9.イタイヤツと思われるのだけは嫌だなあ


「……こうして俺は一年間の準備を経て、ひとりで半月前に魔王の城へ行く旅に出たってわけだ」


 馬車の中で一大自分語りを終えた俺は、満足気に深く座り直す。自分のことを話すってあまりしてこなかったけど、話し出すと気持ちのいいもんだな、などと場違いなことを思ってしまう。


 たった一年だけど、下手な住人よりはこの世界の地理、魔物、道具には詳しくなったと自負している。実戦で使うにはまだまだ経験不足なのも理解しているが、ここに至るまでの旅で自分の知識と行動が通用するという事実もまた大きな俺の財産になっていた。


 と、あれ? 俺のトークは終わったのに反応がない。


 馬車の中を見回すと、三人とも怪訝な表情をしていた。ひとりが渋い顔のまま反応する。


「いや、女神の部屋の話とかここに来るまでの話とか面白かったけどよ、何ていうか、本当の話が聞きたかったぜ」


 何を言っているのかわからない。あまりにも異世界転移が荒唐無稽で、理解が追いつかないってことだろうか。


「いやいや、作り話でこんなに喋れねえだろ。本当の話を聞かせたぜ」

「にしては、なあ」


 冒険者が他のメンバーを見回す。皆同様に頷いている。


「話を聞いてて思ったのは、別のやつの話をしてるみたいだってことだ。お前、そんなに悩むタイプに見えないのに、敵に襲われたり他のやつに説得されたりして意見変わりまくってたじゃん。それが今こんな風になるか?」

「おいおい、俺の成長ストーリーだろうが。色々悩んで覚悟するまでの長ーーいくだり、もう一度話すぞ?」


 別の冒険者が言った台詞に反論する。確かに俺は敵から逃げることも恥ずかしいと思っていたし、この世界を怖いとも思った。でも覚悟を決めた俺は変わったんだ。


「それと、話の中で身長百七十とか言ってたよな。どう見てもお前は百六十あるかないかだろ。そんな無駄なところで話盛るなよ」

「あれ、何でだろ。間違えたか」


 確かに俺はチビだ。正直百六十センチはギリギリない。話の途中で願望が出ちゃったのかもしれない。話を盛るつもりはなかったし、身長で話を盛るほどアホじゃない。言い間違えたか。


 一瞬、脳内にノイズが走り映像が紛れ込む。俺が誰かと仲良さそうに会話している場面だ。誰かはわからない。


「まだあるぜ。お前が集会所で1ヶ月何もせずに落ち込んでたってときだ。そのときお前、誰から食べ物を分けてもらってたって言った?」

「決まってること聞くなよ、ヨウタとセナだよ」

「だよな。俺たちもそう聞いた。

 で、だ。セナってのは妖精なんだよな。妖精はこの世界の物に触れないって話じゃなかったのか? 作り話の矛盾かあ?」


「おかしいな。俺の記憶ではセナも食べ物を持ってきて……あれ?」


「あとな、もうひとつ言っとくぜ」正面に座っている冒険者が顔を近付けてきた「余所者にはこの世界は魔法でも何でもある世界と思われてるみたいだがよ」


 たっぷり間を作る。


「俺たちのこの世界に、妖精なんて奇怪な生き物はいねえんだよ。助けてくれたことに感謝はするがな。あんまり俺たちを舐めるな、余所者」


「いやいやいやいや! ちょっと待てってお前ら。そんなはずないだろ!」


 俺は抗議した。またもや脳内にノイズ。


「じゃあ今もセナっていう妖精はお前に付いてきてるはずだよな。何て言っている?」


「え? そういえば」


 言われて初めて気付く。旅に出てからセナとは会話もしていないし、姿も見ていない。何より俺はセナの存在を今まで思い出しもしなかった。


 なんだ、これは。


 脳内のザザッ、というノイズが強くなる。頭に痛みを感じる。


「いねえのかよ、せめて嘘ついて誤魔化すもんだと思ってたが」

「いるわけないだろ、妖精なんて」

「ハクヤさんよお、お前の得意な勉強をしてて、どこかに妖精って書かれている本があったか?」


 指摘されてはっとする。確かに相当な量の本を読んだはずだ。妖精やそれに近い生物や存在の記述などはなかった。


 この世界に妖精はいない?


 そんな馬鹿な。


 ならば俺のこの記憶は何なんだ?


 セナの顔を思い出そうとする。さっきまではっきりと描いていた少年の顔が、今は全く出てこない。対照的に頭の痛みが徐々に強くなっていく。


「ど、どうなってる、本当、に、わかんね、え……」


 俺は意識を手放した。





 目が覚めたのは夜だった。焚火の音がする。野営をしているらしい。


「お、目が覚めたみたいだぜ」


 冒険者三人と、御者がいる。


「さっきは悪かったな。俺たちも言い過ぎた」

「御者に言われてよ、道中魔物から逃げ切った上、面白い物語も聞けたんだから怒るのは筋違いだって」


「いや、構わねえよ。俺も、何が何だか」


 すっかり怒りが収束した冒険者たちに、こちらの様子を窺いながらも野営の準備をテキパキとこなす御者。


 どうやら数時間ほど気を失っていたようだ。急に倒れた俺に驚いていたところ、御者に嗜められ反省したらしい。謝罪の言葉を口にしている。


 実は冒険者連中が怒っていたことに対しては特に何も思っていない。聞き手がどういう感想を持とうが俺はそれほど気にしないタイプだ。そりゃあ拍手喝采してもらえたら嬉しいのは当然だとしても、否定意見が出るのも同じくらい当然だと思っている。話に矛盾点が多ければ文句のひとつも言いたくなるのは仕方ない。


 それより問題は俺自身のことだ。言い間違いではない。なぜかあのときは自分の身長が百七十センチあると思って話していた。セナとも会話していたはずだし、セナが食い物を持ってきてくれた記憶もある。


 身長は百六十センチ。本当は百五十八だけど。


 妖精は物に触れない。


 それどころか妖精は存在すらしない?


 そしてセナのことを今の今まで忘れていた?


 あんなにセナと会話していたはずなのに、半月も存在を忘れるってありえるか?


 俺に何かが起こっているのか。


 考えてもわからない。



 「ま、いいや」

 深呼吸をして俺は結論を出した。


 皆が俺を見る。


「さっきの話はさ、俺も事実だと思って話してた。


 けど、確かにお前らの言う通りおかしいわ。ただ、俺の記憶ではなぜか自分の身長も高かったし、妖精もいたし、その妖精セナとも話してた。そして旅に出てからはセナの姿も見てないし声も聞いてない。俺にどこか問題があるのは間違いないんだろうけど、何が起きていて、なぜこうなっているのか考えてみてもさっぱりわからん。


 ってことで考えることを諦めた。作り話になっちまってすまなかった!」


 わからないことだらけだが、だからこそ素直に謝ることができた。


「嘘をついている風には見えないな。過去に何か頭でも打ったって感じなのか」


 冒険者のひとりが口を開く。彼らにしてみれば真実だと思ってた話が矛盾だらけの作り話で腹を立てていた。

 ところが、話をした本人も真実だと思い込んでいた。妄想癖をこじらせたやつに映っているかもしれない。矛盾を取り繕っているほら吹き野郎というよりは、現実と妄想が混濁しているイタイヤツってイメージだろう。憐みの表情からも読み取れた。


 イタイヤツと思われるのだけは嫌だなあ。


「それもわからん。何度も言うが、俺の中では地球って星から女神の部屋を経てこの世界に来て、セナと一緒にソハグの町で一年間準備して、半月前に魔王城へ向かうために出発して、現在はここにいる、ってのが記憶なんだ。


 でもさ、記憶がどうだろうと魔王の城へ渡り石を探しに行くってのは変わらないわけだろ。目的が一緒なら過去のことを考えても変わらないかなって結論に至ったわけよ。セナがいないのがちょっと寂しいくらいだな」


 笑顔で答えると、皆もやっと半分笑顔を見せた。もう半分は憐みね。


 憐れまれるのもつらい。


「お前がそう言うならいいけどな。真偽はどうあれ話自体は楽しませてもらったしな」

「同感。いい暇つぶしになったぜ」

「右に同じ。妖精はいないけどな」


「わかったわかった。俺も真実が判明するまでは余計なこと言わねえよ」


「皆さん野営の準備ができましたよ。食事にしましょう。妖精はいませんが」


「うるせえぞ御者! てめえまで乗っかってくんなあああ!」


 全員の笑い声が焚火を中心に響いた。


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TIPS

 魔法で動く魔動車が開発された影響により、馬車による輸送を生業としていた人たちは危機感を募らせています。魔動車は高価なため普及はまだまだしていませんが、いずれ広く浸透してくるであろうと予測しているのです。そのため馬車移動の仕事には付加価値を付ける動きが出てきています。野営のための設営を行うとか、ちょっとしたお菓子などを配るとかのサービスが増えています。


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