自身が何も知らないという可能性もある。

 下手に連絡なんぞしてしまったら、どんな反応をされることやら。


『あぁみな葉ぁ、ボクのことをそんなにも頼りにしてくれるだなんて、僥倖の極みだよぉ!

 ぐうぇっへっへ、これから二人のランデブータイムだよぉ、さぁ探りを入れにキャッスルケープへと共に向かおうではないか!』


 頭の中で、イマジナリー七海がくねくねしながら不穏なことを口走る。


 うーん、ホントにこんなことになったらヤバいな。

 せめて発声練習でもしにカラオケボックスか河原に行きたいよぉ、でも練習禁止って言われちゃってるし。


 ベッドの上で悶々とし、ぐるぐるぐるぐる右に左に回転しながら夜は更け、そのままこてんと寝てしまって、結局私は不安いっぱいのまま本番の朝を迎えることとなったのだった。





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