25.嬉しすぎて表情筋作る余裕もないくらいだったんですやったー!



「どうして怪我しているのに護衛なんかやらされてるんですか?」


 ヒカリが率直な疑問をガンボラさんにぶつける。全くもってその通りだ。俺もそれが聞きたい。


 俺とヒカリはそれぞれガンボラさんの部下が操縦する馬に二人乗りをさせてもらっている。


 兵士の背に掴まりながら南へと進んでいた。南の方にはエイジフット王国とムシラ王国で不可侵条約を結んだ地域があるそうだ。どちらにも小規模の町があり、民間人に被害が出やすいからというのが条約締結に至った表向きの理由らしい。「戦争なら何でもあり」というイメージがあるから、そんな約束などあっさり反故にされそうだが、お互い律儀に守っているそうだ。


 なぜ約束が守られているのか。


 理由はそれぞれの領地に十名前後の転移者が定住しているから。

 エイジフット王国側には数百匹の毒蛇を手懐けて意のままに操る転移者が、ムシラ王国側には木の実をまるで弾丸のように飛ばすことのできる転移者がいるとのこと。それぞれの町は別の国に所属していながら良好な関係を築いていて、お互いの町に危機が迫ったときには助け合ってもいるらしい。


 故に軍隊や盗賊、山賊への警戒は強いが、冒険者や商人であれば南の地域から国境を越えるだけなら難しくないそうだ。だから負傷しているガンボラさんの部隊は甲冑を身に付けていない。防備のない負傷兵でも任務が遂行できると判断されたのかもしれない。


 ところがガンボラさんの答えは違った。


「そりゃあ俺たちがこの任務に志願したに決まってんだろ。クリヤ将軍も無傷の兵を使うより俺たちの方がいいって喜んでたぜえ。もちろん仲間は比較的軽傷のやつらしか連れて来てねえからな」


「あー、そうなんですね」


 意外に思ったが、意外以上の感想を持たないので適当に相槌を打つ。


「何だあ、ハクヤ。お前嬉しくなさそうじゃねえか。こっから歩いて国境越える予定に変更するかあ?」


「すすすすいません! 嬉しすぎて表情筋作る余裕もないくらいだったんですやったー!」


「けっ。わざとらしいことだぜ。おう、ヒカリい。こいつの昼飯抜きにしといてくれや」


 なぜだ!? ガンボラさん俺に厳しすぎないか。


「かしこまりー」


 ヒカリも了承するんじゃねえよ!


「話は戻るがよお」ガンボラさんが改まる。「国境は越えるがどっちの町にも寄らねえ。あそこの住民たちは余所者への警戒心が強い。ちょっとでも怪しい素振りを見せたら殺されることもある。だから安全地帯から国境を越えたらそのままムシラ領の奥へ進んでいくことになる」


 しばらく町には寄れないのか。マジックバッグのおかげで食料や道具のストックはまだあるが、補充できるときにしておきたかった。ムシラ領の魔物はエイジフットより強い傾向にあるからだ。可能ならばムシラ領南方の詳細な地図も調達したい。


 残念ながらそれらはしばらくお預けのようだ。まずは兵士の背にしがみつきながら国境越えを目指すしかない。




 昼食を摂ったあと、さらに南へ進む。あ、ちゃんと俺にも昼飯は出されたからな。


 少しすると町が見えてきた。川沿いへ進むと細いが丈夫そうな橋が架けられている。橋の両岸には小屋があり、一応ではあるが簡易的な検問の役割を果たしているようだ。


「いよいよお別れですね。ここまでの護衛ありがとうございました」

「ありがとうございましたー!」


 魔物にもムシラ軍にも襲われなかったが、馬に乗って体力を消耗せずに国境を越えられるのは大きい。俺たちは心からの礼を述べた。




「何を勘違いしてる? 俺はお前らの旅に同行するつもりだが」

「え?」


 同行するの? ガンボラさんの恐ろしい発言に耳を疑った。


「ああ、心配するな。付いて行くのは俺だけだ。こいつらは陣に戻って別の部隊に編成されることは決定済みよ。将軍にもしばらく軍を離れる許可はもらってきたから安心せえ」

「唐突だなあ」


 ヒカリが呆れたように言う。お前が同行するときも酷いもんだったけどな。でもいいんだ、ヒカリは魅力的な女性だから。


 ガンボラさんは怖すぎる。気が休まらないし、転移者じゃないからどんな役に立つのかわからない。そもそも何で付いて来るのか理由も不明だ。


「何だあ、ハクヤ。お前嬉しくなさそうじゃねえか。川魚のエサになるかあ?」

「違います違います! 嬉しすぎて表情筋作る余裕もないくらいだったんですやったー!」


 さっきもしたぞこのやり取り。


「まあいい。ハクヤをエサにするのは後回しにするとして、だ」


 後回し。最終的にエサにされちゃうんだ。


「同行させてほしいのは本音だ。よろしく頼みたい」


 ガンボラさんが深々と頭を下げる。こんな低姿勢なガンボラさんを初めて見た。頭を下げているのに圧が凄い。ノーと言えない雰囲気だ。


「り、理由を聞かせてもらってもいいですか?」


 恐る恐る尋ねる。


「理由はなあ、二つある。

 ひとつはお前たちへ感謝、つまり恩返しがしたいからだ。俺たちの命が助かったのは間違いなくハクヤとヒカリのおかげだ。ヒカリの持つ加護がなければ俺たちは助からなかったに違いねえ。それに報いたい。それとハクヤは崖から蹴り落してくれたなあ。それに報いたい」


 俺の方の報いるって報復ってことじゃない?


「ちなみにこの腕の怪我は崖から突き落とされたときのものだぜえ」

「申し訳ございません!」


 マジで洒落にならない。俺を始末するために付いてくる気かもしれない。


「感謝だっつってんだろうが!」

「わかりましたありがたく頂戴しますっ!」


 感謝ならわざわざ腕の怪我を言う必要あるか? 旅のテンションブチサゲだわ。


「バティカロアの野郎に奇襲されたとき、すぐ使い切って捨てたからよお、お前たちは知らねえだろうが、俺の本職は『弓兵』だ。弓の腕なら誰にも負けねえ。矢の届く範囲にハクヤがいれば、いつでも脳天をブチ抜けるぜえ」


 もう俺を引き合いに出すのやめてもらえないですかね。本気の空気っぽくて、冗談だとしても笑えないんです。冗談じゃなかったらもっと笑えないし。何なら死ぬし。


「はははーー。それは頼もしいーー。ガンボラさん頼りにしてますよ! でも私たち、魔物からは逃げまくる旅をしてるんですよーー」


 ヒカリは笑ってんだよな。

 だがいいことを言った。いくら弓の腕がよくても意味なんてない。俺たちは戦わない方針だ。さよならガンボラさん。


「同行させてもらう以上、お前らの決断には従うから心配するな。だが、食糧確保のために狩りをしたり、逃げる際に敵の脚を撃ち抜いたり、逃げ切れないときに戦闘要員がいたりしたら便利だと思わねえか? 俺の弓だったらそれができる。悪い話じゃねえはずだ。それに他にも役立てることがある」


 ガンボラさんは自分の頭を指差した。


「俺はムシラの国内情勢に詳しい。話を聞く限り、ヒカリは世間に疎いみてえだな。ハクヤも魔物や土地、道具には相当詳しいようだが、ムシラ王国の事情はあまりわかってねえだろ。

 ムシラではどんな政治が行われているか、どの地域が発展しているのか、軍事的な編成はどうなっているのか、俺は知っている。それを惜しみなくお前たちに伝えることで恩返しとするってえのはどうだ?

 さらにムシラは転移者の差別が強い。エル・ファテハの民である俺がいた方が交渉もしやすいと思うがどうだ?」


 確かに魅力的な話だ。ムシラについての情報はほしいと思ってはいた。転移者だけでは乗り切れない場面が出てくる可能性は十分に考えられる。その点ガンボラさんなら戦闘、狩猟、知識、交渉で助けになってくれるだろう。


 怖いけど。


 しかしまだ聞いていないことがある。俺は思い切って尋ねた。


「恩返しとしては十分すぎるほど魅力的な提案です。ただ、ガンボラさんの言うふたつ目の理由も聞いてからです」


 ガンボラさんがニヤリとする。やっぱり俺への報復か?


「ふたつ目はくだらねえ、個人的な理由よ。まあ一応お前らにも少しは関係あるか」


 鋭い目がより一層深みを帯びた。


「バティカロア、あいつを殺すためだ」


 ガンボラさんの復讐だった。


 ガンボラさんのいた部隊は奇襲を仕掛けるはずが逆にバティカロアに奇襲を受け、今まで生死を共にしてきた仲間のほとんどを失い、隊長までもがその犠牲となった。だが彼の戦いぶりを見て、正面からのぶつかり合いでは勝てないことも悟ったという。


 ならば暗殺しかない。


 バティカロアが国内で油断しているところを得意の弓矢で仕留める。そのためにムシラ領内に入りたかったということだ。


「残念な話だがよお、このあとエイジフット軍とムシラ軍がぶつかったら、たぶんエイジフットは勝てねえ。赤き軍神の名は伊達じゃねえ。あいつが指揮する軍がいる限り、兵力が三倍いてもエイジフット軍は負ける。鉄壁のクリヤ将軍でも無理だ」


 心底苦々しい顔をするガンボラさんを俺とヒカリは見つめていた。たしかに俺も逃げ道を全て読まれていた。敵を出し抜くのは得意になったと思っていたからガンボラさんの意見には同意だ。


「じゃあムシラが勝ったらその後どうする? あいつらがほしいのは食料だけだ。戦場となっている地域の近くに穀倉地帯が広がっている。そこを手中に収めればムシラの目的は達成。うちとの戦争は終わりに決まってらあ。そう遠くない未来に決着は着くっつうこった。


 問題はその後だ。戦争を終えたバティカロアは果たしてどこへ行くのかねえ」


 愉快そうに問いかけてくるが、顔は悪巧みをする人間そのものだ。怖い。


「西へ戻ってまた魔物と戦う!」


「ヒカリい、賢いじゃねえかあ。その通り、やつは西の戦線へ戻る。それ以外考えられねえ。ムシラ王国はやつを対魔物戦線に送るのは当然の判断。つまり今後、バティカロアの野郎が西へ戻るまでの移動中から、西の戦線に復帰して魔物と対峙している最中に至るまで、殺すチャンスがいくらでもあるってことだ。


 仮にバティカロアを打倒したら魔物を抑えられなくなる、って意見もあるが俺はそんなこと思わねえな。魔王の進軍が止められなくなるなんてことはねえ。


 今、世の中は大きく動いている。


 現にお前らの同胞である転移者様が次々と魔王の討伐に向かってるらしいじゃねえか。現時点で二組、今後も増えるだろ。バティカロア以上に化物じみた力をお持ちの転移者様が、いずれ魔王メックエイルをぶっ殺すに違いねえ」


 軍神バティカロアの暗殺。


 通常ならできることではないと思うが、それは戦場での話だ。

 自国内を移動中、あるいは魔物との戦闘中であれば可能性はあるように思える。むしろ人間同士の戦場を離れた方が成功する確率は上がるだろう。弓の名手という言葉を信じるのであれば、スナイパーのように遠距離からの狙撃ができる。


 また、俺たちはバティカロアに顔を見られた。ムシラ王国を旅する途中で、バティカロアが障害になることも考えられる。ガンボラさんがあの軍神を倒してくれるならありがたいとも言えるわけだ。

 本来なら人を殺すことなど納得できないが、こちらも命を狙われたことやガンボラさんの心情を想うと受け入れるべきなんだろう。


 もしガンボラさんが俺たちへの恩返しだけで同行する気なら、他に目的があるのかもしれないと疑いの目をむけてしまっていたところだ。暗殺が目的であるとはっきりさせてくれたことで俺は仲間に加えてもいいように感じた。西へ向かう目的も合致しているし、戦力としても頼りになる。



 何より、本音ではバティカロアの野郎はぶち殺したくて仕方がなかった。


 俺とヒカリが川に入って逃げるとき、バティカロアは槍を投げた。荷物をぶつけて事なきを得たが、俺はちゃんと見ていた。


 あ の 槍 は ヒ カ リ を 狙 っ て や が っ た 。


 マジックバッグの使い手から倒すというのは理に適っている。戦略としては正しいのだろう。だが、俺が言いたいのは正しさなんかじゃない。理屈ですらない。


 いきなりヒカリを狙ったやつが許せないだけだ。


 だから、ガンボラさんがバティカロアを殺してくれるのは大歓迎だ。


 ヒカリと二人っきりの旅ができなくなるのは残念だけど。


 こうして俺たちはガンボラさんと共に三人で旅を続けることになったのだった。一緒に護衛してくれた仲間たちと別れを交わした。


 驚くことに三頭の馬ももらい受けた。ガンボラさんの部下たちからの餞別だということだ。旅をしながら馬に乗る手ほどきをしてくれるらしい。エイジフット軍のものだろう、処罰されないのか尋ねると「叱られるだけです。どうってことないですよ」と兵士たちは笑っていた。


 俺とヒカリ、ガンボラさんは簡単な手続きと荷物の検査をしたあと橋を渡る。


 エイジフット王国とはここでお別れだ。


 ついにムシラ王国での旅が始まる。



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TIPS

 エイジフット王国はエル・ファテハ大陸の中で、もっとも豊かな国です。広い国土に、農業や畜産に適した土地、魔王軍と隣接していない領土、転移者からもたらされる新しい技術。転移者はその数十倍の混乱をもたらすことになりましたが、それでも他国よりは豊かで問題も少ないと言えます。

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