13.予想していても怖いもんは怖い!


 小屋の正面の壁には人ひとりが余裕で通れるほどの穴が開いている。穴の周辺が焦げていることから、誰かがこの室内で火の魔法を使ったか、焚火をしたかのどちらかだろう。


 頑丈そうな木製小屋だったはずなのに。


 火の影響で壁が焼け崩れ、隙間から魔物が侵入。白骨死体はその魔物に食われた人間の末路、といったところか。


「室内でやめてくれよもおおお!」


 半泣きになりながら俺は即席の修繕を試みる。


 周辺にはいくつかの木材が打ち捨てられていたため、それらを組み上げ、草木で覆い隠す。

 日が沈み、景色は闇に染まった。いつ魔物に襲われるともわからないが、ある程度直さないことには寝ることもできない。とりあえずは応急措置だ。さらに塞いだ壁の外側に糸を張り巡らし、いくつかの金属をぶら下げる。侵入者がいたときに金属がぶつかって音が鳴るように細工をして作業完了。


 心許ないが、現状できることはこれだけだ。


 骨の隣で寝るのは怖いので、開いた壁のそばに白骨死体を移動させる。


 明日埋葬するから今日は許してくれよな。


 祈りながら食事を摂らず、就寝することにした。ぐっすり寝ることは不可能だが、今から横になって少しでも体力を回復させたいからだ。食事は明朝に摂ればいい。


 日中の行軍で疲れていたのだろう、いつの間にか眠ってしまった。





 幸いなことに魔物の襲撃もなく、無事朝を迎えることができた。夜中、何度も目が覚めたものの、ある程度の睡眠も取れたため、体調はいい。


 周囲を警戒しながら焚火をして朝食を摂り、白骨死体を埋葬した。そういえばこの人の持ち物らしきものはなかったな。小屋に寄った誰かが持ち去ったのかもしれない。


 一通りの準備を終え、二日目の旅に出発した。


 だが、初日ほど甘くはなかった。小屋を出て間もなく人間大ほどある芋虫型の魔物に遭遇。すごく見た目が苦手だ。その魔物はある植物の実の匂いが苦手なため、実を割り、投げつけて逃走。

 動きが遅いため、簡単に逃げることができた。


 昼前には一匹の熊食い蜂に狙われた。熊食い蜂は人間の胴体くらいの大きさがあり、危険な毒を持つ蜂だ。赤目毒鼠の比にならないくらいの強力な毒を持っている。こいつらの群れに襲われるとほぼ助からないと言われているが、巣に危害を加えない限り集団で攻撃してくることはない。


 では一匹なら安全かというとそうでもない。日本のオオスズメバチをそのままでかくしたようなやつで、ある程度の距離まで離れないと大弓蛇に匹敵するくらいの長距離を追いかけてくる。

 その上毒針に刺されれば普通の人間は一発であの世逝きだし、噛みつかれれば首だってあっという間に刎ねられてしまう。


 ただ、黒い色に反応しやすいことと、甘い香りに引き寄せられやすいという特徴もスズメバチと一緒だ。


 俺は走りながらリュックから黒い布を一枚取り出し、甘い香りの香水を吹き付けることで、熊食い蜂の注意を逸らし、追跡射程から離れることに成功した。



 歩きながら軽く昼食を済ませたあと、今度は巨大なコガネムシ型の魔物に襲われた。人の身体に尖った口を刺し、体液を吸う魔物だ。人間よりも一回り大きいサイズで、上空からのしかかられた場合はほとんど助からない。

 ありがたいことにこいつの羽音は非常にうるさいので、事前に察知して躱すことが容易だ。俺の場合も簡単に避けることができた。


 さらに大弓蛇よりはるかに小型の蛇や、再度芋虫型の魔物にも襲われたが、いずれも無傷で切り抜けることができた。



「さすがに疲れた」


 やや見通しの良い場所を選び、俺は休憩をしていた。被害はないが立て続けに魔物に狙われたこと、四六時中周囲を警戒しなければならないこともあり、疲労はかなりのものだったからだ。

 そこで何気なく進行方向を眺めていると、炊事の煙が上がっているのが見えた。


 こんな山の中で炊事しているのは、ほぼ間違いなくマツヒデだろう。煙の上がっている場所はちょっとした広場になっていて、小さな小屋のようなものも確認できた。


 しかも思ったよりも近い。あと一時間もかからずに着きそうだ。


 しばらく休憩するつもりだったが、疲れなど吹っ飛んだ俺は、荷物を畳み急ぎ煙の元へ向かった。





 いえええい! 着いたあああ!


 心の中で叫ぶ。

 木が切り倒され、やや広い平らなスペースに到着した。小屋や焼却炉のようなものも作られ、焚火の跡や木材らしき丸太も並んでいる。間違いなく休憩中に見た場所だ。


「マツヒデさーーん。ココナさんの使いで来ましたーー」


 警戒心を解かずに声をかける。ココナの話だと急に斬りつけてくることもあるらしい。よくそんな人とパーティーを組んでいたと思う。実力は確かなのかもしれないけど人間性に問題あるだろ。


「マツヒデさーーん、いますかーー」


 反応がないので再度小屋に向かって声をかける。やはり反応はない。


 だが、こちらの様子を窺っている気配はある。リュックに手を突っ込み、手紙を取り出すと同時に手甲を重く頑丈なものと交換する。衝撃は辛いかもしれないが、剣の一撃や二撃くらいは十分耐えられる代物だ。


「マツヒデさん、ココナさんから手紙を預かってます。話を聞いてもらえませんかーー」


 どうしよう。このまま姿を表さなかったら、手紙を渡したことにならないか。とりあえず小屋に近付く。


 それにしてもなぜ姿を見せないのか。人嫌いなのはわかるが、いくら何でも警戒しすぎでしょ。相手はこの俺だぜ? どこからどう見ても弱そうな俺だぜ? 特別な能力も持ってないんだぜ?


 あ!


 そういうことか。


 この世界の転移者で最も注意を払わなければいけないのは『女神の加護』だ。能力次第では子どもが大魔法使いになることも、老人がとんでもない怪力を見せることもありうる。能力を知らずに転移者と相対するのは危険だ。


 ならばどうするか。


 できるだけ能力を使わせられるような状況を作ればいい。そのために有効なのは奇襲だ。命の危険が迫ったとき、有効な能力なら間違いなく使うだろう。有効でないならそれほど脅威ではないことにもなる。


 奇襲を仕掛けて相手の反応を見る。


 マツヒデの狙いは俺に能力を使わせる、あるいは使える能力かどうかを見極めることにある。


 無駄だけどな。俺に能力ないし。


 ただ、断魔六勇士と言われ、実力も相当なものであるはずだ。正面から戦ってもそうそう負けることなどないだろうに、この徹底振りは尊敬に値する。


 俺は手紙を持って小屋に歩いていく。入口の扉をノックする。当然反応はない。


「開けますよーー」


 と言ってリュックを右側に置き、取っ手に手をかけたそのとき。


 右側の茂みから猛スピードで何かが飛んできた。


 何だかは目で追うことすらできないが、咄嗟に手甲で頭部をガードする。思わず目を瞑ってしまう。

 ガキン! という金属のぶつかる音がした。


 予想していても怖いもんは怖い!


「ほお、おめえ……。ひとりじゃったか。少しはやるのう」


 目を開けると、ちょんまげ、髭面、眼帯、顔や身体に無数の傷を負ったおっさんが刀を構えていた。





 小屋の中に案内され、片目のおっさん、もといマツヒデが淹れてくれたお茶を飲む。


 超不味い。こんなのいつも飲んでるのか。


「まさか初手を防がれるとは思っとらんかったわ。わしはマツヒデ。お主の名は何という?」


「ハク、ハクヤと言います」


「ハクヤか、いい名じゃ、わっはっは。それにいい筋しとるわい」


 豪快に笑うマツヒデ。


 実際に太刀筋が見えたわけではない。予想をしていただけだ。


 奇襲を仕掛けるなら小屋の前だろうと思っていた。意識が扉や中の物音に向くからな。さらに方向は右側というのもわかった。背後からは遠すぎるし、左側は隠れる場所が少ない。

 何より取っ手は扉の右側に付いている。開いた扉に攻撃の動線を遮られる可能性がある。


 そうなると攻撃は右からしかない。足下を狙われないようリュックを下に降ろしたため、攻撃は上方向の確率が高い。本当に殺す気なら突きや横薙ぎ、他にも色々考えられたが、能力を見るためだけなら大振り気味の上段にするしかなかったはずだ。

 防御しなくても寸止めしてくれたとは思うけど。


 いや、寸止めしてくれたのかは怪しいか。


 ギリギリ死なない程度に殺されてたかも。マツヒデの一振りで真っ二つになっていた手甲を見る。あの頑丈な手甲がキレイに切断されていた。


 一太刀目を防げたからくりを正直に話すと、マツヒデはまたも笑う。


「なるほどのう。じゃがそこまで考えとったら立派なもんじゃ! 指揮官にむいとるかもしれんのう」


「いえ、運が良かっただけです」


「謙遜するでない。わしはお主を気絶させるつもりで打った。加減したとはいえ魔王を倒した太刀を止めたのだから胸を張ってええぞ。能力もいきなり行使する気はなさそうだしの」


「まあ、俺、能力ないんで」


 俺が答えるとマツヒデは目を丸くした。


「はあ? あの白い部屋であの別嬪な女神さんから能力をもらわなかったんかい! 阿呆じゃのう」


「もらうにはもらったんですが……え? 女神様がいたんですか?」


「そりゃあいるじゃろ、女神さんの部屋なんじゃから。……いや、レイジが言っておったな。最初にこの地に来た十数名だけが女神さんが相手をし、あとは機械を使ったと。どちらにせよ能力をもらわんのは阿呆じゃ。

 しかし能力なしが、ひとりでここまで来れたのはやはり大したもんじゃ」


 そういうことかと合点がいった。白い部屋は召喚した俺たちに加護を授ける部屋であることは間違いない。で、最初は女神様が自分で転移者と対話し、加護を授けていた。


 ところが何らかの理由で対応できなくなったのか、自動化することにした。だから最初の何人かは女神様から直接能力をもらい、そのあとからは自動販売機になったのだろう。


 それと本当は俺も能力をもらっているからな。今は使えない妖精と話すって能力を。事情をすべて話すと長くなるので俺自身の話題は止め、用件を切り出した。


「ここに来た目的ですが、ココナさんからマツヒデさんへの手紙を預かってます」


「そういえばお主、ココナから手紙を預かったとか叫んじょったの。本当じゃったか。どれ、見せてみい」



 俺から手紙を受け取ると、太い指に似合わない器用さで封を切り、手紙を取り出す。そして表情を変えずに読んでいった。何と言えばいいのか、マツヒデはすべての所作に無駄がない。最小限の動きですべての行動が完結している。

 見た目や話し方からは豪快な印象を受けるが、それだけではない人物なのだろう。さすがは断魔六勇士のひとり。


「間違いなくココナの文字じゃ。内容もわかった。今一度魔王を葬るためにココナたちと共に尽力するとしよう」


 手紙の内容は想像通りだった。電話もないこの小屋では手紙を届けるしかないからな。しかも仲間に加わってくれるらしい。これで報酬もたっぷりゲットだぜ!


「では準備ができたらここに来るよう伝えておいてくれ」



「え?」


 一緒に来てくれないの?



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TIPS

 ハクヤは知りませんが、マツヒデはこの世界で誰もが知る有名人です。断魔六勇士で唯一生き残った前衛でもあり、剣や刀を使うすべての人の憧れです。

 マツヒデ自身も自分がそこまで有名になっているということを知りません。

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