第6話ビジネスだって言ったのに!

 ちゃっかりデートの言質を取った後のまとめ収録での七海は、何かが吹っ切れたようにラブラブモード全開だった。


「うさぴょ子ぉー、大好きにゃんー、好き好き好きーむぎゅー」

「わかった、わかった、もうわかったぴょんー」


 これはお芝居、受け止めなくてはいけないと思いつつも、私の腰はつい引けてしまう。


「もー、冷たいなー、にゃおたちまだ正式にお付き合いしてからほんのちょっとなんにゃよー、倦怠期には早いにゃー」

「こんなべたべたべたべたしまくったら、いくら好き同士でも飽きもするぴょん! にゃみ美は好き好き連呼してくっつけばいいと思ってるぴょん!」


 私は自分というより、うさぴょ子が憑依したような気持ちになって不満を覚え、七海の背中をついバシーンっと叩いてしまった。

 まるで横にいる七海が、画面の中でにゅるにゅる動くセクハラ猫耳のように見えてきたのだ。


「もー、うさぴょ子ったらぁ、そんな華奢なのに案外力強いんだにゃん、アッツい気持ちがじんじん伝わってきたにゃー」


 思いがけずいきなりキツめに叩かれたっていうのに、七海はどこかうれしそうだ。

 コイツひょっとしてMっ気があるのでは? 

 そのときの私にはこの程度の考えしか浮かばず、ちょっと首をかしげるだけだった。

 すべての収録を終え、見送られる間際に「初めてみな葉の方からボクに触ってくれたね、ボクたちのうさぴょ子とにゃみ美の恋にしっかりと命が吹き込まれたようでうれしかったよ」

 そう声をかけられるまで、自分から触れたのが初めてだったなんて、気付きもしなかったんだ。


 そしてこの日の帰り際、七海は私にもう一つの要求もしてきた。


「デートをするのだしさ、いい加減君のスマホの番号も教えておくれよ」


 そう、私たちは今日の今日まで電話番号の交換すらしてこなかった。

 正確に言うと七海の番号は一方的に教えられてはいたんだけど、どうせ収録で毎週会うんだし、動画も昨日までは城ケ崎兄が管理しているクローズドの動画共有サイトで事前にチェックできていたし。

 こちらから連絡する必要が、全くなかったんだ。


「もー、そっちからかかってくるだろうからどうせわかるだろうと思っていたのに、一度もかけてくれないんだもの」

「あー、特に用もなくて」

「こっちはアリアリだったのだよ! 先日だって君を呼び出すのに養成所の名簿を見て古式ゆかしく電報なぞをしてしまったし! 急遽の配信のことも教えたくとも教えられず、動画も直に送れなかったのだよー」


 あー、あのもふもふクマちゃん電報にはそんなワケが。

 名簿、そんなもの養成所でもらったっけ?

 ひょっとして同期のプロフブックのことかな?

 あれ有料だったし、そこそこの値段したから申し込みしなかったんだよね。

 しかし、住所が載ってるとか、そんな勝手に……了承してないんですけど。

 個人情報保護は、どうなってるんだ!

 まぁ、城ケ崎兄が仕事の窓口になってるから、一応契約書は交わしてそこに住所も載ってたけどさ。

 七海は聞いてもいないのに、「個人情報だから預かるだけで封は開けない! ボクは見ないのだよ!」とかいちいち言ってきてたんだよね。

 だから、もしやストーキングでもして突き止められたのかとちょっとビクついてたわ。

 『書類は見てないけど、君の後はつけた! 後をつけないという約束はしていないのだ』とか、アイツだったら平気で言い放ちそうだし。

 しかし、ここまで言われると、またアレがくるかもな。


「ア・ニ・メ、おじゃ」


 はぁ、やっぱりか。


「はーい、わかりましたぁ」


 あーもう、すぐ脅すんだから、城ケ崎マリローゼ七海こやつは天使のような愛くるしい顔をした悪魔、いや大魔王だ。

 さっきは、やっぱり仕事についてはちゃんと真剣に考えてるんだなとか見直しちゃってたのに。

 なんか損した気分だよ。


 うじうじと背中を丸めてとら丸スタジオを去る私の背中に、七海の追い打ちをかけるような言葉が突き刺さる。


「是非ともグループチャットをつくろうではないかー!」


 その日の夜、私は二人グループチャット、【ななとみなの愛の部屋】のメンバーにさせられたのだった。

 半ば強制的に。



 それからデートの約束の日曜日までの三日間、七海からのメッセージは連日、というか毎時間のように届いた。

 おはようからおやすみまで、それはもうひっきりなしに。


『やぁみな葉おはよう、日曜日のデートが楽しみだね! 待ち合わせの十時まで後四十八時間三十分と二秒だね』


 私は十回に一回くらいしか返事をしなかった。

 電源をオフにしたいくらいだったけど、アニメの企画進行がどうなっているかの連絡が来るかと思うとそれもできず、ついにはスマホを数枚ものタオルを使ってぐるぐる巻きにしてしまった。


 そして、いよいよデートを翌日に控えた土曜の夜、私はなかなか寝付かれなかった。

 何を隠そう、私にとってこれが人生初のデートなんだ。

 地元にいた中学時代から高校を卒業したら上京して声優養成所に行くことを心に決めていた私は、それまで彼氏は作らないことにしていた。

 地元で恋人同士になったとしてもどうせ遠恋になってしまうし、そんなことに気を取られていたら演技の勉強に身が入らない。

 でも今までずっと彼氏がいなかったわけじゃなくて、バイト先のうどん屋の常連客だった小劇団の俳優としばらく付き合っていたこともある。

 でも、デートらしいデートもしたことなくて、レッスンの帰りに近くのファーストフード店で待ち合わせして、バイトに行く前の短い時間でポテトを分け合って食べてたくらいなんだよね。

 でも、いつも金欠状態だったのもあるけど、お互い夢を売る場所を目指していたこともあって、やっぱ後々のスキャンダルとか考えちゃって、あんまりカレカノっぽいことはしなかったんだ。

 今思えば無名同士でさ、お前ら自意識過剰すぎるだろって感じで赤面ものなんだけどね。

 そんなこんなで大っぴらにいちゃいちゃすることもなく、どっちからかもう忘れたけど連絡も滞りがちになって、結局どちらからともなく連絡もしなくなって自然消滅しちゃったんだよね。

 まぁ、ヨーグルトシェイクの底にポテトを沈めて、しなしなになってからケチャップにつけて食べるようなちょい面白いヤツで一緒にいる時間は全然嫌じゃなくてわりと楽しくはあったんだけどさ。

 ただそんな他愛ないぼんやりとした記憶は、今度のデートの参考には全然ならないし。


 あー、アイツったらデートコースはボクにどーんっと任せてとか言ってたけど、変なことさせられなければいいなぁ。


 深夜にやっと眠りに就いた夢の中まで、猫耳をつけたにゃみ美コスプレをした七海が出てきてごろごろと喉を鳴らしながら迫られて、結局ちっとも眠った気がしなかった。


「あっ、あぁっ、ヤダっ、そこはダメだったらぴょん! 肉球でぴょんちの耳をくすぐるのはもうやめてぴょん! うぴゃっ、にゃみ美っ、にゃななみっ、ぴょーん!」


 寝汗をぐっしょりとかいてうなされながら目を覚ました私を待ち受けていたのは、やはり七海からの大量のメッセージ。


『おはようにゃん! デートまで残り二時間と三十三分☆ 待ちきれないにゃんよー早くみな葉に会いたいぴょん』


 とら丸特製のうさ耳猫足スタンプの満面の笑顔にめっちゃイラついてくる。

 あーあ、そちらさんは呑気でいいですねー、こっちは笑うどころじゃあねーんだわ!


 それ以降もピコピコと七海のメッセージの到着を知らせるスマホをはぁっとため息を吐きながらポケットにしまいこみ、眠い目をこすりつつ向かった待ち合わせ先はお互いの最寄り駅というわけでもない一度も下りたことがなく全くなじみのない駅だった。

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