第4話 根っからのクズ
オカンのご厚意に甘えて、缶コーヒー片手に庭でタバコを吸う俺と先輩。
言うまでもないが、俺のタバコだ。当然のようにタカって来やがった。
「先輩、今タバコって高いんですよ?」
「今っていうか、私たちが成人した時点で高かったよねぇ」
そうなんだよ、喫煙者にとってハードモードなんだよ。知ってるなら遠慮してくれないかな? 別に世間話を振ったわけじゃないんだよ? 物価高騰とかタバコ税の増税とか、それについて論じたいわけじゃないんだ。遠慮しろって言ってんだよ。
その缶コーヒーだって、俺が家に金を入れてるからこそあるんだぜ? あんまりケチ臭いこと言いたくないんだけど、態度が態度だからな。
「まったく、節約のためになるべく安いタバコで我慢してるっていうのに……」
先輩にタバコを貢ぐぐらいなら、タバコのグレードを上げるわ。まあ、ぶっちゃけ高いヤツとの違いって、あんまりわからんけどさ。
「そんな怒んないでよぉ。頭撫でていいから」
タバコのお礼と言わんばかりに頭を差し出してくる。なんだって? 灰皿にしてもいいって言ったの? つむじで火を消していいの?
「俺になんの得があるんです」
「えー? 大好きな先輩の髪の毛に触れるんだよ?」
だからなんだろうか。
髪の毛触る以前に、癇に障ってるんだが。
「先輩のことが好きなのは俺に限ったことじゃないでしょう」
「そうなの? トビー君の視線しか感じなかったけど」
「鈍いなぁ……先輩は」
まあ実際は、わかった上で言ってんだろうけどね。
ったく、いつまで憧れの存在でいるつもりなんだ? ただの乞食としか思えないんだが? 新手の妖怪なんだが?
「あっ! わかった!」
「何がです? あと、庭に灰を落とさないでくださいね」
はいはい、どうせろくでもないこと言うんだろ。一応聞いてやるけど。
「私もトビー君ばっかり見てたから、視線に気付いたんだ!」
うわぁ、あざとっ! 童貞だからって舐めすぎじゃね?
「なーんで、俺を見る必要があるんですかねぇ」
「そりゃトビー君、可愛いもん」
はいはい、女子の可愛いは信用ならないとはよく言ったものでござるなぁ。
オカンが認めても、俺は認めんからな。絶対に縁を断ち切ってやるからな。
「そうやって適当なことばっか言って」
「ホントだって。おー、よしよし」
馬鹿にしてんだべ?
学生時代にやってくれよ、そのナデナデは。そしたら俺も勘違いして、告白することができたんだよ。そして見事に玉砕して、完全に未練を断つことができた。
「弟ができたみたいで嬉しかったんだよ? 私の後を必死について来てさ」
「そんなこともありましたね」
そうさ、必死だったさ。気に入られようと必死に仕事頑張ったよ。
結局良い思いは一切できなかったし、教師からの評価も特に得られなかったから、凄く後悔してるよ。帰宅部なりパソコン部なりで、青春を謳歌すりゃよかった。
「それで? 弟に金をタカってるんですか? 姫お姉ちゃんは」
あらんばかりの怨嗟を込めて皮肉を言ってやった。敬意が無くなると、なんでも言えるもんなんだなぁ。
「もう一回! もう一回!」
なんかアンコールされた、怖っ。
「何をですか?」
「もう一回だけでいいから、姫お姉ちゃんって呼んで!」
ああ、そっちね。もう一回罵倒してくれって意味かと思ったよ。
「お仕事しないの? 姫お姉ちゃん」
「きゃ……」
「きゃ?」
「きゃわわわわわ!」
バグった! プラグ抜かないとダメなタイプのバグだ! タスクマネージャーさえ起動できないタイプのバグだ!
「はうぅ、可愛いなぁ」
あの、聞いてた? お姉ちゃんの部分だけじゃなくて、ほかの部分も聞いて? 都合の良い耳をしないで?
「可愛すぎて孕んだかもしれないよ」
どんなDNAしとんねん。弟に抱いちゃダメな感情だろ。
「あっ、今お腹蹴ったよ」
自分だけの世界に入り込まないでくれ。それも考えうる限り最悪の世界に。
イマジナリー胎児を慈しまないでくれよ、怖いからさ。俺はその慈愛に満ちた顔を母性本能と称したくないよ。
「丈夫な子を産むからね」
「だったらタバコやめてくださいよ」
「それはヤダ」
結局自分本位じゃん。さっきの慈愛に満ちた顔はなんだったんだよ。妊娠してる自分に酔ってただけじゃん。
「誤解されかねない発言はやめましょうね?」
「なるほど、そういう手が……」
「やめましょうね?」
もうヤダ、この人。
人に恵んだ結果がこれって、正直者が馬鹿を見るの典型的なヤツじゃん。
「っていうか、どうやって生活してるんです? 家にお金入れてないんですか?」
「んー、ちょっとだけど入れてるよ?」
え、どうやって? 働いてないのに?
「一円だって稼いでなさそうな先輩が、どっから金を捻出してるんです?」
「働いてた頃の貯金崩したりとか、イカサマで稼いだりとか、そんな感じ」
貯金って、そんなにあるもんか? 実家暮らしの大卒とはいえ、一年かそこらじゃないの? いや、下手したら一年も働いてないかもしれんし。
って……。
「イカサマって言いました?」
イカサマってアレだよな? ギャンブルとかで不正行為するって意味だよな?
今時そんなことできんのか? パッと思いつくのはカウンティングだけど、この人そんなに頭良いと思えんし、そもそも日本でブラックジャックなんかできんよな。少し前ならオンラインカジノとかあったかもしれんけど、アレって禁止されたよな?
警視庁? かなんかのページにもデカデカと書かれてた気がする。
まだアクセスしようと思えばできるんだろうけど、捕まるリスクを背負ってまでやることか?
となると、パチンコでゴト行為? いや、今時のパチンコでそんなことできるもんかね? パチンコ詳しくないけど、不正行為を検知するシステムとか進化してそうな気がする。
「そっ、イカサマ。タコじゃなくてイカね」
「いや、んなボケどうでもいいねん。イカサマって何を?」
思わずタメ口になっちゃったよ。
こんなボケ未満のボケをかまされたら仕方ないよな、俺は悪くねぇ。
「雀荘の店員さんに頼んで、ほかの人の待ちをサインで送ってもらったりとか」
うわぁ、悪質すぎる。っていうか、それって普通に犯罪じゃね?
いや、イカサマ自体犯罪なんだろうけど、共犯者を作ってるのがタチ悪い。
しかもそれって、ほかの客から巻き上げるわけだろ? 店相手なら良いってわけじゃないけど、それにしたって酷い。
貴重な小遣い片手にやってきたオッサンから巻き上げるなんて、社会人経験者としてどうなんだ。
「あとは同卓した店員さんに、わざと振り込んでもらったりとかね」
「……どうやって?」
「食べかけの飴とか、飲みかけのジュースあげたりしてる」
え、チョロくね? 雀荘のレートなんか知らんけど、そんなんでお金を出してくれんの? 美人って得すぎね?
「これが噂に聞く美人割ってヤツですか」
「そうだね。会社じゃ逆効果だったけど」
そりゃ女同士じゃ、そうなるわな。美人って敵だもん。
「会社を辞めた理由の一つかなぁ。やっぱ美人は得をしなきゃいけないよ」
とことん世の中を舐め腐ってんな。今こうしてる間も、世の中のオッサン達は辛い思いしながら働いてんだぞ?
「胸だって生活する上で不便なんだから、その分良い思いしないと」
何を言ってんだコイツは。俺はこんなヤツを好きだったのかよ。
大学時代、社会人時代に何があったんだ? 本性を隠してたっていうより、嫌なことがあって擦れた感じがするぞ。
……期間の差こそあれど、辞めたって意味じゃ俺も同レベルだし、深くは聞かない方がいいな。話したいなら勝手に話すだろ、この人は。
「……もう一本吸いますか?」
「え? ありがとう」
俺も大概甘ちゃんだよな。同じ傷……かどうかは知らんけど、敗残兵に対するシンパシー的な物を感じずにはいられんのだ。
この人の入り浸り計画はいずれ必ず潰すとして、それまではそれなりに優しくしてあげるか。そこまで施す余裕はないんだけどな。
「ねえ、トビー君」
「ん?」
「ライターオイルそろそろ尽きそうなんだけど」
……やっぱり厳しくしたほうがいいかな。
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