第20話七海の想い
「えっ、でもウチらって三度目のガヤのあのときまで、一度もしゃべったことなかったじゃない?」
今度はこっちの声がふるえてしまう。
「はじめはルックスがドンピシャリのタイプだって思ったんだよ。養成所のグループレッスンで一緒になったときはドキツとして思わずカッと目を見開いてしまったよ。サラサラの黒髪に大きな猫目に小さなさくらんぼみたいな赤い唇、それに細い体、ボクの初恋の人、魔幻少女ミリーナに生き写しだと思ったのだよ。もう一目見ただけでゾッコンだったよ」
まさかの見た目!
うーん、魔幻少女って地元では放送してなかったたから観たことないけど、十年前の深夜に放送されたカルト的に人気を博しているアニメだって聞いたことがある。
つーかお前もアニメが初恋か!このヲタ兄妹め!
心の中で突っ込むだけでいっぱいいっぱいで押し黙ったままの私にピッタリと肩を寄せ、ちらちらと横目で見ながら七海の告白は続いた。
「それから気になって君の姿をいつも目で追ってしまうようになって、それで空き時間やレッスン後に自己練している君の懸命な姿を観て、ルックス以外にもどんどん惹かれていったのだよ。そして子役時代のちょっとした経験や家族の仕事のことでなんとなくで流されるようにこの道に進んでしまった自分を反省したんだ」
そんな前から、ずっと私のことを見ていたなんて。
そんな人の存在にすら全く気づいてなかったとか、私ってめっちゃ鈍感なのかも。
はぁっとため息をつくと、七海は私の手をさっととってはぁっとあたたかい息を吹きかけてきた。
「みな葉寒いのかい? ごめんよ、兄者が炬燵を占領してしまって、今場所を作るからね」
七海は足先でぐいぐいととら丸の体を押しやり、「ううん」と寝返りを打ちながら逆方向に移動し、そこには小さな隙間ができた。
「はい、どうぞ!」
久しぶりににっこりと笑った七海の笑顔に遠慮することなんかできず、私はとら丸の丸まった背中の横に七海と並んで足を入れた。
実際に凍えていた私の指先に、炬燵はじんわりとぬくもりを与えてくれた。
「あったかい……ありがとう」
向けた笑顔に、七海はパンパンの目をもっと細めてさっきよりも満開に笑った。
これですっかり仲直り、元通りといきたいところだったけど、七海の告白はまだ終わっていなかったんだ。
「みな葉あのですね、謝りたい理由については実はここからが本題なのだよ。VTuberを、けもみみラバーズを一緒にやろうと誘った理由に、君と親しくなりたいというよこしまな感情がなかったとはとても言えないんだ……これはずっと胸にしまっておくつもりだったのだけれど、君にもう嘘はつけやしないよ」
「えーっ!! そんな理由で大仕事のオファー蹴っちゃったの! やだーバッカじゃないの!」
びっくりし過ぎてソファーから勢いよく立ち上がった拍子に、つま先でとら丸の顔を蹴飛ばしてしまった。
それでもとら丸は起きずに、ごろごろと転がりながらまた場所を移動している。
「いやいやいや、ボクはまたしくじってしまったようだね! 理由はもちろんそれだけではないのだよ!」
私に続きとっさに立ち上がった七海にも、とら丸はばこっとおでこを蹴られた。
それでもやっぱり苦悶するように眉間にしわを寄せて、背中を丸め眠り続けている。
よっぽど疲れているんだろう。
「あの、とら丸に悪いよ。ちょっと移動しよう」
向かい側の床に直に体育座りすると、真似をするように七海も真正面で膝を突き合わせるようにして体育座りをする。
「あのさ、みな葉を誘った一番の理由はね、その真摯な姿を近くで感じ学びたい、そして共に成長していきたいと思ったのが本心なのだよ。ガヤでも決して手を抜かず、原作を読みこんで自分の役を描かれていない本質を理解しようとしていた……そんなみな葉のひたむきさがまばゆく見えて、ボクの心をとらえて離さなかった……失礼ながらぶっちゃけて言わせてもらえばみな葉は派手でパッと人目を引くようなタイプではない、でも内に輝きを秘めている! 君はずっとボクの心の一等星で、その存在がかけがいのない宝物なのだよ!」
恋は盲目とはよく言ったもので、いくらなんでも七海は私を買いかぶりすぎだ。
あまりにも未熟で欠けているところだらけだから、足りない部分を補うために私は必死で努力するしかなかったんだ。
真っすぐなでも頼りない細い道が目の前にうっすらと見えるだけで、かすむその道を見失わないように進むしかなかった。
ほかに道がなかっただけなんだよ。
でも誰も知らない、興味もないと思っていた自分の努力をしっかりと認めてもらえたようで、そしてそのことが知らないうちに誰かに影響を与えていただなんて、今までやってきたことは決して無駄じゃなかったんだと思えて、胸がぽわんとあったかくなった。
正直言ってめっちゃうれしかった。
差し向かいで、真正面から褒められまくって、ハズ過ぎる状況ではあったのだけれど。
「ありがとう、こんな私のことをちゃんと見ていてくれてありがとう」
今の私に返せる言葉は、これしかなかった。
「いやいや、そんなそんな! こちらこそボクに出会ってくれてありがとう! それとさ、しゃべったことなかったっていうのは違うのだよ」
照れたように頭を掻く七海の言葉に「えっ!」と首をかしげる。
いくら自分のことでいっぱいいっぱいだったとはいえ、こんな目立つ人間と言葉を交わしていたら、さすがの私でも気に留めているはずだ。
よっぽどぼーっとしていたんだろうか。
「ボクがおはようございますとかこんにちはって毎朝挨拶すると、みな葉もちゃんと挨拶を返してくれていたよ」
そういえば愛想がなく単独行動ばかりの私に対し、珍しく顔を合わせるたびに挨拶をしてくれる子はいた。
でも、目の前のゆるふわ可愛い系の七海の印象とは全く違う大きな緑のフレームの眼鏡をかけて、毛玉だらけのセーターを着たアホ毛のぴょこぴょこしたほつれたひっつめ髪で、
一声だけでもちょっと個性的な声が耳に残るあの子!
って、あの個性的な声、七海だー!
何で今まで気づかなかったんだろう。
「えー、見た目まるで違うじゃん!」
「あー、パパ上のSNSによく家族の写真を載せられてしまうものだからさ、養成所の他の子たちにバレ変に意識されてしまわないように部屋着のまま通っていたのだよ。眼鏡は伊達メガネだったのだけどね、ちなみに兄者もそうなのだよ」
えっ! とら丸のかなり度がきつそうな分厚いレンズなのに、あんな伊達眼鏡ってあるの! そういえば最近かけてないけど、ってそんなこと言ってる場合じゃなくて。
「言ってくれればよかったのに! 私、いつも七海が挨拶してくれて、ちょっとうれしかったんだよ」
「うわー、そんなこと言われると何だか照れてしまうな。もしかしてみな葉はあの部屋着姿がお好みなのかい、それとも眼鏡かい? はっ、それなら兄者に直ちに眼鏡をやめさせないと!」
どうして、そこでその返しがくるの!
「そうじゃなくて、他の人には空気とかモブみたいに思われてただろうから、私の存在を認識してる子がいるのがうれしかったの!」
「なんだぁ、ボク自身に興味があったわけではないのだね。でもみな葉のその認識は間違えているよ、君は養成所の同期の間では意識されていたもの」
ほおっとため息交じりに七海が漏らした言葉は、意外過ぎてとても素直に相槌は打てなかった。
「嘘だー、私七海以外に誰にも声をかけられたことないよ。一度レッスンの教室が変ったときもだれも教えてくれなくてがらんとした教室で一人で待ってたし」
「みな葉―、そこが君の良いところではあるのだけどさ、養成所の同期はみんなライバルなのだよ。ギラギラした目つきで才能のある人を吟味、あるいは値踏みしているんだよ」
「いや、だから私に才能なんか」
「あるよ! どこにでも染まれる声と努力の才能が! 確かに君の声はがっつりとした個性的なものではないかもしれない。しかし、どんなところにでもスッとなじむ。
それはすごい強みなんだよ! 地声と全く違う複数の声、少年も少女の声も出せる、どんな役にでも染まれる!それを努力で身に着けたみな葉はきっと皆にとって怖い存在だったのだよ、だからこそ警戒されていたのだよ」
強い個性がない、逆にそれが強みになるだなんて。考えたこともなかった。
何でもこなせるようにハなりたいと思ってはいたけれど。
特徴のある個性的な声、全てががらりと違う別人のような七色の声を出せる人、どちらもすごいけど主役を射止めるのは圧倒的に前者だ。
私はもちろんそのどちらでもなくて、複数出せる声もすべてその辺の雑踏に溶け込んでしまいそうなありふれた少年や女性の声だ。
でも、それが武器になる?
「でもね、君の素晴らしさはそれだけじゃないのだよ。一番の君の声の魅力は、その心地よさだ! 春を知らせる風のようにやわらかで暖かく、通り抜けてしまうの惜しい、ずっと耳の中に閉じ込めておきたいくらいだ」
またすごい殺し文句だけど、本当に? ただのあばたもえくぼってヤツじゃないの!
私の中ではうれしさと照れと猜疑心がぐるぐるぐるぐる駆け巡って、サイケデリックなマーブル模様を描いていた。
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