12.気を付けることが多すぎやしませんかね


 ココナは雷の魔法使いだという。


 しかし見た目は全く魔法使いではなかった。


 黒髪を後頭部で束ねたポニーテールに、ベージュのショートパンツ。黒のタンクトップにグレーのシャツを羽織った完全にスポーツ大好きって姿だ。身長は俺と同じくらいだろう。幼い顔立ちで高校生くらいの印象である。


「いきなりごめんね、あたしは怪しくないよ。ココナって言って、一応魔王のひとりバハルダルを倒したメンバーなんだけど」


「あ、し、知ってます」


 急に話しかけられてしどろもどろになる。おい、異世界に行った途端無職ニートがみんなとスムーズに会話できるって都市伝説かなんかじゃないのか。無職でもニートでもないのに、しかも一年以上異世界にいても上手く会話できねえぞ。


 いや、仕事辞めたから無職だったわ。しょうがないね。


「よかった! まずは座らせてもらうね」


 目の前にココナが座る。幼いながらも整った顔立ちに気圧されて目を伏せる。胸の形がはっきりわかる服装にさらに下を向いてしまう。


「ごめんねえ。お金が必要なんだ、みたいな話が聞こえちゃってさ」

「まあ、はい」

「で、さっきあのチョーうっざいチンピラ冒険者たちに絡まれてて困ってたの。魔法ぶっ放すわけにもいかないし」


 あ、本人は絡まれていたって認識なのか。ドンマイ茶髪ヤンキー。


「それを引き付けてくれたじゃん? ありがとう。そういうのを見て結構できる人なのかなーって」


「いや、そんな、大したことは」


 マジで大したことはしてない。逃げただけだからな。


「しかもひとりで旅してるんだよね、だったら尚更ちょうどいいかなって思って声かけたんだー」


 人数が少ない方がいいということか。どういった仕事なんだろう。


「それで、仕事というのは?」


「あのねえ、手紙を届けて、できればその人を説得してここに連れてきてほしいの。


 もう少し具体的に説明するね。


 知ってると思うけど、魔王はあとひとり残ってるの。それを倒すために二組のパーティーが先日旅立ったらしいんだけどさ、正直話を聞いた限りだと、彼らでは勝てないかもしれないなって思ってて。


 だからあたしたちでもう一度、魔王を倒しに行こうと思ってるんだ。


 あ、すいませーーん。パンケーキイチゴソースがけふたつくださーい!」



 唐突にココナが追加注文する。


「さっきは変なのに絡まれたから、ちゃんと味わっておこうと思って。美味しいんだよ、ここのパンケーキ。だからあなたの分も頼んどいたよ、ああそういえば名前聞いてなかったね?」


「お、俺はハクヤです」

「ハクヤね、こっちに来て長いの?」

「一年とちょっとくらいですね」

「じゃあ最後の方なんだ。知ってる? 一年位前からこの世界に来る人いなくなったんだって」

「ええ、知ってます」


 当然知っていた。転移者が最初に訪れると言われたソハグの町にずっといたのだから。確か噂だと女神が設置した転移装置は五年で寿命を迎えたとかだったか。他の人間に意識を向ける余裕なんてなかったからうろ覚えだが。俺の後に来た人間は二、三人だったような気がする。


「女神様の作ったワープ装置? みたいなやつの賞味期限? が切れたみたいよ」


 表現が独特だけど、俺の聞いた話と一致しているので内容に間違いはなさそうだ。転移者はもう来ないということなのだろう。それを知ったからといって何が変わるわけでもない。気にしないことにする。


 雑談をしている内にパンケーキが運ばれてきた。


「きたきた! いただきまーす! あ、ハクヤも食べなよ、むぐむぐまじむぐ、うまいむぐから」


 食べながら喋るな。とりあえず俺も手を付けると、まるで日本のパンケーキを食べているかのような味が広がる。イチゴソースも甘酸っぱくてくどくない。それでいてイチゴをしっかりと感じる。この世界にないであろうイチゴの味をどうやって再現しているのか。


「うまっ!」


 この世界に来て、食事は決して不味くはなかった。元々調味料もそれなりにあったようで、食生活に苦労した記憶はない。

 では満足していたかと言われれば、そうでもない。やはり微妙に肉質や味付けに違和感を覚えていた。転移者が多いおかげで日本の味に近いものはあったが、代用品などを使っているせいか「美味しいけどちょっと違う」というのが本音だった。

 このパンケーキは違う。本当に旨い。日本人、少なくとも俺好みだった。


「でしょー? あたしディムヤットに来てからこればっか食べてるの」

「これは美味しいです」


 しばらく俺たちは無言でパンケーキにがっついた。





「じゃあ話の続きするね」


 食事を堪能したあとしばらくしてココナが切り出してきた。


「どこまで話したっけな、ああそうそう。あたしたちで魔王を倒しに行こうかなってところだ。


 でも強いらしいじゃん? だから絶対勝つために魔王バハルダルを倒したときに残ったパーティーメンバー四人を集めようと思ってるんだ。もちろん他にも優秀な人がいればスカウトするつもりだけど。


 魔王バハルダルを倒したあと、うちらのパーティーは解散してるの。

 あたしともうひとりはその場に残って一緒に滅んだ国を再建するお手伝いをしていたんだけど、それも最近ひと段落したんだ。で、そのもうひとりが『最後の魔王を倒そう』って言い出してさ。協力することにしたわけ」


 断魔六勇士の生き残った四人が再度パーティーを組んで魔王討伐に挑む。ドラマチックな話だ。何より成功率も他のパーティーと比較しても一番高そうに思える。


「で、メンバー再結成ってことになったんだけどね、これがもうしんどくて。残った二人もエイジフット王国にいることまではわかったんだけど、あたしとトールで手分けして探してるのに全然見つからなかった」

 

 頷きながら話を解釈する。

 トールってのは話から察するに一緒に国の再建に関わっていた人物だろう。ふたりで手分けして元の仲間を探している最中ってわけだ。


「しかしついに! 最近ふたりとも見つかったのよ! 

 ひとりはトールが迎えに行ってる。もうひとりはここから二日程度の距離にある山に籠っているって情報をゲットしたんだ。ただ、そこには電話もないから直接行くしかないんだよね。

 あたしは連絡役としてこの町に滞在しているから離れられないし、代わりに行ってきてくれる人を探してたの。


 だけどさ、その人はかなり変わっててね。大人数で行くと問答無用で斬りかかってくる場合もあるからさ、なるべくひとりで行けるような人が良くって。そこでひとりで何としてくれそうなのがハクヤ、キミってこと」


 ん?

 今さらっと怖いこと言わなかったか?

 初対面でいきなり斬りかかってくる人なの?


 それは困る。そもそも彼女は俺に戦う能力がないことすら知らないのに、ヤンキーたちから無事に帰ってこれただけで判断しようとしている。まずは訂正しないと。


「報酬としては前金でこれだけ。手紙を届けて来てくれたら追加でその倍を、連れて来てくれれば追加で五倍払うことを約束する。店員さんに証人を務めてもらってもいいよ」


「やります」


 ふざけんなよ! なんだよその嬉しすぎる報酬は。前金だけでも半年分の稼ぎを越えるじゃねえか。ココナの仲間を連れてくれば三年分の仕事になるってことだろ。反射的に引き受けちまったよ。危険かもしれないのに。


「ありがとう! ハクヤならきっと受けてくれると思ってたよお。金に釣られて、ね」


 言い返せないのが辛い。


「それじゃあ詳しく説明するね」


 ココナの笑顔が眩しかった。





 ココナから依頼内容を聞いた翌朝。


 俺は食料や装備品などの入念な準備をしたのち、早朝からディムヤットの町を出発し、目的地へ向かっていた。町を出てすぐ山道に入るため、馬車は利用できない。徒歩での移動だ。


 依頼をまとめるとこうなる。


「北西に二日ほど進んだ山に籠っている仲間へ手紙を届けてほしい。連れて来てくれれば尚良い」

「場所は地図に印を付けておくから持って行ってくれ」

「仲間の名前はマツヒデ。断魔六勇士生き残りのひとりで、パーティーでは前衛の剣士だった男」

「人嫌いで斬りかかってくるかもしれないから気を付けろ」

「道中は魔物が多いから気を付けろ」

「小屋がいくつかあるから小屋で寝るようにしろ。ひとりで野営したら死ぬから気を付けろ」

「でも報酬は凄いぞ」


 気を付けることが多すぎやしませんかね。

 しかし報酬に釣られたのは間違いなく俺。当面の活動資金ばかりか、上等な魔道具も購入できる。目的までの最短時間を目指すのであれば、危険でも断る理由はなかった。


 山中の道を進む。深い森になっており、見通しが悪い。森の中は魔物がどこに潜んでいるかわからないことも多く、いきなり襲われることだってざらにある。奇襲を受けたら戦える冒険者であっても無傷では済まない可能性もあるだろう。

 魔物の気配に注意しながら歩くしかない。


 途中の木にナイフで印を付けながら歩く。しばらくの間は魔物に遭遇することもなく進んだ。


 さらに昼を過ぎても一切魔物に襲われることはなかった。


 もちろんこれほど魔物に遭遇せず、順調な進捗状況であることには理由がある。



 出発時に香水を大量に自分へ振りかけておいたのだ。「森の香り」ってやつを。正確には木とか草とかの匂いのようで、森の中における匂いの迷彩を施すことができる。


 この付近では匂いを頼りに人間を見つける魔物がいる。そんな魔物たちに感知されないために準備をしていたのだが、今のところ予想以上の効果を上げていた。


 想定より進みが速い。このままなら明日の夕方には目的地に着きそうだ。


 また、この付近には魔物の襲撃から身を守るため、小さいながらも頑丈な小屋が点在していた。時折見える森の隙間からの景色を見て、大まかな自分の位置を地図で把握する。さらに地図を確認して、小屋の位置をチェックする。


 問題ない。予定通りのルートだ。


 ひとつ目の小屋を通り過ぎ、ふたつ目の小屋を目指す。遠くの方で魔物の遠吠えが聞こえたり、頭上で巨大な鳥の羽ばたきが見えたりする。警戒を怠らず歩みを進めていく。





 もう少し歩けばふたつ目の小屋だ。

 もうすぐ日が沈む。そんな時間のこと。唐突に気配を感じて、俺は立ち止まった。周辺を見渡すが、魔物は発見できない。


「でも、いるな」


 夕日とはいえ、まだ日光がある時間だ。視界はそこまで悪くない。方向感覚さえ喪失しなければ、逃げ切って小屋で夜を明かせる。


 戦うつもりが一ミリもないことは俺にとってプラスに働いていた。「戦うか逃げるか」の判断が必要ないからだ。即断できる意味はでかい。脳みそを他のことに使える。


 これだけ警戒して魔物がいなかったら恥ずかしいが、警戒せずに命を狩られる方がもっと悲惨だ。いる前提で考えていこう。


 さて、この状況が続くのは好ましくない。日が沈んだら魔物が有利になる。周辺で物音ひとつせず、風以外で草一本揺れていないというのはそういうことだろう。


 しばらく立ち止まっても襲ってこない。つまり敵は日没を待っている。

 あえて俺に気配を感じ取らせ、動きづらくなった時点で時間を稼ぎ、日没後に襲い掛かるのが目的だと思われる。


 この周辺の地域で日没前に獲物を探し、日没後に狩りをする魔物は二種類。


 赤目毒鼠と大弓蛇。


 赤目毒鼠なら大丈夫だ。

 大きさは中型犬くらいで毒を持っている鼠だが、この場から全力疾走で逃げ出せばいい。追ってきてもスピードもスタミナもそれほどないようで、すぐに諦める。

 もし噛まれると、二日間くらい動けなくなるそうだが、逃げ切れば命に別状はないそうだ。身体強化された俺の足なら追いつかれること自体なく小屋まで逃げ切れるだろう。


 問題は大弓蛇の方である。

 その名の通り、弓が放たれるようなスピードで獲物を追撃し、捕らえる。弓の速さはさすがに嘘だろうけど、かなり速いのは間違いないだろう。全長は四、五メートルあり、人間であっても丸呑みにするそうだ。

 万全の状態で相手を捕獲するため、日没後に行動することがほとんどだが、厄介なのは一度ターゲットを定めたら、日没前に逃げても執拗に追いかけてくるらしいってことだ。


 大弓蛇は個体数が少ないため、遭遇率はそれほど高くないらしい。しかし、赤目毒鼠と思ってダッシュして逃げたら実は大弓蛇でした、となるとあっという間に追いつかれた挙句、丸呑みにされるだろう。特に俺は返り討ちにできるような戦闘力も持ち合わせていない。


「老齢の御者にも負けそう」とまで言われたからな。


 まずはゆっくりと前進することにした。ゆっくり動くのであればどちらの魔物であっても急に襲ってくることはない。少しでも距離を稼いでおきたい。周りを観察しながら進むが、やはり草木が動いている様子はない。


 赤目毒鼠が追跡してくるならば、ある程度変化があっていいはずだ。


 だが大弓蛇ならどうか。

 地面を這うように、木々を揺らさずに移動できるだろう。いよいよ外れの確率が高くなってきた。


「運が悪いな」


 覚悟を決め、リュックから荷物の塊をひとつ取り出して手に持つと、全力で駆けだす。


 背後の草陰から何かが飛び出してきた音がする。手甲に着けていた鏡で後ろを見る。


 やっぱり大弓蛇だ。しかも恐ろしく近い。弓のスピードとか盛りすぎでしょ、と思っていたが、すぐに追いつかれそうだ。走りながら塊の袋を破り、「一発で成功してくれよ」と祈りながら中身を自分の背後に叩きつける。


 それはばねの力で瞬間的に広がる目の細かい網だった。

 網は蛇を包み込むように広がる。すぐ近くまで来ていた蛇は自慢のスピードで避けようとするも間に合わず、網の中央に取り込まれる。網の端についている錘が地面に落ち、蛇は絡めとられた。


 俺の持つ高価な道具のひとつを使ってしまったが仕方ない。一発で捕らえられたことで良しとしよう。振り返って様子を見た。


 それでも蛇は動こうとしているが、網は動けば動くほど身体の自由を奪う先人の傑作。俺が歩く速度程度に速度は落ち、やがて追いかけるのをやめたようだった。代わりに網を外そうともがいているが、手も足もないお前に果たして外せるかな。それとも網の端っこを見つけて抜け出せるかな。


 でもトドメを刺しにはいけない。跳びかかってきたら怖いし対応できないから。俺が倒さなくてもこんな目立つ場所で暴れてたら、じきに他の魔物に捕食されるだろう。


 ほっと一息つくと、蛇を放置して俺は先へ進む。


 しばらく歩いていると小屋が見えた。日没前に小屋に辿り着くことができた。まずはここで安全に夜を明かすことにしよう。


 俺は扉を開けた。


 そこには人間の白骨が横たわり、壁の一部が破損していた。

 

「普通に魔物が入ってこれるじゃん」



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TIPS

 昔、エイジフット王国は未開の地の開拓を進めるため、様々な山、森、荒れ地などに開拓者用の小屋を設置しました。開拓者の拠点にするためです。魔王たちの侵攻によって国の軍備増強が優先された影響でその計画は中断されましたが、今も至るところに小屋は残っています。

 ちなみにエイジフット王国は東の端にあるため、西側から侵攻してきた魔王の直接的な被害は受けていません。


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