第11話とら丸の指は魔法の指
「大体兄者は、和菓子の食べ過ぎなのだよ!」
「拙者の自由であろう! うぬこそ勧めてもおらんというのに、いつも勝手につまみおって!」
もう十分は経過したというのに、兄妹げんかは尚も続いている。
二人ともよく口が回るなぁ。
ちょっとぼーっとしてたら、聞き逃してしまいそう。
七海って私の前では兄貴って言ってたと思うけど、普段は兄者呼びなんだ。
まぁ、その方がこの兄妹には、しっくりくるけど。
あー、しかしこの早口、口調、こりゃ確かにガチヲタだわ桃太郎兄さん。
口の端から泡飛ばしてのマシンガントーク見せられちゃうと、さすがにイケメンがかすむわ。
うーん、しかし桃から生まれたところとか、そこかよってところに感動して、それをずっと覚えてて子供にホントに名付けちゃうなんて、城ケ崎母も一風変わった人っぽいな。
この兄妹に、その母、お父さんはどんな人なんだろう?
意外とめっちゃ真面目? だったら、つかれそー。
城ケ崎家の一家団欒って、一体どんな感じなんだろ。
こっそり覗いてみたいような、でも近づくのはちょっと怖いような。
私はすっかり傍観者を決め込んで、愉快軽快な兄妹げんかを見物しながらちびちびとレモネードを飲んでいたんだ。
だって、実際私には全く関係のない話だったし。
「フンだっ、勝手にみな葉と二人ですごすなんてさ、ボク絶対に兄者のこと許せないよ!」
すると、思いもよらない流れ弾が飛んで来てしまった。
「はぁー、ここは拙者の購入した仕事場なのだぞ! ぬし等が録音とかで勝手に使っているだけだろう! そもそも拙者は遠出は好まぬのだ。イベントでもないと関係者は迎えにも来ぬしな」
「こもってばかりなのだから歩けば健康にいいでしょうよ、ママ上が寂しがってるんだから家に帰ってもいいのだし、それに兄者だってこのプロジェクトにはノリノリで天井に絵まで描いたくせに!」
「それとこれとは話が別物であろうが!」
「何がですかぁー、どこが別物なのですかぁー?」
あー、とら丸さんウチらの収録の日にいつも用事があったわけじゃなくて、七海に追い出されちゃってたのかー。
こもりがちの人って聞いてたのにいつもいないから、自宅で過ごしているかイベントに呼ばれたりで忙しいのかと思ってたよ。
うわー、これはマズい、マズ過ぎるって。
私がきっかけで、今後とら丸スタジオに出入り禁止とかになっちゃったら困るよー。
ここは私がしっかり治めなきゃ。
「まーまーまー、二人とも落ち着いて」
拳を握って言い合いをする二人の間に割って入る。
「はぁー!? しっかり落ち着いているのですがー」
うわぁ、シンクロしてる。
顔は似てないけど、こんなところはそっくりだなぁ。
うーん、これ以上ヒートアップさせちゃまずい。
収録あるのに、七海の声が枯れてもいけないし。
「うんうん、二人ともすっごく大人だと思うよ。とら丸さんは才気にあふれて栗まんじゅうを選ぶセンスもバツグンだし、七海はいつも元気でお料理上手だし、あーサンドイッチ美味しかった」
うわー、誉め言葉がめっちゃ適当なものしか思い浮かばなかったぁ。
食べ物についてはホントだけど、あの兄妹のどこが大人なのか我ながらイミフだし、むしろ感情のままにケンカしちゃって子供みたいだって思ってたし。
こんなんじゃさ、治まるものも治まらないよね。
「うむ、そうであろう、そうであろうよ。拙者の味を吟味する力はげにまっことぞ」
「うわー、みな葉がまた褒めてくれたよー! ボクとぉってもうれしいよ。またサンドイッチ作るからねぇ、心をこめてこめまくって」
ありゃりゃ、すっかり治まっちゃったよ。
二人がかりのマシンガン反論でもされるかと思って、ちょっと身構えていたのに。
二人ともにっこにこだし。
ちょっとのことでドカンって噴火して、ちょっとの誉め言葉でシューって鎮火しちゃう。
こりゃ、げに簡単な兄妹ですなぁ。
その後の収録は機嫌のよい七海のうきうきスイーツトークに引っ張られるようにしてサクサク進み、全話撮り直しなしの一発収録で終了した。
「うわー、まだ四時半だ。こんなに早く終わるのは初めてだねぇ」
「うん、今日の七海はノッてたから、私もめっちゃやりやすかったよ」
「ぐうぇっへっへ、それほどでもぉ」
何だか少し、七海操縦法が分かってきた気がする。
気分がノッてるときは、おさわりが少なくなるという思いがけない発見もあったことだし。
収穫収穫、幸先いいぞ。
いつになく爽やかな青空のような晴れ晴れとした心持ちで収録ルームを出ようとすると、入れ替わりにノーパソを抱えた昭和初期の文学青年のような鼈甲の丸眼鏡姿のとら丸がひょいと入って来た。
「何兄者、もう動画作っちゃうの?」
「うむ、いにしえの予備の眼鏡が棚の奥から見つかったのでな。七時からのマジカルここもOVA危機一髪デンジャー大作戦ディレクターズカット完全版HDリマスターバージョンの放送前に眼鏡店に行く必要もなくなりもうしたので、夕餉の前に雑事を終えておこうと思うてな」
雑事……ウチらの動画は雑事ってことかぁ。
まぁ、それはさておき動画の制作って、ちょっと興味あるんだよなぁ。
ガヤで行ったアニメの現場では、線画しか見たことないし。
「ねぇ、七海、私このまま見学していったらダメかな?」
ひそひそ声で耳打ちすると、七海は最初くすぐったそうに顔をクシャッとさせた後、すぐにきゅっと眉をひそめた。
「えっ、どうしてだい? ひょっとしてみな葉、兄者に興味でも持ってしまったのかい? そりゃ顔はちょっとばかりいいかもしれないけれど、あれの中身はただのヲタなのだよ。よもや兄者のあの顔を見るたびに胸がさざ波のようにざわめいて、きゅんっとときめきなんぞを感じてしまったりはしていないだろうね? もしそんなことになってしまったら、ボクはボクはどうしたらいいか……」
うわぁ無駄に詩的な言い回し、そしてめっちゃ誤解! 面倒くせぇなぁ、おい。
「あ、ううん、お兄さん、とら丸さん自体には全然全く興味ないよー。動画制作に興味があるの、ウチらのキャラがどうやって動き出すのかが知りたくて」
「そうかー、みな葉は兄者の顔には一切興味がないのだね。兄者は幼少のみぎりにマジカルここもにガチ恋して以来、二次元専門で三次元の女子にはピクリとも心が動いたことがないのだけれど、一応みな葉についてどう思うかは再確認しておいたしこれで一安心だ」
うーん、やっぱとら丸はそっち側の人だったか。
この顔ならモッテモテだっただろうに、ちょっともったいないな。
私も慌てていたとはいえ、ナイナイって手を振るジェスチャー交じりで全然興味ないとか人によってはちょっと失礼な言い方になってしまったけど、おそらくこの人は一ミクロンも気にしていないだろう。
つーか七海再確認って、前にも私について聞いてたんかい!
どうせ、何とも思ってないって返事でしょうね、まぁお互い様だわ。
「ねぇ、兄者、聞いていたんだろう? このまま動画制作を見ていてもいいかい」
「うむ、拙者は別に構わぬぞ、辞儀に及ばぬ」
じぎに? さすがに意味が分からなくて首をかしげていると、「遠慮するなということなのだよ」って七海が教えてくれた。
それからとら丸は壁の隅にある自分の机に座ると、後ろで見ているウチらの存在なんてまるで気にせず一心不乱に作業を始めた。
ペンタブとノーパソを自在に扱い、さっき録音したばかりのウチらの声に合わせてにゃみ美とうさぴょ子が表情豊かにイキイキと動き始める。
サクサクサクサク動く細い指は、まるで魔法のようにモニターの中の二人に命を吹き込んでゆく。
すごいめっちゃすごいよこの人、とら丸って実は天才なのかも!
自分たちのキャラクターがその命を得てまるで自分たちの意思であるようにそこに存在しているのを見るのは、胸が締め付けられて苦しくなるくらいにめっちゃ心が揺さぶられてちょっと涙が滲んできちゃったくらいに意外にもうるうるでエモエモな体験だったんだ。
まぁ、指をスイスイ動かしつつなんかブツブツブツブツにゃんにゃんぴょんぴょんセリフしゃべってるのは若干キモかったんだけど。
とはいえそんな貴重な時間を三人で過ごしたこともあってか、それ以来私たちはすっかり打ち解け、一緒に過ごすのもごく自然になっていったんだ。
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