第9話

第17章 {にしん亭}にて

{にしん亭}は函館にある小さなラーメン屋である。このラーメン屋にて、1か月ぶりに透明吸血鬼が行動を起こした。事件は夏も近づく6月13日に発生した。その日の夜9時、これまでにぎやかだった{にしん亭}では、先ほどまでいた客が帰ってしまったので、新たな客を待っている時間だった。と、その時、ドアが開いたかと思うと、ピストルがニューっと入ってきたではないか!女将と従業員が驚いて見ていると、そこに現れたのは、40代後半の中年の男だった。女将はただただ驚くばかりだったが、従業員は新聞を読んでいたので、この中年の男が透明吸血鬼だということを悟った。従業員が恐怖で顔を真っ青にし、悲鳴を上げたため、透明吸血鬼がピストルの安全装置を外したことにも気づかなかった。男はピストルを2発撃ち、従業員は倒れた。女将が悲鳴を上げて逃げようとすると、男は長い剣のようなものを取り出し、女将を切った、女将もその場に倒れた。男はまず従業員の首元に口を近づけると、血を吸い始めた。すると男の顔がみるみる若くなり始め、ついには消えた。

第18章 ロナルド氏を訪ねた男

{にしん亭}の近くに住んでいるロナルド・ダーン氏は、激しい音で目が覚めた。ロナルド氏はベッドから飛び起きると、窓を開け、音がした{にしん亭}のほうを見た。しかし、何も変化がなかったので、「人騒がせが!どうせまた、『透明吸血鬼が現れた!』とでもいうんだろう!」氏は舌打ちすると、眠ろうとしたのだが、その時、玄関のチャイムが鳴った。氏はなぜだがこのチャイムに応じなければならないという強い直感を感じ、ドアを開けたのだが、そこには誰もいなかった。「馬鹿者が!」ロナルド氏は叫ぶと、ドアを閉め、不機嫌な気持ちで眠りについた。しばらくしてトイレに行こうとベッドから起きたのだが、そのとき彼は目を丸くした。廊下につながるドアノブが血で汚れているではないか。ロナルド氏は自分の手を改めた。もちろん、けがなどしていない。ロナルド氏が不思議に思いながら考えていると、「Ronald! I can't believe it's starting again in a place like this!」(ロナルド!まさかここで再開できるとは!)と英語が聞こえた。しかし、もちろんそこには誰もいない。ロナルド氏は今の声は幻聴だと自分に言い聞かせ、トイレに行こうとしたのだが、その時、世にも奇妙なことが起きた。廊下につながるドアがひとりでに空いたかと思うと、そこからガウンが宙を浮かんで飛んでくるではないか!ロナルド氏は叫び声をあげ、ガウンにつかみかかろうとしたのだが、途中で透明な何かに押しとどめられた。「Ronald.」(ロナルド)宙から落ち着いた声が聞こえた。「Don't panic. I'm invisible vampire」(あわてないでくれ。僕は透明吸血鬼だ)ガウンはつづけた。ロナルド氏は怖いのも忘れて言い返した。「invisible vampire?」(透明吸血鬼だと?)つい先ほど笑って済ませたばかりの話題が氏の頭をよぎった。「I thought it was just a rumor.」(ただの噂だと思っていた)と、ロナルド氏は言った。今も心の中の大半は透明吸血鬼などいないという考えが大半だった。「Yes.」(そうだ)透明吸血鬼が答えた。ロナルド氏は言った。「It is a such a fool! Must be a trick.」(そんな馬鹿な!トリックに違いない)いきなりロナルド氏は歩き出して、ガウンに手を伸ばし、そこで見えない指とぶつかった。ロナルド氏は顔色を変えて、手をひっこめた。「Calm down! Ronald! I want help! I'm not trying to kill you! Stop!」(落ち着け!ロナルド!僕は助けてほしいんだ!君を殺そうというわけじゃない!やめろ!)見えない手がロナルド氏の体を抑えた。氏はそれを殴りつけた。「Ronald! Calm down! Please!」(ロナルド!落ち着いてくれ!頼む!)透明吸血鬼の手の力が強まった。ロナルド氏はとにかく逃れようと必死で、部屋に飾ってある高額の壺が割れたのにも気づかなかった。透明吸血鬼はロナルド氏の体をベッドに押さえつけ、ガウンから取り出した杖でけん制した。「If you resist any longer, I'll kill you.」(これ以上抵抗したら、命の保証はない)そう言って透明吸血鬼は、ロナルド氏を押さえつけていた手を離した。「I'm invisible vampire. It's not a joke, it's not a trick, it's not rumor. I`m truly invisible, and a vampire. I came here because I wanted help. I don't mean to kill you, but if you make a fuss like an idiot, its not my planning. Ronald, don't you remember? It's Dracu. It's me. We did research together when we were in university, right?」

(僕は透明吸血鬼だ。冗談でもないし、トリックでもないし、噂でもない。本当に透明で、しかも吸血鬼なんだ。僕は助けてほしくてここに来た。君を殺す気はないが、愚か者のように騒ぐなら話は別だ。ロナルド、覚えてないか?ドラキュだよ。僕だ。大学時代に一緒に研究したじゃないか。)「Let me sit. I want to calm down」(座らせてくれ。落ち着きたい)ロナルド氏は言った。透明吸血鬼は続けた。「I'm your schoolmate Dracu. We did research together during university, right? I hope you think the people you know become invisible.」(僕は君の学友のドラキュなんだ。大学で一緒に研究しただろ?君の知り合いが、透明になったと思ってくれれば幸いだ。)「Dracu?」(ドラキュ?)「Yes」(そうだ。) ガウンが答えた。「When I was a student, I studied physics with you at the MIT. We've had a long personal relationship, haven't we? Besides, Minoru Matsumoto, who pretends to be an annoying genius, was also there. Did you remember?」(学生の頃、一緒にマサチューセッツ工科大学で物理を研究していたじゃないか。個人的な付き合いも長かった。それに、邪魔な天才気取りの松本稔もいたじゃないか。思い出したか?)「I don't understand what it means. My head is a mess. How does this relate to Jack Dracu?」(意味が分からない。頭がごちゃごちゃでね。これとジャック・ドラキュがどうつながるんだ?)ロナルド氏は言った。「だから、僕がジャック・ドラキュだと言っているだろう!」透明吸血鬼は突然日本語でしゃべりだした。「I'm so used to Japanese that I get tired of speaking English for long periods of time. Do you mind if I speak Japanese?」(日本語に慣れすぎて長時間英語をしゃべっていると疲れてしまうんだ。日本語で構わないか?)透明吸血鬼は続けた。「構わないよ。」ロナルド氏も言った。「それより、いったいどんな魔法を使えば人間を透明にすることができるんだ?」「魔法じゃない。いや魔法も使っているが―まともな実験の結果、このような体に―」「恐るべき魔法だ!」ロナルド氏は繰り返した。「恐ろしい。」「確かに君たちにとっては恐ろしい。しかし、今の僕は疲れ切っている。何時間も電車の隅っこで突っ立っていたんだから。ロナルド、君を冷静な元物理学者と信じて頼む。冷静になって、僕に食べ物と服、そして傷を治すための包帯もくれ。ここで休ませてほしい。」寝室の小さな椅子がひとりでにロナルド氏のもとへやってきて、椅子の上が少しくぼんだ。そして、床に捨てられていたガウンが持ち上がり、ちょうど人がガウンを着たような形になった。ロナルド氏は近くの冷蔵庫からコーヒーを出しながら聞いた。「それより、本当に透明なんだな?」「そうだ。」透明吸血鬼は少し不機嫌になっていった。「あとは、食べ物が欲しい。」「分かった。だが、見えないガウンに食べ物をやるなんて奇妙な経験は初めてだ!」ロナルド氏は食品を入れている箱からインスタントラーメンを出し、「3分間待ってくれ。」というと、「そんなに待てるわけあるか!」と乱暴な声が聞こえ、ガウンが飛び出してくると、ロナルド氏からインスタントラーメンをひったくると、乱暴にふたを開け、中からまだ固い麵とスープの素を取り出し、そのままかじりついた。「しかし、どうして透明になった?」「その前に、煙草が欲しい。」ロナルド氏は箱から煙草を取り出し、マッチをつけてやり、ガウンに向かって差し出した。すると、なんとも不思議なことが起きた。透明吸血鬼が煙草を口にくわえて吸い出すと、口の中の気管などが、煙により浮かび上がってきたのだ。「なんと不気味な!」ロナルド氏は小さく叫んだ。「それより、君が透明になったいきさつを教えてくれ。」「頼む!もう少し煙草を吸わせろ!」透明吸血鬼は言った。しかし、その夜に透明吸血鬼から話を聞くことはできなかった。彼は疲れており、けがもしていた。「ああ、眠い!」ロナルド氏は言った。「なぜそんなに悩む?」透明吸血鬼はロナルド氏をじろっと見ると、「僕は裏切られるのが嫌いなんだ。」と言った。




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