第2話 丸見えのトラップ
喫煙者だけど、別にヘビースモーカーってわけじゃない。
それなのに、もう一箱無くなったよ。コンビニに着いた時点じゃ十本以上あったと思うんだけど。
この人がわんこそばよろしくガンガン吸うから、俺も調子に乗って吸っちまったんだよな。軽めのタバコだからまだいいけど、重たいヤツならヤニクラで倒れるんじゃねえかな。
ちなみに吸ってる間の会話は、当たり障りのないものばかり。仕事の話になると露骨に話を逸らしてくんだよ。
「じゃあタバコ無くなりましたし……そろそろ帰りますね」
本来なら向こうが別れを切り出すまで会話を続けたいところだが、もういい。もうこの人と関わりたくない。だって……。
「喫茶店でも行かない? 小腹すいちゃって」
これだもの。
完全に無職やん。くっそぉ……ここまで落ちぶれたのかよ。
「お菓子いります?」
買ったばかりのポテチをレジ袋から取り出し、遠回しに喫茶店に行くのを断る。
「えー! いいの?」
え、今開けるの? コンビニ前でポテチって、社会人としてどうなん?
いやまあ、好きにすりゃいいけどさ。
「じゃあ……」
「トビー君。ポテチといえば炭酸だよね?」
嘘だろ、この人。タバコ六本と缶コーヒー、ポテチ。これだけで軽く三百円以上なんだけど、更にジュースをねだってくんの? 強メンタルすぎん?
「……新しいタバコ買うついでに買ってきますよ」
「えー? 悪いねぇ」
本当に悪びれてんの? めっちゃ咀嚼音鳴らしてるけど、本当に悪いと思ってる?
今年で二十四歳にもなろうかという女性が、コンビニ前でポテチとコーラか。別にいいんだけどね? でも、美人がすることじゃないって。こういうのって頭悪そうな厚化粧のブスがやるもんじゃない? いや、偏見って言われたらそれまでだけど、美人って自然と行動にも品格が出るっていうかさ。うん、まあいいや。
「コーラ飲むと、コンビニのチキン食べたくなるよね?」
わかるよ。その気持ちはわかる。美味しい食べ合わせだよね。うん……。
勝手に買え! どういう神経してたら、久々に会った後輩にタカれるんだよ!
「そうくると思って、買ってますよ」
「えー!? トビー君、神! ゴッドトビー!」
勿論嘘だ。自分用に買ったヤツだ。ちくしょう……せっかく揚げたてのチキン、いわゆるアタリを引いたのに……。
油で火傷しねえかな……バカ犬みたいに舌出しながら悶えねえかな……。
「トビー君って本当に私のこと好きだよねえ」
「ええ…………。え?」
「足フェチ? いっつも太もも見てたよね」
バ、バレてるやーん。
いやお前、見るって。そんな健康的な太さと白さを兼ね備えた足、誰でも見るってばよ。違うもん! 俺だけじゃないもん! 皆見てたもん! 先輩を推してない男子でも見てたもん!
「えっと……その……」
「いいっていいって、それよりほら、お礼」
「……?」
おしぼり……?
チキンを買った時についてきたおしぼりなんだけど……何これ?
お礼におしぼりくれるって? え、舐めてる? 俺のこと舐めてる?
「拭かせてあげる」
……?
「どういうことです?」
「私の口、拭いていいよ?」
……は?
庶民が思い浮かべる貴族かお前は。
「何を言ってるんです?」
「チキンで口元汚れちゃったの」
いや、それはわかってんだよ。わかった上で聞いてんだよ。何をほざいてるのか、お尋ねしてる次第なんですよ。
「女の子の口を拭うって、嬉しいイベントでしょ?」
そんな『役得でしょ? 存分に楽しめ』みたいな言い方されても……。
やっと脱サラできたのに、なんでニートの介護しなきゃいけないの?
高校生時代なら少しは興奮したかもしれんけど、今はもう……ね? 好きっていうのも過去の話っていうか、今は忌避の対象っていうか。
「それとも、油まみれの女の子とキスしたい派?」
「えっ、あっ……なんですか、その派閥」
「うろたえちゃって、可愛い」
そりゃうろたえるよ。まるで拭ったらキスしてくれるみたいな、思わせぶりなこと言われたらさ。
わかってるさ、キスなんかしてくれないことぐらい。でも拭わないと話が進まないから仕方なく、あくまでも仕方なく拭った。
拭ってる最中、色っぽい声を出してきたが、騙されんぞ。そんなんで騙されんぞ。
「ありがと。持って帰っていいよ、それ」
「いりません。ご自分でゴミ箱へどうぞ」
萎えてくるなぁ。先輩が食べたチキンの油と、口紅がベッタリついたおしぼりを見ると。これで興奮するヤツもいるんかね?
「タバコもう一本貰っていい?」
どこまでも図々しい。っていうかヘビースモーカーだな、おい。
「どうぞ……。じゃあ、本当に帰るんで……」
「待ってよ。せっかく会ったんだから、もうちょっとお話しよ?」
やだよ。話せば話すほど、俺の財布が軽くなるんだよ。俺だって余裕ないのに、なんでこんなヤツに恵まなきゃいけないんだ。
と思いつつも、ラスト一本だと心に決めてタバコに火を点ける。
「トビー君さ、彼女いるの?」
「いませんよ。いたこともないです」
一昔前ならバカにされるだろうし、今でもバカにするヤツはバカにするだろう。でも今時珍しくないからな? そりゃアイドルとかスポーツ選手と付き合ってるなら自慢してもいいけど、一般人同士の交際でマウントとか……お里が知れるね。
って話すると『ひがんでる』だの『強がってる』だの言われんだよね。価値観が違う人間って、会話成り立たねえから嫌いなんだよねぇ。
「へー?」
なんで嬉しそうなんだろうか。そんなに哀れか? 独り身の男が。
「ちなみに私もフリーだよ?」
「へー」
ニートだもんな。いや、まだ確定はしてないけどさ。なんにせよ、こんな久々に再会した後輩にタカるような女、一生フリーだわ。
……なんてな、ちょっと安心してる自分がいるんだわ。悔しいなぁ。
「先輩は男いらない感じですか?」
「なんで? 欲しいけど?」
「なんでって……その気になりゃ、いくらでも作れるでしょう?」
こうなってくるとニートってのが逆にプラスなんだよな。
ワンチャン狙いでいっぱい寄ってくるよ。いっぱい優しくしてくれるよ。
美人に気に入られるチャンスを望んでんだよなぁ、皆。俺はもうコリゴリだけど。
「水戸君、覚えてる?」
「水戸? ああ、そんなのいましたね」
生徒会役員にいた気がするけど、ぶっちゃけ女の子しか覚えてないわ。
「あの子とも、この前会ったのよ」
「へー」
「で、最初はコーヒーとか、ごはんとか奢ってくれたの」
「まあ……奢るでしょうね」
誰にでもやってんだな。ちょっとガッカリだわ。っていうかオチ読めたわ。
「でも連絡先、交換してくれなかったのよ」
そりゃそうだろ、今後もタカられ続けるもん。
っていうかもう少し上手く立ち回れよ、露骨すぎるんだって。
「ほかにも色んな人からタバコとかわけてもらってたんだけど……」
本格的に乞食だな。これがかつて憧れた先輩なのか? 偽物だろ、偽物って言え。
もし俺が帯刀してたなら、とっくに首元に突き付けてるよ。
「皆すぐどっか行くのよ。持ち帰ってエッチなことしようとか思わないのかしら」
最低限の危機管理能力あったら思わないよ。既成事実作られたら、家を乗っ取られそうだもん。
「別に男が金を出すものなんて、そんな前時代的なこと考えてないわよ? 自分を良い女だと勘違いした、性欲処理道具の戯言にすぎないもの」
酷い言いようだな。もっと言葉選ぼうよ。〝バブルによる負の遺産〟とかさ。
「じゃあどうして? こんなヒモみたいなことを」
「今はほら、お金ないから。いい感じになったら、今度は私が奢るつもりなの」
なんですか、いい感じって。就職したらってこと? その言い分でローンを組めるなら組んでみろよ。門前払いからのブラックリスト行きだわ。
「じゃあ……水戸君とか、ほかの色んな人とやらにお返しを……」
「それは無理よ。連絡先も教えずにどっか行く人なんて却下よ、却下」
誰様のつもりなんだろう。え、奢ってもらった側だよな?
「あの人達だって最初は『ワンチャン付き合える。エッチできるかも』って考えてたはずよ」
そりゃまあ……考えるでしょうよ。俺は先輩と過ごした一年間で無理だと悟っていたから、ワンチャンなんてないって割り切ってたけど。
「ちょっと不穏な空気を感じたくらいで、離れていくなんて酷いわ」
酷いのはアンタだよ。一円でも多く絞ろうってオーラが、目に見えるぐらい出てんだよ。恥を知れ、恥を。
「トビー君は、私のこと大好きだもんね? 私が足を組みかえる時、ドン引きするぐらい興奮してたわよね?」
ドン引きするぐらいってのは誇張しすぎだけど、まあ、うん。
でもね、わざとやってたっての知っちゃうとね、萎えるんですわ。魔性の女ぶるヤツ嫌いなんですわ。
「連絡先……教えて?」
合掌した手を前に、首を傾けてかわいこぶる先輩が、妙に腹立たしい。
そのおねだりポーズ、効かんからな? 本性を知った以上、通用せんからな?
「えっと……その……」
「私ね、自撮りが趣味なの」
どう断ろうか悩んでた俺に対し、突然趣味の話をする先輩。
まさか……。いや、待てバカ。負けるな、負けるな俺。危険な罠ほど甘い香りがするんだよ。いい加減悟れ!
「可愛いお洋服とか水着を買ったら自撮りするんだけど……場合によったら写真を共有して、感想求めるかも」
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