24.何言ってんだよ、ちゃんと休まないの?



 俺たちはどうにかエイジフット軍の本陣、将軍の前へと案内された。


 俺とヒカリは泳ぎ疲れて疲れ切っていたし、バッグに詰められていたガンボラさんたちは半数以上が乗り物酔いしている。川岸を歩いているとエイジフット軍の騎馬兵が迎えに来てくれて、馬に乗せてもらえたのはありがたかった。休憩したかったが、報告が先ということでボロボロのままの将軍との謁見である。


 エイジフット軍ムシラ戦線の総指揮官はクリヤピティヤ将軍という覚えづらい名前の四十前後の男だった。通称は鉄壁のクリヤ。防衛に強い将軍だそうだ。背は二メートル近く、紫の髪は短く刈り揃えられている。大男らしい自信に満ちた表情が印象的だった。


「うむ。報告を聞こう」


 跪いている俺たち、負傷している兵士たちを労う様子すら見せずに尊大な態度だ。正直好きなタイプではない。俺たちはともかく負傷している自分の兵たちを見て何とも思わないのか。せめて重傷者だけでも先に治療を受けさせるようにしないのか。


 いつものことなのか、ガンボラさんたちは気にしてはいないようだ。跪いた姿勢でガンボラさんが報告を始める。


 奇襲がばれていたこと、隊長や多くの兵が犠牲になったこと、退却に俺とヒカリの力を借りたおかげで無事戻ってこれたこと、敵の部隊は軍神バティカロアが指揮していたこと。

 敵の強さが理解できるよう、兵力、兵種なども含めて詳細な報告だった。


「なるほど。バティカロアは噂に違わぬ将軍ということか。北側も警戒せねばならんな。

 してそなたたち」


 報告に対して簡潔に答えたクリヤ将軍は俺とヒカリの方を見る。やはり高圧的な姿勢は崩さない。


「褒美を取らそう。希望はあるか」


 やはりお礼のひとつすらない。礼がほしくて手伝ったわけではないが、この将軍を好きにはなれない。よく言えば余計な問答をしない合理的な人物なのかもしれないが、悪く言えば俺たちや兵士たちを駒としてしか見ていないだけなのか。


 とはいえ褒美はほしい。


 何がいいだろう。一緒に逃げてきた兵士たちからの情報だけで語って申し訳ないが、クリヤピティヤ将軍はケチだそうだ。それほど多くの褒美は期待できないとのことだった。こちらとしてはお金はまだまだマジックバッグに入っているし、かなり消費したとはいえ、道具も食料もそれなりに残っているため、そこまで必要なものはない。

 念のために使った道具を補充させてもらうのがよいだろうか。他にほしいものがあったか。


 例えばうっかり魔動車をもらえたりしないだろうか。

 浮かんだ考えをすぐに打ち消す。

 日本で車を買うのだって安くはない。ましてやこの世界での魔動車は屋敷を一軒建てるのよりもずっと高い。軍として有用な移動手段を手放すはずがない。


 ここまで考えて閃くものがあった。クリヤ将軍と目を合わせる。


「私たちは冒険者で、西へ向かって旅をしております。願わくば安全に国境を越えられるよう手配していただけると助かります」


 大きく遠回りをした今の俺たちにとってこれが最もありがたい褒美だが、どうだ?


 そもそも本陣まで入ってしまったが俺たちは一般人である。他国に行かせる手伝いをしてくれるだろうか。陣容や装備をばらされると思って拒否されるかもしれない。さすがに口封じのため一般の冒険者を殺すまではないだろうが、エイジフット軍としては積極的に協力するメリットがないとも言える。


 だが話の通りケチな人物ならこう考えるはずだ。「褒美を何もあげなくて済むならそれに越したことはない」と。



「そんなことでよいのか。では明朝にでも護衛をつけ、安全なルートで国境まで送ってやろう。下がってよい」

「ありがとうございます。失礼します」


 あっさりオーケーが出た。噂通りの人物だったらしい。ケチだが、兵士をこき使ったり、消耗品のように扱ったりすることには抵抗がない。


 エイジフット軍はもしかすると負けるかもしれないな。今まではほぼ互角の戦いをしてきたらしいが、ムシラ軍にはあのバティカロアが加わった。指揮官がひとり増えたところで戦局が変わるかどうかといったら怪しいものだが、感覚的には勝負にならない気がする。


 そんなことを考えながら俺とヒカリは退出した。


「なんだっけ、クリパみたいな名前の将軍」

「クリヤピティヤ将軍な」

「そうそう、クリヤ将軍。何だか事務的な人だったね」


 俺たちは両脇をエイジフット兵に固められ、これまた別の兵士の後に従って寝床へ付いていくことになった。そんな状態でもヒカリはお構いなしだ。頼むから将軍を批判するような会話は控えてほしい。


「そうだな。けど護衛をつけて安全な道で国境まで案内してくれるんだからありがたい」

「あれ食料わけてくださいって言ってもケチるタイプだよ」

「そんなことないだろ。たっぷりくれるって」


 そんなことありそうだけどこんなとこで言うな。


「いいや、たぶん一日分くらいしかくれなかったと思う。だからハクヤが護衛を頼んだときはナイス、って思ったよ」

「ホント、感謝だよな」

「どこが!? 労いの言葉もお礼も一切なかったじゃん! 鉄壁より何より礼儀作法を完璧にしろって感じ」

「上の立場の人も色々あるんだよ」


 会話は聞こえているだろうに、周りの兵士たちは何も言ってこない。夜中にこっそり始末されるとかないだろうな。


 恐る恐る横目で兵士の表情を伺うと、なんと笑っていた。「こいつの人生終わったな」みたいな下品な笑いではなく、「わかるわかる」みたいな愉快そうな笑顔だ。


 こりゃあ将軍はあまり好かれていないな。


 少し歩いたところでひとつのテントの中にヒカリと女性兵士が入っていった。どうやら俺たちは別々のところで寝るらしい。そりゃそうか、と思いつつ残った兵士たちに付いていく。女性の兵士が警護に付いていればある程度安心できる。


「じゃあまた明日ねーー」

「ああ、お休み」


 ヒカリと別れたあともしばらく歩く。会話する相手がいなくなったため、ちらほらと周辺にいる兵士たちの話し声も耳に入ってきた。


 全体的に兵士たちの統率は取れているようだ。兵士たちの会話も「早く戦いたい」などと聞こえてくるあたり、士気も高いように感じる。他の陣地を見たことがないから偉そうなことは言えないが、兵士たちの練度も良さそうだ。

 ということは総大将であるクリヤ将軍も、好かれていないなりに統率力はあるようだ。何度もムシラ軍を退けているあたり、鉄壁のクリヤと言われることはあるみたいだ。


 ムシラ軍もバティカロアが合流して士気が上がっているだろう。近いうちに大規模な戦闘が起きてもおかしくない条件が揃っている。


 直接関わることはないが、この戦線の情報は今後も集めておこう。


 先導していた兵士が立ち止まり、俺をテントの中に案内する。あとで食事が運ばれてくるとだけ言い残して兵士は去っていった。


 大変な一日だった。


 本来なら今ごろムシラ王国に入国していたはずなのに、橋が壊れていたところからすべてが狂ってしまった。


 今思えば橋を壊したのはバティカロアの作戦かもしれない。バティカロアにとってみれば、エイジフット軍の奇襲はどちらの橋を渡って来るかわからなかっただろう。敵の進路を限定するために予め橋を壊していたのだとしたら納得がいく。


 赤き軍神の名に恥じないヤバいやつだった。あんなやつとは二度と会いたくない。

 だが、もしマツヒデさんだったら、ひとりでバティカロアたちを倒したのだろうか。それともバティカロアはマツヒデさんすらも手玉に取るのだろうか。

 マツヒデさんは戦国時代の足軽だったそうだが、こういった場にも慣れているかもしれない。


 そういえばマツヒデさんは戦国時代の出身だ。戦国時代と言えば西暦1400年代から1600年代前半くらいだったはず。ナナミさんの言っていた転移者は西暦1800年代から2300年くらいまで。

 おかしい、時代がずれている。


 他にもおかしなことは何かあったはず。

 そうだ。誰かが女神の部屋で三十分と言っていたが、俺のときは十分だけだった。さらにマツヒデさんは女神様から直接加護をもらったとか言っていたが、俺は自販機対応だった。


 案外女神様はいい加減なのだろう。貼り紙の字も汚かったし。


 まあ、女神様がどんな神様かわかったところで現状どうしようもないけどな。今あるもので対応していくしかないし。


 そんな今更考えても無意味なことを思いながら、俺は眠りに落ちていった。




 翌朝、まだ日の昇る前に空腹で目を覚ました。


 食事を持ってくると伝えられていたのに、疲れのせいか食事を摂らずに眠ってしまい今に至ったようだ。寝床の脇に置かれていたすっかり固くなったおにぎりのようなものを口に詰め込み、酸味の強いお茶で流し込む。強い塩気と酸っぱいお茶のおかげで脳が覚醒していく。

 軽くストレッチをしたあと、着替えようと思ったがリュックを投げて失ったことを思い出す。予備の着替えはヒカリのマジックバッグに預けたままだった。着替えを諦めた。


 テントの外に出てみる。

 真っ暗な状態を想像していたが、かがり火が焚かれ所々に魔道具のライトもあるため、思いの外明るかった。よく見ると魔道具の嵌められたメガホンのようなものも見える。以前ディムヤットの町で見つけた放送器具だ。道具を運搬するための魔動車も見える。


 歩き回ってみたい衝動もあったものの、夜の見張りをしている兵士がこっちを見ていた。変な疑いがかかるのを恐れてやめておく。戦場には思った以上の魔道具が使われているということを知れただけでも収穫としておこう。


 テントに戻り、ムシラ王国に入ったあとの計画を頭の中で復習しながら時間を潰した。


 日の出とほぼ同時に兵士が俺を呼びに来た。


 早速出発するらしいから支度をしろとのこと。先程食べたおにぎりのようなものを朝食だと渡され、すぐに口へ放り込んだ。やはり塩気が強い。


 そういえば、昔の日本の料理は薄味だとか言われていたが、あれは嘘らしい。保存が利くように塩漬けや砂糖漬けにすることの方が多かったそうだ。また、肉体労働者には味の濃いものを与えた方がよく働けるという話もあるらしい。俺のいた時代は極力調味料を使わない健康的な食品が流行っていたが、食中毒のリスクも考えると薄味イコール健康にはならないということになる。

 だからこの塩気も保存や肉体労働のためだと予想している。


 荷物を持っていない俺は支度することもないので準備完了を兵士に告げる。兵士は荷物を持っていないことに驚いていたが、相棒が持っていると答えると納得したようだ。一緒に来るよう促されて、兵士の後ろをついていく。すでにほとんどの兵士が活動を始めていた。武具の手入れをする者、食事を摂る者、すでに何らかの仕事をしている者など様々だ。


 ときどき向けられる奇異の目を受けながら陣の端まで歩いてくると、前方にすでに出発準備を整えたヒカリを見つける。ヒカリも俺を発見したようで手をぶんぶん振ってきた。恥ずかしいが小さく手を振り返す。


「おはよう! どうハクヤ、ちゃんと寝られた?」

「ああ、ぐっすりだった。ヒカリは大丈夫?」

「私もめっちゃ眠れたーー。布団もしっかりしていて快適だったよ」


 朝から元気そうだ。あまり心配はしていなかったが、やはりヒカリの無事な姿を見られたことにほっとする。俺の方に布団はなかったが気にしないでおこう。何とか国境を越えられることが最大のプラス材料だ。


「国境まで送ってくれるってどこへ行くんだろうね。北の橋はムシラに取られちゃったし」

「たしかに。迂回してもっと北へ回るのも遠回りになるし、南かな」

「おおー。楽しみだねえ」

「南の方のルートを通る予定はなかったから、地理をよく覚えてないのが不安だけど」

「冒険らしくなってきていいじゃん。出くわす魔物も違うのかな?」

「もちろん違ってくるよ。魔物に関しては調べたやつらは全部覚えているから大丈夫」

「毎回思うけど、あんなヤバそうな魔物の生態を覚えてるってすごいよね」


 他愛のない話をしばらくしていると、十数騎ほどの騎馬兵がこちらにやってきた。背中に弓矢、腰には剣を装着しているが、いつもの黒い鎧は着けず軽装である。どちらかというと冒険者に近いスタイルだ。彼らが近付いてくるにつれ、違和感を覚える。

 ヒカリも同じことに気付いたようだ。


「なんかあの人たち、怪我してない?」

「おかしいな。俺たちを護衛する部隊じゃないのか」


 ある程度近付いたところで、ヒカリが声を上げた。


「あれーー? ガンボラさんにみんなじゃん。どうしたの?」


 騎馬でやってきたのはガンボラさんたちだった。どうやら見送りに来てくれたようだ。負傷しているのにわざわざここまで来るとは律儀な人たちだ。


 頭と右手に包帯を巻いたガンボラさんを先頭に、一緒にバティカロアから逃げてきた面々が目の前で馬を止める。


「ハクヤあ、ヒカリい。俺たちがお前らの護衛を務めることになった。恩返しさせてもらうぜえ」


 あなたたちは負傷兵でしょ。何言ってんだよ、ちゃんと休まないの?


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TIPS

 軍では魔道具も多く利用されます。様々な魔道具を用意しており、案外夜でも明るかったり、温かい食事にありつけたりします。ずっと魔気を消費し続けなければならないため、大量ではありませんが一部の腐りやすい食料などを冷凍するために使われることもあります。

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