第6話 反社女

 人生で初めてのデート。しかも相手は一般人の中じゃ上澄みに入るレベルの美人且つ、かつて憧れていた先輩。

 なのに全くと言っていいほど気乗りしない。なんなら出発前から帰りたいという気持ちに見舞われている。


「お待たせー! 待ったー?」


 来ましたよ、重役出勤者が。いいご身分で。

 言葉とは裏腹に走るそぶりを見せないのはなぜだろう。


「……待ってないと思いますか?」


 一時間遅れだぞ? 帰っても許されるレベルの遅刻だぞ。会社だったら上司に個室まで呼び出されるわ。

 タカる分、見返りとして良い思いをさせてあげようって心意気はないのだろうか。


「もー! 男だったら『今来たとこ』って言うところでしょ?」


 言えねえよ。それだったら俺も遅刻したことになるじゃん。

 なんで謝罪より先にこういう言葉が出てくるのか、これがわからない。

 本当に根っからクズなんだなぁ。

 それはさておいて……。


「……やけに軽装ですね?」


 まだ肌寒いのに、上着を羽織っていない。肌を見せて財布の紐をゆるくさせようという魂胆だろうか? 浅はかと言わざるをえない。

 女性が手ぶらってのも珍しくないか? ちょっとしたお出かけでもバッグを持ち歩くイメージなんだけど。

 よく見たら靴もボロボロじゃね? よくそんな靴で出歩けるな。


「荷物増えちゃうからねぇ」


 ……? それはどういう……。


「じゃあ、行こっか?」


 俺が言葉の意味を理解しかねているうちに、先輩がデートを開始する。

 まあいいか、狂人の言葉に意味なんてないんだから。


「え、ええ。貴女がリードする意味はわかりませんが」




 ああ、はいはい。そーいうことね。荷物増えるってそういうことね。


「ありがとー! これすっごく気に入ったよ!」


 俺に上着を買わせて、そのまま着ていくってことね。なるほどなるほど、確かに最初から着てないほうが都合いいよな。うん……。


「あだぁ!?」


 とりあえずケツを引っ叩いておいた。


「屋外だよ!? 女の子だよ!? デート中だよ!?」

「当然のように服とバッグを買わせる女が、何を言ってるんです?」

「いいじゃん。別にブランド物じゃないんだし」


 本気で言ってんの? 高級じゃないからOKとか、本気で言ってんの?


「まさかとは思いますが、靴もその場で履き替えるために……」

「おっ、わかってるじゃん」


 引っ叩かれた直後に、よくもまあ臆面もなく……。


「……どこで捨てるんです? 今履いてる靴を」

「ふふ、今にわかるよ」


 ……次からはタイキックにしようかな? 椅子に座れなくなるぐらい蹴ろうかな。




 日本は平和だなぁ。

 こんな薄暗くて汚い路地裏、海外だったら怖くて入れないよ。日本でもわざわざ入りたくないけどさ。

 で? このワガママなお姫様は、なんだって俺をこんなところに……。


「オジさーん! 持って来たよー!」

「おお……良く来なすった……」


 誰? いや、ホームレスってのは見りゃわかるんだけど……。

 ……持って来た? 何を? いや、まさか……。


「おおおお……見事に履き潰してるな」


 渡しよったで! 処分に困っていたボロ靴を渡しよったで! 怪しいホームレスに渡しよったで!


「美女五年物でございまする」


 何を言ってんだ? トチ狂ったのか?

 なんだよ、何を見せられてんだよ。ドラッグよりヤバい取引を見せられてる気がしてならないんだけど、大丈夫か? こいつらの仲間に背後から殴られたりせん?


「少ないが取っときなさい」

「わぁ! ありがとう!」


 ホームレスが三千円も……? 一体どうやってそんな大金を……。

 っていうかそれでいいのか? 自分の靴が三千円って、それでいいのか? いや、相場なんか知らんけど……。


「それで? そっちのお兄さんが、希望者かい?」


 俺? お兄さんって俺のことか? 希望者? どちらかと言えば絶望者なんだが。


「ううん。ただの恋人」


 違うよ、知り合い以下の何かだよ。関係性で言えば鉄道会社の社長と貧乏神だよ。


「そうかい……まあ興味があったらいつでも来なさい」

「え、ああ……はい」


 なんだろう……この令和のブルセラおじさんの顧客リストに入った気がする。

 あまり聞きたくはないが、今後のためにも後で聞いてみるか。




「先輩? あのホームレス……っぽい方は一体?」

「っぽいじゃなくてホームレスだよ。この地域の代表だね」


 ホームレスに代表なんてあるんだ。そういや彼らってナワバリとかあるんだっけ。

 村長的な感じ? そこまで社会性あるなら、普通に働けそうなもんだが。


「古くなったパンツとか靴下を買い取ってくれるんだ」


 ホームレスが? 明日の飯もどうしようか悩んでいるような連中が、あっちの意味でのオカズに金を使うの?

 どういう経緯で知り合ったんだろう。知らないほうが幸せかもしれない。


「ホームレスにしては随分と懐が温かそうですが」

「ノミ屋だからねぇ」


 飲み屋? いや、ノミ屋か。ギャンブルの胴元になるってヤツ。

 現代にも存在するんだ。都市伝説の類だと思ってたんだけど。


「競馬は胴元が有利すぎるからねぇ。国営ギャンブルなのに税金取られるってのも頭おかしいし」


 それはおおむね同意だが、犯罪だぞ? 関わっちゃいけない人物だってわかってるだろうに……こいつ、とことん腐ってやがるな。

 このままじゃ間違いなく火の粉が降りかかる。なんとかせねば……いや、待てよ?


「さっきの希望者って、まさか馬券の購入者ですか?」

「そ。ご飯奢ってくれた男の人を連れて行ってあげるんだ」


 タカった後にカモにするのか。鳥二段活用してんじゃねえよ。

 何が『連れて行ってあげるんだ』だよ。人を沼に引きずり込んでおいて、慈善事業みたいに言うなよ。

 犯罪者に関わるどころか、犯罪に関わってるじゃねえか。


「シノギで食えてるから、ホームレスによる犯罪も減ったし、生活保護者も減る。だから警察も黙認してくれてるんだ」


 シノギってワードが既に犯罪チックなんだよ。犯罪減ったけど、別の犯罪が起きてちゃ世話ないだろ。

 腐ってるよ、どいつもこいつも。誰だよ、日本は平和とか抜かしたヤツは。方向性違うだけで、治安最悪だよ。法治国家じゃなくて放置国家だろ。


「私はこの辺一帯のホームレスと協力関係にあるんだ。だから下手に私のお尻を叩いたら、ホームレスが徒党を組んで殴りかかってくるよ」


 なんだよ、なんで親衛隊を所有してんだよ。

 ホームレスを飼いならしてんじゃねえよ。お前だって実家の庇護がなけりゃ、ホームレス一直線のくせに。


「それだけの行動力があれば働けるのでは……」

「嫌よ。しょうもない上下関係にウンザリしてるもん」


 わかるけどさ、相当なリスクだぞ? 反社会的勢力と関わるだけならまだしも、自分自身が反社会的勢力の一員になっちゃいかんって。

 そして、そんな汚れきった身で俺の家族に取り入ろうとするな。誠実さだけが取り柄のしがない家庭なんだよ。


「それよりさ、せっかくコーデも揃ったんだし、イタリアンでも行こうよ」

「……定食屋でいいじゃないですか」

「こんな良い女を定食屋に連れて行く気?」


 張り倒してぇ。鼻が潰れるぐらいの勢いで掌底ぶちかましてぇ。

 結局この日は、タカられ続けた。この人の辞書には、遠慮という言葉はないのだろう。きっと、倫理という言葉もない。

 ゲーセンでぬいぐるみを大量に取らされたんだが、このぬいぐるみ達はどこに行くのだろうか。

 本来なら先輩の部屋に飾られるんだろうけど、そうなるとは思えないんだよ。ネットオークションに出される気がしてならない。

 俺が買ってあげた服も、いずれはブルセラおじさんの手に渡るんだろうなぁ。

 どうしよ、警察に相談したほうがいいかな? でもそれはそれで面倒なことになるだろうし、一体どうすれば。

 こういう時ってどこに相談すればいいんだろう。

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