第12話嵐のように再登場、柊真恋はサンダーガール

七海が私ととら丸の間には愛だの恋だのといった感情が全く以てこれっぽっちも生まれないであろうことをしかと確認し、収録日にとら丸が無理やり外出させられることもなくなってからしばらく後のこと。


 もうすっかり恒例となった収録前に、リビングで三人で過ごすおやつタイム。

 のんびりとした昼下がりの秋の陽だまりの中、とら丸がネット通販で入手したバタークリームナッツ大福とレモネードでおやつタイムを楽しんでいると、ピンポンピンポンピンポーンと、玄関のチャイムが尋常じゃない勢いで連打された。


「宅配業者がまかりこしたか。うむ、妹よ、よきにはからえ」

「あぁうるさいなぁ、兄者はいつもあんな乱暴な鳴らし方をする業者に頼んでいるのかい? そもそもボクの荷物ではないのだから、兄者が自分で取りにゆけよ」

「拙者は今ほのかなナッツのかほりをバタークリームの中に探しておるのだ。今はゆけぬ、ぬしがゆけ、これは兄の下知である」


 城ケ崎兄妹が対応を押し付け合っている間にも、ピンピンポンポンポーンと尚もチャイムは連打され続ける。


「あーあ、兄者ったら我がままなのだからー、一つ貸しにしておくよ。しかし、いい加減にドアにインターフォンでもつけておくれよ」


 七海がしぶしぶと玄関の扉を開けると、ある人物がハヤテのごとくとら丸スタジオに飛び込んできた。


「城ケ崎マリローゼ七海ぃ! 今日こそはぎゃふんと言わせてやるわよぉー、覚悟なさーい」


 リビングにまで響き渡る甲高いこの声、ぎゃふんとか負け犬っぽい悪役台詞、あぁ間違いない、これは柊真恋だ。

 とうとうとら丸スタジオにまで、嵐のようなこの女がやって来てしまった。


「ちょっとお邪魔するわねっ!」


 もうすっかり家の中にずかずかと入り込んでしまってからそんな言葉を発し、どたどたと廊下を突き進む柊真恋の後を、あきれたような七海の声が追いかける。


「ねぇ、柊、どうやってこのとら丸スタジオを見つけたのだい? 君は存外ストーカー気質だったのだね」

「私を誰だと思っているの! 天下の柊真恋なのよ。名声とどろく人気声優のこの私がストーキングなんてそんなちゃちなことするわけがないでしょ、グーグルマップでとら丸スタジオを調べたらすぐ出てきたわよ!©とら丸スタジオって動画にいつも載ってるじゃない」

「あ、兄者、載せちゃったのか、まぁ仕方ない、お茶でも飲んでゆくがいいよ」


 ため息をつく七海と共にリビングに入って来た柊真恋は、こちらに顔を向けるとそのまま固まりぴくりとも動かなくなってしまった。


「す、ステキ、こんな美しい人初めて見たわ……伏し目がちの憂いのある瞳、影ができるほどの長いまつげ、儚げな表情も何もかもが尊すぎるわ……」


 吐息交じりに発せられたその言葉、みるみる頬を耳や首筋までもを赤く染めてゆく柊真恋の視線の先にいたのは、ちょうど曇った眼鏡を外して一心不乱に拭いていた北条院とら丸その人だった。

人が一目ぼれする瞬間を、初めて見てしまった。

 私にとって異性としてはいまいちピンとこなかったとら丸のだだ洩れの垂れ流しの美は、どうやら柊真恋にはどストライクだったようだ。


 柊真恋は、そのまましばらく頬を染めながらとら丸のことを凝視していた。

 これって照れているのだろうか? 柊真恋も女の子なんだなとか思っていたら急に動き出し、ソファーに突進してきて横に座っていた私を押しのけるようにしてお尻をぐいぐい割り込ませてとら丸の横に無理やり座った。

 その窮屈さに耐えかねた私が席を立つと、柊真恋はじりじりとその距離を一層近づけていき、ついにはマーキングでもするようにとら丸の腿にぴったりと自分の腿をくっつけた。


「あ、あのぉ、私柊真恋っていうものなんですけど、あなた様のお名前は?」

「うむ、拙者は北条院とら丸と申す」

「うわー、お名前もステキだわぁ! まるでお武家様、いえその頂点たる将軍様みたいですわ」

「うむ、そうであろう、そうであろう」

「あの、実は私声優をしておりまして」

「うむ、柊真恋とやら、そちの名は存じておるぞ、拙者はサンダーバニー2号、イエローピーチが三国一の戦隊小町だと思っておるのでな、あの敵の大将との爆撃戦闘シーンは大層あっぱれであった。それに……」


 とら丸は柊真恋のデビュー作であり、出世作であり、代表作でもあるいなずま戦士サンダーガールズについてマシンガントークを繰り広げた。

 横にいる自分には全く興味を示さず、演じた役であるサンダー4号グリーンマスカットについてはちらりとも触れられていないにもかかわらず、柊真恋はとら丸のヲタトークにいちいちうんうんうなずき、イエローピーチがいかに素晴らしいかとの話題ににこやかにパチパチと拍手まで送っていた。

その目はずっととら丸を見つめ、ハートマークが踊っているようだ。


 恋って怖いなぁ、あのエベレストのようにプライドの高そうな柊真恋がこんなことになってしまうだなんて。

 私はほぉっとため息を吐き、ポケットから出したスマホの時計を何気なく見てみた。


 柊真恋登場から一連の流れはあっという間だったようで意外と時間が経ってしまっていたみたいで、おやつタイムの時間はとっくに過ぎ去って、いつもならとっくに収録を始めている時間になっていた。


 どうしよー、この二人の会話に割って入るの嫌だなぁ。

 柊真恋にめちゃくちゃ恨まれそうだもん……

 別に、収録にとら丸関係ないからウチら二人で二階に上がればいいだけだけど、収録中に柊真恋がいきなりバーンって入ってきたら嫌だし。

 うーん、これは七海にどうにかしてもらうしかないよね。


 とら丸と真恋、この二人の向かいに座るのも嫌だったのか、床の上に直に座っている七海にちらりと時間を見せると、七海はすっくと立ちあがりパンパンと両手を叩いた。


「えーと、もう我々の収録の時間がとっくに過ぎてしまっているのですが、お客様にはできればそろそろお引き取り願いたいのですがね」

「あっ、今何時?」


 柊真恋はとら丸から目をそらさずじーっと見たまま自分のスマホを取り出して、横目で時間を確認すると、「ヤバッ」と小さな声を出した。


「あ、あの、この後夕方の五時からですね【歴代戦士オール大集合! いなずま戦士サンダーガールズ涙涙の最後の長編劇場版】の宣伝のお仕事があるのでそろそろお暇しないといけなくて、あのそれで、とら丸さま、真恋またこちらにお邪魔してもよろしいかしら」

「うむ、よしなに、存分にサンダー2号、イエローピーチの活躍を宣伝するがよいであろう。ネタバレにはくれぐれも気を付けるのだぞ」


 別れ際までサンダー2号についての話になってしまったけど、再訪してもいいととら丸に了承を得た柊真恋は、名残惜しそうに「また、また、とら丸さま、本当はひと時たりともおそばを離れたくはないのです。けれど体は離れても真恋の心はここに置いてゆきます、いつもあなた様のおそばに」とさっき出会ったばかりの人に言い残すにしては重すぎる別れの言葉をつぶやき、何度も何度も振り返りながら去っていった。


「あのー、結局柊はどういった要件で訪ねてきたのだい?」


 七海が問いかけても、「あー、それは別に今度来た時でいいから」と低い声で吐き捨てるように答えただけで、結局何をしにここにやって来たのかも謎のまま。


 嵐がやっと過ぎ去った後、ウチら二人はまるで休憩なしで十本まとめ収録をしたかのような疲れをどっと感じてしまい、結局その日の分は二日に分けることになってしまったのだった。




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