15.結果が同じなら前向きに解釈した方がいいに決まってるからな


 俺たち三人は数日前にも来た洋食屋に入った。今知ったことだが『ギリゾン』という名前のレストランで、癒しという意味があるらしい。以前のように奥の個室へ案内される。

 他の客や以前も応対してくれた金髪パーマの女性が目をキラキラさせながらこっちを見ている。


 悪くない気分だ。たとえ見ているのが俺でなかったとしても。


 席に着くと、ココナはパンケーキのイチゴソースがけを注文した。

 俺も同じものを注文した。

 マツヒデも同じものを注文した。


 マツヒデもパンケーキ好きなのか、かわいいとこあるな、と思ったら違うらしい。

 毒を入れられる可能性が減るからということだが、何を頼んでも毒を盛られる確率って同じじゃないか? 三つとも毒入りだったらどうにもならないだろ。


「気持ちの問題じゃ! 解毒剤もいくつか持っておるし、ゲン担ぎのひとつだわい」


 相変わらず豪快に笑い、ココナと俺もつられて笑顔になる。意味はわからないけどな。


 ともかく、再会の食事は和やかに進んでいった。



「ぷはーーっ! ごちそうさま。毎日食べてるけど美味しかったーー!


 でさ、改めてなんだけどハクヤ依頼を完璧にこなしてくれてありがとう! これ、報酬」



 食事を終えたココナが重そうな袋をテーブルに置く。中には金がたっぷり入っている。いちいち数えないが、たしかに約束通りの金額はありそうな重さだった。


「ありがとうございます。帰りはマツヒデさんに助けられました」


「わしにとっては軽い運動程度じゃ。気にするでない。それよりココナ、知っておったか? こやつは一度も魔物と戦わずにわしの家まで来たんじゃぞ」


「いやいやいやいや。一度もってのは言い過ぎ。それは戦うより大変でしょ、ねえハクヤ」

「い、いえ、ホントです。俺、戦えないので」

「まじ?」

「マジです」

「能力を使って?」

「能力は持ってないので」


 本来は妖精と話す能力を持っていたが、今は使えないし妖精もいないし、何より記憶もなぜかよくわからないので、能力なしということにしておく。


「うちらのパーティーも滅茶苦茶なのばっかりだけど、あなたも新しい形で滅茶苦茶だねーー。絶対逃げないマツヒデと逆じゃん」

「まさしく。逃げることを貫き通す姿勢にわしは強い意志を感じたわい」

「マツヒデはとりあえず戦おうとするんだから。なのにちゃんと逃げるって指示には従ってくれてたのよね」

「戦では集団戦法が重要じゃからな。撤退の命が下れば従うわい」


 二人は逃げることを卑怯とは決して言わない。恐らく魔王討伐の旅で逃げることの重要性を感じたからだろう。それがありがたい。


「で、ハクヤはこのあとどうすんの?」


 ココナが尋ねてくる。


「俺はこの金で必要なものを買って、馬車を手配して西の国境付近まで行くつもりです。たぶんディムヤットにはあと三、四日くらい滞在することになると思います」


「じゃあこの町でお別れだね。うちらはトールがユラを連れてくるまで十日くらいかかるらしいから。出発するのはそのあとだなあ」


「まあハクヤとは同じ方向へ旅するんじゃ。またいずれどこかで会えるじゃろ」


「そうですね」


 俺は少しだけ残念に思った。


 心のどこかで『ハクヤ、一緒に旅をしよう』と言われるかもしれないと期待していたからだ。彼らと冒険ができれば、今まで逃げっぱなしで弱い自分がちょっとだけ認められた気分になれるから。


 一瞬だけよぎった思いをすぐに打ち消す。


 そもそも目的も冒険のスタンスも違う。


 彼らは魔王を倒したい、俺は渡り石を手に入れたい。それが目的だ。


 彼らの冒険は戦いであり、俺の冒険は逃走である。それがスタンスだ。彼らも逃げることはあるだろうが、魔王討伐という最終目標を達成するためであって戦えないからじゃない。


 当然、ココナやマツヒデの方が命のやり取りをする場面は増えるだろう。俺を危険に晒さないため、あえて誘わなかったのかもしれない。そう思うことにしよう。


 結果が同じなら前向きに解釈した方がいいに決まってるからな。



「出発まではいつでも来なよ。あたしは毎日ここにいるからさ」

「わしもなるべくここに来よう。寝るのは町の外じゃがな」


 こうして二人と別れた俺は、久しぶりに宿に戻った。






 出発までの数日間はあっという間に過ぎていった。


 まずは国境付近まで送ってくれる馬車の手配。

 やはり戦場にも近いということで、国境やや手前の町までが限界だったが無事に確保できた。


 食料や野営のための準備。

 ソハグの町より品揃えが良かったため、着替えを含めていくつかを新調する。便利そうなグッズも買い足した。


 逃げるための道具も補充する。

 普段使っている道具に加え、この先に生息している魔物の生態を考えて選ぶ。実はこの道具を選んでいる時間がとても楽しい。さらに、これまで高額で手の出なかった魔晶を使った道具や護身用の武器も買っておいた。荷物が増え、フードデリバリーのリュックだけでは入りきらなくなる。仕方なく肩掛けのバッグも追加で購入した。


 マンガの登場人物は大して荷物持っていないけどどうなってるんだろう。マンガといえば道具を無限に入れられるアイテムボックスってスキルとかたまに見たけど、もしかしたら俺にはあれが一番有用かもしれない。


 学びは俺にとって最も重要だ。町にある参考になりそうな書物は時間を見つけて読むようにした。この先の地形や魔物の生息域、食用植物などもおさらいしていく。

 

 食事時は毎日ギリゾンに足を運び、ココナやマツヒデと会話をするようにした。魔王を倒したパーティーの旅の話は面白く、俺の知識にもなった。



 印象的な話題はふたつある。まず魔王の話だった。


「魔王はあたしたちが倒したバハルダルでしょ、退魔四勇士が倒した魔王ゴンダルでしょ、で、残っているのは魔王メックエイルってやつ。

 魔王やその側近はそこいらの魔物と違って知能が高いの。っていうか普通にあたしたちの言葉を理解して話すし」


「わしらが倒したのは二本足で立つ狼みたいな魔王じゃったな。他の魔物とは一線を画す強さじゃった。皆がいなければ負けていたかもしれん」


「結構まともな魔王だったよねーー。魔物には魔物の正義があるって言ってたし」


「うむ。あやつもまた武人じゃった」


「なんかねえ、特定の魔物を従わせられる力を持った魔物が魔王っていうらしいんだけど、バハルダルは狼とか牛とか虎とかの哺乳類系? を従わせていたねーー」


「魔王や側近は魔法も使ってきたからな、厄介じゃったわい」


 魔王や側近が魔法を使うことを初めて知った。人間と同じように喋り、感情がある。性格なんかも魔物によって違うようだった。



 もうひとつは魔法についてだ。俺自身が魔法を使えないので軽視していたが、魔物も使えるとなると話は別だ。詳しく知っておく必要がある。


「わしは魔法はさっぱりじゃ。味方が使うと便利じゃが、敵が使うととんでもない兵器となる」

 マツヒデが渋い顔をする。魔法の攻略は難しいのだろう。


「魔法は任せて! あたしが説明する」

 ココナがパンケーキを食べながら解説してくれた。


「そもそも魔法は大気中にある魔気を呼吸によって身体に蓄積して、そのエネルギーで使うものってことは知ってるよね。


 転移者は女神様の加護で魔法の力をもらった人以外は身体に魔気を溜めることができないけど、この世界の人間は誰でも魔気を溜めることができる。だから魔法を日常的に使えるの。火を出したり、傷を治したり、穴を掘ったり、明かりを灯したりね。


 ただ、残念なことに溜めることのできる魔気の量は少ないみたい。あたしたち女神様の加護で溜めることできる魔気の量を百とすると、この世界の人たちは二から四くらいらしいよ。しかも溜められる魔気の量は個人差だけでなく男女差があって、女のが倍くらい多いみたい」


 ここまでは知っている。体内に蓄積できる魔気の量の話はこの世界の常識らしいからな。つまりこの世界の男は約二、女は約四、転移者なら百くらい魔気を溜められるってことだ。

 頷きながら続きを聞く。


「で、この溜められる魔気の量イコール、魔法の威力になるの。あたしが全力で魔法をぶっ放せば、この世界の人の二十五倍から五十倍の威力が出せるってこと。凄いよね、女神様の加護って。


 さらにヤバいのが魔気が溜まるまでの時間でね、普通に考えたらあたしの方が魔気をたくさん溜められるから、時間もめっちゃかかりそうじゃん? 違うんだなーー。


 なーんと! 体内の魔気が空っぽの状態から満タンになるまでの時間は誰でもほとんど同じ。大体八時間くらいでチャージ完了しちゃう。この世界の人が二溜めるのも四溜めるのも、あたしが百溜めるのにかかる時間と大体一緒なの。不思議だよねえ。


 ちなみに、魔気を含んだ食べ物を摂ればさらに時間は短縮するよ。特定の木の実とか一部の魔物とか。たださーー、どれもこれも美味しくないんだよねーー。仕方ないけどさ」


 なるほど。勉強になる。空っぽの状態から八時間で回復するということは覚えておこう。ん? 魔物も同じくらいの時間で回復するのか? 俺は疑問を口にした。


「魔法を使う魔物も八時間くらいで回復するんですか?」


 ココナは肩をすくめる。


「わかんない」

「え?」

「わかんないのよ。側近や魔王と再戦したことないし。どのくらいで回復するかは不明なの。

 だけど、戦ってみて感じたことを言うとね。さっきあたしの魔気は百くらいって話をしたと思うけど、側近は二百、魔王なら最低五百はあると思う」

「そんなに?」

「わしの感覚も同様じゃ。たしかに強力な魔法を何度も放っておった」

「あくまでも推測だからさ。もしかしたら魔気を最大で五十くらいしか溜められない代わりに、数秒でチャージ完了させるってパターンもあるからね」


 他にも、得意な魔法は高出力で放てることや、女神の加護だと特定の魔法しか使えないことなどを知った。魔法という科目ももう少し学ばなきゃいけない。



 他にもくだらない話や武勇伝などを聞き、楽しませてもらった。過酷な旅だったはずなのにあっけらかんと話す。これくらい精神にゆとりが必要なのかもしれない。

 俺も自身の目的を話したり、これまでの過去を話したりした。さすがに転移したばかりの矛盾に塗れた話題は出さなかったが、ココナとマツヒデとはかなり仲良くなった気がする。


 そして出発の時が来た。


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TIPS

 魔法について①

 元々のエル・ファテハの住人は全員魔気を溜め、様々な魔法を使うことができます。しかし男性は体力や筋力は女性よりありますが、蓄積可能な魔気の量が少ないため、身体強化の魔法を自身にかけ、肉体的な活動を行うことが多いとされています。女性の場合は男性より多い魔気を活かして、火や水、回復など多種多様な魔法を使う比率が高くなっています。

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