第3話

 俺が釣りを好きになったのは、いつ頃からだったろうか。

 昔は嫌いだった。子供の頃は間違いなく嫌いだった。

 餌も、釣れた魚も、釣り道具屋も、釣り場も、釣りにまつわるもの全てが気持ち悪く感じていた。


 ゴカイを釣り針に刺す時点で吐きそうになった。

 なんて惨いことをするんだと憤りを感じた。

 釣れた魚も痛々しい。口の中にあんなに大きな鈎針が刺さって、それで体ごと引っ張られるのだ。

 どれだけ痛いことだろう。どれだけ怖いことだろう。

 なんの感慨も見せずに淡々とそれをこなす親父が、極悪非道の罪人に見えた。


 じいさんが亡くなって、法事やらなにやらがアレコレ片付いて、久しぶりに親父に誘われた。

 その頃の俺は社会人二年目で、目も眩むような忙しさに心をすり減らしていた。

 気分転換に、どうだ。

 そんなことを言われて、拒絶の言葉が喉元まで出かかったが、じいさんを亡くした後だった。いつも機嫌悪そうにむっつりと押し黙ったじいさんの、驚くほど安らかな死に顔を見送った親父の顔が目に焼き付いて離れず、俺は電話越しに了承の意を伝えた。


 釣れなかった。

 昼前に昔よく通っていた防波堤に腰を下ろし、二人して竿を突き出して海原を眺めた。

 お袋が作ってくれた握り飯を頬張り、西へ傾く太陽を見送った。


 昔は弟を交えた三人で、よくこの場所で釣りをしていた。

 今日はあいつがいなかったからな。

 そう言って、悔しそうに、恥ずかしそうに笑う親父に、俺も首肯した。


 それ以来、俺は一人でも釣りをするようになった。

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