第8話王道デートでまさかのエモ展開

 デートの中盤戦、ランチは水族館の近くにある公園のベンチで、七海お手製のお弁当が振舞われた。


「どうぞどうぞ、ママ上に教えてもらって作ったのだけど、みな葉の可愛いお口に合うといいのだけれどなぁ」


 ピンクのメルヘンな籐かごから取り出されたのは、サンドイッチと魔法瓶。

 サンドイッチには薄い牛カツとザワークラウトが挟まっていて、シャキシャキのキャベツの酸っぱさとサクサクの牛かつ、それにこってりしたブラウンソースが加わりまったりとした味のハーモニーが醸し出されてすごく美味しい。

 ちょっと癪だけど、ここは素直に感想言わないとね。


「七海、これめっちゃ美味しいよ。カツサンドは好きだけど、牛カツのは初めて食べたよ!」

「ぐうぇっへっへ、気に入ってもらえてうれしいのだよぉー。これねママ上の故郷ではとんかつと同じ豚肉で作ることが多いのだけどさ、隣の国からお嫁に来たババちゃまが牛肉で作ってたのだってー」

「あっ、久々に七海のぐうぇっへっへ笑い聞いたわ」

「ぐうぇっへっへ笑いって何さ! ボクそんな笑いしてないでしょうが!」


 さっきまで得意げに小さな鼻をツンと上に向けていた七海は恥ずかしそうに頬を赤らめ、手のひらでパタパタと忙しなく顔を扇いだ。


「えっ、もしかして自分で気づいてなかったの? あのめっちゃオリジナリティのあるぐうぇっへっへ笑い」

「やってないもの! ないのだったらっ!」


 七海の顔はますます赤くなり、耳まで染まってまるで熟れたトマトのようだ。

 ちょっとからかいすぎたかもしれない。


「あー、気にしないでいいよ、それが七海の個性だと思うしさ。私はわりかし気に入ってるし」


 つい付け足しそうになったエキセントリックでコントみたいに面白いから。という理由は口に残ったサンドイッチの風味と共にぐっと飲みこむ。


「えー、ほんとぉかい、みな葉が好きならそれでもいいかなぁ」


 上目遣いでチラっとこちらを見る七海が、気に入っているを好きに都合よくすり替えたのには気づいてはいたんだけど、折角機嫌が直ったし面倒くさいのもあって突っ込まずスルーした。


「ねぇねぇ、みな葉、このスープ、ハファラーブもどうぞどうぞ。サンドイッチと絶妙に合うのだよ」


 スープを注いだマグカップを私に手渡そうとしてお互いの指と指が触れたとき、七海はまた頬を赤らめ、そのままベンチの上にそれを置いてしまった。


 ついさっきまでぎゅうぎゅう手を握ってて、しまいにはどっちの手汗かわかんないくらいにぬちょぬちょになってたってのにちょっと指先が触れただけでこんなにも照れるとか、やっぱ意味わかんねーなコイツ。


 首をかしげながらちょうどいい温度のスープを口に運ぶと、ほんのりとトウモロコシのような甘い味と香りがする団子とハムやベーコンの入ったそれは、確かに牛カツサンドと相性が抜群だった。


「ほんとだ合う合う、七海って実は料理上手だったんだね。知らんかった、見直したよ」


 私がまた褒めると、七海はぐうぇっへっへ笑いをせずに、首筋までも真っ赤にして指先でぐりぐりと籐かごの取っ手をいじくりまわしている。


 何か今にも湯気がぷしゅーっと出てきそうだな、白いから赤がめっちゃ目立つんだよね。

 しっかし、ホントコイツの照れポイントって理解不能だわ。

 あてられてこっちまで熱くなってきた。

 いつもはあんなにグイグイ来るくせにさ。


「ねー、もう食後のレモネードも飲んだし、次の場所にでも連れて行ってよ」


 無言のまま固まってしまった七海と並んでじっと座っているのに業を煮やして、私はその腕をぐいっと引っ張り、次の場所へ行こうと急かした。


「あっあっあっ、みな葉がボクの腕を掴んでー連れて行ってとはー、何たる至福―」


 めっちゃ面倒くさい反応に、頭を抱えることになってしまったけど。


 そして向かった今日のデートのオーラスは、またまた王道のド定番の映画館。

 今どき珍しい木造の、むしろこっちが映画の舞台にでもなりそうな名画座で上映していたのは、十数年前の北欧の映画だった。

 少し色あせたポスターの中では、背が高く痩せぎすの金髪の少女と小柄な黒髪の少女が背合わせで立っていて、金髪の少女は背後の黒髪の少女に顔を傾け、黒髪の少女はポスターの向こう側にいるこちらを見据えるような視線を向けている。

 ピッタリと背中は合わさっているのに、少女たちの間には壁のようなものがあるように感じた。


 【touch the heart】という題名がつけられたその映画は、北欧のさびれた港町で暮らす明るく活発な金髪の少女エミリアが同じ高校に通いながら存在すら認知していなかったおとなしく口数も少ない黒髪の少女ハンナとひょんなきっかけで知り合い、一見暗いようでありながら自分の世界を持ち凛として生きるハンナにエミリアが密かに恋焦がれていく話だった。


 これってひょっとして、いやひょっとしなくても百合映画なんじゃね?

 エミリアの揺れ動く気持ちの描写で、序盤にしてそこに気づいた私は微妙に気まずい気持ちになりながら横の七海の表情を見ないようにしてスクリーンを見続けていたのだけど、派手な展開はないけれど思春期の少女二人の繊細な心の揺れ動きがていねいに描かれ、美しいけれどさびれた港町の風景にも魅了され、いつの間にか百合映画に対する警戒心は消え去り、スクリーンを食い入るように見つめ、引き込まれるように二人の物語の行方を追っていた。


 結論から言うと、二人はくっつかない。

 恋人同士になることはないのだ。

 それどころかエミリアは最後まで自分の気持ちを告げられず、ハンナは海の向こうからやってきた流れ者の船乗りの男の子供を身に宿し、高校卒業を待たずに男と共に町を去ってしまう。

 そして、ラストはハンナが去っていった港を見つめるエミリアのバックショットで終わる。

 その表情は映されない。


 あんまりにもその背中が切なすぎて、私の目からは生あたたかい涙がボロボロと零れ出していた。


「にゃ、にゃなみぃー、これってエモすぎるんだけど、胸にグサグサ刺さりまくりだよぉ、いい映画が観れてよかった。連れてきてくれてありがとぉ、ぐすん」


 鼻をすすりながら、横の七海に顔を向ける。


「ゔぇっえっえっえっ‥‥‥‥あぁぁ、ゔゔゔぅ」


 すると、七海は私以上に大号泣していて、何かを言おうとしているのに全く言葉になっていなかった。


「仕方ないなぁ、まぁデートのオーラスですし」


 私はピンクのミニタオルで涙を拭っている七海の指の間にそっと指を潜らせ、初めて自分の方から手をつなぎ、映画館を出た。

 それから解散の場所である駅構内までの十分ほどの道のり、ウチらはつながれた手と手、からみあった指については一切触れず、【touch the heart】の話だけをしていた。


「ねー、ところどころに気づいているような素振りはあったけどさ、結局ハンナがエミリアの気持ちを知っているという決定的なセリフや場面はなかったよね」

「うん、そうだね、ボクは……」


 口ごもった七海は、どこか遠くを見つめるような表情をしている。


「何々? どう思ったの?」


 どうにもそれが気になって、私は七海の顔を覗き込んで問いかけた。

 それでも七海はしばらく口ごもった後、ゆっくりと小さな声を吐きだした。


「ボクはハンナは全部わかっていたのだと思うよ。エミリアを見つめる憐憫の表情、そして知り合ったばかりのアレクシとの急激な接近や出奔は、エミリアをすっぱり諦めさせようとしての行動なのかなと……」


 自分で聞きだしておきながらその感想が悲しすぎて、胸の奥がぎゅっと掴まれたようだった。


「私は違うと思うよ! 確かにハンナはエミリアに恋してなかったとは思う。でもさ港で二人で追いかけっこしてからごろんと横になって空を見上げるシーン、あそこの二人の笑顔とか一切曇りがなくて素晴らしかったしさ、ハンナがチラっとエミリアを見るところとかさ、愛しさにあふれていたと思うよ! エミリアの想いとはかたちは違ってもあれもある種の愛だったんだと思う。わざと傷つけて突き放すなんてことしたくなかったはずだよ!」

「でもさ、そこに愛情による思いやりがあったからこそ、未練が残らないように断ち切るためにそうしたのかもしれんよ」

「うーんでもね」


 ちっともお互いの意見が合致せず、すっかり目の乾いたウチらは駅の改札を抜けてもまだ映画のことを話し続けていた。






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