8.絶対逃げるって覚悟
「おーおーおー。だいぶ落ち込んでるねえ。
俺はヨウタ。西暦でいうと1980年から来た。この世界には四年前からいて、ソラと同期だな。ま、ここは異世界人のたまり場みたいなもんだからさ、素泊まりくらいならいつでも大歓迎ってやつだ。まあこの畳の部屋で雑魚寝するだけなんだがな。場所を提供するだけだから、飯とか風呂とかは他を当たってくれ」
相手が聞いているか聞いてないかはお構いなしに喋ってくる。ヨウタという人はだいぶ陽気な人物のようだ。
普段なら相槌を打ちながら耳を傾けるところだろうが、ナナミさんとソラくんの仕事を聞いて、世界の現状を知って、弱いカエルに勝てずに泣きながら逃げて、セナに口を聞いてもらえなくなった俺にそんな余裕はなかった。
「色々あったんだろうけどよ、この町は平和なもんよ。今まで一度も魔物の襲撃を受けたことがない。日本人は三十三人もソハグで暮らしている。俺たちのたまり場もあるし、現地の住人との関係も最近はまあまあ良好だ。魔王を倒しに行かずとも、ここで働いて一生を過ごすこともできると思うぜ。ま、のんびり考えな」
反応しないでいると、ヨウタという人物は部屋から出て行った。
俺は何日もその部屋で何もせず過ごしていた。
ヨウタやセナがときどき飲食物を差し入れてくれた。こんなになっても腹が減るし眠くもなる、そのことで自己嫌悪に陥りもした。集会所に来た何人かの異世界人が俺に話しかけてきたが、反応がないとわかると、やがて放っておかれた。
ある日、セナが珍しく話しかけてきた。自業自得ではあるのだが、もう俺と話す気もないのかとショックを受けていたので嬉しかった。
「ハクヤ、俺この一ヶ月考えて思ったことがあるんだけどよ」顔を近付けてくる「俺たちに足りないものって『覚悟だけ』だったんじゃねえか?」
一ヶ月もこうしていたのか。黙って耳を傾ける。
「今まで目まぐるしく状況が変わったから、異世界に心躍らせたり落ち込んだりしてきたわけだろ。ただ、短期間に色々経験して来たからこそ、自分の中でやりたいことやしたいことって案外決まってるんじゃねえかな。
例えば俺の場合。
最初はハクヤに戦ってほしかった。異世界から来た人間と魔物の戦いを見たかった。
けど、ホントは違ったみたいだ。俺は外の世界を見られるなら何でも良かった。この世界を知るのが楽しかったんだよ。戦闘するとかしないとかより、世界の色々なものを見るだけで良かったんだ。
だからハクヤ。俺はお前とこれからも旅をしたい。もちろんこの町で一生を過ごすことになってもいい。そのときはちょいちょい旅に連れてってほしいけどな」
「したいこと……自分の中で?」
「そう! 逆にやりたくないことでもいいと思うぜ。もしやりたいことが決まったら、決して曲げずに貫き通す。
貫き通す『覚悟』を持つ!
それが大事なんじゃねえか? 周りの意見や環境に振り回されるのもひとつの生き方だとは思う。でも『覚悟』を決めたら、この世界で本当の自分を生きられる気がしねえか。どうだよハクヤ、やりたいこと、やりたくないこと、ないか?」
ある。
何日も何日もそのことばかり考えていた。むしろそのこと以外考えていなかった。俺は久しぶりに心から絞りだした。
「元の世界に帰りたい」
セナは笑顔のままだ。
「おう!」
「魔物とはもう戦いたくない」
「いいじゃねえか! じゃあやることは決まったな」
「え、決まったか?」
「決まってるじゃねえか。帰るんだろ!? それなら目指すは魔王の宝物庫しかないだろうが」
「魔王のところまで行くのに、どれだけの魔物がいると思ってんだよ」
呆れている俺を見て、セナは事もなげに言う。
「全部逃げりゃいいじゃねえか」
何を言ってるんだ?
「どれだけの魔物がいるかわからないのに?」
「戦いたくねえんだろ? それこそ『覚悟』だろ。何があっても逃げまくってやる! って覚悟な。
大変だとは思うぜ。
でもよ、例えば周辺の地形を理解していたり、魔物の生態を把握していたりすればどうよ。絶対逃げるって覚悟があれば、不可能な話じゃねえ。そもそも目標は魔王を倒すことでもなくて、宝物庫へ行くことなんだから、魔王と戦う必要すらないんじゃねえの?」
「絶対逃げるって覚悟……」
これかもしれない。自分の目に光が宿るのを感じる。
そうだ、セナの言う通りだ。戦わなきゃいけないって誰が決めた? この世界の重さを背負わなきゃいけないって誰が決めた?
そんな必要はない。
そりゃあこの世界に迷惑をかけるようなかつての転移者みたいな所業はさすがにダメだろう。
この世界に迷惑をかけず。
魔物から逃げまくって。
魔王の宝物庫に辿り着く。
できるか? できたとして『渡り石』の噂は本当なのか? 存在するかわからないもののために行動する意味があるのか?
いや違う、できるかじゃない。意味があるのかじゃない。やりきる『覚悟』があるかどうかだ! 覚悟を持って行動し、もし渡り石がなければ次の手を探せばいいんだ。
心に一筋の風が吹いたような気がした。
今まで悩んでいた雲が吹き飛ばされたような感覚だ。
セナの言う通り、足りないものは覚悟だった。
俺は両手で自分の頬を叩き、叫ぶ。
「やってやる! 俺はやってやるぞセナ!」
その日から俺は行動を開始した。
逃げて逃げて逃げまくって魔王の城まで行き、渡り石を手に入れて元の世界に帰る。そのためには旅の準備、逃げる準備をしなければならない。
セナに言われた通り、この世界の地理を学び、魔物の生態を調べに調べる。毎日のように図書館へ通い、時には専門家を訪ね、直接指南を受けることもあった。地理や魔物に詳しくなるほど、単純に逃げ切ることが不可能な魔物の存在に気付く。
逃げるには道具が必要だ。
次は道具について調査した。先輩転移者の影響だろう、どうやらここ数年で思った以上に科学が発展しているらしい。
この大気に含まれる『魔気』や、魔気が固形化された『魔晶』をエネルギー資源とすることで、水道や電気のような生活インフラがある程度ではあるが整備されている。
『魔動車』とかいうものもある。見た目はほぼ自動車そのままで、魔晶をガソリン代わりにして走る車だ。お金に余裕のある人には少しずつではあるが普及し始めている。
残念ながら魔気や魔晶を含む道具は非常に高価だ。
値段の高いものには手を出せないが、他にも様々な道具が存在していた。爆竹のように大きな音を出すもの、煙幕のように視界を奪うもの、ソハグの町で売っているものは片っ端から実物を見たし、他の地域でどんな道具が売られているのか調べたりもした。
旅の準備も大切である。
手持ちの食料はもちろんだが、魔物を狩ることすらできない以上、食べることのできる植物や仕掛けで捕らえられる動物などの知識を蓄える必要もある。元の世界でキャンプもバーベキューもろくにしたことのない俺にはサバイバル知識も必要だ。
これらを支えるのは当然お金である。
ソハグは発展中の町だったのが幸いした。
人手はどこでも不足しており、仕事に欠くことがなかったため、安定して稼ぐことができた。大金を手に入れるなら冒険者になって報酬の高い品物をゲットして売りさばくか、商人として成功して一攫千金を狙うかが有名なルートだった。
この辺は俺のいた当時の日本と似ている気がする。一発逆転を賭けて動画投稿者やインフルエンサーなどを目指すか、起業して会社を成功させるか。そんな感じだ。
だが、当面の生活に困らない程度のお金と、後々旅に出るための準備をするための貯蓄であれば二日に一回働いているだけで十分な収入が得られた。
この辺りは当時の日本より恵まれているように感じる。やはり環境も重要だ。
俺は一年間、この世界のことを学びながら働き、旅に出る準備を進めた。これまでの人生で一番大変だったが、一番充実していた時期だった。
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TIPS
地球での技術とこの世界の魔気を融合することによって革新的な道具や装置が生まれています。何人かの技術者が転移して来てくれたおかげです。地域によっては断魔六勇士よりも英雄扱いされている人もいるようです。それだけに評判を下げた転移者は残念と言わざるを得ません。
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