第9話真正百合ップル疑惑!? まさかのあの子と遭遇しちゃった

 つないだ手を離すのも忘れたままきゃんきゃんきゃんきゃん言い合いをしてお互いの意見をぶつけ合いながらそれぞれのホームへの分かれ路に差し掛かったとき、ウチらの目の前に通せんぼをするように人影が立ちはだかった。

 避けようとしてもこっちと同じ方向に動いてくるその若い女性らしき人物に辟易し、言い合いも忘れ七海と顔を見合わせる。

 するとその若い女性は目深にかぶった帽子を上げて、サングラスを外して地を這うような低い声を出した。


「あのさぁ、何で避けるのよ」

「あっ、柊真恋!」


 私と七海が同時にその名を呼んだ目の前の女性、今売れに売れている若手女性声優の柊真恋だ。


 養成所の同期である柊真恋は、在籍中に女児向けのアイドル戦隊シリーズの第七弾である【いなずま戦士サンダーガールズ】の新人キャストオーディションを勝ち抜いて、養成所の修了を待たずに辞めた。

 ちょうどウチらがVTuberとしての活動の準備を始めたのと、同時期だった。

 奇遇と言いたいところだけど、全然インパクトも派手さも違うけど。


 人気声優に囲まれて華々しくデビューした柊真恋は、破竹の勢いで活躍し始めた。

 アニメはシリーズ史上最高の視聴率をたたきメインキャストが全員で歌い踊るエンディングテーマの【ズキズキどきゅんハリケーン☆】もスマッシュヒット。

 真似をして踊る女児動画が、連日SNSをにぎわした。

 夏休みの劇場版も大ヒットし、長蛇の行列で入場特典のティンクル変身ブレスレットが足りなくなる映画館が続出。

 特に柊真恋演じるボーイッシュでやんちゃなサンダー4号は、女児たちに絶大な人気を集めて、幼稚園でサンダー4号マスカットカチューシャをつけていない子を探す方が難しいといわれたほどだった。

 放送終了後も深夜アニメで毎クールメインキャストに名を連ね、声優アイドルユニットでも活動。

 若手女性声優のトップオブトップ、常に先頭を走り続けている。

 モブキャストにすらやっともぐりこめるような下っ端からドロップアウトのうちらと格が違うどころじゃない。

 そんな柊真恋が、養成所で特に親しくしていたわけでもないウチらに何故声をかけてきたのは謎だけど、忙しい中知った顔を見つけて懐かしくなったのかもしれない。


「わー、柊さん久しぶりだねぇ、柊さんがいなずま戦士サンダーガールズのサンダー4号、グリーンマスカットに受かって養成所辞めてしまって以来だから、もう一年以上ぶりになるのかなぁ」


 七海からサッと離した手を目の前に差し出しても全く反応せず、挨拶への返事もなく、ウチらのことを睨みつけてくる柊真恋。


 ほとんど話したことすらないのに、何だろうこれ。


 微妙な沈黙のまま三すくみのような状態がしばらく続いた後、その静けさを破ったのは七海だった。


「ねぇみな葉、君今日寝不足なのでしょ、もう帰った方がいいよ。ホームあっちだよね、行こう」


 苦虫を噛み潰したような顔の柊真恋に背を向け、私の手を取って歩き出そうとした七海の行き手を柊真恋はまたも遮る。


「ちょっと、邪魔なのだけど、ボクたちもう帰るのだから」


 珍しくイライラした様子の七海を柊真恋はますます険しい顔で睨みつけ、手に持ったスマホをその目の前に突きつけた。


「アンタたちさぁ、今VTuberで百合ップルとかいうのやってんでしょ、声聞いてわかったわ。でもさぁリアルでもそうだとはねー、さっきさぁ手つなぎ画像撮っちゃったわよ!」


 鬼の首でも取ったかのように得意げにひらひらと振り回すスマホの画面には、ハンナの真意について侃々諤々と意見をぶつけ合って険しい表情の私と七海が写っていた。

 でも、肝心な? つながれた手と手はフレームアウトしていてよくわからない。


 うーん、この画像、とてもじゃないけど付き合ってるように見えないよねぇ。

 どっちかというとケンカしてそう。

 そもそもウチらって顔出しで活動してないし、この画像見てもチャンネル登録者の人ですら誰? って感じでしょ。


 七海も私と同じことを思ったようで、呆れた調子でちらりと見たスマホから視線を外した。


「こんなのどうでもいいのだよ、あっでも画像は欲しいかも、後でフリーのメアドに送っておくれよ~画像受け取ったら速攻でアド消すから」


「な、何なのよ、その態度はっ! この手つなぎ画像をアップして世界中にバラまかれてもいいっていうの!」


 柊真恋は悔しそうに唇をわなわなさせ、スマホを握った手もぷるぷると震えている。


「手つなぎ画像? 手が見切れてしまってちゃんと写ってもいないのに?」


 眉をひそめて呆れたように発した七海の言葉にハッとした表情の柊真恋は、スマホを見つめ唇をぐっと噛み締めた。


「ふんっ! 今回はこの辺で許しておいてあげるわっ! でも次は決定的な証拠をつかんでやるんだから、もう容赦しないんだからねっ! きぃーっ」


 さっきまでの作り込んだような低い声と違い、頭のてっぺんから出ているような甲高い声の捨て台詞を吐いて逃げるようにしてその場を去ろうとした柊真恋は、駆け出そうとした瞬間に幼稚園ぐらいの小さな子供が床に落としたソフトクリームに足を取られ危うく転びそうになったけど、たまたま通りがかったサラリーマンのおじさんの肩につかまり事なきを得た。

 それから「うわーん僕のアイスが―」とぎゃん泣きする子供、その横で平謝りするお母さん、掴まられた拍子にちょっとよろけたおじさんに挟まれサンドイッチ状態になってしまった。

 すると、柊真恋は会釈のようなただ髪をなびかせているような微妙な首の振り方をして、サングラスをすちゃっと掛けなおすと、何事もなかったようにモデルウォークのように颯爽と、でも一歩一歩足元を確かめるようにしてその場を立ち去って行った。


 ウチらはその様子をぽかーんと見つめた後、顔を見合わせて吹き出した。


「ぶふぁっ、ぶわっはっはっー!」

「ぷーぎゃっはっはっは」


 いつもとちょっと違うけどやっぱりブッサイクな七海の笑い声、つられて私もバカ笑い。

 一歩間違えたら大惨事になりかねなかったし、笑ったら悪いと思いつつも我慢しきれなくて、こらえにこらえてついに爆発したウチらの笑い声のユニゾンも、相当変だったかもしれない。

 すれ違う人の群れが、振り返って二度見してきたし。


「何あれ、完全に下っ端の悪役の去り際からのアレ、コントかっつーの、ったく駅では走っちゃだめだって、ボクお腹がよじれそうになってしまったのだよ」

「つるんって滑っちゃったとき、水族館のちっちゃいペンギン思い出しちゃった!」

「あー、でもペンギンさんは自力でしっかり踏ん張っていたのだけれどね、柊はちゃんとおじさんにお礼すべきだったね」


 あんな去り方をした後で思いがけないアクシデントに遭遇してしまいながら、意図せずに笑いを取ってしまう柊真恋はやはり持っている女なのだろうか? さすが今をときめく売れっ子声優。などと    どうでもいいことを考えつつも、何故柊真恋がウチらというか主に七海にあんなにもケンカ腰だったのか私には不思議でたまらなかった。


「ねー、七海、アンタ柊真恋と養成所時代に仲悪かったの? 何か揉め事でもあった?」

「んー、柊が養成所辞めてから初めて会ったのだし在所中も挨拶ぐらいしかしたことないのだけれどな、何であんなに絡んできたのかボクにもさっぱり見当がつかないのだよ」

「何でだろうねぇ、忙しすぎてイライラしちゃってたのかなぁ」

「うん、カルシウムが足りないのかもしれんね」


 まるで嵐のような柊真恋の登場によってハンナの真意問題は結局うやむやになり、というか言い争っていたことなどすっかり忘れて首をかしげながら私たちは別れた。






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