マヨは出来たけど……

 ……ついに出来た。転生して早十三年。慣れない異世界生活を頑張ってきたのが、ついに報われたのだ。


「マヨネーズが出来たぞー!」

 マヨネーズはまだ売る気はない。完全な俺専用の嗜好品だ。何しろ、この世界ではスイーツ以外の食べ物は、ローカロリーな物が多い。

 その理由が最近になって分かった。お約束と言うかアムール教絡みでした。

 カツサンドやマヨネーズは、アムール教の教義に反する食べ物なのかもしれない?

でも、おじさんは背徳感のある物が食いたかったのです。作り方は校正の仕事で何度も見ました。


「これがト―ル様の仰っていたマヨネーズですか?生クリームみたいな見た目ですが、なんか酸っぱい臭いがしますね」

 ニコラさんが怪訝そうな顔でマヨネーズを見る……やはり、そういう反応か。

 でも、俺が異世界日本から来た事を知っているのは、爺ちゃんと二コラさんだけ。

 食い物系の新商品は二コラさんにチェックしてもらわないと、爺ちゃんに出せないのだ。


「酢を使ってますので。これで総菜パン……いや、食生活の幅が広がります」

この世界の食文化は、アンバランスを通り越して不自然な発展をしている。

ニコラさんが言う様に、マヨネーズはないのに、生クリームはあるのだ。

(そういや、生クリームを作った人の自伝には『神からの啓司があった』って書いてたよな)

学校では、アムール教を教える授業がある。その中で色々と分かった事があるのだ。

 アムール教の神官は、太る事が御法度。だから、味の濃い物やガッツリ系の食べ物を避けるそうだ。

 歴史が経つに連れて神官の食事は、低カロリーな物が当たり前になったらしい。

そんな中ある神官長の夢にアムールが出てこう言ったとの事。『食の楽しみは大事ですよ。神官でもスイーツを食べて、幸せを得なさい』と……そこから神官もスイーツを食べる事がオッケーになったそうだ。

 いや、違う物を許してあげようよ。低カロリーって言っても、あいつ等の飯は粗食じゃないし。


「はあ、それでどうやって使うのですか?」

 人種、文化、食歴によって味の好みは大きく違う。日本食が、どんな世界でも受け入れられるかは疑問だ。でも、マヨネーズは違う。味以外でも万人受けするらしいのだ。

マヨネーズを食べると、脳内物質が分泌されるって話を聞いた事がある。口当たりが良いマヨネーズは、イルクージョンでも受け入れる筈。


「ふかしたじゃが芋、スティックにしたキュウリ、スライスしたトマトを用意しました。試してみて下さい」

 この世界の食文化の不思議その2 野菜や果物の種類が豊富。 トマトやじゃが芋って、原産地は南米だった筈。ヨーロッパっぽいイルクージョンにあるのは不思議なんですが。

 ちなみにメロンや苺も売っています。でも、味は日本で食べていた物より落ちる。


「これは……トマトやキュウリの青臭さが消えて、美味しく食べれますな。じゃが芋は満足感が凄いですね。しかし、なんで商品化されないんですか?」

 したい。したいけど、無理なのだ。


「入れ物がないんですよ。マヨネーズは酸化しやすいんですよ。それと品質保持の為、冷やしておく必要があります。この間作った冷却容器に入れるって手もありますが、コスパが掛かりすぎて」

 マヨネーズは再現出来ても、冷蔵庫やポリエチレン容器は作れません。せめてガラスがもう少し頑丈だったなら。

 結果、今の技術だと都度マヨネーズを作る必要があるのだ。


「ト―ル様のいた世界では、どうやって保存していたのですか?」

 頑丈なガラスって、どうやって作るんだっけ?厚めに作れば良いんだろうか?

 冷蔵庫は電気もないし、コンデンサーなんて再現の仕様がない。


「昔はガラスの容器に蓋をしていたらしいです。冷蔵庫も昔は氷を入れて……」

 ふとリベルの言葉が頭をよぎった。蜜蝋を塗った紙を箱に張れば済む話やん……木の箱に金属の板を貼って、なにかで冷やせば……研究せねば。


 爺ちゃんに提出するには、もう少し食材が必要だ。しかも、屋敷にある物ではなく、買った食材で利益がどれだけ出るのか、記載しなきゃいけない。

(町でザントに会う可能性もある。何よりクレオの件で嫉妬されているんだよな)

 クレオは。同盟国の公爵令嬢だ。しかも美少女で気立ても良い。俺なんかにはもったいない相手なのだ。

 当然、嫉妬され、陰口を叩かれまくっています。街を一人で歩いていたら、難癖をつけられる危険性もある。

 だったら、俺だと分からなくすれば良いのだ。


「トール、マジカルチェンジ。セクシートール華麗に爆誕……これで、よしっと」

 裏庭にある小屋で、紅石徹に変身する。これで誰も俺だと分かるまい。

(食材のついでに服を買っておくか)

 紅石徹になれば、自由に動ける。何より酒も飲めるのです。

 俺が向かうのは、庶民街。貴族街だと、悪目立ちし過ぎて、買い物が出来ないのです。


「すいません。アスパラとキャベツ……それとブロッコリー、大根を下さい」

 マヨネーズに合う食べ物を買い揃えていく。野菜の種類は豊富だけど、醤油や本だしは売ってないんだよね。大根の煮付けが食べたいんだけどな。


「どけ、目障りだ。その顔は庶民だな……俺様の前に立つんじゃない。目が汚れる」

 いや、ここ庶民街なんですが。あまりに程度の低い悪口を言ったのは、顔見知りの男だった。

(ザント・シュタイン……一緒にいるのが、例のメイドか)

 ザントは、庶民が使う店にメイドを連れて来ているから、俺と違う意味で悪目立ちしている。


「これは気付かず、申し訳ございません。今、視線から外れますので」

 深々と頭を下げて、ザントと距離を取る。ここで言い返すのは悪手だ。

 多分、ザントはここで貴族ごっこをしたいんだと思う。

ザントはジュエルエンブレムが顕現せず、貴族資格を失った。だから、ここで威張って留飲を下げているんだと思う。だから、ペコペコしていれば問題ない。

問題は、メイドの方だ。見た目はセクシーなキャバ嬢って感じである。

普通、メイドは主人と一緒の時は、ずっと愛想笑い浮かべている。

しかし、ザントのメイドはでも、寒気がする位、醒めた顔をしていた。

(まるで、メイン客が帰った後のキャバ嬢だ)

 キャバ嬢っぽい見た目だから、余計にそう思ってしまうのだろろうか?

 前世で売れっ子の先生をキャバクラで接待した事があった。その先生を見送った後のキャバ嬢が、あんな風に醒めた顔をしていたのだ。

 さっきまで満面の笑みを浮かべていたのに、プロって感じがしたのを覚えている。

(こいつは、なんのプロなんだろうね)

 見ているのがバレない様に、スマホのカメラを起動しておいたのだ。

 結果、足の運びが素人じゃありません。アサシンモードのチュウノウさんとそっくりなのだ。


「帰るぞ。トールの糞餓鬼には、逃げられるし……むかつく」

 いや、ここにいますぜ。でも、先生素はそんな感じなんですね。

 ちなみに、ザントが買ったのは、しなびたキャベツ。どう見てもメイドを雇う人間が買う物じゃない。


「それなら、私が動いてみますよ」

 え?俺、暗殺されちゃうの?……見てろ!ニコラさんにチクってやる。


流石はニコラさん。調べが早い。しかし、マジですか。


「ザントのメイドは、クラック帝国出身。普段は家事をせず、王都をブラブラしている……それで月に数回、ジェイド領に行っていると」

 いや、確実にスパイじゃん。しかも、アサシンで確定らしい。


「しばらく、私の配下を護衛につけましょうか?」

 さて、どうしよう。いきなり護衛がついたら、向こうは怪しむ筈。

 ザントの狙いは俺との和解。まだ暗殺大賞にはなっていない筈。

 下手したら、ザントどころかジェイド伯爵が疑われるんだし。

 やっても脅迫止まりだと思う。


「いや、例のメイドを見張らせて下さい。俺と接触をした時に証人になってもらえた方が助かります」

 出来たら、関わりたくないんだけどね。手は打っておいた方が良いと思う。

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