第13話上から目線で出てあげる! どうなるアニメが急進展

「とら丸兄さまぁ~お待たせいたしました! 真恋ただいま参上つかまつりましたー」

「否、拙者はぬしの兄ではない!」

「そんな御無体な、でもそんな冷たい言い方もまたすてき、あ、あのこれはお探しになっているとおっしゃっていたイエローピーチの光る塗り絵のプロト版です。何とか手に入れましたので献上いたしますわ」

「うむ、大儀である」

「あの、それで、これからはとら丸兄さまとお呼びしてもよろしいかしら?」

「よしなに」

「やったー、うれしいわー!」

 それから柊真恋は仕事の合間を縫って、ちょくちょくとら丸スタジオに現れた。

 どうせならウチらつーか私がいないときににでも来ればいいのに、ちょうど空き時間がけもみみラバーズの収録日と重なっているらしい。


 そして、驚くべきはその服装、パキパキとした黄色いいなずま柄のひらひらのミニスカートのすそと頭にちょこんと乗った帽子には小さな黄桃のマスコット。

 サンダー2号イエローピーチのコスプレ姿なのだ。

 ショートボブの地毛にわざわざエクステまでつけて、ツインテールの髪型まで再現している。


「ねぇ、とら丸兄さま、真恋のイエローピーチの扮装姿どう思われます?」

「これは異なことを、顔の造作も、身の丈も、まるでなっておらんな。そもそもうぬはイエローピーチではないのだから是非もなしということよ」


 時間の無い中必死でそろえたコスプレ衣装を全否定されても、柊真恋はうっとりととら丸に寄り添ったままだ。

 げせぬ。


 とら丸はそんな真恋にべたべたくっつかれても全く意に介さず、会話をしながらもぱらぱらと手にした漫画をめくっていたのだけれど、急に首をかしげたと思ったらそのお腹がきゅるきゅると可愛らしい音を立てて鳴った。


「ところで真恋とやら、腹の虫が教えてきたが拙者らはそろそろ間食(かんじき)をたしなむ時分どきのようだ。そちにも馳走してやろう」

「きゃぁ、かたじけない。ご相伴にあずからせていただきますわぁ」


 今日のおやつはとら丸がイベントの送り迎えをしてくれるスタッフの人に出張のお土産でもらった抹茶クリームぜんざいだ。

 鼻を通り抜ける香り豊かな抹茶のほろ苦さと、甘さ控えめでやさしくしっとりとしたこしあん、なめらかでふんわりとしたクリームの三重奏を楽しみながら、柊真恋はついにとら丸スタジオに乗り込んだ理由について口を開いた。


「あのね、あんたたちアニメやるらしいじゃない! 私それ出てあげるわ! とら丸兄さまのキャラありきで運だけでとんとん拍子でやってきたあんたたちに、プロの技を見せつけてあげる。実力のなさを思い知るがいいわ、感謝なさい!」


 高らかに宣言して、またぜんざいの茶碗にこびりついたあんこと格闘中のとら丸をぽーっと見つめる真恋。

 こちらのことは、もうちらりとも見もしない。


 でも、出てあげるっていってもさぁ。


「あのさぁ柊さん、ウチらは主演といえど一出演者であってさ、キャスティングの権限とかないと思うんだよね。だからウチらにそんなこと言われてもどうしようもないよ」

「そうそう、みな葉の言うとおりなのだよ。さすがうちのみな葉はかしこい」


 私の言葉に、七海もうんうんうなずく。

 柊真恋はそんなウチらの返事に、とら丸に気付かれないようにそっぽを向いてちっと舌打ちをしてからギリギリと睨みつけるようにして七海を見据えた。


「何言ってるのよ、今度のアニメの制作会社ってキャッスルケープアニメーションでしょ。あんたととら丸兄さまのおじ様が代表取締役社長じゃないのよ」

「それはそうだけどさー、おっちゃん今回のアニメにはこれといって関わっていないようなのだよ」


 どひゃー、知らんかった!

 キャッスルケープといえば海外にもその名の知れ渡った伝統あるアニメ会社だし、そこからアニメの話がきてめっちゃうれしかったんだよね。

 そこの代表取締役社長が、なんとなんと七海のおじさんって!

 そんな大物が身内だったんだ。

 七海ってば、アニメ業界のちょっとしたお嬢様じゃん。

 しかし、そんなコネがあるのに今までちっとも売れなかったのかー、ホント謎だわ。


 私が首をひねり、とら丸が二杯目の抹茶クリームぜんざいをすすっている間にも柊真恋と七海の攻防は続いていた。


「あんたが頼めば、出演者の一人ぐらい鶴の一声ですぐにでもなんとかなるわよ」

「えー、何故ボクがそんな面倒なことをやらねばいかんのだよ。兄者に頼めばいいではないかー」

「とら丸兄さまに、そんなお手数かけられないわよ」


 そして、いつまでも引かない柊真恋に面倒になったのか、七海はスマホを取り出しどこかに電話をかけ始めた。


「あっ、長四郎のおっちゃんかい? 七海だよ、あーうんうん、元気元気、ご飯はちゃんと三食きっちり食べているよ。うん、それでね養成所の同期生の柊真恋が例のアニメに出たいのだって、はー、うんうん、言っておくよ」


 一通り会話を終えた七海はくるりと振り向くと、柊真恋に向かってスマホを差し出した。


「おっちゃんがさ、そんなに出たいのならばオーディションを受けろって言っているよ。しかしボクがそれを伝えても柊は信じやしないのだろう? 本人に直に聞いてくれたまえよ」

「あっ、はい、青桃プロの柊真恋と申します。はいはい、わかりました、ご丁寧にありがとうございます」


 七海からスマホを受け取った柊真恋は、スマホ越しにぺこぺことお辞儀をし、城ケ崎おじにお礼を告げて電話を切った後、仁王立ちをして高笑いを始めた。


「おーっほっほっ! この天下の柊真恋にオーディションに来いとは、全くキャッスルケープアニメーションも困ったものね。ふんっ、いいわ! 受けて立とうじゃないの!」

「が、がんばってねー」


 自ら逆オファーしておきながら制作会社を困ったちゃん扱いする柊真恋には、私もがんばってとしか言いようがなかった。

 けれど、そんな態度をとった後でも、柊真恋はとら丸に対してだけはしおらしくふるまい甘く砂糖菓子のようなウィスパーボイスで別れの言葉をささやく。


「とら丸兄さまぁ、真恋今日もお別れですぅ。また一刻も早く一目だけでもお会いしたいわ」


 しかし甘いものを食べ過ぎて塩気の欲しくなったらしいとら丸は、塩せんべいをバリバリと食べていてそのかすかな声に気付いてもいないようで返事をすることはなかったんだ。


 寂しげな視線を送りながらしおしおと去ってゆく柊真恋のことがさすがにけなげに思えてきて、私は玄関先でつい呼び止めてしまった。


「あの、柊さん」

「何よ、今更他人行儀ね。同期生なんだし真恋でいいわよ」

「あ、じゃあ真恋、今度来るときはさ、収録の日じゃなくてとら丸が一人のときにすれば?

 ウチらは大抵週一で昼から夕方までしかいないから、たまには時間が合う日もあるでしょ。余計なウチらがいない方がとら丸とゆっくり喋れていいじゃん」


 そんな私の提案に、真恋は静かに首を横に振った。


「二人っきりなんてまだ早すぎるわ、何だか照れくさいじゃないの」

「えっ!」


 思わず驚きの声が漏れてしまう。

 恥も外聞もなく、とら丸に猪突猛進のように見えたあの真恋が、とら丸と二人っきりなのは照れくさいと頬をぽっと染めてもじもじくねくね体を揺らしている。


 恋とはまっこと摩訶不思議なものなり。


 うーん、げせぬ!

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