第8話 悪夢、再び
日差しが眩しい──
「──はっ!?」
一瞬、頭の中が真っ赤に染まった。気が動転して、まるで思考が定まらない──
(──いや、考えろっ! たった今目の前で、彼女、桐野さんが死んだ、自ら喉を裂いて死んだんだぞ!)
(僕のせいだ僕のせいだ僕が悪い僕が悪い僕が悪い──全部僕が悪いっ!)
「い、いや、まだだ! まだ彼女は生きてるかも知れない。は、早く、救急車を呼ばな、い、と……あれ?」
ここでやっと僕は異変に気づく。
「か、彼女がいない──」
そして、ここでさらなる事実に驚愕する。
「……ここは、校、門……。どうして、僕はここにいるんだ?」
僕は学校の『裏』の門にいたハズだ。それがなぜ今、『表』の校門にいる?
理由が分からず校門の前に突っ立っていた僕のことを、数人の生徒がチラ見しながら校舎に向かって素通りしていった。まるで、これから『登校』するかのように。
(いや、まさかそんなことが──)
僕はまさかと思いつつもスマホを取り出し時間を確認する。液晶には『9月2日、金曜日、8時』と表示されていた。
(……嘘だろ)
僕が裏門で桐野さんと鉢合わせしたのは、おそらく16時過ぎだ。となると、時間が8時間以上時間を遡ったことになる。
(いやいや、スマホの時間が狂っているだけで、そんなことがあるハズが──って、今はそんなことよりも桐野さんだろっ!)
僕は裏門へと急いで駆け出した──
◇
「──ねぇー音羽、ちょっとこれ見て〜マジかわいい〜」
「うんうん、かわいいかわいい」
九月二日、金曜日。
わたし──桐野音羽は、朝のホームルームが始まるまでの間、友人の萌と何気に駄弁っていた。今日は二学期の二日目。本日から本格的に授業が始まるかと思うと朝から気分が憂鬱になってくる。
しきりにネコ動画を見せてくる萌を軽く受け流しながら、ふと教室の雑踏をかんがみる。昨日みたいにわたしを構ってくるクラスメイトはもうほぼ皆無で、あの事故での話題性は何処やら、今の自分は平常どおり教室の背景化していた。実に良い事だ。何事も悪目立ちはよくないし。
そしてそろそろチャイムが鳴ろうとする時、突然、ガラッ! と教室のドアが勢いよく開いて、クラスの皆が一斉に前の入口に注目する。
「……はあ、はあ、はあ──」
そこには、息も絶え絶えな男子の姿があった。一瞬教室が静まり返ったが、男子──希木成也君の姿を皆が確認すると、各々が雑談へと戻る。かくいうわたしもその一人で、彼はただ単に遅刻しそうで慌てて教室に飛び込んで来たのだろう、と気にも止めなかった。
だからそんな彼から視線を戻し、萌にそろそろ自分の席に戻るように促していると、
「き、桐野さんっ、大丈夫っ!?」
「ひゃっ!?」
突然、希木君がズカズカとわたしの席に向かって来て、あろう事かわたしの肩をわしづかみし、しかも大声を上げるものだから、わたしは驚いて奇声を上げてしまった。
「だだ、大丈夫だけど……」
何のことか分からず、思わず歯切れのない言葉をこぼし、ふと考える。……あ、そうか、彼はあの事故のことを言っているか、と。
「うん、平気平気。ごめんね何だか心配掛けちゃったみたいで……」
未だに興奮状態の希木君に対し、昨日何度もクラスの皆に反復した言葉を投げかけてみる。
「え……あ、あ、あっ、ゴメンっ!?」
すると、希木君は慌ててつかんでいたわたしの肩を離し、サッサと席から離れていき、見るからに安堵した顔をしたかと思えば、すぐに顔を引きつらせ、ペコンとお辞儀をして、あちらこちら机にぶつかりまくり、やっとのことで自分の席に着くなり、机に突っぶせ頭を抱えた。中々の情緒不安定ぶりだった。
「何だっただろうね〜今の?」
「さあ……」
数々の奇行が売りの萌さんでも首を傾げていた。クラスもざわついている。当然ながらわたしもさっぱりだ。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まった──
◇
さっぱり分からない。
まるで意味不明だ。
すべてが謎だらけである。
午前の授業は、まるで上の空だった。自然と窓際の席に座る桐野さんの後ろ姿を目で追ってしまう。
あれから僕は学校の裏門へと向かった。そこで彼女は僕の目の前で喉を掻っ切った。今でもその光景は鮮明に目に浮かんでくる。脳裏に焼きついて離れない。それこそ紛れもない事実だった。だが記憶と裏腹に、その現場となった裏門には、彼女の姿どころか、彼女が流した大量の血液の跡すら無かった。
なのに何故──
あの凄まじい出来事は、僕が見た白昼夢なのか? だったらそれに越したことはない。すべてが夢で済むのだから。
しかし、今の現実をどう説明すればいい?
僕は過去にタイムリープした?
正確には九月二日の夕方から朝に戻った──この現実をどう理解すればいいのか、僕には分からない。分かるハズもない。
一掃のこと、すべてが僕の夢だったで済めばいいのだけれど……
昼休み。
僕はスマホを取り出し、桐野さんが自分に送信したであろうメールを再読した。
『今生は貴方と』
とても短い文面。
貴方と、何だよ!? 思わずツッコミたくなった。そもそもこれは、彼女からの告白? とみなしてよいものだろうか……。
ま、何にしても、昨日の夜といい、タイムリープの件といい、もう色々と夢だか現実だかゴチャゴチャになっているけど、この桐野さんがくれたこのメールだけは現実に存在するわけだから、まずこれについての答えだ。
うん。素直に彼女の好意を受け入れよう。
色々と考えて考えて考えてきたけど、今までの一連の出来事はすべてが夢。もう僕が見た夢でいい。それで全部解決だ。
たとえ午前のカリキュラムがすべて記憶通りでも、時折入る先生の寒いギャグが全く同じ内容だったとしても、それはデジャヴ。そう、すべてが僕の記憶違い、勘違い、そうじゃなかったら、それこそ僕が見た夢。白昼夢だ。
だったら僕は変な勘ぐりをせずに、素直な気持ちで桐野さんの好意に応えよう。
そうと決まれば後は行動に移るだけ、そう思い桐野さんの様子を覗き見る。彼女は一色さんと机を寄せ合い弁当を食べている。流石に今そこに突入をするのは躊躇ってしまう。後で機会を伺おう。行動はそれからだ。
そういえば自分も昼飯を食べないと、と思い席を立つ。何だか気分が落ち着いたみたいで無性に腹が空いて来た。とりあえず購買に向かうことにした。
案の定、出遅れたせいか、購買にはろくなパンしか残っていなかった。仕方なくアンパンとジャムパンという何だか寂しいラインナップを購入し、中庭に向かう。そこで一人淋しくベンチでボッチ飯をしていると、すぐそこの渡り廊下を歩いていた女子生徒がこちらを見るなり、ギョっとした顔つきとなった。ちなみに僕も驚いている。
長い黒髪。
女子にしては高い身長。
それに何よりも胸が大きい。
九条さんは三年の上級生でミステリー研究会の会長。そんな彼女は表情を戻し、僕の前を何食わぬ顔で通り過ぎた、かと思えば、突然振り向き、僕の元に急ぎ足で近づいてくる。
その時、とても嫌な予感がした。もし彼女があの時と同じ台詞を言えば、僕のタイムリープがほぼ確定してしまう。
九条さんがベンチに座る僕の正面に立つ。そして、徐ろにその薄い唇を開く。
「君、名前は?」
「……二年の希木です」
「そう。希木君ね」
「本当は言わないで置こうかと思ったのだけれど──」
「──君、何かに取り憑かれてるよ」
この瞬間。
僕のタイムリープ──
時間遡行が確定した、かも知れない。
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