18.ががががががんばりますっ!
「ほらね! 私の言った通りでしょ!」
「そうだけども! なんでそんなに楽しそうなんだよ!」
ヒカリは笑いながら、俺は脳をフル回転させながらダッシュ中である。
後ろには数十のエイジフット王国軍の兵士が追従して走っている。振り返っても見えないが、さらに後ろからはムシラ王国軍が俺たちを追ってくるはずだ。
早朝に宿を出た俺とヒカリは、商人や冒険者が通る国境の関所を目指していた。
しかし、道中で地図にあるはずのものがない。
川を渡るための橋がなかったのだ。
正しくは破壊されていたのである。ここ数日は国境の往来をする人がいなかったせいで、橋が壊されているという情報を得られなかった。
川幅は広く、流れも速い。泳いで渡るのは危険そうだった。というより俺は泳ぎがあまり得意ではなかったのでその選択肢はハナからなかったが。
向こう岸へ行くための小舟などもなかったため、迂回するしかなかった。
俺はヒカリと相談する。
かなり遠回りにはなるが、数キロ南へ進んだところにもうひとつ橋があるようだったので、そこを目指すことに決定する。橋はエイジフットとムシラの戦場に多少近くなるが、それでも戦場からは十キロ近く離れていたので安全だと判断した。
「戦場近いけどホントに平気かなあ」
「さっきも言ったけど十キロも離れてればさすがに大丈夫だろ」
みたいな話をしながら川沿いを歩く。思えば俺は完全にフラグを立てていたわけだが、気付かずに歩いた。気付いたところで現実にマンガのようなフラグ回収がされると判断しなかったとは思う。
平地だった景色が橋が近づくにつれて小高い丘が現れ、凹凸のある森林地帯になっていく。獣道程度の道しかなく、不安になりかけていたところでようやく目当ての橋が見えた。自然と小走りになって橋へ近づいていく。
橋は吊り橋みたいなものを想像していたが違った。思ったより幅も広く、そして長い。川幅を見れば当然だが、二百メートル近くありそうな長さだ
「ハクヤ、橋あったよ! よかったあーー。こんな見通しの悪いところ歩いてたから不安だったよーー」
全く不安そうに見えない表情で話すヒカリ。
俺が同調しようとしたときにそれは聞こえた。
橋を渡った先の方から響く金属音と人間の叫び声。
言わずともわかった。
近くで戦闘が起こっている。
これはまずい。ヒカリの言う通り別動隊による交戦かもしれない。ヒカリの方に目をやる。
めっちゃ目をキラキラさせている。
「戦争してるよーー。どうする? 見に行っちゃう?」
コンビニに寄るかのような軽いテンションで提案してくる。こいつはこういう奴だったのか。思ったよりメンタル強いなって印象だったが、どっちかというとただの好奇心の塊ってだけなのかもしれない。
「戦場は一般人でもかなり危険だよ。まだここはエイジフット領だから、エイジフット王国軍なら保護してもらえるかもしれないけど、ムシラ軍だったら最悪だ。捕らえられて奴隷にされたり、殺されたり、女性なら乱暴されたりする可能性もある。
近付かない方がいい」
「エイジフットが勝ってるかもしれないよーー。遠くから見るだけなら平気でしょ」
「ダメ。絶対にダメ。よく考えてみろよ、ここに軍がいるってことはヒカリが言った通り別動隊だ。じゃあ別動隊の役割は何だ?」
「わかる。死角から攻め込む!」
「正解、いわゆる奇襲だな。おそらくエイジフット王国軍はあの橋を渡ってムシラ領に入り、側面や背後からムシラ軍を叩くつもりだった」
「考えられることはそれくらいだよね」
ヒカリが首肯する。
「なのにこの音はどうだ。橋を越えてそう遠くないところで聞こえている。まだまだエイジフット王国の土地にもかかわらずだぞ。これがどういうことかわかるだろ」
「作戦が、読まれてたってこと?」
「それも正解。ムシラ軍はエイジフットの奇襲を読んでいた。そのため先に兵をこっちの方に回し、どこかに潜んでいたんだと思う。で、相手が来たら奇襲返し、って感じだろうな。
お互い同じことを考えていたって可能性もあるけど、それならエイジフット領でぶつからず、もっと国境付近で戦闘になったはずだからな」
「確かにねえ。ハクヤは一瞬でそこまで考えてたんだ。やっぱすごいね」
「当然の思考だ」
嘘だけどな。
カッコつけて答えただけで喋っている最中必死に考えてた。ヒカリの素直に褒めてくれるところが嬉しくもあり照れくさくもある。
「でもさ、何でこの作戦が読まれたんだろうね」
「そこまではわからないな」
「ムシラのスパイがいるか、転移者がムシラに手を貸しているか」
「お互い陣を平地に構えているって話だから、スパイの線はなさそうだが、転移者の能力はなくはないか。戦争に手を貸す日本人がいるって信じたくはないけど。
もしくは……」
「もしくは?」
「超有能な指揮官がムシラ軍にいるか。ま、それは今は置いておこう」
「知ったところでどうしようもないもんね」
「そういうこと。むしろ問題は俺たちがどう動くか、ってことだな」
「たぶんエイジフット軍はピンチ、負けるかもしれないってことだもんね。見に行きたかったけどしょうがないか。
あれ? でもどっちにしてもさ、私たち橋渡らなきゃダメじゃない?」
ヒカリの指摘通りだった。戦争の見学は論外としても、国境を越えるにはどちらにせよ橋を渡らければならない。しかし橋の先ではおそらくエイジフット軍が苦戦をしている。ということはそう時間がかからず撤退してくる可能性が高い。
もちろんムシラ軍は敗走したエイジフット軍を追いかけてくるだろう。そのとき俺たちがムシラ軍に見つかったら命の保証はない。
少なくとも捕縛されるに違いない。俺はともかくとして、ヒカリは血の気の多い兵士たちに何をされるか、考えるだけでもぞっとする。
頭で様々なケースを想定したところ、選択肢はふたつしかないことに気付く。
ひとつは今来た道を戻って出直す。
安全性は高いというメリットがあるが、遠ざかることで戦況が見えなくなるため次の渡橋チャンスがいつになるかわからない。
もうひとつは今すぐに橋を渡る。
見つかる危険や撤退してくる軍と鉢合わせになる可能性があり危険ではあるものの、ほぼ予定通りに国境を越えることができる。鉢合わせたら逃げることになるが、それはひとつめの選択肢と同じだ。
この近くで身を隠すことも考えたが、メリットに比べ、デメリットが大きすぎるのでやめた。
「それはもう急いで渡るしかないでしょ。悩む時間ももったいないから早く行こ」
ヒカリに相談したら即答であった。
その通りだ。のんびりしている暇はない。危険だろうが何だろうが、他のパーティーより早く魔王の城まで行かなければならない。魔王討伐に出かけた二つのパーティーはすでにムシラ王国への入国をしているはずだ。
俺とヒカリは目を合わせると一斉に走り出して橋に向かう。対岸の様子を観察していると、少し前よりも聞こえる音が減ったように感じる。決着したのかもしれない。さらに足を早めた。
橋に到着した。音は聞こえるが向こう岸に兵士の姿は見えない。
一気に駆け抜けるしかないと心を決め、走り出す。
だが、橋の中ほどで事件が起きた。
正面から多数の人影が現れたのだ。砂煙の様子からかなりの速度でこっちへ来ている。橋を渡り切る前に接触しそうである。
「うわーー! 間に合わなかったよ、どうしよう、イチかバチか突っ込んでみる?」
「いや、間に合わないし万が一間に合ってももう俺たちは発見されているだろうから意味がない。戻るしかない。引き返す!」
砂煙が減り、鎧姿が見える。黒っぽい鎧、つまりエイジフット王国軍の鎧だ。至るところに血がついていたり、鎧が破損していたりしている。武器すら持っていない兵士もいることから、敗走していることは明らかだった。人数は三十人程度。別動隊としては少ない気がする。いや、それだけ多くの兵士が犠牲になったのかもしれない。
「酷い姿だね、負けたのかな」
途中まで渡ってきた橋を戻って、振り返りながらヒカリが率直な感想を述べる。
「だろうな、彼らが俺たちに危害を加えることはないだろうけど、後ろからはムシラ軍も追ってきているはず。ムシラ軍に捕捉されたら最悪だ」
「だったらさ」走りながらヒカリがとんでもないことを言い出す「エイジフット軍のみんなと逃げたらいいんじゃない? ハクヤ逃げるの得意だしさ、たぶん頼りにされるよ」
「んなわけねえだろ!」
思わず大声を上げる。
かなり近づいてきているエイジフットの敗残兵。すでに彼らの視界には間違いなく俺たちが入っているだろう。
だが戦いに敗れ逃走中の兵士たちである。
一般人の俺たちを保護してくれるのか。「構っている暇はない。どけ!」と言われるかは五分五分。仮に保護してくれたとして、追手から逃げられる保証もない。
見捨てられたとしても別方向に逃げれば助かる可能性もあるが、追撃してくるムシラ軍が敵の領内で周辺の捜索を怠るとは思えない。
一緒に逃げるか、別々に逃げるか。
果たしてどちらがいいだろうか。
兵士たちと距離を取ったまま別方向へ逃げるのがいいのか、合流して一緒に逃げるのがいいのかは悩みどころである。
「あのーーっ! 私たち逃げのプロなんですけど、撤退のお手伝いしましょうかあ?」
「何やってんだコラーーー!!」
思わず叫びながらヒカリの方へ駆け寄る。といっても全員こちらに走って来ているので減速するだけだ。
いつの間にかヒカリが兵士たちに近付いて話しかけていやがった。大体逃げのプロって何だよ。
悲壮感に包まれた先頭の兵士が絞るように声を出す。
「君たちは冒険者かね。ここは危険だ。今は我が部隊の一部がしんがりを引き受けているが長くは持たん。間もなくムシラ軍がやってくる。早く逃げろ!」
予想した通りの状況だ。やはりエイジフット軍は敗走しているらしい。ぱっと見た限り三十人程度の人数であった。かなり手痛い目に遭ったのだろう。皆どこかしら負傷しており、表情は恐怖や絶望に満ちていた。
動揺も隠せないようだ。俺たちに具体的な指示はなく、ただ「早く逃げろ」とは。逃げる速度だって速いとは言えない。このままでは追撃してきたムシラ軍に飲み込まれてしまうだろう。かといって彼らを見捨てて逃げるのはさすがに気が引ける。
ヒカリがこっちを向くと、ぐっと親指を突き出して見せた。そういうことか。兵士たちと距離を取ることは兵士たちを見捨てること。それはできないと判断したわけだ。
でもそれって俺が敵軍から必ず逃げられる前提の話だよな。魔物から逃げた経験は積んできたけど、軍隊から逃げた経験はないんだけど。
意気揚々とヒカリが答える。
「はい、わかってます。でも私たちは逃げることに特化した冒険者コンビです。こちらの彼は『卑怯逃げのハクヤ』という有名な冒険者ですから、私たちについて来てくれれば追手からも確実に逃げ切ることができます」
ハードル上げてんじゃねえぞこの野郎。ていうか勘弁してくれ。
「『卑怯逃げのハクヤ』というのか。知らんが有名なのか? それに信用できぬ二つ名だが」
つい数日前についた名なんて知られてるわけねえ! 知ってても「卑怯」とかついてる名前なんてろくでもない奴って判断されるだろうが!
「大丈夫よ! 彼、ハクヤは雷光のココナと隻眼のマツヒデふたりに認められた人間なの!」
頼むからもうやめてくれ。今晩の食事を脂身だけにするぞ。
「おう冒険者さんよお、それは、本当なんか?」
これまで会話していた兵士ではない。逃げている兵士の最後尾から野太い声がした。
後方に目をやる。
眼つきが鋭く、髪の毛も眉毛もない血だらけ強面筋肉質の男が向かってきた。
見た目が怖すぎる。
「俺はこの部隊の副隊長、ガンボラ。ハクヤとか言ったなあ、今の話は本当なんか?」
「ひいっ」
「時間がないんだよお、早く答えんかい!」
「は、はい! ほほ本当です!」
喋り方も怖すぎる。
「まあ追いつかれたらどの道死ぬ運命だあ。ならばハクヤ、俺が許可する。お前が逃走の指示をしろい。南にある本陣まで退却してみせろや」
「わかわかりましたっ!」
「逃げ切れなかったら殺す」
「ががががががんばりますっ!」
どっちにしても死ぬやつじゃん。
「ほらね! 私の言った通りでしょ!」
「そうだけども! なんでそんなに楽しそうなんだよ!」
こうしてエイジフット軍の生き残りを率いて逃げることになったのだった。
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TIPS
魔法について④
エル・ファテハの住人が使う魔法は、薪に火を点けたり、風呂の水を溜めたり、部屋に明かりを灯したり、木を加工したりする程度で、生活には非常に便利です。裏を返せばその程度の威力しかないため、戦闘ではあまり力を発揮できません。魔法が存在する世界であるにもかかわらず、魔王の討伐を転移者に委ねるのは、単純に強い魔法が使える人がほとんどいないからです。
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