14.参っちゃうなあ


「わしは人が多いのが嫌なんじゃ。特にわしら余所者は皆怪しい力を持っておる。町に降りるなど考えたくもないわ」


 手紙を読んでマツヒデがパーティー再結成をしてくれるところまでは最高の流れだったのに。


「いえいえ、そう言わずに一緒に戻りましょう。お願いですから」


「己を不要な危険に晒したくないのじゃ。

 わしはな、天正の時代からここに来た。まあお主らのいう戦国時代というやつじゃ。


 本物の戦にはな、お主らの期待する武士道などといった言葉などありはせん。自分の命を守るため、勝つためならどんな汚いことでもする。そんな時代に生まれたわしがわざわざ危険な場所に足を運ぶことはありえん」


 山の中の方がよっぽど危険だろうが。そうだ! マツヒデに断られたら魔物だらけのあの道をまたひとりで戻らなきゃいけないじゃん! 報酬がもらえないよりそっちの方が辛い。


「山の中の方が危険ではありませんか?」


「わっはっは。魔物なんぞ動きの癖さえ見抜けば、葉をもぎ取るより容易いわい。むしろ能力のわからん人間を相手にする方が危ないじゃろう」


「魔王を倒す旅をしていたときは町に寄らなかったんですか?」


「わしが町に寄ったのは昼間だけじゃ。夜は町の外で野宿してたわい。そもそも機械とかいうからくりもわしにはよう納得できん。能力も知らん、機械も知らん、それはわしにとって死地じゃ」


「それなら同じように夜は町の外で寝てもらっても構いません。一緒にココナさんのところへ行きましょう」


「お主はうつけか? ここに住処があるのに、わざわざ移動し、手間までかけて野宿をする意味などなかろうが」


「うっ」


 悲しい、これが論破か。マツヒデにとってみれば移動するメリットなどない。野宿するにも準備がいるのだ。これから旅に出るというのであれば野宿でも何でもするだろうが、仲間と合流するためだけに野宿するなんて何の得にもならない。

 そりゃそうだ。


 そりゃそうだ、が。


 困る。報酬がもらえないのも困るが、ひとりで帰るのはもっと困る。行きのときのように、しょっちゅう魔物に遭遇するのはきつい。ほとんどの魔物から逃げ切れるとは思うが、大弓蛇だけはギリギリだった。前回逃げ切れたときは破裂網にうまく捕まってくれたが、毎回決まるとは思えなかった。


 だから必死に説得する。


「一緒に来てくれたら俺にもらえる報酬を渡しますよ、半分」

「不要じゃ」

「じゃあ全部」

「いらん。金には不自由しとらん」

「美味しい店紹介しますよ」

「腹が膨れれば飯など何でも構わん」

「かわいい女の子紹介しますよ」

 そんな女の子は知らないけど、洋食屋の店員さんにでも会わせよう。

「わしは不能なんじゃ」

「あ、すいません。じゃあ……」

「くどい」


「じゃあひとりで帰れって言うのかよおおお!! また全部逃げろって言うのかよおおお!!」


 またやってしまった。


 気付いたときにはもう遅い。これは完全に逆ギレというやつだ。マツヒデにとっては関係のない話。しかもよりにもよって世界最強クラスの剣士に対してだ。めんどくさいやつという理由で斬られてもおかしくない。



 だが、マツヒデの反応は意外なものだった。


「逃げた、じゃと? ここに来るまでの魔物からすべてか? 一度も戦わずに?」


「だったらなんだってんだよおお! 俺は戦えねえんだあああ!!」


 興奮が収まらない。一度気分がこうなると勝手に口が動く現象を何とかしたい。地球にいたときからこの調子だったから今更無理かもしれないけど。誰か止めてくれ!


 と思った次の瞬間にマツヒデは抜いた刀を俺の首元に押し当てていた。全く動きが見えない。


「騒ぐな小僧。わしはその話に興味が湧いた。落ち着いて聞かせてもらえんか?」


 止まった。


 刀が首元にあると興奮が一瞬で冷めるんだな。俺は怖すぎて何度も頷いた。マツヒデは俺の表情を確認すると刀を鞘に収め、座り直す。


 俺は話した。どんな魔物と出会い、どのように逃げたのかを。ときどきもっと詳しく説明するよう促され、それに応じた。


 一通り話し終えると、マツヒデは満足そうに笑った。


「わっはっは。ハクヤ、おめえはわしと同じじゃ。わしは敵に出会ったら命令がない限り決して逃げん。必ず戦をしてきておる。じゃからこそ不要な敵に会わぬため、町へも必要以上には行っておらん。おめえは逆じゃな。絶対戦わん。そう決めておるという覚悟を汲み取った」


「はい、まあ」


「ハクヤ、わしはお主が気に入ったぞ。方角は違えど、志は同じじゃ。お主と共に町へ行ってやろう。なあに、道中はわしに任せておけば魔物なんぞ物の数ではない」


「本当ですか? ありがとうございます!」


「今夜はここに泊まるがよい。明日出立しようぞ」


 良かった。こんなに心強い同行者は他にいないだろう。理不尽なキレ方をしたにもかかわらず、最良の形で決着がついた。マツヒデには感謝してもしたりない。


 この世界に来て、最も美味しくない夕食をマツヒデと済ませ、床に着いた。






 二日後の夕方、ディムヤットの町にマツヒデと戻って来ることができた。


 マツヒデは豪快な男だった。酒をよく飲み、大声で笑う。人嫌いとは言っていたが、俺には色々な話をしてくれた。


 どうやら戦国時代は有名な大名に仕えていたらしい。首級を上げ、足軽頭にまで出世したが、自身の国が滅ぼされ、浪人となった。その後もいくつかの合戦で活躍したものの雇ってくれる大名はなく、より強くならねばと武者修行をしている最中にこの世界に来たとのことだった。


 知られても困らないからとマツヒデの能力も教えてくれた。


『鍛えれれば無制限に強くなれる能力』


 自身で鍛えなければならず努力を要するが、人間としての限界を越えた強さを手に入れることができるというものだ。その気になりさえすれば身体強化など足下にも及ばないくらいの強さになるだろう。


 厳しい修行を自らに課してきたマツヒデの強さは驚愕の一言だった。


 襲ってきた魔物はすべて一太刀で切り裂く。と言ってみたけど実際に太刀筋が見えたわけではない。気付いたときには真っ二つになった魔物の死骸があるだけだ。


 魔物が襲ってこなくても「しばし待て」と木々の中に入って行ったかと思えば五、六匹程仕留めて戻って来る。俺も魔物の気配に敏感な方だと思っていたが、マツヒデは魔物がいそうな地形がわかるらしい。

「伏兵と似たようなものだ」

 とは本人の台詞である。


 マツヒデの刀についても話してくれた。


 というかマツヒデ自身もよくわかっていなかったので、彼の話から推測した仮説になる。

 要は『魔晶』が柄に埋め込まれていて、自動的に血や油を落としてくれたり、刃こぼれを修復してくれたりするらしい。パーティーメンバーのひとりが土魔法を使えるようで、その魔法を魔晶に込めたということのようだ。土魔法とはいうものの、おそらくは金属や鉱物を操れる魔法と思われる。


 早い話が『劣化しない刀』ってことだ。最強の剣士に最強の刀、とんでもねえわ。

 


 小屋を無視して容赦なく野営をしたことにも驚いた。


 夜は魔物が主役である。夜目や匂いなど、人間よりはるかに優れた性能を持つ魔物はたくさんいる。そんな中で堂々と野営をするのだ。俺が小屋の中でやったみたいに周辺に糸や鈴を張り巡らせ、地面には音の鳴る石をばら撒く。


 それだけだ。あとは飯を食い、酒を飲んで寝てしまう。


 こんなの搔い潜る魔物はごまんといるだろうに、当の本人はこれでも厳重すぎるくらいだと言う。魔物の気配があれば、酒が入っていても起きるから心配ないそうだ。事実、俺が朝起きたときには周辺に切断された魔物の死体がいくつか転がっていた。その中には体長四メートルを越える大弓蛇も含まれており、その日の朝食に並ぶこととなった。

 ちなみに肉厚で肉汁も多く、マツヒデの食事の中で最も旨かった。



 マツヒデのような人物が俺の旅に同行してくれたらどれだけ楽だろうと考えずにはいられない。戦いにおいても野営においても達人中の達人だ。特に戦闘のみに限って言えば、魔王バハルダルを倒した剣士であり、現時点では人間の中で最強と言っても過言ではないだろう。



 ともかく俺は命の危険などほとんど感じることなく戻ることができた。


 ディムヤットには一日にも満たない程度しか滞在していないが、既にどこか懐かしさを覚える。


「ふむ、これがココナのいる町か。日の本にいた人間が多いようじゃのう」


 周囲を見回しながらマツヒデが呟く。山にいたときより警戒しているように見える。人間の能力を何より不確定要素として考えているマツヒデにとっては仕方のないことかもしれない。


「二百人以上いるらしいですね」

「人間たちを片っ端から斬ってはいかんかの」

「物騒なこと大きな声で言わないでくださいよ」

「冗談に決まっておろう」


 うっかりやりそうなことは冗談にならないんだよ、この戦闘狂が。

 声には出さずに毒づく。同時に周囲の視線がこちらに注がれていることに気付いた。だから人間を斬るなんて言わないでほしかったのに。


 だが、多くの視線は会話を聞かれたからではなかったようだ。


「あれってもしかして、『隻眼のマツヒデ』じゃないか?」

「本当だ、隻眼のマツヒデだ!」

「この町に二人目の断魔六勇士が来たぞ!」

「オレは一度見たことがある。最強の剣士マツヒデ様だ!」

「一緒にいるチビは誰だ? 断魔六勇士様か?」

「家来に決まってるだろ」

「マツヒデ様の食料かもしれないわ」


 酷い言われようだな。でもマツヒデさん、あなたも普通に人間を食べる扱いされてますよ。

「わっはっは! わしがいた時代では人間を食うなどよく聞いた話じゃ。わしも食うものに困ったときは返り討ちにした山賊をな」

「やめてくださいっ!!」


 ガチの経験者だった、怖い。俺の戦国時代のイメージはもっとカッコいいものなので、あまり壊さないでほしい。


「いや、チビも見たことあるぞ。何日か前にガラの悪い冒険者と揉めてたやつだ」


 おお! 俺を覚えてる人もいるのか。大通りを走ったからな。あの人数を相手にしたからな。ちょっとした有名人になっちまったか、参っちゃうなあ。


「あの威勢よく逃げてたくせにあっさり捕まってたやつか」

「そのあと人としてあり得ないほど卑怯な手を使ったらしいぜ」

「卑怯者か」

「卑怯者だな」


 参っちゃうなあ。マツヒデ、こいつら斬っていいよ。



「ハクヤ! 戻ってきたんだ、やっぱりあたしの見込んだ通りだね。完璧に依頼達成じゃん! それにマツヒデ、久しぶり」


「ココナさん!」

 俺を貶める会話が聞こえる中、人混みからココナが現れて声をかけてきた。無事に依頼をこなすことができて良かった。


 俺の肩に手を乗せながらマツヒデが笑う。


「おう! 三年ぶりじゃがお主は変わっとらんのう。こやつの志に動かされて参上した。ココナよ、再び討伐隊を組むのだな。よろしく頼む」


「こっちこそまたよろしくね。レイジとジュンジの分までがんばろう!」


「弔い合戦じゃな。無論わしも同じ気持ちじゃ。任せておけ」


 ココナとマツヒデが再会の挨拶と握手を交わす。


 たしかレイジとジュンジは断魔六勇士で亡くなったメンバーの名前だったはず。俺の知らないところで彼らも命がけの旅をし、魔王を倒す過程で大事な仲間を失っているのだ。

 何て表現すればいいかわからないが、仲間の死をあえて話題に出すあたりに絆を感じた。


 俺にもこういう仲間ができるだろうか。


 仮に仲間ができたとしても失うことが辛いからひとりでいいという気持ちもあるが、それ以上に仲間の絆を羨ましく思う。


「おいおい、あいつ六勇士様二人と一緒にいるぜ」

「しかも仲良さそうだぞ。ひょっとして凄いやつなのか!?」

「凄いやつなのかもしれん。卑怯者だけどな」

「実は凄いやつだったのか。卑怯者だけど」


 ココナさん、雷魔法を見せてください! あの辺の人だかりに向かってお願いします!


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TIPS

 この世界にも盗賊や山賊はいます。ただ、地域によっては魔物が多く出没するため、盗賊や山賊のいる地域には偏りがあります。マツヒデがいた場所は魔物が非常に多く、人があまり足を踏み入れない地域です。

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