27.どうしてマンガの主人公たちの行動はよく正解を引くんだろう



 どうしてマンガの主人公たちの行動はよく正解を引くんだろう。


 取った行動が正解って時点でそれはもう化け物レベルなんだよ。俺は地球にいたときも、こっちに来てからも、行動という行動が正解を引くなんてことはほとんどない。外れて外れて、最後にギリギリで命拾いしてるだけだ。


 この草原に入ったときに感じた悪い予感も、先に進みたい、町に行きたいという願望から無視してしまった。多少は考えたつもりだったが結果的に取った行動は外れた。嫌な気配を感じた瞬間に引き返せばよかった。


 現実はうまくいかない。


 魔王討伐を掲げるほどの実力者たちがこうして全滅している。全員が切り裂かれたかのような傷跡を残して。


 それだけでもショックなことなのに、もっとショックなことがある。


 魔王討伐パーティーを皆殺しにしたやつがこの近くにいる可能性が高いことだ。


「悪い、俺の判断が、遅かった。みんな、引き返そう」


 俺は絞り出すようにかすれた声で言った。


 直後、近くの草むらから声が聞こえる。

 子どもみたいな無邪気な声だ。


「なになにーー。帰っちゃうのーー? 少しくらいお話ししようよーー」


 悪寒が走る。


 背中に冷水を浴びせられた気分だ。こんな子どもっぽい優しそうな声色なのに俺は動けない。動けば即座に殺されそうな空気感。


 おそらくは強者の持つ圧倒的オーラ。本能がこいつを危険視している。


 ガンボラさんも両手に弓と矢を持ってはいるが、つがえる様子はない。ヒカリはいつの間にかマジックバッグを出してはいたが、抱えたままの姿勢を保っている。


 草むらが揺れて一人の少年が起き上がった。


 いや、少年のような魔物だ。


 背は俺と同じかそれよりも低い。皮膚はアニメでよく見る魔族のように紫がかっている。髪は白と茶色がまだらになっていて、日本の短い角が見える。目は赤く、綻んだ口元からは牙が見える。服は質の悪そうな白い布でできた貫頭衣に革のベルトをしているだけのシンプルなもの。


 まさに絵にかいたような魔族のデザイン。この世界の魔族の姿だ。


 ひと際目を引くのは背中に折りたたまれている大きな羽だ。髪と同じ色彩の羽が背中で楕円形を作っている。身長とさほど変わらないその羽はまるでサーフボードを背負った小学生のようにも見えた。


 俺はこいつを知っている。


「魔王三幹部のひとり、アローロ、か」


 少年はわかりやすいくらい表情を明るくした。


「おお! 知ってるんだーー。僕って有名人! そうだよ、僕が魔王メックエイル様に仕える三幹部のアローロだよ、初めまして」


「こいつが幹部かよ」

 ガンボラさんは表情を変えない。ただ、汗が頬を伝う。緊張しているのかもしれない。


「魔物だけど普通に私たちの言葉を喋ってるね」

 ヒカリは相変わらずだ。神経の太さを見習いたい。


「僕のこと知ってるならさ、ここで何をしてたのかもわかるよね」


 アローロは俺たちを試すように聞いてくる。


 魔王三幹部のアローロ。


 別名「転移者殺しのアローロ」だ。


 魔王の側近三人の中で、唯一自らの軍を持たずに単独行動を行う幹部でもある。

 その羽を利用した飛行能力によって敵陣に単騎で侵入し、転移者を倒してくるのが役目だ。三十名以上の転移者が犠牲になったとも言われている。


 メックエイルに命令されているからなのか、標的は転移者のみでエル・ファテハの民を襲うことはないらしい。


 つまり、ガンボラさんは安全だが、俺とヒカリは殺されてもおかしくないはずだ。


 ところがアローロからは禍々しい気配が漂ってくるのにもかかわらず、殺気を感じない。不思議な感覚だが、俺はそこに希望を見出す。


 もしかしたら転移者と気付かれていないのではないだろうか。見た目は転移者もエル・ファテハの民もそれほど大きな違いはない。俺たちからすれば違いはわかるが、アメリカ人が日本人と中国人の違いを見分けにくいように、魔物も見た目では判断できないのかもしれない。


「転移者殺しのアローロ。転移者を始末しに来たってことだろ」

 俺は全身に走る恐怖と必死に戦いながら答える。


「なら私たちには関係ないね」

 平然と嘘をつくヒカリ。こういうところも素晴らしい。見習いたい。


「そうそう。僕の役目はね、転移者を殺すことだけなんだ。まーー僕には転移者か転移者じゃあないかを見て判断することはできないんだけどさ」


 希望は叶った。やはり見た目では判断できないらしい。では何で判断しているのか。


 恐らくは匂い。

 

 俺たちは幸いにして香水をたっぷり振りかけている。森の香りを、だ。本来ならすでに始末されていてもおかしくない俺とヒカリがこうして会話できているのは、転移者だと気づかれていないからだろう。


 どうだ?


「実は匂いでわかっちゃうんだよねーー。転移者って僕にとってはすごーく嫌な匂いがするんだーー。ここに倒れている人たちのようにね。彼らの汗や血が、僕をものすごく不快にさせる」


 正解だった。やつは匂いで転移者かそうでないかを区別している。常に香水をつけていたことが幸いしたようだ。


「でも君たちからはいい匂いがする。僕の標的じゃあなさそうだね」


 良かった。無事に切り抜けられそうだ。俺は安堵のため息を漏らす。


「それにしても、何でこんな東の方まで幹部様が出張って来てやがるんだ?」


 こらこらガンボラくん、口の利き方に気をつけようね。


「あ、お喋りに付き合ってくれるんだ。うれしいなあ。僕はほとんどひとりで行動してるからさ、話し相手がほしかったんだよねーー。転移者以外は殺さないって言ってるのに、みんな逃げて行っちゃうからあんまり会話してなくて寂しかったんだよーー。


 何の話だっけ? そうだ、僕がこっちの方まで来た理由だったね。それは最近メックエイル様を討伐するパーティーが現れたって聞いたからだよ。じゃあこっちから会いに行ってやろうって思ってね。でもなかなか見つけられなくてさ、東へ向かっているうちにこんなところまで来ちゃったってわけ。で、ようやく見つけたのがそこに転がってるやつら。君らの希望だったんだろうけど残念だねーー。まーそれなりに強かったとは思うよ」


 なるほどね、危険な芽は早めに潰しておこうと考えたわけか。


「じゃあこれからはどうするんだ? さらに東へ向かうのか?」


 俺も疑問を口にする。


「うん、もちろん転移者を根絶やしにするまで東へ進むよーー」


 再び全身から汗が吹き出る。


 エイジフット王国には転移者が大勢いる。そんなところまで乗り込まれたら被害はもっと拡大してしまう。魔王討伐パーティーですらここで幹部ひとりに全滅させられた。果たして魔王の幹部が暴れたらどれほどダメージを受けるだろうか。


「嘘だよーー。さすがに東へ来すぎちゃった。そろそろお城へ戻ってメックエイル様に報告しないとだし、転移者のパーティーもひとつ潰したし、帰ることにするよーー」


 心臓に悪い。こういう冗談はやめてほしいものだ。


「ねえねえアローロさん。他の幹部の人ってどんな感じなの?」


 ヒカリもちゃっかり質問している。俺は魔王三幹部についてある程度の知識があるものの、詳しくはわからない。助かる質問といえた。


 たしか残りの幹部二人の名前はソードイドとスピアピアだったか。


「うーーん、まず幹部になるためには、強さだけじゃなくて言葉を理解して話せるだけの知性が必要なんだよねーー。喋れるようになる魔物はあんまりいないから、幹部が少ないんだってメックエイル様は言ってた。


 で、幹部は僕の他に二人いて、ひとりはソードイド様。いつもかっこいい鎧を着ている魔族だよ。真面目で剣も魔法も使いこなせるすごい人だね。獣型の魔物を軍として率いてるよーー。


 もうひとりはスピアピア様。一言でいえば執念深いタイプかなーー。女の魔族でいつもおしゃれな服を着ているねーー。魔族なのに魔法はあんまり得意じゃなくて、素手とか槍で戦っているよ。虫型の魔物の総大将だねーー」


「みんな強そうだねえ」

 ヒカリが他人事のように答える。そいつらと対峙したらと考えると怖いんだが。


「どうだろうねーー。最近はムシラ王国のバティカロアっていう将軍にちょこちょこ撃退されているみたいだからさーー」


 ここでもバティカロアの名前を聞くことになるとは。


 ソードイドやスピアピアは幹部だ。弱いとは思えない。しかし転移者でもないバティカロアが魔物たちを破っているという事実を改めて知り、驚愕せずにはいられなかった。


 実際、バティカロア以外の軍は魔王の幹部たちにボコボコにされている。バティカロアの野郎が規格外なだけで、魔王軍への恐ろしさは軽減されるはずもなかった。そもそも魔王メックエイルはここ数年戦場に出てきてすらいないのだ。魔王自らが出陣となれば人間側が不利になることも十分考えられる。バティカロアが討ち取られることもあるだろう。油断をしてはいけない。


「ごめんね、僕のお喋りに付き合わせちゃってーー。君らも旅をしてるんでしょ? もう行っていいよ。僕ももうちょっと休みたいし」


 アローロがにこやかな笑顔を振りまいてくる。それはとても友好的な姿に見えた。

 転移者だとバレなくて本当に良かった。


「よし! じゃあちゃっちゃと出発しますか!」


 ヒカリがひと際元気な声を出す。魔王討伐パーティーを弔ってやれないのは心残りではあるが、変にアローロを刺激したくない。俺たちはアブジャに向かって旅を続けることにした。


 無言でアローロに手を振りながら馬を進めると、危機を脱した安堵と汗が引いていくのを感じた。


「やっぱりちょっと待って!」


 アローロが唐突に鋭い声を上げる。


「いや、待つのはそこの小さいお兄さんだけでいい。他の二人は先へ進んで」


 心臓の鼓動が早まる。


 まさか。


「お兄さんさあ、僕の前でいっぱい汗をかいたよね? 他のふたりは何も変化がなかったけど、お兄さんだけはいっぱい汗をかいたよね?」


 アローロは笑顔だ。だがさっきまでの無邪気な笑顔とは全く違う。狩りの獲物を見つけたような殺意のある笑顔。


「汗の匂いが、不快なんだよねーー。この匂いはさーー」


 俺の脳内を何度目かの絶望が襲う。


「転移者の匂いだねーー」



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TIPS

 魔族とは、人型の魔物の総称です。紫色の肌が特徴です。

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