第5話 女性血盟軍
高校生の頃、何度妄想しただろう。葛川先輩が俺の部屋まで遊びに来る展開を。
ギャルゲーよろしく、数年越しにそれがかなったわけだが……。
「ねえ? 次の巻どこー?」
「……買ってないです」
「えー! 次来るまでに買い揃えといてよー?」
全く嬉しくない。なんなんだコイツは? 晩飯まで外で遊んでこいよ。むしろそのまま自宅に帰れよ。
「あの、ベッドでポテチ食べるのやめてもらっていいですか?」
大罪だぞ、それは。仮に彼女でも許されねえよ。
食べカスはまだしも、ジュースは絶対にこぼすなよ? フリじゃないからな?
「器が小さいなぁ」
さすがの俺もキレそう。うん、キレていいだろ。いや、キレるべき。
全力だ。中途半端は良くないし、渾身の力をこめよう。
「ぴいっ!?」
かつて世話になった先輩だの、華奢な女性だの、そういう諸々のブレーキが壊れた俺は、先輩の無防備なケツを引っ叩いた。
うーん……実に良い音だ。悲鳴も含めてな。
「な、何すんの! えっち!」
赤面した表情で俺を非難する。涙目が加虐欲をかきたてるが、落ち着け俺。
「やかましい! ちったぁ遠慮してください!」
「DVだ、DV! 家庭裁判所に持ち込んでやる!」
オメーはDじゃねえよ。仮にDだとしても、DEVILのDだよ。
「先輩、さすがに図々しいにも程がありますよ?」
まったく、俺が人にここまで言うのって珍しいぞ? 俺をキレさせたら大したものだと、巷では噂されてるってのに。
先輩がだらしない尻をさすりながら、ジト目でこちらを睨みつける。なんや、逆ギレすんなや。
「そっちこそ心痛まないの? お義母さんに言われなかったの? 子供と美人に手をあげちゃダメだって」
そこは女子供じゃないのかよ。美人じゃなけりゃいいのかよ。そんな歪んだ思想を我が子に説く親がどこにいる。
「正当な一撃だと思いますけどね」
「お尻だよ? 女の子のお尻を叩いたんだよ? 日本のトップが女性だったら、宮刑確定だよ?」
滅茶苦茶な言い分だけど、ありうるのが嫌だわ。
「まったくもう、先輩に手をあげるなんて偉くなったもんだね」
違うよ、俺が上がったんじゃなくて、アンタが地に落ちたんだよ。なんなら地面にめりこんでるよ。
「少しお仕置きされたぐらいで騒ぎすぎですよ」
「少し? 騒ぎすぎ? 自分がやったことをわかってないの?」
すげぇな、どういう神経してたらここまで被害者ぶれるんだ。
「責任取ってよね」
「……どうしろと? 何をしろと?」
「とりあえず肩を揉んでもらおうかな? 腰と足ツボもお願いね。真剣に頼むわよ」
……………………。
「ぎにゃぁ!」
お望み通り真剣に、全力で足ツボマッサージしてやったよ。俺の指の皮がめくれるんじゃないかって勢いで、中指をめりこませてやったよ。
「わぁ! 美味しそう!」
本当にな。ここまで手が込んだ料理、我が家ではお初にお目にかかるよ。
結婚記念日とか、親父の誕生日でもここまで本気出さないだろ。ハンバーグの上に半熟の目玉焼き乗ってるとか、我が家じゃありえないことだぞ。
付け合わせの人参とかポテトも、我が家じゃ相当珍しい。っていうか初めて見た。
付け合わせって概念自体、社会人になってから初めて知ったぐらいだぜ? それほどまでに、我が家の食事は質素なんだよ。わざわざ作ってもらえるだけでありがたいから、別に文句言うつもりはないけど。
「姫ちゃんは良い子ねぇ。どれだけ丹精込めても、夫は何も言わずに一瞬で食べちゃうから、作り甲斐がないのよ」
それは……まあ、親父が悪いと思う。俺がオカンの立場だったら、インスタント味噌汁とか、スーパーのお惣菜の使用率高めにすると思うし。
「美味しいから一瞬で食べちゃうんですよ」
よくもまあ、食べる前からそんなおためごかしをペラペラと……。
で、オバちゃんっていうのは……。
「あらあらあら! 姫ちゃんは可愛いわねぇ!」
すーぐ真に受けるんだから。オカン、いい加減悟れよ。詐欺師ほど太鼓を持つのが上手いんだよ。
「さあさ、どんどん食べてちょうだいな。ご飯も張り切ってバターライスにしたの」
いや、さすがに重いよ。ハンバーグとバターライスって料理漫画だったら、味が喧嘩するだのなんだのケチつけられるよ。
ちなみにバターライスも我が家じゃ珍しい。どういうわけか、通販で高い買い物する直前に出てくるイメージだわ。それで許可する親父も大概だけど、まあ良い家庭と言えば良い家庭なのかな。
「料理上手なお義母様がいて、狐次郎君が羨ましいです」
実母の前で言ってみろ、それを。いや、やっぱり言うな。厄介払い感覚で、嫁に出されそうで怖い。
……嫁かぁ。どっちかと言えば不良債権なんだよなぁ。
「あらあら、じゃあウチの子になっちゃう?」
やめろ、冗談でもそんなこと言うな。そんなことしたら、俺が向こうの家の子になっちまうぞ。
「そんな……まだ狐次郎君とはそんな仲じゃ……今はまだ」
ほのめかすな。玉の輿とは程遠いんだから、別の寄生先を見つけてくれ。俺にそんな甲斐性はないし、物好きでもない。
「若いっていいわねぇ」
こんな一握りの土で埋まるとか、お前もう外堀じゃねえよ。二度と外堀名乗るな。
ああ……食事という数少ない娯楽をこれからも奪われ続けるのか。いや、食事のランクって意味じゃ上がってんだろうけど、精神的にマイナスだよ。会社の飲み会で高級店に行くのと、友達と安い居酒屋で飲むの、どっちが美味いかは明白だろ?
さっさと他の男見つけてほしい。誰かナンパしてくれ! 外見に騙されてナンパしてくれ! 顔と人当りだけはいいから、誰か騙されてくれ!
「お義母様もお若いじゃないですかぁ」
おま……よくもまあ、そこまでナチュラルにゴマをすれるもんだ。そういう仕事向いてんじゃない? 真っ当な職じゃないだろうけど、今やってるシノギよりはよほどカタギ寄りだぜ?
「姫ちゃん、明日も遊びに来なさいな」
すーぐ図に乗るんだから。普通って、こんな露骨にゴマすられたら逆に不快にならんか? 少なくとも俺は不快になるよ。
まずいな、タカりとイカサマで生計立ててる女と、俺の家族が深い仲になるなんて考えたくもない。そのうち絶対、火の粉が降りかかってくるじゃん。
「そ、そんな……ご迷惑じゃないですか?」
「とんでもない! 娘ができたみたいで嬉しいわぁ」
息子だけでいいじゃないですか! ネットビジネスが群雄割拠の時代に、コンスタンスに安定した収入を稼ぐ優秀な息子だぞ? しかも広く浅く手を出してるから、流れが多少変わったくらいじゃ食いっぱぐれないぜ?
親父にもしものことがあっても、俺がいれば食っていけるんだぜ? そりゃいざとなったらオカンがパートに出る必要性も出てくるだろうけど、別にそれぐらい普通というか、不幸とは程遠い。つまり、俺さえいればまともな生活ができるんだ。
でもその女を受け入れたら、途端に安定を欠くぞ。我が家から吸い取れるだけ吸い取って、いざとなったら別の男に寄生するに違いない。
騙されるなよ、そいつは親に大学行かせてもらったくせに一年かそこらでニートになって、アコギなシノギやってんだぞ。
「狐次郎君。明日もデートしない?」
なんだよ、明日もって。なんでそれを俺のオカンの前で言うんだよ。
「あらあらあら! いいじゃないの!」
よくない。非常によくない。非常に非情だよ。
「ほら、これで遊んできなさいな!」
おい? その万札はなんだ? どういう勘定項目で家計簿につける気だ?
「そんな……受け取れませんよ」
「いいからいいから! パパのビール代で帳尻を合わせるから!」
やめてあげて! 企業戦士の安息を奪わないであげて!
……密林でビールの詰め合わせ注文しとくか。ああ、手痛い出費だよ。
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