第10話モサイケヲタメンはサムライボーイ?

 翌週の収録日、電車に乗ろうとする直前に七海からスマホにメッセージが届いた。


『ボク今日ちょっとした野暮用が出来てしまってちょっと遅くなるものだからリビングで待っていておくれね、保温ポットの中にレモネード入ってるし台所の棚にビスケットもあるからゆっくりしててー寂しかったらごめんにゃ』


「もー、七海ったら連絡遅いよ、どうせなら家を出る前に送信してくれればいいのに」


 ブツブツいいつつもまた出直すのも面倒だったのでそのまま乗車しとら丸スタジオに向かうと、無人のはずのとら丸スタジオのリビングには先客がいた。

 ソファーにどっかりと座りくつろいでいるその後ろ姿は、若い男性のように見える。


 ま、まさか泥棒! 不審者!? 早く外に出て通報しなくちゃ……

 そろそろと後ずさりし玄関に戻ると、そこにはいつもは見かけない雪駄があった。


 あれー、さっきは気づかなかったけどこれって男物だよね。

 泥棒がこんなきちんと揃えて置かないだろうし、ソファーでくつろぎもしないよね?

 そもそもここはとら丸スタジオで、北条院とら丸の仕事場だし。

 もしかして、あれって城ケ崎兄?

 そうだったら、通報なんかしたらヤバいよね。

 もー、七海ったら兄が在宅なら在宅って教えといてくれればいいのに。


 念のため護身用にと玄関にあった靴ベラを後ろに隠し、ビクビクしながらまたリビングに戻ると、若い男はポットからレモネードを注いでいる最中で、おやつを食べているのかテーブルの上にはまんじゅうの包み紙が所狭しと広がっていた。


 どうしよ、私が来たの全然気づいてないみたい。

 こっちから声をかけた方がいいよね。

 城ケ崎兄って名前なんていうんだろ? んー全然わかんない。

 あー、でも知ってても初対面でいきなり下の名前で呼ぶのもね。

 城ケ崎さんでいいんだろうけど、七海が帰ってきたらややこしいか?

 うーん、なんか面倒くさくなってきた。

 あれでいいや。


「あ、あの、お邪魔してまーす。もしかして北条院とら丸さんですか?」


 後ろから恐る恐る声をかけると、若い男はゆっくりと振り向き、おでこに指をあててポーズを作りカーテンを閉め切っているというのにちょっとまぶしそうな眼をして口を開いた。


「うむ、拙者こそが北条院とら丸その人だ。そちは何者ぞ」


 うっわー、めっちゃ厨二テイスト! さすが城ケ崎兄。


「あっ、はい、こちらからきちんと名乗らずにそちらのお名前尋ねちゃってすみません、私は」

「園原みな葉氏であろう、プロフィールブックとやらで顔と名前を見たことがあるぞ」


 分かってたんかい!

 さっきのは、一体何のやり取りだったんだよ。

 いちいち面倒くせー兄妹だなぁ、おい。

 あぁ、でもこの人には動画のことで散々お世話になってるからなぁ、突っ込みたくても突っ込めないよ。

 何か妹以上に取り扱いも難しそうだし。


 お腹の中のイライラは見せないようにうっすらとした笑みを貼り付けて、うんうん静かにうなずいていると、とら丸はすっと手を伸ばして私を手招きした。


「そのほうはいつまでボサっと突っ立っておるのだ。くるしゅうない、ちこうよれ、拙者も曲げたままで首がつかれた」


 殿様設定なのか何なのかイミフなキャラ設定のとら丸に言われるがままに向かいに座ると、とら丸は目の前の大きな茶色い紙袋からごそごそとまんじゅうをつかみ取り、さっと私に差し出した。


「この栗まんじゅうはまことに美味であるぞ、分けてしんぜよう。さぁそちも遠慮なく喰らうがよい、レモネードもあるぞよ」

「は、はぁ、ではいただきます」


 城ケ崎家とは舌の肥えたグルメな家系でもあるのか、とら丸にもらった栗まんじゅうはやはりとても美味しくしっとりもちもちの薄皮の中にほんのりとした上品な甘さのなめらかな白あんとごろりとした存在感のある栗の甘露煮が入った和菓子の醍醐味を存分に味わえる逸品で、小ぶりでありながら食べ応えがあり満足感を味わえた。


 そして、和菓子でありながらいつものレモネードとも何故かピッタリ合うんだ。


「わー、とら丸さん、この栗まんじゅう本当に美味しいですー」

「うむうむ、拙者は嘘などつかんぞ、常にまことの言の葉しか舌に乗せぬ。その栗まんじゅうは隣駅のいろは朧光堂にしか売っておらんのだぞ、遠路はるばる行ってまいったのだ」


 うーん、隣駅か、そんなに遠くないよな。

 でもなぁ、この人にとっては遠いのかな。


「はぁ、そんな遠出なされて手に入れた珍しいものを分けていただきまことにかたじけのう存じます」


 あっ、うっかり私までちょっと時代劇調になっちゃったよ。


「はっはっは、もう一つ遣わそう。じっくり味わえよ」


 まぁ、機嫌よさそうだしいっか。

 しかし、この人七海が言ってた通りのイケメンっていうか美形だわー

 こもり気味ってことで日に当たらないせいか、陶器のように白く艶やかな肌してるし。

 同じ美形でもゆるふわ可愛い系の見た目の七海とはあまり似てないけど、どことなくエキゾチックな雰囲気があるのは同じだ。

 ハシバミ色の切れ長の瞳に、目の下に影のできそうなばっさばさのまつげ。

 明るい栗色のやわらかそうな髪は手櫛で整えることすら全くしてなさそうだし、毛先跳ねまくってアホ毛がぴょこぴょこ飛びててる。

 でも、清潔感の全然ない糸のほつれたもっさい半纏姿してても、全く美貌を損なってない。

 はー、すっごいわ、美っていうのはこういうもんなんだなー。

 眉目秀麗という言葉の意味が、今初めて理解できたような気がするよ。

 まぁ、いかに綺麗であっても美術館で名画を見てるだけって感じで、リアル感がなさ過ぎて別にぽーっとしたりとかはないけど。

 あーあ、ポロポロポロポロ栗まんじゅうのカス零しまくってる。

 小さい子みたい。

 名画っていうよりも、荒野に無造作に転がってる宝石の原石の方が近いかな。

 全く磨かれてないのに、輝きが強すぎて勝手に光が漏れ出しちゃってるような。

 あーあ、この人って、自分の美しさにきっと無頓着なんだろうなぁ。


 栗まんじゅうとレモネード片手に時折とら丸をチラ見して時間を過ごしていると、玄関の扉がバタンと勢いよく開く音がして、すぐ後に七海の声が響いてきた。


「あれっ、兄者の雪駄がある」


 バタバタバタ、忙しなく廊下を駆ける足音と共にリビングに飛び込んできた七海は、掴みかかるようにして兄であるとら丸の前に出た。


「ちょっと桃太郎兄者ったら! なんでここにいるのだよ、今日は不滅の虹色棋士のイベントに行ってるはずだったろう、今日に限っていつもの瓶底眼鏡もかけていないし!」

「あれはリモート開催になったのだ。眼鏡もぬしが昨夜うっかり踏みつけて壊したのであろうが、それより桃太郎とは言うなと常日頃より言っておるであろうが!」

「そんなの知ったこっちゃないのだよ! 桃太郎は桃太郎でしょうが、城ケ崎桃太郎というのが兄者の生まれながらの名前なのだから」

「違う! 拙者の名は北条院とら丸なり!」

「それは自分で勝手に名乗っているだけでしょう。もー成人して何年たってもいつまでも厨二が抜けないのだから! ママ上にいただいた名前をもっと大事にしておくれよ」

「ぐぬぬ……拙者だって、うぬのようなアニメの主人公のツンデレな素直じゃないけどはたから見ると愛情がだだ洩れの幼馴染で、主人公とすったもんだがありつつくっつきそうでくっつかない影のヒロインながらメインヒロインより人気を集めるようなちょっとしたいなせな名前が良かったのだ……」

「何だよその詳細な説明は! 第一そんなことは今更言ってもしょうがないでしょうが、ママ上がリヒテンシュタインにいた子供のときに桃太郎の絵本を読んで桃から生まれるなんてファンタスティックって感動してからずっと決めていた名前なのだから」

「第一子だったら、うぬの方が桃太郎だったのだぞ」

「ふーん、でも実際ボクは第二子なのだしー、城ケ崎マリローゼ七海といういなせで格好のいい名前でごめんなさーい、桃太郎兄者っ」

「ぐぬぬぬぬ」


 目の前で繰り広げられる城ケ崎姉弟二人のテンポのいい兄妹げんか。

 私は呆気にとられつつも、ついしげしげと見入ってしまった。

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