第24話除夜の鐘におみくじに

「明けましておめでとうございまーす!」


 私が百回、七海が百一回めの除夜の鐘をつかせてもらい、最後の百八回目の鐘を住職さんがつくのと同時に新年はやって来た。

 鐘を突いた参拝客全員に、若いお坊さんや奥様方から甘酒が振舞われ、ウチらもあったかい甘酒をふーふーしながらちびちび呑んだ。

 ぽかぽかとお腹の中をあたためてくれ、じわじわと口の中に広がるしみじみとした甘さが染み渡ってくると、私は何だかいい気分になってきて、自分から七海の腕を引き寄せて組んでしまった。


 びくっとしてこっちを二度見してきた七海の顔が面白過ぎる。


 やったー七海ったらめっちゃキョドってる! してやったり、ふふふードッキリ大成功!

 いつも私ばっかりドキドキさせられちゃって、割に合わないもんね。

 あーいい気分、そろそろ離すか。


 そろそろと自分の腕を引き抜こうとしたんだけど、がっちりホールドされてしまって全然抜けない!

 しまった! 甘酒で酔っぱらってしまったわけでもないだろうに、なんてことをしてしまったんだろう。

 新年早々も早々にしでかしてしまった自分の大ポカに、私はそのときやっと気づいた。


「でへっふぇっへっ! まさか君の方からスキンシップを求めてくるなんて、あぁこれは夢じゃなかろうか! みな葉ぁ、ちょいとボクの頬をつねってみておくれよ」


 あー、エロ笑いバージョン、これってヤバいヤツだぁ、目もとろんとして焦点合ってないよーこわいよぉ!


「う、うん、分かった、分かったからさ、ちょっと腕抜かせて、このままじゃつねれないでしょ」

「はっ、そうだね、それもそうだ、ちょっと惜しいけれども」


 ゆっくりと力を抜かれ自由になった腕を伸ばし、ふくふくつるつるしたほっぺたをきゅっとつねる。


「あぁ、いたひぃ、これは! あれもこれも現実なのだねぇ。みな葉がボクをつねっている、し・あ・わ・せ! あー、この至福の時が今年中、いや未来永劫続いてくれれば良いのに!」


 イラっときてついぎりっと強くつねってしまったのに、赤い痕が分からなくなるくらいにぽっと頬を染めて、ぽわんとした顔の七海。


 うーん、かわい……くはないなぁ、やっぱちょっとキモいわ。やっぱコイツってM入ってるよね。

 まぁ、一応お年玉ってことで、眠くなってきたし、退散、退散。

 年始だから特別運航してるし、家に帰って寝ちゃおーっと。


「じゃ、七海、そろそろ帰ろうか。お母さんの着物がしわになっちゃうかもしれないし」

「えっ、みな葉もう帰るのかい、まだおみくじも引いてないのだよ」

「あっ、そっか、除夜の鐘もついて参拝もして、もうすっかり終了モードだったよ! 折角ならやっておきたいわ」

「うんうん、ここ、白鵠寺のおみくじはちょっとばかり変わり種なのだよ!」

「あー、さっきギャルたちがキャーキャー言いながら溜まってた場所かな」

「うーむ、気付かれてしまっていたか! 詳しく見たかい?」

「ううん、人だかりでよくは見えなかった」

「じゃあ、ボクからはこれ以上の説明は控えよう。ぐうぇっへっへ、楽しみにしておくれよ」


 人だかりではぐれないように七海に手を引かれ、拒否する理由も思いつかずに連れられるまま行った先、境内の中で最も人だかりができた場所、そこで見たおみくじは確かに変わり種だった。

 いけすのような水槽の中で、きらきらした金魚が所狭しと泳いでいるように見える。

 お水は入っていないし、金魚は陶器でできたお人形なんだけど、我先にとポイならぬ長い柄のざるで金魚すくいをしているギャルたちの手の動きで、まるで泳いでスイスイ逃げているように見えたんだ。


「あー、もうあの金色のやつが大吉っポイのにぃ! めっちゃ悔しいい!」

「まーまー、この赤いのも可愛いよ。まるでありさの着物のようだよぉ」

「えー、たぁくんったらぁん」


 頭のてっぺんに大きな薔薇の造花を咲かせ花魁のような艶やかな着物を着崩したギャルのまるっとしたおでこを、いかちい顔に似合わず鼻の下をでれっと伸ばした紫のスーツ男が指先でツンツンしている。


「そっかー、こういうのだったんだね、楽しそう」

「うん、幼少のみぎりはこれをやるのが楽しみでねぇ。一度みな葉を連れてきたかったんだ、ついに念願が叶ったよ」


 ギャルの逃した金魚を私がすくい、七海は横にくっついていたピンクの金魚をすくって、パカっとお腹を開けて、それぞれのおみくじを取り出してみる。

 しかし、何でお腹なんだろう、おみくじを取り出した後は小物入れとしても使えますってお金を入れる箱に書いてあったけど、金魚のお目目とかくりくりして可愛いだけにちょいグロいかも。

 そんなことを思いつつ開いたおみくじは、ギャルの予想通りの大吉……ではなくて、末小吉だった。


「わー、たぁくんアタシぃ大吉だったよぉ!」

「わおっ、ありさはやっぱりツイてるなぁ! そんなありさの彼氏のオレもツいてるぅ、ひゅぅっ!」


 さっきの派手カップルのいちゃこら会話が、右の耳から左の耳へスーッと通り抜けて行く。

 人が逃した末小吉を、わざわざすくっちゃった私って一体……


「ねぇ、みな葉、ボクは4番の吉だったよ、うむまずまずといったところだね。まぁ君と新年を迎えられた今の気分は天にも昇るような大大吉なのだけどね、ぶうぇっへっへっ!」

「私は……56番の末小吉」

「そ、そうだったのだね」


 微妙、微妙、微妙だー。

 七海もいいボケが思いつかなかったのか、めっちゃ普通の相槌しか打ってこないしさー!

 むしろ大凶とかの方が、笑い飛ばせてよかったかも。ってやっぱそれはさすがにやだわ。


「よし、中身を読んでみようじゃないか、ふむふむ、おぉまち人来るべし! ぐうぇっへっへ、今横にいますよー、ふんふんよろこびごとおそし後十分よしとな! 喜ばしいことは後からやっとくると、いやはや楽しみだぁ!」

「へー、よかったね」


 我ながら一ミクロンも感情のこもってない棒読みだ。


「うん、うれしいよ! ところでみな葉は?」


 読みたくねぇ。


「あー、なんか上の部分の漢詩? には憂うとか白髪とか書いてあって、はぁ、待ち人は早く来ずで失せものは容易に出てこないで、争事は勝ちがたしだってさ……はぁ」


 もうため息しか出てこないよ。

 一応吉ってついているのにこの有り様。


「み、みな葉! ちょっとボクにも見せておくれよ。漢詩の部分に何かいいことも書いてあるかもしれないよ」

「あぁ、別にいいけど、はいっ……」


 そんなわけないと思うけど今更隠しても仕方ないし、つっけんどんに末小吉を差し出すと、七海は仰々しくそれを受け取り、大きい目を余計に見開いてぎょろぎょろと食い入るように読み始めた。


「ふーむ、生涯喜び又憂う 未だ老いずして先ず白頭 心を労すること千、百度 方まさに貴人の留むるに遇あわん かー、あっみな葉最後にいいこと書いてあるよ! やがて目上の人からの引き立てがあり運が開けていくだろうってあるもの」

「えー、ホント、でもその手前の部分、老いずして白髪とか……若白髪が生えちゃうの? そっちの意味も教えてよ」

「あー、聞きたいのかい」

「もちろんだよ! 七海は私に嘘つかないんでしょ、隠し事なしで教えてよ」


 腕を組んで気まずそうに言いよどむ七海をせっつく、ちょっと反則技かもだけど知りたいんだもん。


「そうだね! 君に隠し事はなしだ! うん、これはね 喜んだり憂えたりと安定しない日々が続いてまだ若いのに心配事が多く白髪になった。そんな心配事が百度、千度と多く続くが、やがて目上の人からの引き立てがあり運が開けていくだろう。っていうのが全文通しての意味だね!」


 あー聞かなきゃよかった。


「あ、ありがとぉ」

「いえいえ、お安い御用なのだよ! しかし、目上の人って誰だろう? 兄者かな」


 うーん、とら丸かぁ、年上ではあるけど、目上なのかなぁ、あぁ一応監督か。

 引き立てて……くれそうにないよ。


「じゃあ帰ろうか……」


 おみくじを金魚の開いたお腹にしまい、蓋を閉じていると七海が覗き込んできた。


「ねー、みな葉、何で金魚のお腹が開くのか気にならないかい」

「うん、気になる! 可愛いのにお腹じゃちょっとグロいかもって思ってた」


 末小吉ショックで、すっかり忘れてたけど。


「このお寺はね、戦国の世にこの辺りの城主と争ってこっぴどく虐められたそうなのだよ。それで当時の住職が武士の嫌がる切腹を模して魚のお腹が開く陶器を作ったのがはじまりだそうだよ、ちょっとした豆知識だね」

「あ、そ、そうなんだ」


 そんな怨念のこもった始まり、そして私は末小吉。

 すっかり気力が抜けてしまった帰り道、七海だけは変わらずニヤニヤ機嫌がよさそうだ。


「ねー、そういえばみな葉はお願いごとなんにしたんだいーボクはねー」

「ナイショ、つーか七海も言ったら叶わなくなるよ」

「あー、そっかそっか、ボクとしたことが」


 それもそうだけど、どんなお願い事が大体想像がついちゃうから聞きたくないんだよね。

 背筋、ゾクッとしちゃったし。


 七海には言わない私の願いはたったひとつ、胸を張って声優と言えるようになりたい。

 それだけだ。

 おみくじは末小吉で、とら丸が正月休みを終えたら歌の収録も待っている。

 七海のラブラブ攻撃は相変わらず。

 どんよりとした気分の幕開けになった今年だけど、いつまでもぐじぐじ悩んではいられない。

 今年の私は一味違うんだから。


 七海にだって変に遠慮せずに、ビシバシぶち当たっていこうって決めた。

 とら丸スタジオからの帰り際。


「ねー、みな葉ぁ、まだお別れしたくないよぉ。夜明けもまだだし泊ってゆけばよいではないか、共に初日の出を見ようよー」


 べたべたべたべた絡みつく七海に対して、私は毅然とした態度をとった。


「無理だよ、ここじゃゆっくり眠れないもの。まだアニメの仕事が残ってるって判明した今、体調は万全に整えなくちゃ」

「うーん、でもでも」


 それでもぐずる七海の耳元にそっと唇を寄せ、私はある秘密をささやいたんだ。


「近所のお兄さん役の人いたでしょ、アレ私の元カレ」


 ぽかーんとした表情の七海を残し、「じゃあまたレコーディングでねー」私は両手をブンブン振って玄関から颯爽と出て行った。

 ただびっくりさせたかっただけじゃなくて、七海が私に隠し事なしでオープンに自分を見せてくれようとしているのにこっちだけいつまでも秘密にしておくのはフェアじゃないと思ったからだ。

 まぁ、もうとっくにアフレコが終わってて顔を合わせる機会もないから安心っていうのもあるけど。


 しっかし、あのときの七海の表情はめっちゃウケた。

 青天の霹靂! みたいな目の見開きにあんぐり開いた口、申し訳ないけど駅までの道どころか、電車に乗ってからもクスクス笑いが止まらなかったくらいだ。


 うーん、私ってもしかしたらちょっぴりSっ気があるのだろうか。

 いやいやそんなことはない! お寺ではびっくりさせようとして返り討ちに合っちゃったし、たまには意趣返しで軽い一撃をおみまいしたっていいよね、うん。


 にやけながらベッドに入り、ごろごろと天井のキリン模様を見つめていると、深く考えないようにしていた重い現実がどんどんのしかかってくるように思えてきた。


 そうだ、七海にも言ったけど次に会うのは慣れ親しんだ動画の音声収録でじゃない、レコーディングなんだよね。

 私、歌うんだぁ。

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