第2話Vtuberはじめます
君はもちろん、VTuberというものが何なのかは知っているよね」
「そりゃ、知ってはいるけど……」
「ボクは君とコンビを組んで、VTuber業界に殴り込みをかけようかと思っているのだよ」
城ケ崎は大げさにしかめっ面をし、胸の前でぐっと両こぶしを握り締めてこちらをじっと見据えてくる。
その大きなギラギラと輝く瞳の迫力に気おされそうになりながら、私は疑問をぶつけ続けた。
「ウチの養成所の出身者でも何人かやってる人いるみたいだけど、あれってグループっていうか事務所的なモノに入るんでしょ? コンビでオーディションでも受けるの? 二人とも受かるとは限らないよ。なんか怪しい業者にだまされた人もいるみたいだし」
「うん、そうだね、でもボクらはフリーランスとして挑もうと思っているのだよ」
「えー、そんなのできるのかな。私絵が下手だしパソコンも苦手だからキャラデザとかとてもじゃないけどできないし、フリー素材じゃ目立てないんじゃ……」
「なーんだ君って意外と保守的なのだねぇ。 声優なんてイチかバチかの業界に身一つで飛び込もうとしているわりにさ!」
ごにょごにょと渋るこちらの態度に業を煮やしたのか城ケ崎は、いきなり席をバンッと勢いよく立って私の両手をぎゅっと握った。
「ボクらならきっと出来るよ! ちなみにアバターならもうちゃーんと出来ているから安心しておくれ!」
ポケットから出されたスマホに映し出された画像では、同じ髪形をしてうっすらと私に似たちょっとツンとしたクール系黒髪ストレートのうさ耳キャラと、城ケ崎のような亜麻色のふわふわの髪をしたにゃんにゃん甘系の猫耳キャラが仲良さそうに肩を寄せ合っていた。
「いつの間に!」
「ぶうぇっへっへっ、ボクの兄貴は筋金入りのガチヲタでね。プログラミングとイラストが趣味なのだよ。ちょっと君の写真を見せてね、ちゃちゃっと作ってもらったんだよ!」
「写真って、それもいつの間に!」
「な・い・しょ!」
こうしてグイグイくる城ケ崎に半ば押し切られるような形で、VTuberコンビプロジェクトが始まった。
キャラ名は、月浦うさぴょ子と柴咲にゃみ美。
ガチヲタである城ケ崎兄の命名だ。
イラスト投稿サイトピコランドでカリスマ的な人気を集め、イラスト集がヴァーチャルコミックフェスタで即完売するほどの人気絵師である城ケ崎兄、通称北条院とら丸によるデザインはウチらのVTuberデビュー前から注目を集め、順調な滑り出しになるはずだった。
あの喫茶店で、ちゃんとしっかりキャラ設定を聞いておけば……
そう、初収録の日、生のイキイキした声を録音したいという城ケ崎に言いくるめられて、事前に内容を把握しないままバイトでプログラマーをしているという城ケ崎兄の仕事兼趣味部屋に向かった私は、そこで初めて衝撃の事実を知ることになる。
最寄りの駅で待ち合わせてから向かった下町の駅の裏側にある城ケ崎兄の仕事場は、古びた木造の一軒家だった。
「うちの兄貴って陰キャでこもってばっかりのガチヲタヒッキーのくせして無駄にイケメンなものだからさ、君にはまだ会わせたくないのだよね!」
城ケ崎はブラコンなのか私に牽制めいた言葉を言い、こもり気味であるという兄が珍しくゲームイベントに出かけているすきを狙い、私をその場所に招いたのだ。
別に心配しなくても、手なんか出す気さらさらないのに。
少し不本意ではあったけど、いくらイケメンだろうが城ケ崎兄に全く興味ないしとか本音を言ってしまってもなんとなく角が立ちそうだし、キャラを作ってもらった恩義もある。
私はこれから仕事仲間になる城ケ崎の言葉に、ただおとなしく従うことにした。
「さぁ、汚い場所ではありますが、どうぞお入りくださいな」
兄の仕事場を汚い呼ばわりしている城ケ崎に反論する気も起きないその年季の入ったというかボロっちい家は玄関を開けても外観の印象通りで、収録部屋のある二階へ向かう途中の青いパイプの手すり付きの階段は、一歩踏み出すごとにミシミシと軋む。
家賃安いのかもしれないけど、いくらなんでもボロすぎやしない?
周りは飲み屋さんっぽかったけど、まだ昼間だし寝てるのにうるさいとか苦情来ないかなぁ……
「ねぇ、城ケ崎……こんな普通のおうちで大きい声出して録音とかして平気なの? まぁ、歌ったり踊ったりとかしなければ……大丈夫、なのかな?」
心配になってつい話を振ると、城ケ崎は階段の突き当りのドアをバーンっとダイナミックに開けて、にこにこと笑った。
「へーきへーき、この部屋は防音についてはばっちりだからね! 壁も床も遮音パネルにリフォームしてあるのだよ」
目の前に広がる真っ白で窓のないその部屋の中は、イラストとプログラミングが趣味のはずの人が使っているとは思えないほどの個人で使う域を超えた機材がそろっていて、まるで小さなスタジオのようだった。
そして、真っ白に見えたそのミニスタジオの天井には……月浦うさぴょ子と柴咲にゃみ美の着ぐるみビキニ姿のイラストが、でかでかと描かれていた。
なんか、私のキャラめっちゃ貧乳なんですけど……城ケ崎のにゃみ美はぼよよんなのに!
写真見せたって言っても、どうせ養成所のプロフだよね。
顔写真だけで、そこまでわからないはずなのに、ぐぬぬ……
むちゃくちゃ腹が立ったけど、事実は事実。
気付かれないようにギリギリと奥歯を噛み締めながら、私は天井から目をそらし、この絵は見なかったことにしよう。
これについては、決して触れないようにしようと固く自分の胸に誓ったのだった。
そして、いよいよ収録の準備が始まった。
用意されたのは、一人一個のマイクスタンド。
夢にまで見た現場ではない、けれど、これはこれでうれしい。
ニマニマとピカピカした真新しいマイクを眺めている私の横で、城ケ崎はぱちんと手を叩いた。
「よし! これから下で休憩しようではないか!」
「えっ、何で? 今から収録するんじゃないの?」
「その前にのどを潤しておこう、このプロジェクトに関する説明もあるし」
それもそうだなとは思ったが、では何故先にこの部屋に通したんだろう……
度を越したブラコンゆえの兄自慢?
首をかしげながら城ケ崎についてさっき上がったばかりの階段を下りて行く私の耳には、そよ風にも吹き飛ばされそうな城ケ崎のかすかな声が入ってきた。
「はぁ、マイクを見つめるあのうれしそうな顔、はぁん、眼福眼福」
うーん、どうやら、本当にただの機材自慢だったっぽいな。
城ケ崎って一見おとなしそうなのに、ちょいちょい自慢はいるな、まぁいいけど。
そのときの私は、それでとりあえず納得していた。
そして、昭和感満載のリビングのど真ん中にでーんと鎮座している真っ赤な革張りのソファーになぜか並んで座って聞かされたこのプロジェクトの説明は、飲んでいた少しぬるめのレモネードを吹き出してしまうほどの驚きの内容だったんだ。
城ケ崎は横にずれる私に吸い付くようににじり寄ってきて隙間を詰めながら、いつもより少しだけ高いトーンの声を出す。
「あのね、ボクたちがこれから始めるのは百合ップルによる日常生活の記録配信なのです」
「へっ、ゆりっぷる? ってあの、あれ? いわゆる百合的な」
「そう! 百合的なアレなのですっ! ボクたちはこれからVTuber百合ップル、けもみみラバーズになるのだよ!」
面食らう私にピッタリと寄り添い、親指を立ててドヤ顔をする城ケ崎。
何かイラっとしてきた。
「なるのだよって……ちょっと! それを今更言うのはナシじゃないの!」
「うーん、それよりアリよりのアリではないか?」
「それじゃどっちもアリじゃん!」
思わずソファーから立ち上がった私の肩を、思いがけない力強さでぐいぐいと押し込んだ城ケ崎は、それからも舌から生まれてきたんじゃないかと思えるような饒舌さで私を追い込みまくった。
「だって君は百合に偏見はないでしょう。百合ドラマCDのオーディションも受けて原作もしっかり読みこんで、ちゃんと好意的だったではないか」
「それはそうなんだけど……」
「声優だったらなんだって演じるでしょう! 確か君は少年役希望だったから、BLだって仕事で来たら台本読む前でも引き受けるのだろうし、百合のラブシーンだってちゃんとできるよね、でもVTuberとしては嫌なのかい? えーオファーを受けたというのにここまで来て断るのかぁ」
「だって、声優なら役を演じるけど、こっちはアドリブで素っぽい感じを出すって、そんなのハズいし……」
「ねぇ、園原みな葉君、君の名前は何だい?」
「へっ、今自分で言ったよね」
「そうだよ! じゃあ月浦うさぴょ子と柴咲にゃみ美っていうのは一体誰なのかな?」
「ウチらが演じるヴァーチャルキャラ?」
「そう! そのとーりー! すべてはヴァーチャルでのことなのだよ。恥ずかしいことなぞ何もありはしないのだよ」
城ケ崎は何故かえへんと胸を張ってパチパチと拍手をし、尚も話を続けた。
「そう、ボクたちは演じるのだ! 百合ップルをナチュラルに、自然に自然に、演じ切る!これはきっとみな葉、君の今後の糧にもなるはずなのだよ」
「そ、そうかも……」
いつの間にか呼び捨てにされていることにも気づかないほど城ケ崎の言葉に聞き入ってしまった私は、こうして強引に押し切られるようにしてビジネスヴァーチャル百合ップルへの道への一歩を踏み出してしまったのだった。
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