第18話真恋、来訪

 朝、軽快なドラムロールの音色を鳴らすメールの着信音で浅い眠りから覚まされた。

 送信者は七海ではなく、真恋。


『昨日はごめん! 話があるからあとで会わない?』


 短いメッセージに自宅アパートの地図で返信したけどその後スマホは鳴らず、再びベッドの上で夢とリアルをさまようようにまどろんだ。

 ピンポピンポピンポーン

 昼下がり、玄関のチャイムがリズミカルに連打され、それはドアを開けるまで続いた。

 ドアの向こうにいたのは、案の定真恋だった。


「真恋さー、チャイム何回押せば気が済むのさー」

「あー、寝てるかと思って目覚まし代わりにわざわざやってやったのよ!」


 いつものように偉そうに腰に当てた手には、手土産らしき紙袋がぶら下がっている。


「どうせ朝も昼も食べてないんだろうと思ってね。ベジストアのオーガニック照り焼き豆腐バーガーを持ってきてやったわよ! ここに来るのとは反対方面だし遠回りだったんだから、全く!」

「はぁ、ありがと」


 頼んでもいないブランチを振り回しながら中へと入り込んだ真恋は、ベッドにとすんと腰を下ろすと目を丸くしてほぉっとため息をついた。


「しっかしちっこい部屋ねぇ、ベッドのほかにスペースほとんどないじゃないの。うちの犬より生活スペースが狭いわよ、あんた今そこそこ儲かってるんじゃないの?」

「うーん、バイト生活の時よりはねー。でもいつどうなるか分からないから生活費以外ではほとんど手を付けてないんだよね」

「はぁ、貧乏性ねぇ、若いんだからケチケチせこせこ貯金なんかしてないでパッパと使って広いところにでも引っ越しなさいよーそれにたまにはいいものも食べたら? あんたガリガリ過ぎんのよー、胸も真っ平だしー、あー平らじゃないかえぐれてんのか」


 もー、心配してるんだかバカにしてるんだか。

 つーか真恋ってさ、ときどき女王様なのかおばちゃんなのかよくわかんない口調になるよね。

 それこそ、私より二つも若いのに。

 それに、人が気にしていることまでズバズバとぉ……

 自分だってヲタにロリ体型、永遠のJCとか言われちゃってるくせに。

 まぁ、私ほどのまな板ではないけどさ……

 だったらこっちは、あのこと言ってやるんだから。

 ヤダって言われても言っちゃうんだからね!


「真恋は二日酔いになってないの? 昨日大虎になっちゃって大変だったんだよー。大虎がとら丸とら丸ってさぁ、めっちゃうるさかったんだよー」


 私のちょっとした仕返しに、真恋はぷーっと頬を膨らませ紙袋から照り焼き豆腐バーガーを取り出すとががぶっと噛り付いてそのままむしゃむしゃと食べ始めた。


「ちょっとそれ、私に買って来てくれたんじゃないの?」

「ふんっ、あんたにこんな超高級品はもったいないわよ!」


 憎まれ口をたたきながら、もう一つのバーガーをぽーんとこっちに向かって放り投げた真恋は、どーんとそのままベッドの上に仰向けに寝転がった。


「あー、この天井さ、ちょっと田舎のおばあちゃんちの仏間に似てるわ。木の模様がさ、ちょっといなずまっぽく見えるのよ」

「そうかなー、私はキリンの模様みたいだって思ってたよ」


 一緒になって寝転がって淡白な味付けのちょっと冷めてふにゃっとしたバーガーを食べながら、私たちは天井を見上げながら無言でむしゃむしゃと照り焼き豆腐バーガーを食べ続けた。

 ここに来るきっかけになった真恋の話については、しばらくどちらからも切り出さないままだった。


「あー、喉が渇いたわ」


 沈黙を破ったのは、真恋の方だった。

 がばっとベッドから起き上がると、勝手知ったる他人の家といった調子でずかずかと冷蔵庫に向かい、ここぞというときに飲もうと大事にとっておいたちょっと高級なエナジードリンクの蓋を躊躇なく開けてぐびぐびと一気飲みする。


 あー、演出助手の峠さんに顔合わせのときにもらったウルトラモンスターパワフルドリンクローヤルゼリー入り飲まれちゃったぁ。

 こんなことなら真恋が来る前に、どっかに隠しておけばよかったぁ。

 うーん、こういうところが真恋の言う通り貧乏性っていうかケチなんだろうなぁ。

 しかしもったいない以前に、呑んだ次の日にあんなにぐびぐびやっちゃって喉に影響ないのだろうか?

 それが気になって、なかなか飲めなかったってのもあるんだよね。


「ねー、真恋エナジードリンクを一気飲みして喉に悪くないの?」

「はぁ何を言っているのよ! この柊真恋の喉がそんなやわなわけがないでしょう。 元気モリモリにみなぎっているわよ! これ連投アフレコのときにいいのよね」


 はぁやっぱ気持ちも喉の頑丈さもモノが違うわ、この人は。


「ところで、ここに来た要件なんだけどね」


 感心してぽけーっと見つめている私に、真恋は振り向きざまにいきなり切り出した。


「あ、うん」


 唐突過ぎて、気持ちがついていかない。

 ただ、大体の見当はつく。

 うなされた後に吐き出した、七海とのあの件についてだろう。


「私はさー、もうこれっぽっちも城ケ崎に対して恨みとかはないのよ。急きょのことでオーディションに参加できなかった脇役さんにお友達からコネで譲ってもらったのー? とか嫌味がてらに真相を教えられたときはそりゃかなり腹が立ったし、もやもやが胸の奥でずっとくすぶっていたのは事実だけれど、吐きだしてスッキリしたし」


 やっぱり……

 静かにうなずく私に向かって、真恋は尚も話し続ける。


「たださ、どうせなら正々堂々と真正面からアイツと戦って勝ちとりたかったっていうのはあるのよね。動画見たときも思ったけどやっぱりアイツ上手いのよ」

「そうだよね、真恋も七海もこれといったものがない目立たない私なんかと違って、上手いし華も個性もあふれそうなぐらいにあるよ」


 ただ相槌を打つつもりがつい口からぽろっと飛び出してしまった私の本音に、真恋は顔をしかめ右眉をぐいっとつり上げた。


「ちょっとみな葉、アンタ本気でそんなことを言っているの?」

「だ、だって事実だし……」

「情けない! こんな奴に一目置いて共演までしちゃったなんて、自分が情けなくてちょっと泣けてきそうよ!」


 真恋は私に背を向け、玄関の方へと歩を進めた。

 すっかりあきれられてしまったのかもしれない。

 ただ私はもう、こんなすごい二人にサンドイッチされているしなしなのしなびたレタスのような自分に耐えられないのだ。

 今にも涙がにじみそうな目に力を込めてわなわなと真恋の背中を見つめていると、その背中はいきなりくるっと向きを変え、ぐっとこちらに伸びた手のひらがぽすんっと私の頭をたたいた。


「私はさー、たとえ城ケ崎が断った役だったのだとしても、サンダー4号グリーンマスカットを演じられるのは自分しかいないと信じているのよ! 勝負したとしても最後に役を掴み取るのは自分だったってね! グリーンマスカットが選ぶべくして私を選んだの、同じように城ケ崎はみな葉とけもみみラバーズを演じることを選んだのよ」

「で、でも……たまたま先に約束しちゃってただけで」

「ばぁーん!」


 しょぼしょぼした私に向かって、真恋はもう半身がドアの外に出た状態でにゅっと隙間に手を差し込み、くるりとターンしながら振り向きざまに指の銃で私の胸を打った。


「城ケ崎は私には悪いとは思っていないし謝るつもりもないって言っていたのよ。完成した作品を観てグリーンマスカットは自分がやるべき役じゃなかったとハッキリ分かった、でも自分はそれ以上のものを得ることができたから一度も後悔したことはないってね」


 言い残されたその言葉をどう咀嚼したらいいのか、私にはさっぱり分からなかった。

 なぜ自分を選んでくれたのか、たまたまそこにいただけではないのか?

 七海が自分を選び、ともに活動したことで得られたものは本当に人気アニメの大役以上に価値があるのか?

 直接七海に問いかけてみたかったけれど、その夜も七海からの連絡はなかった。

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