そんなキャラいたっけ?

  母さんは、もう少し王妃様達と話をしていくと言うので、一人テーブルにとんぼ帰り。

 ……してきたのは良いけど、ぶっちゃけ暇です。

 俺以外の皆様は楽しくご歓談中。でも、俺はぼっち。

(こうして見ると、ガチで乙女ゲーの世界なんだな)

 男女問わず全ての人間が美形。地面には塵一つ落ちていない。屋外なのに蠅どころか蟻すらいない。この場にいる虫は花に集まっているのは美しい蝶だけだ。

美しい物しかいないお茶会……いや、美しい物しか存在を許されない空間と言った方が正確なのかもしれない。

 このお茶会で俺は異質な存在なんだと思う。もっと言えば、この世界おとめげーにとってもイレギュラーな人間なのである。

 ……なんで俺が選ばれたんだろう?ゲームや漫画の世界に転生するのは、その世界やキャラを愛し、熟知している人間が定番だ。

 でも、俺はカヤブールの乙女は未プレイ。キャラ紹介文の校正を担当しただけで、何の思い入れもない。


 座布団システムに、スマホにソリティアかリバーシ入荷しないかな。

話相手がいなくて辛いのです。

(庭の花でも鑑定するか?欠片の興味もないから三分も持たないぞ)

 花の名前が分った所で、興味がなさ過ぎて“そうんなすか”で終わりだ。


「きちんと待っていたわね。関心、関心。飽きて帰っちゃわないか心配してたのよ」

 トイレでも行こうかと思っていたら、母さんがテーブルに戻って来た。貴方の息子は前世で既に成人しております。その位のマナーは守れるぞ


「少し、お話を聞かせてもらっても良いかしら?」

母さんと一緒に来たのは、ショートカットの美人さん。確か、王妃様のテーブルにいた人だ。


「こちらはデゼール・ジェイド様。旦那様は前当主のご子息ピエール・ジェイド様よ」

 これはありがたい。俺は現当主に目をつけられている。前当主派の繋がりは、大きな後ろ盾になるのだ。

(つまり、この人がセリューの母親なのか。とても、小六の子供がいる様には見えないな)

 セリュー・ジェイドは主要攻略キャラの一人。主人公の年下で、タイプは天才肌の生意気眼鏡。最初は主人公にも尊大な態度で接してくるも、攻略が進むと甘えた子犬タイプになるらしい。


「まずは我が領の者が迷惑を掛けた事を謝ります。でも、あれがジェイド家の本意ではないって知って欲しいの」

 ジェイド家は現当主派と前当主派に二分されている。前当主派の筆頭はデゼールさんの旦那でセリューの父であるピエールさん。どう考えてもデゼールさんと仲良くしておいた方がお得だ。


「母と一緒に見えられましたので、私に敵意がない事は分かりますよ。挨拶が遅れましたトール・ルベールです」

 椅子から立ち上がり、デゼールさんに頭を下げる。美人な若妻……いけない妄想がはかどります。


「お話には聞いていたけど、本当にしっかりされていますね。息子セリューにも、見習って欲しいわ」

 だって、セリューはまだ小六で、俺は元リーマン。世間ずれのレベルが違うのだ。


「これで、貴族らしさが身につけば安心なんですけどね。トール、デゼールさんが貴方に頼みがあるそうなの」

 これは是が非でも受けたい。ゲーム通りに進めば、後数年でピエールが領主になる……頼みを聞いてデゼールさんに褒めてもらう。 その時に少し甘えるのは、浮気認定されるのでしょうか?

 それとお母様、俺に貴族らしさを求めないで下さい。リーマン生活が長くて、誰にでも敬語を使ってしまうのです。


「まずはお話を聞かせてもらっても良いですか?」

 受けてから出来ませんは、どんな仕事でもアウトだ。前にサバイバル物の校正を担当した時は大変だった。畑違い過ぎて、一から調べ直す羽目になったのです。


「息子……次男のルシュルの事なんですが」

 なんでもセリューの弟ルシュル君は、ゴーレムが大好きとの事。その熱中ぶりは凄まじく、寝食を忘れて没頭しているそうだ。

 食事をパン一つで済ませる事も珍しくないらしい。しかも、パンには何もつけずに食べるそうだ。


「友達どころか家族との会話の減っているそうなのよ。何より栄養が偏っているのが、心配だそうなの」

 ルシュル君は成長期だ。万遍なく栄養を取らないと大人になってから、弊害が出てしまう。


「つまり手軽に栄養を取れるパンを作れって事ですか?」

 腹案はいくつかある。それより問題なのは……。

(セリューに弟なんていたっけ?)

 確かゲーム内でも一人っ子って扱いだった筈。それにルシュルなんてキャラは聞き覚えがない。

 いや、俺も確実に存在しないキャラなんだけどさ。何よりパンを作るだけじゃ、棍分的な問題は解決しないと思う。


 お茶会から一週間が経った。そして既に手詰まりです。ジェイド領では荒れ地が多く、新鮮な野菜が取れないそうだ。

 何より使える食材が少ないのです。領都まで持って行くにしても、途中で悪くなってしまうので干した物や塩漬けした物が主。

 つまり、冷蔵庫があれば解決なんだけど、解決の糸口すらない。


「トール様、ゴーレム師を派遣して欲しいとの要請が来ております」

 机の上でうんうん唸っていたら、二コラさんが話し掛けてきた。ゴーレム師は土地開発で忙しく、派遣する余裕はないんだけど。


「何かありましたか?」

 でも、俺の所まで上がって来るって事は、結構な問題なんだと思う。まあ、これも俺が頼れる貴族って認識されたからだ。出来る男は辛いぜ。


「はい。また、コルド川と繋がっている水路に石が詰まったらしく」

 ……俺は町内会長か。領主の孫が便利屋じゃないんだぞ。


「あそこは定期的に詰まりますね。山から流れてきた水だから、栄養は豊富なんですけど」

 難点は石が多く流れて来る事と水温が冷たい事。コルド川の源流は雪山なのだ。

だから、夏でも水温が低い。迂回させて、水温を上げないと使えないのだ。

結果、詰まりやすくなってしまうと。


「ええ“トール、出来るだけ早く頼むぞ”と来ています」

 なぜ領民がため口なのか。答えは簡単。要請を上げてくるのは、同じ村から避難してきた人達なのだ。

 餓鬼の頃から知っている人に『僕は偉くなったから、これからは敬語で話すんだじょ』とは言い辛い。第一、そんな事をしたら家族会議掛けられてしまう。


「ない頭を捻っていても、良いアイデアは出ないか。ちょっと様子を見てきます」

 旧知の人に会えば、良い気分転換になる筈。

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