猫人アイテム商ノートンと負債の姫君 「呪い付きのアイテムはいかがかニャ?」

蒼空 秋

第1話 猫人アイテム商ノートンと呪い付きの少女


 〝大怪盗ドレットノート〟

 盗めぬものはない。

 そう謡われた稀代の怪盗。


「最後に私が盗んだものを教えよう。

 それは、この国の夢であり、現実。

 希望であり、絶望でもある。

 すなわち〝未来〟そのものだ 。

 私はその宝を盗み、この国に隠した。

 宝を守るのは、神獣の力をもってしても砕けぬ鎖、〝グレイプニル〟。

 人々よ、いつの日か知るがいい。

 私が盗んだ至高の宝の、その価値を──」


 そんな言葉を残し、大怪盗は姿を消した。

 彼が人知れず処刑されたのか、事故死したのか、あるいはどこかで生きているのか、

 だが、彼の生死自体は、人々にとってどうでもよかった。

 人々を魅了したのは、彼が盗んだという〝至高の宝〟そのもの──


 5年もの間、人々はスコップを持ち、ツルハシを抱え、王国中を掘り返す勢いでその宝を探し求めた。

 大怪盗の至宝とは何なのか、どれほどの価値を持つのか、宝を守る鎖グレイプニルとは何なのか、

 それを確かめ、自分のものとするために。

 〝ドレットノート・レース〟

 その宝探しの競争は、いつしかそう呼ばれた。

 しかし人々は忘れていた。

 宝を盗む者がいれば、宝を作り出す者もまた、存在するということを──


 ローラント王国歴619年、王都ロンディニウム。

 衰退の色を隠せなくなりつつあった王国にあっても、まだなお繁栄を謳歌する王都。

 その路地裏のさらに奥に、不思議な店主が営むアイテム店があるという。

 そこを訪れるのは、怪盗と、そして──


──カランカラン──

 店のドアに括り付けてある鈴が小気味よく響く。

 この鈴は、いわくつきの魔法具だった。特定の客人だけを招き入れ、その際に鈴が鳴って知らせる魔法がかかっている。

 カウンターにいた店主であるノートンは、来客に気づき、顔を向けた。

 頭からフードをかぶった小柄な客人。フードからわずかにのぞく白くて無垢な肌から、おそらく十代後半の少女、身なりと漂う気品から、家柄も悪くない、とノートンはあたりをつける。


「あっ……」


 客人の少女が、静かに息を飲んだのがノートンにはわかった。

 仕方のないことだ。ノートンの姿みて、驚いたのだろう。

 アイテム屋『ニャン古亭』を営む彼ノートンは、人間ではない。

 上品なスーツにオシャレな蝶ネクタイを着こなした長駆の体は、確かに人間のものだったが、首から上はまるで違っていた。

 顔全体を覆う灰色と白色の毛と、頭から天を向いて生えている巨大な耳、どんぐり色のつぶらな瞳に、大きな鼻と、そこから横に飛び出た三対のヒゲ、そして微笑みの奥に潜む肉食獣を思わせる鋭い牙、

 その顔立ちは、明らかに人間のモノではなく、猫のモノだった。


「いらっしゃいませだニャ」


 客人の少女を安心させようと、ノートンはできうる限りの微笑みを浮かべ、愛想よく答える。


「……あの、その……買取を、お願いしたいんですが……」


「ここはアイテム屋、買取は大歓迎だニャ。商品はいったい何かニャ?」


「……それが、普通の『道具』ではないんです」


 フードで顔を隠しながら、少女は申し訳なさげにそう述べる。


「心配は不要だニャ。ここ『ニャン古亭』は、普通の道具の買取は受け付けていないニャ。あれを見てごらん」


 ノートンは玄関の鈴を指さす。


「あれは〝迷い鈴〟という魔法具で、魔法具を持った特定の客人だけを招き入れる『魔法』がかかっているニャ。だからここに来るのは、怪盗達くらいなものだニャ」


「怪盗?」


「ああ。盗賊達だって、盗んだものを換金する必要があるニャ。だが高度な魔法具ほど、足がつくので換金しづらい。だからウチのような商売が成り立つのニャ。そして高度な魔法具を盗めるのは、盗賊の中でも上物の『怪盗』と呼ばれる連中に限られるニャ」


 一般客は原則お断り。

 それがノートンの営む『ニャン古亭』だった。


「ええっと、私は別に盗賊というわけでは……」


「知っているニャ。君は盗賊でも、まして怪盗でもない。


 君はこの店のもう一つの客人、『呪い付き』だ。そうだニャ?」


「えっ!?」


 少女を見透かしたかのようなノートンの言葉に、少女は驚き、目を見開く。


「……どうして、わかったんですか?」


「まあ、オレも似たようなものだからニャ」


 ノートンは自分のひげをつまみながら、「ニャー」とほほ笑む。


 そのまま少し黙り込んでしまった少女。目の前のノートンもまた何らかの呪いによって猫人になってしまったのだろうか? とでも考えているのだろう。


「マスター、お客様ですか? そうですね!!」


 店の奥から女が慌ただしくやってくる。

 年齢は客の少女と同じくらいの美しい娘。肩くらいまでの茶色寄りの金髪は、肩先でやわらかくカールしており、耳元には年代物と思しき白いイヤリングが光っている。服装は茶と白を基調とした上着にエプロン、レースがふんだんに盛り込まれたカチューシャと、キャロットスカートに膝まである紺のソックスは上質なもので、可愛いらしいと街では評判だった。


「サーシャ、お前には『ワン古亭』の店番を頼んでいただろう?」


「え~、だってお客さんは普通のお客さんしか来ないし~」


「普通のお客しか来ないのはあたりまえだニャ」


「そもそも閉店時間はとっくに過ぎてますよ」 


「う、そうだったかニャ」


 ノートンは失念していたが、どうやらとっくに閉店時間を過ぎていたらしい。

 通常の道具の販売を手掛けるのが店の表側にある『ワン古亭』の役割であり、サーシャにはそちらの店番を主に任せていた。


「ニャン古亭のお客様はとっても珍しいんです。お客様は、どんなご用件でこられたんですか?」


 サーシャが好奇心いっぱいの瞳で、そう切り出す。

 その無遠慮な姿にノートンは「ふう」と小さくため息をつく。だが考えようによっては悪くないかもしれない。客とサーシャは同い年くらいだから、ノートンよりも話しやすいかもしれない。それにサーシャには、人を安心させる不思議な魅力があった。


「はい……」


 少女も信頼してくれたのだろうか、彼女は小さくうつむき、頭にかぶっていたフードをとった。

 小柄だが凛とした顔立ちに、意志の強そうな瞳。シルクの様にしなやかな漆黒の髪は、東洋人の血が入ったものだ。だがその頭には、普通では有り得ないものが生えていた。


「きゃー、猫耳ですよ、猫ミミ、かわいい!!」


 サーシャがはしゃぐ。彼女の言う通り、少女の頭から生えていたのは、猫の耳だった。


「かわいい猫ミミ。初めて見た!!」


「落ち着けサーシャ。お前の横にいるオレも猫人だ。当然、猫耳も生えてるニャ」


「全然違いますよ! マスターは顔全体が猫面だし、萌えの欠片もない、どちらかというと化け猫の仲間です」


「……猫面、化け猫の仲間……」


「かわいい女の子に猫耳、これが萌え。いいな~男の人は単純に萌えられて、かわいいやらうらやましいやらあざといやら、乙女心は複雑です」


「サーシャ、お客様を前にはしゃぎすぎだニャ」


「ねえお客様。そのミミは子供のころからですか? 赤ん坊の時の写真とかありますか?」


「落ち着くんだサーシャ。それに彼女の猫ミミは、後天的なもので、生まれつきじゃニャイ」


「え!?」


 ノートンの言葉に驚きの声をあげたのは客人の少女だった。


「……どうして、わかったんですか?」


「その耳、少しずつだが侵食が続いている跡があるニャ。それは呪いで『猫化』している証拠だニャ」


 生来の猫人なら、生後に猫の部分が拡大したりはしない。


「侵食が続いている!? じゃあ、このままだとお客様は──」


「うむ。遠からず猫になるニャ」


「きゃー、いやー!!」


 なぜかサーシャが悲鳴をあげる。

 客人の少女の方は、覚悟しているのか無言でうつむく。


「いったい、どうしてそんなことになったんですか?」


「それは……これを見てください」


 少女がバッグから何かを取り出す。

 黄金色に輝く薄い楕円形の塊。大きさは小さなお皿くらいで、表面に黒い文字が書かれている。東洋の文字を崩した筆記体らしく、ノートンにも読むことはできなかった。


「すごい、純金だ。これって、なんですか?」


「これは〝コバン〟と呼ばれる、東洋のコインだニャ」


「コイン!? おっきい! お財布に入らなくてすんごく使いにくそう!!」


「……これは儀礼用のコインで、実際に流通しているものではないニャ。おそらく店先に飾る物だニャ」


「はい。昔、父のお店がうまくいっていないときに、とある商人から買い付けた物だそうです。このコインを入り口に飾ると、お客さまが引き寄せられるように集まってこられて……」


「フム。なかなか強力な魔法具だニャ」


 ノートンはコバンを覗き込みながら、そうつぶやく。


「あの……先ほどからおっしゃっている〝魔法具〟とは何なのでしょうか?」


 客人の少女が不思議そうに尋ねる。


「魔法具とは、その名の通り魔法が込められている道具の事だニャ。この魔法具には『招き猫』に関する魔法が込められているみたいだニャ」


「マスター、〝招き猫〟って何ですか?」


「東洋に伝わる猫の魔獣だニャ。客を引き寄せ、富を成すとされている」


「へ~、お金持ちになれたんですね。じゃあよかったじゃないですか」


 あっけらかんとした表情のサーシャ。だが魔法具とは、そんな生易しいものでは無い。


「魔法は無償ではないニャ。大きな魔法による成果を得た場合、後に〝対価〟を求められる。〝呪い〟と呼ばれるものだニャ」


〝呪い〟、その言葉に少女の耳がピクっと反応する。


「マスター、それってまさか……」


「娘である彼女が猫になるという事だニャ」


「きゃー、いやー!!」


 サーシャが再び悲鳴を上げる。


「なんでお前が叫ぶんだニャ」


「だってだって、お金の代わりに猫になるなんて、嫌すぎます!」


「さっきまで猫人に萌えてたじゃないかニャ」


「それとこれとは関係がありません!」


 サーシャは頑強に拒否する。まあ猫になるのは誰しも嫌だろう。


「それでお客様は、解決のためにローラント王国にやってこられたんですね」


「はい。でも国王様との謁見どころか、お城に入る方法すらなくて……」


 魔法に付きまとう呪い。

 それは過剰な恩恵を得た者に対する代償であり、自然界の反作用であった。

 誰しも逃れることができない呪いから唯一、逃れることができる術を知っているとされるのがローラント王国の王族だった。特に王国の祖である始祖王ロランは、代償なしに大規模な魔法を行使したという。

 そして歴代の王族は、始祖王の残した呪いの浄化方法を継承していると噂されていた。


「何らかの方法で〝王太子〟様のお力をお借りできる方法があれば、と思ったんですが……」


 王家の中でも、第一王位継承者のレオニード王子は〝奇跡の王太子〟と呼ばれ、〝天に届いた〟と謡われるほどの魔法の天才であった。

 ちなみに天に届く、とは別に高さの意味ではない。

 魔道を極め、真理に到達した魔術士は、自然界の反作用である〝呪い〟の影響を受けずに、代償なしに大魔法を行使できるという。人々は敬意をこめて彼らを、〝天に届いた〟魔術師、あるいは〝天位魔術師〟と呼ぶ。

 また王太子は軍才にも秀で、かつての戦争の折には、彼が率いた軍は常勝を誇ったという。そのため王太子は、王国の救世主として人々の期待を一身に集めていた。


「でも、王太子殿下は、ずっとご病気でふせっているという話ですよね~」


 サーシャの言う通り、王太子は5年間ずっと病床にあると言われている。


「そうだニャ。そもそも外国人が王家の人間に会おうなんて無謀だニャ。それに王太子にそんな便利な力はないニャ」


 ノートンの言葉に、客人の少女は「そうですか……」と小さく肩を落とす。

 初めから王家の人間に会えるわけがない。そんなことは承知で、それでも藁をもすがる気持ちで王国にやってきたのだろう。


「それでお客様はこのコバンをウチに買い取りに来られたわけですね」


「いえ、買い取っていただくなんてとんでもありません。お金は支払いますから、可能であれば、このコバンを引き取っていただきたいのです」


「ウチに置けば、うちも客がたくさん来るようになるかもニャ」


「いやー! いくら閑古鳥が鳴いているボロ店でも、私は猫になるなんて嫌です! マスターは元から猫人だからあんまり変わらないかもしんないですけど……」


 どさくさに紛れて酷いことを言う。

 確かに閑古鳥は鳴いているが、店は言うほどボロくはない。


「仮にウチが引き取っても、招き猫の恩恵と呪いは、あくまでお客様のものだニャ。これはそういう類の呪いだニャ」


 この手の魔法具の場合、その恩恵と呪いはあくまで本来の所有者に付きまとう。簡単に譲渡できるものではない。


「ウチの道具で、どうにかできませんか、マスター?」


 ニャン古亭はアイテム商だ。当然、呪いを解くためのアイテムもいくつか保有している。それらを使って、呪いを解く方法は無いか? と、サーシャは言いたいらしい。


「難しいニャ。東洋の呪いはレアもので、該当するアイテムはなさそうだニャ」


「た、例えば、この前マスターが買い取ったあの怪しい呪い解きの杖を試してみるとか」


「むう……試してみてもいいが、失敗してサーシャが猫になっちゃうかもだが、それでもいいかニャ?」


「きゃー、いやですよ!」


「あの、お二人とも、ありがとうございました。別の方法を、考えてみます」


 客人の少女は、コバンを布袋に包むと、大切そうに鞄にしまった。


「そのコバン、もし盗人に取られてしまったらどうなるんです?」


「その場合も一緒だニャ。この魔法具の場合、恩恵と呪いはあくまで本来の所有者にかかる。相当の手慣れの怪盗でないと、恩恵と呪いごと盗むことはできないニャ」


「怪盗ですか……大怪盗ドレットノートなら、盗むことはできますか?」


 大怪盗ドレットノート。

 盗めぬものは無い。お宝に付与されている恩恵も、呪いさえも、丸ごと盗んだという稀代の大怪盗。


「確かに奴ならこの魔法具の呪いごと、盗み出すことは可能だろうニャ」


「でもそう都合よくドレットノートが盗んでくれるとは思えませんしね~。そもそも何年も前に姿を消してますし……」


「──いや、いい方法を思いついたニャ」


 ノートンの言葉に、二人は驚いて目を見合わせる。


「二人とも〝ドレットノート・レース〟というのを、聞いたことがあるかニャ」


 〝ドレットノート・レース〟

 大怪盗ドレットノートが残したという〝至高の宝〟。

 この国の希望であり絶望でもあると称される宝。

 ローラント王国のどこかに隠されたとされるそれをめぐって、5年にわたる宝探しレースが勃発した。

 至高の宝とは何なのか、宝を守る不朽の鎖グレイプニルとはどんな鎖なのか、それを知るために人々は国中を掘り返す勢いで宝探しに興じたが、結局お宝は発見されなかった。今なお宝を探す人は残ってはいるが、宝を探すという形のドレットノート・レースは下火となっている。 しかし今、ドレットノート・レースは形を変えて再び開催されていたのだ。


「大怪盗ドレットノートの後継者をめぐる競争ですよね」


「そうだニャ。姿を消したドレットノートの後継を自称する怪盗達が、盗みを競っているニャ」


 結局、見つからなかった〝至高の宝〟

 多くの怪盗達は、〝至高の宝〟をドレットノートが創作した虚言と判断。今度は姿を消した彼の後継者の名をめぐって、盗みの技を競いあいだしたのだ。

 盗まれる側の貴族や大商人にとっては、迷惑極まりない怪盗達の盗みの競い合い。それが、最近王都を騒がせている第二次ドレットノート・レースだった。


「あの怪盗達を利用するニャ」


「どういうことですか?」


「それはまだ秘密だニャ」


 ノートンは、意味深に微笑む。


「あ、あの……」


 先ほどまで沈黙していた客人の少女が、遠慮がちに口を開く。


「私の呪いを解く協力を、していただけるんですか?」


「ああ、やってみるニャ」


「あ、ありがとうございます」


「よかったですね~」


「まあ、この方法が成功するかは、五分五分ってところだから、期待しすぎないようにニャ」


「はい。よろしくお願いします。申し遅れましたが、私の名前はニーア、ニーア・サクラバと言います」


 丁寧な東洋式のお辞儀をしながら、客人の少女は名乗る。


「オレの名前はノートンだニャ」


「私の名前は、サーシャと言います。よろしくおねがいします」


「じゃあサーシャ、戸締りして出かけるニャ」


「出かけるって、どこにですか?」


「そりゃ情報が集う場所だニャ。ついでに腹ごしらえも兼ねるニャ」


 ノートンは猫の目を細め、意味深にほほ笑えんだ。

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