5.俺の質問リストに入ってるやつばっかりだったわ
いらっしゃいませ、ということは何かの店なのか。そう思って顔を上げると、正面のカウンター越しにこちらを見ている女性と目が合った。
歳は二十代後半だろうか。俺と同じくらいに見える。どことなく異世界を思わせるシックな服装。黒くて長い髪を後ろでひとつに結んでいる。美人といえる顔立ちだが、珍しいものを見る目ではなかった。
どちらかというと逆だ。
「またか」という眼差し。
不思議に思いながらも起き上がってカウンターへ向かう。肩の痛みが気になるが、それよりどうやって話しかけようか悩む。コミュニケーション能力の低さが恨めしい。
「ソラくーーん。ちょっと手伝ってーー。ドア直すのと、外に魔物いるみたいだから退治しといてほしいんだけどーー」
女性は背後の階段に向かって呼びかけた。少しするとソラくんと呼ばれた男が二階から下りてくる。丸い眼鏡に短い髪、細身で知的そうな男だ。身長は百八十センチ以上、百七十センチしかない俺からしたら羨ましい。
「はいはい。あ、いらっしゃい。詳しいことはナナミから聞いてね。じゃあ行ってきます」
穏やかな声で告げると、散歩にでも行くかのように外に出て行った。
「今のは旦那ね。すぐに魔物を倒して戻って来るから心配いらないよ。ここは案内所兼雑貨屋。とはいえ先にいくつかあなたに質問してからになるけど。あ、その前に」
ナナミと呼ばれた女性は無表情で俺を見る。彼女の右手が俺の怪我をした左肩に触れてドキッとする。その体勢のまま少しの間触られていると、痛みが和らいでいった。ジャージは破れたままだし、血も付いているが、傷が塞がっていることを確認する。
これは……回復魔法か!? すごい!
危機を脱し、魔法を目の当たりにしたことで異世界への期待が膨らんだ。やっと俺の異世界での活躍が始まるんだ。勇気を出して女性に切り出す。
「あの、お、お、俺、実はこの世界の人間じゃなくって」
「知ってる知ってる。異世界転移してきたんでしょ。まずはあたしから質問させて? 当然日本から来たのよね、途中、女神の部屋で三十分過ごして。で、いつから来たの? あ、いつからってのは西暦のことね」
あれ?
「西暦2023年、です。あ、三十分っていうのは」
「あちゃあ西暦2023年かあ」憐れむように俺を見て続ける「地球で職業は何やってたの?」
「えっと、サラリーマン」
「具体的には?」
「法人向けの営業をしてました」
「機械や生物に詳しかったり、技術者や研究者の経験があったりは?」
「ないです」
不安になってきた。異世界って現代人が来たら無双できるんだよね? そうだよね?
「スポーツや格闘技で全国レベルのものはある?」
「ないです」
「女神からもらった能力は? あ、言いたくないなら言わなくていいよ。これまでも能力を隠したい人が結構いたからね。秘密にしてもしょうがないと思うけど。別にあたしはソラくんくらいにしか話さないし、無理にとは言わないよ」
マンガではみんな秘密にしてて、切り札として使うことがある。確かに隠しておいたメリットはあると思うけど、俺の能力は秘密にする意味あるかなあ。
「俺のことなら好きに話せよ。どうせハクヤ以外には見えないし聞こえないから、信じてもらえるかもわからないけどな」
なんか逃げてばかりいたせいか、セナが少し塩対応な気がする。これまでの話しぶりから判断すると戦っているところを見たかったんだろうけどさ、さすがに無理だ。
「あ、妖精と話せる能力です」
言った瞬間、驚かれることを少しだけ期待していた。「妖精に認められるなんてありえない!」とか言われるかもしれないと。
もちろんそんな返しは来なかった。
「妖精? 妖精ねえ。ふうん。話せると何かメリットとか特殊効果とかあるの?」
「寂しくないです」
「寂しくない?」
「は、はい、寂しくないです」
「ぷぷ、今もそばにいるの?」
ん、今笑った?
「はい、ここに」
「へーー。まあがんばりな。あと忘れてた。名前は?」
「伊勢渕ハクヤです」
「ハクヤね。じゃあこっちの説明に移るわね。ここは案内所なので」
ナナミはあまりにも手慣れた様子で淡々と進めていく。まるで何度も転移者に遭遇しているかのように。
「まあここは地球じゃない。紛れもない異世界だよ。魔王がいて魔物がいて、剣と魔法が存在するファンタジーの世界ね。こっちの世界の住人も見た目は人間にそっくりで、違いはあまりないと思うよ。
で、薄々気づいていると思うんだけど、転移者はハクヤが最初じゃないの。正確な数はわからないけど、ここ五年で大体千人くらい転移者がいるのよ」
「せ、千人!?」
あまりの数に驚く。
だが、納得できることでもある。女神の部屋にあった自販機。売り切れが多いってことは買った人も多いってことだし、ナナミが俺の対応に慣れているのも、多くの転移者を相手にしてきたからだろう。
「そ。この案内所は二年半前から営業を始めて、五百人近い転移者たちと接しているの。だから転移者なんて珍しくもなんともないし、崇められることも少ない。むしろこの世界では嫌われている人の方が多いわ」
夢が色々と崩れていくんだけど。
「嫌われる?」
「まずね、転移者って必ずあなたが来たのと同じ場所に来るの」
「同じ場所、さっき俺が立っていた荒れ地?」
「そうそう。で、あたしたちはその転移場所の近くにこうして家を建てて、新規の人への案内を仕事にしているんだ。けどさ、なんかかなりの人が『やれやれ』とか『面倒くさい』とかやる気なさそうなアピールをするのよ。こっちは親切でこの世界を案内しようとしてるのにさ、面倒くさいとか言われたらムカつくじゃん?
そんな舐めた態度をだよ、行った先の村とか町とかでもするわけ。そんな態度だったらやる気ない新参者なんて好かれる要素ないじゃん!
しかも興味なさそうなふりしてこの世界の魔王とか女性とかに対してはめっちゃ食い気味なの。本人は隠してるつもりなんだろうけどバレバレだから余計嫌われる。マジでないわ」
早口で捲し立てる。ナナミの文句は止まらない。
「まずさ、転移してくる人の七割は男性なの。で、そのうちの半分はこっちが説明しているのに『とりあえず冒険者ギルドで登録を』とか『スキルの覚醒が』とか『魔術学園が』とか『現代の知識で豊かにする』とか『ステータスオープン』とか途中でぶっ込んでくるの。あたしが説明している途中よ途中。しかもどいつもこいつもワンパターンなことしか言わない。あなたは黙って聞いてくれるからまだいいけど、そんなんばっかり!
ホントに日本から来たのかって疑うほど会話が通じない人が多い。とりあえずこっちの話を聞けよ!」
一息吸い込んでさらに声を大にする。
「ギルドなんて言わねえよ、会社だ会社。人材派遣会社!
スキルの覚醒ってなんだよ、努力しねえで急に世界を壊せる力なんて入るわけねえだろ、日本の義務教育どうなってんだ!
魔術学園は塾だよ塾、習い事のひとつだわ。普通に月謝を払って通うんだよ。学校は普通にバランスのいい教養を身に付けるところだからな!
現代の知識って、時代考えろ! 転移者は西暦1800年代から2300年までいるんだよ、スマホとか出してくんな、古いんだよ!
ステータスオープンはその後のしーんとした時間が辛い。何も出ねえよ!」
あっぶねえええ!
俺の質問リストに入ってるやつばっかりだったわ。マンガやアニメを鵜呑みにしちゃあダメなんだな。一歩間違っていたら確実に尋ねちゃってた。
それにしてもギルドもない、スキル覚醒もない、魔術学園もない、知識無双もできない、ステータスオープンもない、って異世界としての魅力は半減だな。魔王がいて魔法があるんだからそれで満足しておくか。
マシンガンのように文句を吐き出したせいか、ナナミは冷静さを取り戻したようだ。
「とにかく、この世界に転移してきた人は千人以上いるの。名前で気付いたかもしれないけど、あたしもソラくんも転移者なんだ。あたしは三年半前に西暦2020年から、ソラくんは四年前くらいに西暦2018年からこっちに来てる。で、二年半前くらいかな、ソラくんと結婚した。ソラくんはまともな人だったからね。結婚と同時にここに小屋を建てて、新人転移者への案内を仕事にするようになったんだ」
ナナミやソラが転生者と言われてもそれほど驚かなかった。何となく予想していたから。
「案内を仕事にしたのは元々の住人から、日本でいうところの『クレーム』をたくさんもらったからだよ。
『こんなにやる気のない人ばかりなのか』
『女性ばかり優遇して世界を救う気がない』
『上から目線で態度が悪い』
『そもそも大した実力もないやつが多い』
『当たり前のことを偉そうに喋ってくる』
『秩序が乱れる』
『会話にならない』
みたいなことをたくさん言われた。あたしたちだって同じ世界から来たのに、一部のマニアックなヤツのせいで評価を下げられるのはゴメンだった。あたしもソラくんも命を狙われたことだってある」
冷静さを取り戻したのはいいが、通り越して冷たさを感じる。話が徐々に不穏な空気を纏いだしている。
「実際、一部の転移者は女性であれば犯罪者もであっても守る。
女性を守るためなら町の治安を維持している剣士を平気で殺す。
支払うべきお金を魔王打倒の投資といって踏み倒す。
自分で勝手に魔物を倒しておいて感謝されないと町を荒らす。
金持ち連中をいきなり殺して財産を民衆にばら撒く。
といったことも起きている。
自分なりの正義があるのはわかるが、やり方が自分本位すぎる。秩序も常識もあったもんじゃない。
だから、選別することにした」
「選別?」
「この世界に適応する気のない、自分の欲望願望を優先させ、元の住人を不幸にする転移者はいらないってことさ」
「まさか」俺は息を呑んだ「転移者を殺してる?」
「ハクヤは直球だね。度胸があるのか、それともコミュ力が低いのか。なかなかそんな風に聞いてくる人はいないよ。
でも、正解」
背筋が凍った。こいつらは、転移者殺しをしている。
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TIPS
ナナミさんは異世界でも普通に適応し、世の中に貢献して生きていこうとしているソラくんに惚れたようです。この仕事を始めるまでソラくんは能力を一切使っていません。変に態度を変えず、自然体でいるソラくんと喜怒哀楽の激しいナナミさん夫婦はとても仲良くやっているようです。
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