第22話年越し蕎麦と伊達眼鏡

「うさぴょ子―! 大好きだにゃー! ごろにゃーごー」


 七海にゃみ美の大絶叫で終わった今年最後の収録は、二か月分まとめてということもありいつもより遅い夜の七時過ぎまでかかってしまった。


「お疲れさまー初詣に行くまでまだ少し時間があるから、晩ごはんを共に食べようではないか!」

「あ、うん、ありがとう」


 誤解されたままのとら丸と食卓を囲むのはちょっと気まずいけど、今回は七海ほどではないけど私も声を張る場面が多くエネルギーをかなり消費してしまった。

 格好悪くお腹をきゅーきゅー鳴らす前に、何か口にしたかった。


「じゃじゃーん! お待たせしましたぁ、やっぱり大みそかといえばコレであろう!」


 とら丸とはす向かいで炬燵に入りお互い目も合わさず、思った通りの気まずい沈黙が続いていた中、その静けさを七海の元気な声が破ってくれた。

 トントントンとリズミカルに天板の上に置かれたのは、湯気がもうもうたつお蕎麦で上には丸っこくてどんぶりからはみ出しそうなほどの大きな天ぷらが載せられていた。


「これってかき揚げ?」


 平たい天ぷらのようなものはかき揚げに見えなくもないのだけれど、何の具が入っているのかいまいち分からない。


「ぶうぇへっへ、はてさて一体何なのでしょうか? 食べてからのお楽しみなのだよ」


 三人で今年最後の晩ごはんを前に、いただきますって手を合わせて、それから口にした天ぷらっぽい揚げ物は、もっちりふわふわとろとろでちょっと不思議な感覚がした。


「これは、細切りのじゃがいもかな? 後チーズの味がするね、洋風のかき揚げ?」

「ピンポーン! さすがみな葉の味覚はすごいのだね! これはレシュティっていうママ上の故郷の料理をアレンジしたものでね、本来はいものパンケーキみたいなものなのだよ」

「いや、さすがにじゃがいもとチーズの味くらいわかるって。でもこんな洋風の天ぷらと蕎麦つゆが合うものなんだね」

「ぐうぇへっへ、蕎麦とも合うのだよ。一緒に食べてみてくれたまえよ」


 あっ、ぶがぐになってる! 年の瀬にして、七海の変笑いニューバージョンだ。

 それはさておき、本当にチーズいもかき揚げとお蕎麦合うわー。

 七海って、けちのつけようがないくらい料理はホント上手いんだよねぇ。


「おいし」


 ぽっと口から飛び出した本音に、七海はビビっと反応した。


「いやー、そうでしょそうでありましょう! 中央ヨーロッパと和の絶妙なフュージョン! まさに君とボク、まったりとしっぽりと溶け合えばまさに天上の悦楽かのような極上のハーモニーを奏でるに違いない! あぁ素晴らしいよ、さぁボクとどっぷりフュージョンしようではないか!」


 あー、聞こえない聞こえないー。


 こっちがシラーっと無反応だってのに、七海はうっとりと恍惚の表情で自分で自分を抱きしめて、身をくねらせる、唇はタコみたいに突き出してるし……

 ヤバッ、うんそうだ! 見なかったことにしよう。


 かき揚げの油の溶けだしたつゆと共にお蕎麦をすすり、ふやけたもっちりかき揚げをかじる。

 ちゅるちゅる、もちっ、すすすっ、ごっくん。

 七海を無視するために目の前のそれ全集中したはずが、いつの間にか私はその味のローテーションにすっかり夢中になっていた。


「もー、みな葉ったら、ボク特製の愛の年越し蕎麦にそこまで夢中になってくれるのはうれしいけれど、たまには蕎麦以外にも目を向けておくれよー。ボク何だか寂しくなってきてしまったではないか」


 声をかけられてハッと顔を上げるまで、隣にいる七海の存在すら忘れていたくらいだ。

 っていうのは、ちょっと大げさだけど。

 でも、それくらい美味しかったんだよね。

 とら丸も一心不乱にすすって食べて、おつゆまで飲み干してるし!

 ずずずずずーすぴっ!


「お代わり!」


 久しぶりに口を開いたとら丸の眼鏡は、湯気ですっかり白く曇っている。

 あれじゃ見えずらいよね。


「ねー、とら丸、眼鏡そんな真っ白じゃ何も見えないでしょ? 七海に聞いたけど、それって伊達眼鏡なんでしょ。家の中なんだし外したら?」


 思わず声をかけてしまうと、とら丸は憮然とした表情で眼鏡を外し、半纏の袖で拭いた後またすちゃっと掛けなおした。


「異なことを、ぬしは何をたわけておるのだ、拙者の眼鏡は伊達なぞではないぞ! 視力0.04の拙者にとって必需品なのだ!」

「えー、だって七海が」

「かつがれたのであろう、疑うのならばうぬが自身で掛けてみればよいであろうが。辞儀に及ばぬ」


 とら丸に借りて眼鏡のレンズ越しに部屋の中を見回すと、ぐるぐるしてちょっと酔ったみたいになってしまった。


「ホントだぁ、キツイねぇ、ちょっと目が回るよ」

「そうであろう」


 もー、七海ったら何故そんなどうでもいいことで、くだらない嘘なんかつくのよ!

 私はちょっと腹を立てて、お代わりをもって戻って来た七海を問いただしてしまったんだ。


「ねー、七海ったら、とら丸の眼鏡は度入りじゃない。あんなド近眼の人が伊達眼鏡とか言ってー、だまさないでよー!」


 私にいきなり食って掛かられた七海は、意外にもポカーンとした顔をしてくるりととら丸に目を向けた。


「兄者、中学入学と同時に眼鏡を掛けたときに、これは自身の美貌隠しの伊達眼鏡だと言っていたではないか!」

「そんなものほらに決まっておろうが! うぬは既に小4にもなっておったというのにそんなほらをずっと信じておったのか。はっはっは! この抜け作め!」

「もー、兄者ったら! 何でそんな嘘なんかついたのさ! ボク知らず知らずのうちにみな葉をだましてしまったではないか! みな葉には本当のことしか言わないって心に固く誓っていたというのに! どうしてくれるんだよ、もう取り返しがつかないよ……」


 顔を真っ赤にして地団駄を踏む七海が面白過ぎて、私は蕎麦つゆを吹き出しそうになってしまった。

 でも、こんな他愛もないことで怒ってしまった私も私だなぁ、反省反省。


「いいよ七海、七海も子供のときからずっとだまされてただけなんだからさ。これはノーカンにしよう!」

「えっ、いいのかいみな葉、こんなボクを許してくれるのかい。君って、君ってば何て広い心の持ち主なんだ」

「もー、大げさだなぁ、私もあれぐらいでムスッとしてちょっと大人げなかったしね」


 大きな目をうるませて、祈るように指を組んでぷるぷる震える七海は、まるで幼い子供のように無垢で可愛らしく見えた。


「やっぱり君は素晴らしいね、あっ、お蕎麦のお代わりはどうだい」

「あ、じゃあちょっとだけ」

「うわー、いつもは食の細い君がお代わりを求めてくれるだなんて、そんなにボクの愛をその身の中に宿したいのだね、さっきもボクの間違いをすぐに許してくれたり、あぁボクの方もみな葉の深い愛情に溺れてしまいそうだよ」


 何そのさっきと違うぽわぽわ上気した顔、それに愛情とかじゃないしそういうのと全然違うから!

 もー、どんぶり通り越して、私の手をねちっこくなでなでしてるし!

 前言撤回! やっぱコイツ可愛くないっ! ただの変態だから!


「はー、食べた食べた、ごちそうさま、ねぇとら丸」

「なんぞ」


 お腹がパンパンになるくらいお蕎麦を食べた後、私はふととら丸に声をかけてみた。

 気まずい誤解はおいおい訂正していくとして、やはりウチらのけもみみラバーズにとって最大の尽力者であるとら丸に、今年最後にねぎらいの言葉をかけておきたかったんだ。


「いつも動画を作ってくれてありがとう、後アニメのことも感謝してるよ。特急で作ってるから大変でしょ、年明けのラストスパートがんばってね」


 私のその言葉に、とら丸は何故か怪訝そうな顔をして首をひねった。


「ぬしは他人事の如く何を言っておるのだ。まだ終わらんぞ、ぬしらの最後の仕事が終わらんと拙者の役目も終わらぬのだ」

「えっ? もしかして撮り直し、アフレコまだやるの?」

「たわけが! アニメのはじめと終わりには何がある」

「えっ、主題歌とか?」

「さよう、うぬらがその役目を下知されているのだ」


 えー! そんなの全然全く知らなかったよー!


「七海は、七海は知ってたの?」

「いや、ボクも初耳なのだよ」


 首を振る七海はちょっとだけ驚いた顔をしているけど、私のように慌てふためいている様子はない。

 そりゃそうだよね、前に動画の中でハミングしてたけど結構いい感じだったしさ。

 うー、でも私は歌ってちょっと苦手なんだよね。

 アイドル声優とかじゃないから、まさか自分にこんな機会が巡ってきちゃうとか考えもよらなかった。


 あー! 今年最後のサプライズがこんなところで来るなんて。

 もう、どうしよう……


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