19.ま、俺に当たるのはお門違いだけどな
橋を戻り切り、そのまま森の中に突っ込む。森に入るとすぐに現状を把握するために一旦走るのをやめて集合させる。ひとりには後方の様子を注視してもらい、他の全員は一旦休息だ。
とはいえ休憩をしつつ情報を集めなければならない。
それもできるだけ迅速に。
聞きたいことは山ほどあるが、必要最低限のことだけ収集したらすぐに出発しなければならない。
エイジフット軍は全部で三十四名、それに俺とヒカリを加え計三十六名が一ヶ所に集まっている。兵士は皆傷ついた状態だ。彼らは身体強化でここまで走ってきたものの、同じ速度で逃げ続けることは困難だろう。辛いかもしれないがなるべく早く移動したい。
話しかけたくはないが副隊長のガンボラさんに声をかけた。
「あああの、きき聞きたいことがあるんですが」
座っていたガンボラさんは顔すら動かさず目線だけ移動させる。どう見ても睨んでますよ。
「何だあ?」
「む、無理ならいいんですけど、その、わわわわかる範囲でおしっ、教えてもらえれば……」
「ハクヤよお」
「はははい!」
「時間がねえんだろうが! 回りくどいこと言っとらんでズバッと質問せんかい!」
「あああすみませんすみません!」
マジで怖い。
魔物より怖い。
日本にいたとき地元で有名なヤ〇ザに話しかけられたときと口調がそっくりだ。当時の恐怖だけが思い出される。これがトラウマってやつかもしれない。
ヒカリは兵士たちに包帯や水を分けているところだ。時折冗談を飛ばしている。兵士たちの雰囲気も心なしか落ち着いてきたように思える。ああ、俺も皆さんに包帯とか水とか配って談笑したい。何でこんな怖いおっさんとマンツーマンで話をしなければならないのか。
勇気を出して質問する。
「ま、まずは相手はどれくらいいて、そのうち騎馬兵はどのくらいいたかわかりますか?」
「ああ。俺たちは敵軍の側面を衝こうと思って歩兵二百で進んでたわけよ。ところが道中で両側から奇襲された。さらに進路の前方から騎兵も突撃してきた。ざっと見積もって両側合わせて歩兵が四百、騎兵が百といったところだ」
さすがは副隊長、ある程度は把握している。怖いけど。
しかし、もし騎兵が追跡してくるとなると速度が段違いだ。というより間違いなく騎兵が追撃の先陣を切るだろう。急ぐだけではすぐに捕捉されてしまう。
何とか相手を撒かなくてはならないってことだ。
「どうやって逃げてこれたんですか?」
「んなもん言わなくてもわかるだろうが!」
「ひいいい! ごめんなさい!」
「隊長となあ、五十人の仲間たちが、しんがりを引き受けてくれたんだよお。俺たち、たった三十人の俺たちを逃がすためになあ」
「わかりますわかります」
「わかるだあ!? てめえに俺たちの何がわかるってんだよお!」
理不尽すぎるだろこのハゲ。こんな奴ら見捨てて俺とヒカリだけで逃げればよかった。
と言いたいところだが、彼らに死なれたらもっと後悔しただろう。見捨てたところで安全とは限らない状況だったし。その点は即断してくれたヒカリに感謝しなければな。
ヤク……ガンボラさんの怒りも理解はできる。
もしかしたら戦場で仲間と共に死にたかったのかもしれない。しかし、逃げて報告する者が誰もいなかったら、本隊の側面を衝かれるのはエイジフット軍になってしまう。だから悔しいけど逃げるしかなかった。逃げるしか選択肢がなかったことへの怒りだ。
ま、俺に当たるのはお門違いだけどな。
とにかく、ガンボラさんたちも残らず殺されたら、本陣が側面から崩されることになる。
それはエイジフット王国がこの戦争に敗北することを意味する。
魔物が跋扈するこの世界で人間同士が争うのは愚かだが、お互いの国にそれなりの理由があるのだろう。俺は少なくとも人間が死ぬのはなるべく見たくない。
見たくないから俺は俺にできることをするまでだ。
「そ、その、敵の指揮官ってどんな人だかわかりますか?」
「バティカロア」
「え?」
耳を疑う。バティカロア? あの?
「お前は何度も俺に言わせなきゃ気が済まねえのかあ。ムシラの軍神、バティカロアだっつってんだろうがあ!」
「あわわわわ! そそそそうですよね、バティカロアって言ったらあのバティカロアですよね。で、でも何でエイジフットとの戦線に? 西側で魔物との国境を守る指揮官のはずでは……」
「俺が知ってるわけねえだろうがあ! こっちが聞きてえくらいなんだよ。
俺の見間違いだと信じたかったがよお、作戦が読まれてたことといい、あのムシラ兵たちの見事な動きといい、これまでのあいつらとは全く違った。
何より真っ赤な頭巾に目だけが覗く出で立ち、頭巾から上に伸びた真っ赤な羽。その姿を見てもまだ嘘って言えんのかてめえはよお!」
ムシラ王国のバティカロア将軍。通称『赤き軍神』。
この世界で最も有名な将軍と言っても過言ではない。魔物や地理しか調べてこなかった俺でも知っている、生きる英雄だ。
元々ムシラ軍で西側国境付近の対魔物部隊の将軍であった父親と共に、補佐役として従軍していたらしい。
あるとき、父親が魔物との戦いで戦死してしまう。指揮官を失ったムシラ軍は混乱するが、それを見事に立て直したのが、バティカロアだった。
しかもそのときバティカロアは弱冠十五歳。
なし崩し的に父親の跡を継いだバティカロアだったが、その後彼は類いまれな指揮能力を発揮していく。
転移者でもない、当然女神の加護などもないただの人間、ちょっとした身体強化しか使えない一般の兵士たちを率い、戦線を維持するどころか魔物との戦線を押し返し始めたのだ。
それから十年をかけてムシラ王国は魔物に奪われていた領土をすべて取り戻したという。
また、彼は素顔を見せない。
赤い頭巾というと地球にあった童話を思い出してしまうが、この世界ではバティカロアのトレードマークだ。真っ赤な頭巾で顔全体を覆い、見えるのは鋭い眼だけ。その頭巾からはまるでウサギの耳のように二本の大きな羽が飛び出ている。もちろん羽も真っ赤だ。
そんな俺より年下の赤き軍神は現在まだ二十五歳。今後も魔物との戦いに明け暮れるのだろうと誰もが思っていたはずだ。
なのにエイジフット王国との戦いに参戦している。
戦争に疎い俺でもわかる。
ムシラ王国は本気でエイジフット王国の領土を奪いに来ているということだ。
理由はわからない。土地がほしいのか、資源がほしいのか、人間がほしいのか。それとも有利な条件で講和をしたいのか。
国家間の戦争なんて俺には関係ないが、気分のいい話でもない。何とかしたいとは思うが、それは国家の指導者や政治家、軍人の領分である。
俺にできることは、軍神バティカロアから逃げることだ。国境を越えるのは後回しになってしまうが仕方がないだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
ガンボラさんに礼を言ったあと、地図を広げて状況を確認する。
エイジフット軍の本陣へ戻るルートは大きく分けて三本あり、ここからならどれでも選ぶことが可能だ。森の中を進むルート二本と、川沿いを進むルート。
まず川沿いのルートは敵に見つかりやすい上、平地も多く騎兵に有利なため除外だ。
あとは森の中を通るルートのどちらを選ぶか。片方の森の奥を進むルートは本陣までの距離は短いが、ほぼ一本道。もう片方の中央のルートは曲がりくねっていてやや遠回りになるが分かれ道も多いため、もしかしたらムシラ軍の追跡を逃れられるかもしれない。
最も生存確率が高いのは三つのルートすべてに人数を分散して逃げることである。どこかのルートは敵の追撃を受けず、本陣へ辿り着ける確率が高い。
しかし俺はその選択肢を選ばなかった。各ルートの兵士が十名程度だと、追いつかれたら全滅するのは確実だからだ。それくらいはここにいる兵士たちもわかっている。受け入れることはないだろう。三十名いれば逃げ切れる可能性は多少ましになると信じて進むしかない。
この場所に長く留まるのも危険だ。とりあえず早く出発しなくては。
俺は決断を下す。
「中央のルートを行きましょう。分かれ道が多く、追跡者を攪乱しやすい。逃げ切れる確率が最も高いと考えます」
俺の宣言を聞いたガンボラさんが立ち上がった。
「聞いたかあ勇敢な兵士たち! ここで戦って死にたいって思う者がいるかもしれねえが、隊長や残った仲間たちのためにも俺たちは生きて本陣に戻るぞ!」
休憩していた兵たちが次々に立ち上がる。よく訓練されている、と感心する。負傷はしているが、全員動けそうだ。いつの間にか布で止血している者もいる。どうやらヒカリが会話や飲食物だけでなく、止血なども手伝っていたようだった。
まず俺は三本のルートのうち、選択肢から外れた森の奥を進むルートへ入り、狼煙を上げた。敵の誘導及び本陣への合図のためだ。エイジフット軍本隊が気付かない可能性、罠だと思って近寄らない可能性もあるが、やっておいて損はない。
そうして準備を終えた俺たち三十六名は森の中、中央のルートを進んでいった。
負傷者がいるため、思ったより速度が遅い。追ってくるのは大陸一の名将と言われるバティカロア。不安はあるが出し抜いて見せる。
俺は『卑怯逃げのハクヤ』だからな。どんな手を使っても逃げるって決めている。
小走りで進みつつ、俺は指示を出していく。兵士のうち、最も元気そうなやつに双眼鏡を渡し、後方の観察と報告を頼む。追手は早めに発見しなければならない。
軽傷で動けそうな数名には周辺の見張りだ。魔物に出くわしたらすぐ報告してもらう。前方は先行してもらい、分かれ道を発見したらすぐ報告してもらうように伝える。
武器を持つ者は隊の後方付近に位置取ってもらった。させるつもりはないが、万が一ムシラ軍に追いつかれたら文字通り最後の抵抗をするためだ。俺とヒカリは戦いになったときの邪魔にならないよう集団の前方だ。
しばらく走っていると、ほぼ同時に前方と後方の兵士から報告が入った。
「前方に分かれ道を発見」
「後方から橋を渡る騎兵の砂煙を確認」
「ハクヤあ。失敗したらわかってんだろうなあ、ああ?」
報告じゃなく脅してくるハゲがひとりいる! 怖い!
怖いけどガンボラさんの言う通りでもある。
運よく生き残れても数人程度だろう。いや、俺たちの戦力を集中させたとはいえ、全滅の可能性の方がまだ高い。もし全滅したら、本陣に報告する人すらいなくなってしまう。そうなったらこれまで均衡を保ってきたエイジフット軍とムシラの戦局が大きく変わってしまう。
言われるまでもなく逃げ切るしかないんだ。
集中しろ、俺。
いよいよだ。逃げ切ってやる。
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TIPS
魔法について⑤
蓄積できる魔気の量と魔法の威力は比例します。個人差はありますが、平均値で魔法の威力を考えるとします。エル・ファテハ男性を1とすると、エル・ファテハの女性は約3、転移者が持つ女神の加護の魔法は約1000となります。転移者の魔法がどれだけ高威力なのかがわかりますね。
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