里帰り?

 村の皆に久し振りに会えるのは嬉しい。問題は何を着て行くかだ。貴族らしい恰好が正解なんだろうけど、皆の前で貴族のふりをするのは正直恥ずかしい。

(今の俺は何者なんだろうな)

 旧知の人に会い、自分を見つめ直す。物語でも良くある展開だ。

 自分の原点を思い出す者もいれば、過去を抹消しようとする者もいる。

 どちらも、そのキャラの根幹を書く事で、キャラに深みが出て行く。

 過去を見つめ直す事で、そのキャラの現状が際立つのだ。

それなら俺の何者は何なんだろう。貴族、農民……異世界人。どれも正解で、どれも違う気がする。


「こんな朝早くから、どこに行くの?……それに、なにその恰好?」

 俺が選んだのは麻のチェニック。色は茶色で貴族らしさのきの字もない格好だ。

 でも、姉ちゃんは気にいらないらしく、顔をしかめていた。


「村の皆に会いに行くんだよ。石を運ばなきゃいけないから、この服にしたんだ」

 貴族らしい服は動きにくいし、値段を考えると汚せない。

(姉ちゃんはネットで衣の分厚い海老天なんて揶揄されていたんだよな)

 ゲームのレイラ・ルベール貧農の出という過去を隠す為に、派手な服を着て尊大に振る舞っていた。

 姉ちゃんの本物の貴族えびだから、嘘はついていない。でも、俺の正体はジャパニーズサラリーマン。海老の代わりにカニカマを使っている似非海老天なのだ。


「皆の所に行くの?早く言いなさいよ。私も行くわ。着替えてくるから、待ってて」

 姉ちゃんは、そう言うと、笑顔で自室に戻って行った。


「その服まだ持っていたんだ」

 姉ちゃんが着て来たのは、村で着ていたベージュのチェニック。村時代の姉ちゃんの一張羅で、祭の時とかに着ていた服だ。


「お金のないなか、父さん達が買ってくれた大事な服よ。貴族になったからって、捨てる訳ないでしょ」

 気の所為か、貴族している姉ちゃんより良い顔している気がする。姉ちゃんにとっても、村の皆は気心が知れた存在。肩の力を抜いて過ごせるんだろう。


「そう……だよね。とりあえず、皆元気らしいよ」

 変な言い方だけど、姉ちゃんは俺の知っている姉ちゃんだった。それならゲームのレイラ・ルベールは、どこで何が原因で悪役令嬢になったんだ?


「村長さんも良い歳なんだから、無理してなきゃ良いんだけど。それとクレオも一緒に行くから……少しはクレオと過ごさなきゃ駄目よ」

 言いたい事は分かるよ。でも、俺がエメラルド公爵に認められたのは、事業面が大きい訳で。立ち止まる分けにはいかないのだ。

(違うな。どうせ、振られるからって、傷が深くならない様に逃げているんだ)

 子供じゃなく、きちんと婚約者として向き合う。その上で婚約破棄されたら、仕方がない。


 今回はゴーレム師にも同行してもらうから、馬車で向かう。


「……ト―ル様、私が同じ馬車に乗ってもよろしいのでしょうか?」

 姉ちゃんとクレオの貴族オーラに気圧されたらしく、ゴーレム師はガチガチに緊張していた。

 伯爵家と公爵家の令嬢が乗っているから仕方がないと思う。でも、俺とは平気で話しているんですが。


「私達がト―ルの用事にお邪魔しているのですよ。お気になさらないで下さい」

 お嬢様モードでたおやかに話し掛ける姉ちゃん。それ、もっと緊張するやつだぞ。


「そうですよ、私達はト―ルの身内なんですから」

 にっこり笑って追撃をかけるクレオ。婚約者は身内換算しても良いんでしょうか?

 そして目線で助けを求めてくるゴーレム師。


「そういえば、ルシュル様って、どんな方なんですか?社交界でもお話を聞いた事がないんですが」

 ゴーレム師はジェイド領の出身。セリュー・ルシュル兄弟の事を知っている筈。


「……ルシュル様は、お優しい性格なのですが、お体が弱くジュエルエンブレムの顕現が難しいらしく」

 ゴーレム師は切なそうな顔で言葉を詰まらせた。早い話がルシュル君は俺と同じくアムールの加護を受けられない人種なんだろう。

(前当主派から見れば、ルシュル君は探れたくないすねの傷なんだな)

 だから、前当主はルシュル君の存在を公にしなかった。

 兄のセリューはメイン攻略キャラだけあって、アムールの加護をばっちり受けてジュエルエンブレムを顕現させる。


「体が弱いけど、ゴーレム作りに熱中していると……デゼール様が心配なさる訳だ」

 ルシュル君にしてみれば、ゴーレム作りが一縷の望みなんだと思う。ジェイド領でゴーレムを作れる人間は尊敬されるそうだ。動かす事は叶わなくても、ゴーレムを作れれば、家族と離れなくても済む。

 これは何とかしなくては。


 不思議なもので、村の皆の顔を見たら安堵感に包まれた。前世で里帰りした時と似ている。


「トール、随分と活躍しているそうじゃないか。同じ村の者として嬉しいぞ」

「レイラちゃん、綺麗になって。若い頃のライラさんそっくりね」

「あのト―ルに婚約者か……俺も年を取る訳だ。クレオ様、ト―ルの事をよろしくお願いいたします」

 なんか、親戚の集まりみたくなっています。クレオのメイドさんも、無礼?を咎めない様だ。


「おじさん、おばさん……久し振り。皆、会いたかったよー。おばちゃん、私頑張ったよ」

 姉ちゃんが涙を流しながら、隣のおばちゃんに抱き着く。姉ちゃんは、まだ中学二年生だ。環境の変化に必死に耐えていたんだと思う。


「姉ちゃんは、皆と話していて。村長、川はどこですか?」

 旧交は後からゆっくりと暖めよう。何より目から涙が零れそうなのです。


「相変わらずせっかちじゃな。こっちじゃよ」

 村長に連れられ道を進む。そんな中ある疑問が湧いた。


「随分長い用水路ですね。変に曲がりくねっていますし」

 用水路は不自然に曲がっているけど、何かを交わす為とも思えない。


「こうしないと使えないんじゃよ。ほれ、ここじゃ」

 確かに用水路には沢山の石が詰まっていた。でも、手でも取り除けそうな大きさだ。

(魚がいない。いや、虫も見えないな……てか、なんでこんなに涼しいんだ?)

 天気が良いけど、背中がゾクゾクしてくる……もしかして。


「水が異常に冷たい?」

 川の水はキンキンに冷えており、長く漬けていたら凍傷になりそうなレベルだ。

 冷たすぎるから迂回させて、水温をあげていたのか。


「この冷たさじゃから、掬い上げ作業も長く出来ないんじゃ。おまけに、その石自体が冷気を放っていて、置き場所にも難渋しておる」

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