第5話アニメを質に脅されました

 みな葉―、おっはよー、ずいぶん早いのだねー」


 昨日のツンツン振りが嘘のように、ブンブンと両手を振って出迎えてくれた城ケ崎は妙に明るかった。


「昨日の動画、あっ日付変わっていたからもう今日であろうか、めちゃくちゃバズっていたようだね」

「そうなんだ……ごめん、私寝ちゃってて……まだチェックしてない」

「そっか、ボクも急だったものだから、事前に動画を見せることができなくてごめんねー」

「ううん、でも今日の収録前に一応見せてもらっていいかな」

「そっだねー、ではレモネードでも飲みながら一緒にチェックしようではないか」


 拍子抜けするくらいに、いつもの城ケ崎に戻っている。

 ホッとするのと同時に、少しだけその笑顔に違和感を覚えた。

 安心していいはずなのに、何かがどこかが引っかかる。


 でも、きっとその違和感には気付いていないふりをした方がいい。

 私は何事もなかったかのように、告られる前の城ケ崎との距離を保とうと振舞った。


「そういえば、アニメの企画さ、企画書を見せてもらってからちょっと時間経つけど今どうなってるんだろうね。詳しく決まったらまた連絡って言われたけど」

「うん、そういえばあのときは、その話をしようって言ってみな葉を呼び出したのだよね、ボク……」


 シクった! そういえばそうだった。

 その後のインパクトが強すぎて、すっかり忘れちゃってた。

 自ら地雷原を踏みに行っちゃったよ。

 どうしよ。

 いや、平常心、平常心。


「そういえばその話してなかったもんねー。折角だから今しちゃおう、楽しみだねー」

「うん……アツアツの新婚学生百合ップルアニメになる予定のようだね……はぁ、ボクこんな気持ちのままできちんと演じ切れるのだろうか」


 うつむきながらも、チラチラチラチラこっち見てる。

 うわー、ますますヤバげ……


「だ、大丈夫だよ、いつも通りの城ケ崎、いやにゃみ美で自然体にやればさ」

「だってボク、君に告ったのにずっとそのことを無視されているのだよーこんな状態のいつもの自分でアツアツ新婚百合ップルだなんて、はぁ……」


 めっちゃしょぼくれてるよ。

 まさか、泣いたりなんかしないよね。

 この状況ってめっちゃ困るんですが! 

 こりゃあ、どうしてもこの話からは逃げられそうにない。

 ううう、仕方ない。


「あのさ、城ケ崎、ちゃんと返事しないではぐらかしてごめん。ひょっとしたらにゃみ美を演じているうちにキャラと自分を混同しちゃって勘違いしちゃった……のなって思ってしばらく様子を見ようと思ってて」

「ひどーい! ボクはちゃんと自分の言葉だって言ったでしょー、信じてくれてなかったのかい!」

「そ、そうだよね、ありがとう」

「で、お返事は?」


 あっ、またチラッが来た。

 ここはどうにか穏便に、穏便に。


「あのさ、その気持ちはうれしいよ、うれしいんだけどさ。私今はこの仕事を頑張りたいし、今度のアニメにも賭けてるんだよね、だから、だからね」


 あー、チラッからのガン見、顔に穴が開きそう。

 しかし、城ケ崎の目玉、ビー玉みたいだなぁ。

 キラッキラのまん丸で。

 その目玉いっぱいに、今は私が映ってるんだ。

 って、そんなこと考えてる場合じゃなくて!

 よしっ! 行くぞ!


「城ケ崎がどうこうっていうのじゃなくて、今は誰とも付き合う気がないの! ごめんね!」


 よしっ、言った。言ってやったぞ!

 テンプレだけど、一番無難な振り方だ。

 あなたが嫌なわけじゃないの、こっちの事情なのよって。

 実際、事実は事実だし、今は彼氏も好きな人もいないしね。


 あれっ、城ケ崎何も言ってこない。

 肩も震えて、顔も全然見えないよ。

 どうしよ、どうしよ、何か言わなきゃ。


「あ、あの城ケ崎、大丈夫?」

「だいじょうぶじゃないのだー、みな葉の気持ちはわかったよー。でもこんなんじゃ百合ップル続ける気がおきないぃー、コンビ解消しかないかもぉ……」


 マジでか! 困る、それは困るどころじゃない。

 アニメがおじゃんになるのだけは絶対避けたい、でもそれ以前に今コンビ解消となったら私無職になっちゃうし!

 上京してからずっと続けてたうどん屋のバイト、うっかり先週辞めちゃったんだよ。

 あー、時給も上がったばっかりだったし、賄もついて食事代も浮いてたのに! ちょっと辞めるの早すぎたかも。

 店長もパートのおばちゃんたちも「いつでも戻っておいで」とは言ってくれたけど、けども。

 成功したらお客として、憧れの天玉牛マシマシうどん食べに行こうと思ってたのに。

 こんなすぐにすごすごとバイトで出戻りとか、切なすぎるよ。

 ここはひとつ、ご機嫌でも取らなきゃ!


「そんなこと言わないで、付き合うのは無理だけど、私ができる範囲のことでなら力にならせて」

「ほんとぉかぃぃ、ぐすん」


 あっ、食いついた。

 まだちょっと涙声ではあるけど、これならイケるかも。


「うんうん、もちろんだよ、ウチら相棒じゃん!」

「じゃあねぇ、ボクのお願い聞いてくれるぅ」


 よしよし! イケる、イケる。


「あーうん、ちょっとぐらいのお願い事なら、聞いてあげなくもないよ」


 でも、とんでもないこと言われないように、一応釘は刺してと。


「じゃあねぇ、チューしたいなぁ」


 うっわー、全然釘刺さってねぇ、想像の斜め上につるんと滑ってる! 

 スピードスケート見物かと思ってたら、フィギュアスケートの四回転ジャンプを頭上で飛ばれたかのような気分だよ。さすがにそれは。


「無理、無理、無理!」

「お願い聞いてくれるって言ったのにぃ」


 あっ、マズい、また声が湿っちゃってる。


「も、もっとマイルドな感じで、だから出来る範囲で」

「じゃあ、生肌を触らせて、ちょっとでいいのだからぁ」


 はぁ!? なんか膝の上に乗せられた手がぐねぐね動いてるし!

 その手つきエロいから! 無理だから!


「いやいやいや、無い、無い、無い」

「みな葉は結局ボクと一緒に仕事したくないんだぁ。そんなに僕と離れたいのだねぇ、かなしいよ」

「そんなわけないよ! 一緒にやりたいよ」


 窓から吹き込む初秋の風はほのかに涼風を感じる爽やかさだし、もう名残の暑さも過ぎ去ってじっとりと汗をかくような季節でもないのに、私の額からはたらりと冷たい汗が流れ落ちてきた。


「じゃぁ、手つなぎで一日デートするのはぁ」

「それくらいなら!」


 焦りに焦った私は、城ケ崎の次のお願いに一も二もなく了承してしまった。

 一気にハードルが下がったような気がしてしまったのだ。


「ヤッター!」


 両手を突き出してソファーから立ち上がりうつむいていた顔をサクッと上げた城ケ崎は、こちらを見てペロッと赤い舌を出した。

 その両目は潤むどころか、ドライアイかよってくらいからっからに乾いていた。


 やられた―全部お芝居だったんだ。

 そうだよ、コイツったらいつも収録で私を引っ張るアドリブ名人だったのに。

 それにさっきのお願いごとのアレも、考えてみればありがちな交渉術だ。

 ドア・イン・ザ・フェイスだったっけ?

 最初に無理なことをお願いして、どんどん要求を下げているように相手には見せかけておいて実は自分の思い通りにことを進めってるってヤツ!


 うー、やられたぁ!

 気付いたところで時すでに遅し、後の祭り。

 ちょっとだけと思ってドアを開いて、そこに顔を突っ込まれた時点でこっちの負けが決定していたんだ。

 でも、悔しいいー!

 まだ、自分のおっちょこぶりを、負けを認めたくない。


「あの、やっぱさっきのナシの方向でっていうのは」

「ムリムリムリー! 約束だもん!」


 チッチッチッと私の目の前で人差し指を振りながら、ニマニマする城ケ崎。

 うぅ、めっちゃイラっとくる。

 そんな私をよそに、城ケ崎は勝ち誇ったように胸を張ってしゃべり続けた。


「あっボクのことはこれから七海って呼んでおくれね。どうしてもロゼって言うのが無理ならばそっちで我慢するとするよ、外国っぽい呼び方だとちょっと気恥ずかしいのだろうしね」

「そっ、それも、ちょっと」

「ア・ニ・メおじゃん」

「わかりましたぁ」

「な・な・み」

「七海……」

「はい、よくできました」


 こうして私はコンビ解消、アニメおじゃんという重大問題を人質? にとられ、城ケ崎、改め七海の思惑通りに一日手つなぎデートという不安いっぱいのミッションを攻略しなければならない状況に陥ってしまったのだった。

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