第5話 彼女の事情②

 晴海ヶ丘はるみがおか高等学校は、男女共学であるごく一般の普通校だ。


 一応進学校だが、特に偏差値が高い訳でもなく、それでいて低いわけでもない。部活も、野球、サッカー、バスケ、吹奏楽等、一通り揃ってはいるが、全国クラスの実力を備えた部が一切皆無だったりする。


 言わば、ごく平凡な学生が通う学校ということだ。かくいうわたし、桐野音羽もここに在籍する限りなく平凡な一生徒に過ぎない。


 ちなみに本日は二学期の二日目。


 もう夏休み気分は影を潜め、登校中の生徒の様子も普段と変わらない。そんなごくありふれた学校生活が、今は何だかとても懐かしく感じた。


 わたしは、日常の世界に完全に戻れたのだと改めて実感する。


 何せ、あの事故を体験した自分としては、こんな日常の一つ一つの光景が、とても大事に思えてくるのだ。


 と、今更ながら感傷に浸っている場合ではない。代わり映えしない日常において、遅刻は厳禁だ。


 早々と校門を抜け、正面玄関へと進む。


 昇降口に差し掛かると、見知った生徒の姿を見かけた。クラスメイトの男子である。


 彼の名前は、希木成也ききなりや君。


 身長は、百七十センチぐらいの中肉中背。


 顔は可もなく不可もなく至って普通。少々長めな前髪がちょっとウザいぐらい。ちなみにクラスでの彼は、兎にも角にも目立たない。あくまでジミな存在感。かくいう自分も同じだけに親近感を抱いてしまう──といった男子だ。


 そんな希木君が、何故か下駄箱付近でキョロキョロと不審な動きをしていた。


 彼は一体何をしているのだろう。ちょっと気になる。


(……っていうか、希木君とは、昨日たまたまバスで一緒になったんだよね。彼の家、わたしの家の近所なのかな?)


 それに希木君には、本当に悪いことをしたと思っている。


 せっかく、昨日バス停でわたしに声を掛けてくれたのに、あの時の自分ときたら、そんな彼から思いきり避けてしまっていた。


 だって、よりによってあの事故の話題をいきなり振ってきたから……ま、普通はそうなるよね。


 何せ、わたしの交通事故は、夏休みの間にあの忌々しい武勇伝を含め、クラスの皆に拡散したみたいなので。


 ちなみに昨日はクラスで散々だった。普段は無視同然のカースト上位グループでさえ、ワラワラとわたしに絡んできた。


 鋼鉄の女──そんな忌々しい異名は、皆の記憶から早々に消え去ってくれと思う。


 ──そんな昨日の回想もさながら、辺りをウロウロと徘徊しているクラスメイトの男子に対し、目線を泳がしていると、不意にわたしと彼との視線が絡み合った。


「「…………」」


 しばしの間、お互い見つめ合ってしまう。

 その距離、わずか三メートル。

 と、次の瞬間。


「ききききき、桐野さんっ、おはようございます!」


 身体を九十度の挨拶する──や否や、彼は一目散に、その場から立ち去っていった。


「……ええと」


 その後ろ姿を呆然と見送るわたし──。


「──って、あの態度、ちょっと酷くない?」


 怪訝しつつも、気を取り直し、自分の下駄箱を開け、


「……ん?」


 バタン。

 即座に閉めた。


「すーはーすーはー」


 一呼吸二呼吸。

 もう一度良く確認を──


「おはよ。音羽、下駄箱の前で何して──」

「ひゃあああっ!?」


 不意に後ろから肩を叩かれたので、びっくりして、変な声を上げてしまった。


「うわわわー、び、びっくりした! そんなに驚くことないじゃん」


 慌て振り向くと、わたしの予想外なリアクションに驚く友人、一色萌いっしきもえがそこにいた。


「そそ、そうだよね。驚かしてごめん……」


 兎にも角にも、わたしは平常を装い、その場を取り繕う。


「別にいいけど。っていうか、靴、履き替えないの?」


 そんなわたしをよそに、萌は自分の靴を履き替えながら、わざわざ痛いところをピンポイントで攻撃してくる。


「う、うん。これから履き替える……」

「早くしなよ。チャイム遅れるよ?」

「うん……だよね」


 って、ここで不意に萌が小悪魔的な微笑みを浮かべた──と思えば、目にも止まらぬ速さでわたしの下駄箱を開けた。


「なっ?」


 その一瞬の出来事に硬直するわたし。


 いつしか、周りの生徒もざわめき始める。


 そんな周りの目なんか一切気にも止めず、我が友人は、あろうことか、わたしの下駄箱の中にある異変に気づいてしまい、


「手紙が入ってる? もしかしてラブレ……もがもが──」


 で、慌ててわたしは、萌の口をふさぎ、すぐさまその場を離脱。そして、速やかに無神経女をトイレに連行した。



「ちょっと萌、いい加減にして! 温厚なわたしだってキレるからっ!」


 即座に友人の手からその手紙を奪い返した。


「どこが温厚よ〜。それに十分キレてるじゃん」


 まるで反省している様子がない萌は、鏡の前でふんわりとしたボブカットの乱れをブラシで直している。


 コイツは決して悪い奴じゃないけど、たまにそのマイペースな性格についていけないときがある。それにこの暑い最中、長袖のブラウスにサマーセーターを着てる変わり者でもある。本人曰く、日に焼けるのが嫌だからだそうだ。


「それよりも〜。早く手紙、開けちゃいなよ」

「うっ、そ、それは──。そ、それよりもほら、早く教室に行かないとホームルームが始まっうよ! んじゃ、わたし先に行くからっ!」


 と、わたしはトイレから逃げ出した。背後から萌が何か叫んでるが、無視する。


(だって、この手紙がラブレターじゃなくて、誰かのイタズラとかだったりしたら、恥ずかしくてヤダよっ!?)

 

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