第7話要塞の中の宝物  

 小高い丘の上にある瀟洒な白い邸宅、それが卜部の自宅だった。

「申し訳ございません。私が甘やかして育ててしまったがために、こんなとんでもないことをしでかしてしまって……」

 いつもは綺麗にセットしてあるのであろう髪を振り乱して玄関先で泣き崩れる母親を宥めてから向かった先、おしゃれな螺旋階段のロフト付きの広い卜部の自室はさながら小さな要塞のようであった。

 南に面した大きな窓、恐らくこの広い家の中で一番見晴らしがいいであろうその場所は何だか未来的でメタリックな濃い青のシャッターで閉ざされて全く日の光が差さずまるで地下にでもいるような錯覚を覚える。

 頑丈そうな扉には卜部の供述に出て来た兄から譲り受けたという宇宙船の模型と、おそらく姉から奪い取ったのであろう女の子向けのお目目パッチリのお洒落な着せ替え人形がブリスターケースに入れて貼り付けられていて、下には自身が作ったのであろう漆と螺鈿の漆器が乱雑に積み重ねられている。

 自室なのだから全てが自分のスペースなのだろうに、カプセルベッドや小さな防音室で仕切られた中にある机、その奥にある貫井の六畳一間のアパートの部屋と同じくらい広々としたウォークインクローゼット、幾重にも掛けられた鍵を取り外して中に入ると、そこには卜部の言わば戦利品、盗品の数々が収納ケースにきっちりと仕舞われていた。

  全ての盗品をジッパー付きのプラスチックバックに入れ、その一つ一つにラベルを張り本来の持ち主の年恰好や抵抗する様子を書き記している。

 その執着ぶりには、共に家宅捜索した検察官の庄司もほとほとあきれ果てていた。

「綺麗に保存はされていますけど、被疑者の粘着質な気持ちまで乗っかってしまっているみたいで戻された被害者の方も困ってしまわれるかもしれませんね。プレゼントの品がほとんどだし、あー、こっちの花束はドライフラワーになってしまっていますね」

 婚約指輪とその上に置かれたドライフラワーを目にして、庄司は少し悲し気に視線を伏せた。

「私も先日結納を交わしたばかりなのですが、婚約指輪をこんな形で奪われていたらショックでしたでしょうね。そのままお相手に渡すわけにも行かないし」

 お見合いで知り合った女性と三か月後に挙式を控えているという庄司はこの指輪の主の不幸が他人事ではないとばかりにため息を吐き、心なしか銀縁メガネのレンズも曇っているようだった。

 五十万円を超える高価なものはそのダイヤの指輪だけであったが、値段ではなくそれぞれにとってとても大切なものだ。

 庄司の言う通り、綺麗に戻って来たとしても複雑な胸中になる人が多いだろう。

 貫井が少々心配しつつ被害届と照らし合わせて自身の物が見つかったことを持ち主たちに連絡すると、真っ先に電話の通じた大学生の横井だけは珍妙な反応を見せたのだが。

 最初の被害者が編みぐるみを引っ手繰られてから三時間後の夕暮れ、長年探していた古書を駅裏の古書店で見つけた横井は一ページ開いてはにまにまし、紙の匂いをかいだりしながら歩いていたところ、獲物を探していた卜部に目をつけられて本を奪われてしまった。 

 抵抗した際に古い本の表紙は破け、読むことも出来ずに卜部のクローゼット行きとなってしまったにも関わらず、押収品の還付について連絡を受けた横井の声はどこか楽しそうに弾んでいた。

「へぇへぇ、犯人のクローゼットの中にーはーそれは、実に貴重な体験をしましたよ!」

 首をひねってしまいそうな横井の言葉。しかし、この反応は彼が持っていた古書を見ればすぐに合点がいくものだ。

 その本のタイトルは、【中世から現代まで、世界の奇妙な犯罪録】というものだった。

 このようなイレギュラーな反応を除けば、やはり被害者の反応は複雑なものであった。

「あぁ、戻って来たんですね。良かったです、孫にはまた新しいものを編んでいますが、やはり盗られたままでは気分が悪いですもの」

「そうですか、ドライフラワーに……」

 編みぐるみの女性は安堵しつつもどこか悲し気で、恩師の花束をドライフラワーにされてしまった男性は絶句した。

 そして、庄司が胸を痛めていた婚約指輪の男性はといえば……

「あぁ、あれね、結局破談になっちゃったんですけど。戻って来たなら売れるからいいですね、ハハハ」と、乾いた笑いを漏らしていた。

 被害者の日常にズカズカと踏み込むことは出来ない。指輪を奪われたことが破談の原因なのかは定かではないが、そんな事とはつゆ知らず二日目の取り調べに現れてもう無くすものは何もないといった吹っ切れた様子でえへらえへらとしている卜部の顔を見ていると、貫井の腹の虫はおさまらないどころか今にも暴れ出しそうになっている。

「では、卜部さん、これがあなたのご自宅のクローゼットから見つかった品々の写真です。こちらで押収させていただきましたが、覚えていらっしゃるようでしたらこちらの品々をどうやって手に入れたか私に教えてくださいますか?」

「あー、この編みぐるみはさっき言ったおばあさんの物です。一緒にまだメッセージが記入途中のお孫さんへの可愛いクマちゃんの絵がついた飛び出すバースデーカードも入っていて、あぁすごく大切にしているんだな、このお孫さんもきっと楽しみにしている。貰ったらきっとすごく喜んで、大切に遊んだんだろうなぁ、幼稚園に連れて行ったり夜は一緒に寝たりもしたんだろうなと思ったら、二重の意味で嬉しくなっちゃってね。仕事を終えてクローゼットを開けるのが楽しみでした」

 呆れるような文言を、すっかり開き直った卜部はやはりぺらぺらとしゃべり続ける。

 自分が何を言ってもにこやかに頷く門田と接しているうちに、まるで自分の常軌を逸したフェティシズムの理解者を得たような恍惚感を感じているのかもしれない。

 仕事なので当たり前だが、口から怒鳴りだして飛び出しそうな虫を宥め宥め(早く終わってくれー)と願い続けた貫井の想いは伝わらなかった。

 その後も一つ一つの品を写真を嘗め回すようにして見ながら説明していた卜部の口が、ある一枚の写真を前にして突然止まってしまったのだ。

「卜部さん、この品にだけラベルが貼ってありませんし、被害届も提出されていませんね。けれど、他の品々と一緒にクローゼットに大事に保管されていましたね。これはどうやって入手されたのか教えていただけますか?」

 しかし、門田の問いかけに卜部は何も答えず、そのまま貝のように押し黙ってしまった。

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