第4話マジとかガチとか何それ美味しいの?

「ねー、ちゃんとはぐらかさないでちゃんと聞いておくれよ。ボク本気なのだよ」


 目の前の城ケ崎の顔は、確かにふざけているようには見えない。

 真摯な表情で私を見据え、握った拳はぷるぷるとかすかにふるえている。

 でも、でも本当なのかな?

 その気持ちは、真実なのかな?

 演じているうちに、キャラに入り込み過ぎてそんな気持ちになっちゃっただけなんじゃないかな?


 私の頭の中ではぐるぐるぐるぐる?マークがが渦巻いて、とうとうはぐらかすための適当な相槌すら打てなくなり、決定的な言葉が城ケ崎の小さな唇から吐き出されてしまった。


「ボク、城ケ崎マリローゼ七海は、園原みな葉に恋しております! これは柴咲にゃみ美としてじゃない、ボクの生の言葉なのだよ!」


 しまった! ついに決定打来た! 来ちゃったよ!

 うひゃー、うっかり聞いてしまった。

 なんとかそこだけはスルーしようと、何か策を練ろうと思っていたのに。

 どうしよう、どうしよう……


 そうは思っても、思いがけないこと過ぎて、気の利いたうまい返事なんて何一つ思い浮かびやしない。

 でも、このままぼんやりと城ケ崎の前に突っ立っているのもいたたまれなさ過ぎる。

 切り抜けなきゃ、でもどうやって?


 結局私は、「あ、そっかそっか、どーもどーも、ありがとねー」というかなりどうでもいい返事をしつつ、ふらふらと小さく手を振りながら城ケ崎を残し、その場を逃げるように立ち去ってしまった。


 自宅に帰り、ローズマリーの入浴剤入りのお湯で半身浴をしながら、私は城ケ崎の言葉について考えた。

 本当は考えたくなかったんだけど、ローズマリーからマリローゼをつい連想してしまい考えざるを得なくなってしまったんだよね。

 爽やかな香りに包まれていつもならリラックスできる憩いのひとときなのに、今日はちっとも落ち着かない。

 城ケ崎のことばかりが、ぐるぐるぐるぐる頭をめぐる。


「なんで今日に限ってコレ入れちゃったかなぁ。カモミールのでよかったのに、気付いたらこっち入れちゃってたんだよなぁ……」


 知らず知らず、城ケ崎で頭がいっぱいになってしまっていたせいかもしれない。


「明後日、今週分の配信のまとめ収録なのにどうしよう。何て言ったらいいのかわからん」


 考えても考えても、何も結論は出てこない。

 うっかり長湯してしまい火照った顔をレモン水のボトルで冷やし、私はベッドの中でまた悶々と考えまくった。


 思えば最近の城ケ崎は、ちょっと様子がおかしかった。


 いきなり「ねーこれからボクのことは、親しみを込めてロゼって呼んでおくれよー」とかべたべたと甘えた口調で言ってきたり、「いやいや、遠慮しとく、城ケ崎」って普通に返事したら、ほっぺたをフグみたいに膨らませて大げさにいじけたり。

 脈絡もなく収録後に腕をからめるように組んできたり。

 先週の収録では、いつもなら軽くタッチするだけの指先の力が服越しなのに腰の皮膚に食い込みそうに感じるくらい強く、妙にぬめっとした手つきだった。


 ひょっとしたら、何らかのシグナルは出ていたのかもしれない。

 でもさ、いくら百合ップルを演じているからといって、それぐらいのことで本気で自分に恋してるかもなんて思う自意識過剰な人いるわけがないじゃん。

 いたとしたら、相当なナルだって。

 だって、女子高なんてふざけてチューする人とかいるって聞いたことあるし!

 さすがに城ケ崎はそこまでしてこなかったし、そういうのをしてる人たちだって別に付き合っているわけじゃないだろうし。


 気付かなかったのか、それとも気付かないように目をつぶっていようと危険なシグナルを見ないふりをしていたのか、自分でも自分の気持ちが分からなくなってきてしまって、その日は明け方まで眠りに就くことができなかった。


 そして迎えた収録の日、いつものように城ケ崎兄の仕事場、通称とら丸スタジオに重い足取りで向かった私は、ついに自分の考えをまとめた。


 いつも通りに振る舞い、こちらからは決してあの話題に触れない。

 かなりズルいとは自分でも思ったのだけど、私には城ケ崎の気持ちに応えられない。

 それに城ケ崎は自分の言葉だって言ってはいたけれど、勘違いの可能性だって大いにあるんだし。

 いつも通りに平穏に過ごしていれば、「ぐうぇっへっへ、なんか勘違いだったようだよ! ごっめーん!」ってそんな風に城ケ崎の方から言ってくれるかもしれない。


 儚い期待を抱きながら預かっている合鍵で扉を開けた私の目の前に飛び込んできたのは、玄関で仁王立ちの城ケ崎の姿だった。

 何を言われるのかびくびくして固まっている私を顎でくいっとリビングに誘導し、気まずい沈黙の中いつものレモネードを飲み終えると……


「収録」


 城ケ崎はその一言だけを発し、また押し黙って二階へと向かった。


 そして始まった一本目の収録。

 城ケ崎が私に向けて放ったのは、強烈すぎる一撃だった。


「あのさー、うさぴょ子、にゃおたちって付き合っているんにゃよね?」

「う、うんぴょん……」

「でも、にゃおねー、未だに君からの返事を受け取っていないんだにゃんー!」

「そ、そうだったぴょん?」

「そうそう、だから今回は皆さんの前で告白をやりにゃおしちゃいまーす! うさぴょ子もちゃんとお返事してくれにゃーん!」

「……」


 城ケ崎は、机の上にあったサブのミニマイクを手にとって私の前に跪いた。


「うさぴょ子、にゃおは君に出会ったその時から、ずっと君のことが大好きだにゃん! 何よりも大切に思ってるにゃん、君はにゃおのことをどう思っているにゃん?」


 これは園原みな葉への言葉ではない。

 月浦うさぴょ子への愛の告白なんだ。

 そして今の私は、うさぴょ子、目の前の柴咲にゃみ美の初恋の人で、最愛の恋人、相思相愛の間柄なんだ。


「ぴ、ぴょんちも、にゃみ美のことが、ス、すきぴょんんっ……いつもは素直になれなくてごみぇんぴょん」


 にゃみ美、いや城ケ崎はこの返事を聞いてにかーっと白い歯をむき出しにして笑い、城ケ崎ののどの調子が悪いとのことで収録はその一本で終わり、まとめ撮りは翌日に持ち越しとなった。

 ひっくり返ったカミカミの自分の声が恥ずかしすぎて、撮り直しを提案したかったけど「これでいい、リアル」とシッシッと手振りまで交えながら追い立てるように帰そうとする城ケ崎のいつになく冷たい態度に取り付く島もなく、私はすごすごと帰路についた。


 やっぱり城ケ崎は、キャラと自分をすっかり混同してしまっていたのかもしれない。

 それで恥ずかしくなって、あんな素っ気ない態度になってしまったのかも。

 実際おとといの告白についての言葉とか一切無かったし。

 つーか、用件のみの二言しか発してないし!

 もう、先走ったからってそんなにかたくなになる必要ないのにさ。

 こっちはちっとも気にしていないってのは嘘だけど、全然怒ってはいないし。

 明日の収録で「何も気にしてないよ。お互い無かったことにしよう」って言って、ちゃんと仲直りしよう。

 いつものように楽しくヴァーチャルいちゃいちゃ恋愛のビジネス百合ップルを演じよう。


 いきなりの態度の違いにちょっぴりもやもやはしたけれど、ぐいぐい好きだと言ってこられるよりは大分マシだったかもしれない。

 私は少しだけ気楽な気持ちになっていた。


 そして、その日の深夜、城ケ崎兄が突貫工事で動画を作り急きょ配信された【にゃみ美ふたたびの告白でござるだにゃん】回は、初々しくてかわいい、そっぽを向いてからおずおずとにゃみ美に視線を合わせるうさぴょ子がツンデレの極致と大反響で、日間視聴数過去最高の200万回を記録したのだった。


 その代償として翌日にどんなことが待っているのかも知らず、私はすやすやと眠りに就いていた。

 のん気に、そうのん気過ぎるほどに。

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