第8話大切なもの

 その鍵には華奢な金色のチェーンがついていて、他の品々とは違い緩衝材に幾重にもくるまれてその上からレースのハンカチで包み、小さな寄席細工の木箱に入れられていた。

 収納ケースの奥の奥、隠すようにして仕舞われたその木箱にラベルはついていなかったが、他の盗品と同じ場所にしまわれ被疑者の母親も見たことは無いと証言したため、共に押収されたのだ。

 その写真を見て一気に顔から血の気が引き、押し黙った卜部。

 これは盗品とみて、おそらく間違いないであろう。

 貫井と門田は目くばせをして確認し合ったが、当の本人は貝になってしまった。

「弁護士と相談してからじゃないと話さないとか、そういうアレでしょうか」

「うーん、どうだろうね」

 ひそひそ話をする貫井と門田にも一切興味を示さずに、卜部の伏せられた目は鍵の写真を凝視したままだ。

「卜部さん、また工芸のお話を聞いてもいいかな?」

 関心を示しそうな話題を門田が振っても、うんともすんとも答えなくなってしまった。

 しかし、門田はそれ以上踏み込んで話を聞こうとはせず取り調べは昼過ぎに中断され、翌日へと持ち越しとなった。

「じゃあ卜部さんまた明日よろしくお願いしますね。何か思い出したことでもあれば教えてくださいね」

 門田のその言葉に、卜部は見逃しそうなほどの小さな会釈をしただけで、言葉は何も発さなかった。

「門田さん、もう時間ないのにあそこで終わってしまっていいんですか? 明日の昼過ぎには検察に送致しないといけないじゃないですか」

「そうだねー、まぁ朝から昼まで時間があるじゃない」

 気色ばみ調書の角でタンタンと机を叩く貫井に対し、門田はにこやかな表情を崩さず実に落ち着いた様子だ。

 何か秘策でもあるのだろうか? 疑問に思った貫井は、門田にそれをぶつけてみる。

「明日になったら口を開かせるような雑談テクニックでも思いついたんですか? 昨日のかつ丼のアレみたいに」

「うーん、どうかなぁ、かつ丼のあれもさぁ卜部さんの顔が刑事ドラマの警察犬ワンダーに出て来た犯人の顔と似ていたからポロっと出ちゃっただけなんだよね。ワンダーっていう優秀な警察犬が捕まえた麻薬の売人に、ベテランデカのむーさんがかつ丼と泣き落としで全てを自白させるという実に奥深くていいドラマでさぁ」

(またドラマの話! この人はなんて適当な人なんだろうか。それなのにたまたまそれが当たってとんとん拍子で被疑者に口を開かせることに成功してるとか、妙に運が いいところがムカつく!)

 貫井はまたイライラし始めたが、門田はそんな様子には全く気づかずいつものようにあんパンを取り出し……と思いきや、今日は羊羹を取り出した。

 しかし、それは貫井が胸ポケットに常備しているミニ羊羹とは違い竹皮のような包装紙に包まれた太く立派な羊羹だ。

「あの、今日はあんパンじゃないんですか?」

 貫井の問いに、ずるりと剥いた羊羹を一気に口に含みつつふがふがしながら門田はピースサインを向けて来た。

「そうそう、今日は気分をちょっと変えたくてね。ふごっ、これねー栗が入っているんだよ。ふむ、歯ごたえがいいなぁ。どう、貫井君も一口やるかい?」

「いや、齧りかけは普通に嫌です」

「ははは、そりゃそうだ。若い娘さんがおじさんの齧りかけの羊羹なんていやだよねぇ。あっ、これセクハラ、いや羊羹ハラになっちゃうかなーうひゃっ、始末書ものだ」

「いえ、別に上に報告とかしないですけど」

「そぉー、おっちゃんデリカシーが無くてごめんねー。今後も気づいたことがあったらビシバシ言ってね」

「当たり前です。じゃんじゃん言いますから!」

 結局卜部に口を開かせる秘策はあるのか、無いのか、聞きだすこともできないままけむに巻かれた貫井は、あの口を閉ざす原因となった小さな鍵についてのことが脳裏を離れず気になって仕方なくなってしまっていた。

(被害届は出ていない。けれど、卜部は盗品ではなく譲って貰ったものはあの戦利品を保管しているウォークインクローゼットの中ではなく部屋の中の目につく部分に飾っていた。チェーンがついていたし被害者が気付かないうちに首から盗られた? いや、そんなことは到底無理であろう。鞄につけていた? でも、被害者が大事にしているものでなければ卜部に目を付けられないはずだ。あの物に込められた気持ちに執着する卜部が盗られて気付かない様な物をあんなに大事に仕舞いこむわけはない。)

 考えれば考えるほど、謎は深まる。

 帰宅した後でも、やはりあの鍵のことがチラついてくる。

 小さな鍵、それが入っていた木箱には鍵穴はついていなかった。

 卜部の机の引き出しに入っていたからくり箱の鍵穴とも大きさは合わなかった。

 あの小さな鍵、あれは何を開けるものなのだろう。

 ただの鍵型のペンダントという可能性もあるが、宝飾品にしては鍵の形状がシンプル過ぎる。

 そして、貫井はあのような形の鍵に見覚えがあるのだ。

 遠い記憶をたどりながら、貫井は今までの人生でめぐり合った鍵についてあれこれと思いを巡らしてみる。

 自転車の鍵、違う。 もっと大きい。

 実家で飼っていたシェパードのパットが着けていた赤い首輪の鍵、少し近い、でもちょっと違う。

 庭先の物置の南京錠の鍵、全然違った。

 父さんの工具箱、おじいちゃんの家の金庫の鍵……ってダイヤル式だった。

 どうにもピンとくるものがない中、ふと中学に入学したお祝いとして彗から貰ったあるものが浮かんできた。

「ありさ、中学入学おめでとう。ありさは今は何でも私に話してくれるけど、そのうち秘密にしたいことも出てくるかもしれない。でも自分の中にだけしまっておけず話したくなるようなことが。そういう時にこれに書くといいよ」

 ふふっと大人びた微笑みで渡してくれた鍵付きの日記帳。

 折角もらったので試しに書いてみようと思ったが、特に秘密にしたいことも無く元来の面倒くさがりの癖が出て三日坊主どころか一日目に【今日中学に入学した】と一行書いただけで終わってしまった。

 そう、あの日記帳に付いていた鍵とあの鍵がそっくりなのだ。

 貫井はポンと手を叩き、長年の謎が解けたようなすっきりした気持ちで床に就いた。

 

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