第10話 九条葉月の思惑

 放課後。

 僕、希木成也はグランドを挟んだ先にひっそりと建つ古い木造の校舎に訪れていた。一応、学校の一部とはいえ、廃屋──ほとんどが取り壊された旧校舎の生き残りであって、今僕たちが使っている新校舎とはまるで別物扱いだ。それでも現在は主に学校の備品倉庫として使われているらしいが。

 そしていざ建物の中に入ってみると思った以上にボロボロで薄暗い。廊下の床はギシギシ音を立てて今にも底が抜けそうだし、あちらこちらに蜘蛛の巣が貼ってるし、もう散々な有り様だ。


「はあ……確か二階に登ってすぐと言ってたよなな……あ、あった」


 元は何の部屋だか分からない。ただその入口に「ミステリー研究会」とマジックで書かれた表札らしき段ボールの紙が貼られている。多分ここで間違いないだろう。

 ここに来て、本当に扉をノックしてよいものかと躊躇ってしまったが、僕は意を決して覚悟を決めた。



「──ふむふむ。なるほどね」


 若干明かりが乏しいミス研の室内にて、テーブルを挟んで僕と向かい合うこの部屋の主──九条葉月さんがノートにメモを取りながら頷いていた。


「そ、それから──」


 僕は病状を医者に訴える患者のごとく、今までの事の経緯のすべてを九条さんに黙々と告げていた。それを彼女は、かれこれ十分以上口を挟むでもなく聞いてくれている。


「──と、いうわけです。それで九条さん、僕はこれからどうすれば……もう何がなんだか、わけ分からないです……」


 話が一区切りしたところで、僕は改めて九条さんに意見を求めた。もう半分涙目になっている。それだけ僕は自分が置かれたこの状況に切羽詰まっているのだ。


「うーん」


 そんな切実な僕の訴えに対し九条さんは、両腕を組み天井を眺めている。それに伴い彼女の腕に挟まれた大きな胸と、脚を組む際、チラリと見えた白い太ももに一瞬で目を奪われたが、それはありとあらゆる思考を巡らせている彼女に対しての冒涜だと懺悔しつつ、未だその見解を待ち続けているところだ。

 すると、徐ろに九条さんは椅子から立ち上がり、元は何かの準備室だったであろう狭い部屋の周りをぐるぐると行ったり来たりしてから、窓の前に設置されている年季の入った古い黒板の前に立ち、チョークを片手に口を開いた。


「取りあえず、君の話を一旦整理してみようか」

「はい。お願いします」

「よろしい」


 言うと、九条さんは、いつ取り出したのか、サッと白衣をまとい、一度コホンと咳ばらいをし、それからカリカリと黒板に「黒い服の女」と文字を書く。


「まず君は昨夜この『黒い服の女』とやらに拉致監禁された」

「はい」

「その監禁場所は、この世の場所とは思えない『異空間』だった」

「はいっ、あんな真っ白な世界はアニメとかでしか見たことないです」


 彼女はフムフム言いながら「異空間」と黒板に書き加えた。


「更に、この女は日本刀を振りかざし、君を脅してきた、と?」

「そうです。流石にあの時はビビリました」


 黒板に「日本刀所持」と書き加えられる。


「尚且つ女は、愛の言葉を語り、君に交際を迫ってきた。しかも、その正体は同じクラスの女子、だった、んだよね?」

「はいっ! まさにその通りです!」


 九条さんは「黒い服の女=クラスメイトの女子」と黒板に書き加えてから、改めて僕に視線を向けた。


「ええと……この話は、昨夜君が見た『夢』の話でいいのよね?」

「……だと思います」

「そうだよね……じゃあここまでの話は、「夢オチ」と……カキカキ──」

 

 ま、そうなるよな。あれは『夢オチ』でいいか……いいよな?


「……でも、問題はここからだよね。君が夢から覚めたタイミングで、その……桐野さん? って子からメールが届いたのよね……うーん。これどうなんだろう」

「……ですね。まさかのタイミングがドンピシャだったので」

「ここだけの話し、もしよかったら私にそのメールを見せてくれる? 決して悪いようにはしないから」

「はい。ここまでくれば見せますよ。どうぞ見てください」


 九条さんは僕からスマホを受け取ると「どれどれ」と液晶を眺める。


「そうだね……これはちょっと重たい内容だよね。文面からして、ラブレターというより、辞世の句みたい」

「辞世の句?」

「そう。このメールはあえて最後まで書かれてないように思えるの。 『今生は貴方と』では、相手に内容は伝わらないよ? あなたと一体どうしたいのかはっきりしないじゃない。でもこれはあえて相手を惑わせてるのかな? それとも自分の……ふうむ」


 椅子に腰を据えた九条さんは、いつ取り出したのか、ポリポリとお菓子を食べながら何やら考え込んでいる。「君も食べる?」「いただきます」と菓子を貰いつつ、僕はこのメールにどう対応すれば正解なのか、それこそ彼女に聞いてみた。


「それは、君……次第、かな」

「ええっと、それはどういうことですか?」 

「普通はね、『今生こんじょう』なんて言葉は余程のことじゃなければ使わないよ? だって『今生=この世』では貴方と、なんて、本当に心の底から好きな相手にしか言えないと思うな」


 うんうんと一人納得し彼女は頷く。


「そそ、そうなんですか」


(あの桐野さんが僕のことをそんなに想ってくれてたなんて──)


 まいったなー、と、頭をかいていたら、九条さんは身を乗り出し、僕にその綺麗な顔をズイッと近づけてきて、


「でもね。その子、かなり危険かも」


 小さく含み笑いをする。


「……危、険、とは?」


 思わず聞き返してしまう。 


「……まぁ、それはいずれね。というか、君こそよく分かってるでしょ? 君の話だと、一度体験済みのようだしね」

「あ、それです! 僕は彼女に一度断りの手紙を送って……その、彼女はそれで、自ら喉を切り裂いて……その……う、うう」

 

 あの光景が再び脳裏に浮かんでくる。彼女の喉元から吹き出す大量の真っ赤な血液──


「それで、気がついたら今日の朝に戻っていた、そうだよね?」

「はい……そうです」

「今回はどうだったの? ええっと……桐野さんだったけ? 彼女、君のことを裏門で待ち伏せしてた?」

「……いえ、大丈夫でした。ここに来る前、裏門に行って確かめましたから」


 そっかー。と言って九条さんは椅子にもたれ掛かる。そして視線を背後に送り、


「それでれい、どう思う。タイムリープに関しては、私まるで専門外だし、あなたの見解を聞かせて」

「え、れい?」


 ここにきて初めて聞く名に僕は、思わず九条さんが顔を向けている、本や物が溢れかえった棚を改めて見た。


「……理論上は、不可能だと思う」


 誰かがいた。黒髪おかっぱ頭、まるで中学生と見間違うほどの小柄童顔女子が棚の前でザブトンをひいて体育座りで本を読んでいた。存在自体がステルス過ぎて今の今まで気が付かなかった。


「……でも、」


 読んでいた何だか難しそうな本をパタンと閉じ、礼と呼ばれた女子、多分下級生は、僕の前にトコトコやってきて、


「魂──意識体だけなら、同一個体であれば時間跳躍は可能だと私は思います」


 それだけを言うと、僕にペコリとお辞儀をし、元の定位置に戻っていった。


「あの子は月島礼つきしまれい、我がミス研唯一の一年生よ。ま、私を含めて二人しかいないけどね。それにしても、さすが礼ね。私じゃ、絶対にたどりつけない観点ね。そうか意識体だけのタイムリープ、それなら──」


 またもや九条さんはその場でウンウン言って考え込んでしまった。今度はとてもじゃないが話し掛けれる雰囲気ではない。月島さんは月島さんで例によって積み上げられた大量の本の前で体育座りを崩さない。完全に置物化している。


 大丈夫だろうか。

 僕はこのまま、この人たちミス研を本当に信じて良いものかと一人悩んでしまっていた。

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