気まずさ?バリア?

リーマン時代に培った場の空気を読む力が、中学生活で役立つとは思わなかった。

 なにしろ俺が教室に入った途端、ざわついていた教室が一気に静まり返ったのだ。

(腫物扱いってやつだな)

 多分、みんなヘルハウンド騒動の事を知っているんだと思う。

 今の俺は下手に関わると政争に巻き込まれる存在。好き好んで話し掛ける奴はいないと思う。

 元々俺と話していたのはフォルテとリベルの二人だけ。その二人が気まずいらしく、俺と目を合わせないのだ。

 自然と空気が重くなっている。いくら面の皮が厚いおっさんでも、いたたまれないぞ。


「クレオがいてくれて助かったよ」

 これは偽らざる本音だ。今不機嫌な顔をしていたら、ヘポーや執事に怒っていると取られかねない。逆に、ヘラヘラしていたら弱腰と思われる危険性がある。

 でも、クレオと笑顔で話すのは問題なし。


「本当!嬉しいな。いつでも、僕を頼ってね。僕はト―ルのお嫁さんなんだから」

 効果は絶大だ……いや、絶大過ぎたと言っても良いかもしれない。

 だって、クレオ滅茶苦茶嬉しそうなんだもん。おじさん罪悪感を覚えるレベルです。


「ありがとう。頼りにしているよ。そう言えば修行の調子はどう?」

 クレオも師匠の修行場に来ているんだけど、ハードモードな俺だけ別なのです。

 そしてハードモードは、本気でハードだった。

 今までは一対一だったけど、チュウノウさんがパーティーを組んできたのだ。

 さらに水中での戦いや、崖の上での戦い。吊り橋ダッシュに弓避けゲーム。かなり、きついです。


「楽しいよ。強くなれているって、実感出来るし」

 物凄く良い笑顔で答えるクレオさん。流石、趣味の欄が剣の修行なだけある。

 しかし、あの訓練を楽しめるのか?お嬢様だけど、中身は生粋の戦士なのかも知れない。

 クレオはまだジュエルエンブレムを顕現出来ていない。もし、顕現したら、確実に俺より強くなると思う。


「クレオは剣の特訓が中心なの?」

 ゲームでも剣を装備していたし、クレオは姉ちゃんの剣に憧れている。


「ううん。魔法の訓練もしているし、昨日はバイクに乗ったよ」

 確かにバイクを乗れる人が多いと便利だ。でも、結局疲れるのは俺だけなんですが。


 ◇

 公爵令嬢バリアって、凄い。クレオが隣にいるだけで、誰も近づいて来ないんだもん。

 お陰様で無事に昼休みを迎える事が出来ました。

(ザントが動くとしたら、昼休みか放課後。それなら一番安全な所で過ごさせてもらう)

 ザントは教師の権限を使って、俺に接触をはかって来ると思う。


「クレオ、昼飯は生徒会室で食べないか?今日は面白い物持って来たんだぞ」

 面白い物というキーワードに、リベルの身体がピクリと動いた。

 今は動かなくても、昼飯を食べた後のクレオの感想を聞けば確実に食いつてくる筈。


「僕はト―ルと一緒ならどこでも良いよ!」

 俺は決してロリじゃない。ストライクゾーンは二十代後半から三十代前半……現実味はないけど、告られたら二十代前半もオッケーのスタンスだった。

 でも、なんで甘酸っぱい気持ちになっているんでしょうか?


「それじゃ行くか」

 特製の籐籠を持って生徒会室に向かう。普通は取り巻きの生徒が持つんだけど、俺にはいません。


「うん。あそこだとゆっくり食べられるもんね」

 王子とヴィオレ先輩も良く生徒会室で、昼飯を食べている。メインキャラだけあって王子の人気は凄まじく、校内でも人だかりが出来てしまう。

 そんな王子がゆっくりとご飯を食べられるのは、生徒会室だけだ。

 ……当然。

(おっ、いた、いた。これでザントはから逃げられるぞ)

 生徒会室の前には厳めしい顔をした王宮騎士が立っていた。彼等がいるって事は、王子が中にいる証拠だ。


「ト―ル・ルベールとクレオ・エメラルドです。入ってもよろしいでしょうか?」

 一旦、立ち止まり王宮騎士に声を掛ける。

 彼等の役割は王子の護衛。例え教師であっても、簡単には入室を許さない。

 ゲームで主人公も生徒会室に来たみたいだけど、良く許可が降りたよな。

 まあ、ゲームで一々入室許可が必要になったら、テンポが悪くなるから、省いていたのかもしれない。


「許可する。王子様、ト―ル殿とクレオ様がみえました」

 王宮騎士が中に声を掛ける。しかし、護衛の騎士も攻略キャラになりそうなイケメンなんだよな。

 ……この世界だと、俺の方が異質なんだけどね。


「これ、良かったら皆さんで食べて下さい。今度、うちで出す新商品なんですよ」

 籐籠から紙袋を取り出し、王宮騎士に手渡す。この世界、フツメンが認められるには、それなりの努力が必要なのだ。


「いつもお気遣いありがとうございます。この間の霧吹きも愛用しております」

 俺はこういう細かい根回しをしているから、スムーズに入れるのだ。


「ト―ル君、クレオちゃん、いらっしゃい。話聞いたわよ。君って、本当相変わらず巻き込まれ体質よね」

 ヴィオレ先輩、入ると同時に溜息ですか?

 俺が巻き込まれ体質だと?クレオの襲撃に巻き込まれ、村の焼き討ちでも巻き込まれ……うん、ずっとそうでしたね。


「王子、この度はご尽力ありがとうございました。お陰で事がスムーズに進んでおります」

 済んだじゃなく、進んでと言う事で面倒事に巻き込まれそうになっている事をアピールする。

 ヴィオレ先輩、後輩はまた巻き込まれそうになっています。


「民を守るのは、王族の務めだよ。それにヘルハウンド討伐は、僕がト―ル君に頼んだんだ。責任は僕にもある……判決は出た筈だけど、なんで進んでおりますって言ったんだい?」

 眩しい。そしてイケメン過ぎる!危うくいけない趣味に目覚めそううになってしまった。

(やっぱり、気付いてくれたか。少し問題提起をしただけで、ここまで成長するんだもんな)

 俺は爺ちゃんに言われた通り、完全な答えを出すのでなく、王子自ら考える様に問題提起してきた。まさか数か月で効果が出るとは。


「はい。今朝、ザント・シュタイン教諭から『ジェイド領の生徒が君に謝りたいらしんだ』と言われまして」

 生徒は、十中八九魔法研究会の会長の事だと思う。


「……教師の権限でト―ル君に謝罪を受け入れさせる。それで今回の件に幕をおろさせるつもりか……ザント・シュタインが来ても、この部屋に入れるな」

 ザント・シュタインは教師だから、校内では力を持っている。でも、ここは王立校、ザントより王子の方が強い。

 これぞ、強い物にすりよるコバンザメ戦法だ。


「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、面白い物を作って参りました。よろしかったら食べてみて下さい。クレオ、開けてみて」

 籐籠の中から紙袋を取り出す。


「これ、ベーカリースティックだっ!もう作ってくれたの?」

 ベーカリースティックはうちの職人もレシピを知っていたので、直ぐに作ってもらえた。


「良かったら、これをつけて食べて」

 俺が取り出したのは、トマトのディップ。ベーカリースティックは、そのまま食べる人もいるけど、何かをつけて食べるのも人気らしい。


「ちょい待ち!生温いトマトディップなんて美味くないやろ……リベル・キャナリー入ります」

 どうやらリベルは俺の言葉気になったらしく、生徒会室に来たようだ。


「でも、この入れ物冷たいわよ」

 トマトのディップは陶器の容器に入れてきた。そう、、魔文字で冷たくなる様にしてあるのだ。

 便利だけど、魔力の関係で半日しか持ちません。大きさも小箱程度が限界。冷蔵庫の再現は無理そうです。


「ト―ル、こういう稼げそうな物は俺に教えろ言うたやん。この紙袋の手触りは蜜蝋を塗っとるのか?」

 湿気を防げるし、もし容器が割れても最小限の被害で済ませる事が出来る。問題はコストが高くて、日常使いに向かない事だ。


「教えるよ。ホットドッグにカツサンド。クリームパンだ。まあ、これは意見を聞いてから商品にするつもりです」

 ホットドッグは欧米のパンだから、この国の人にも受ける筈。カツサンドは個人的に食べたくて作ってもらいました。


「蜜蝋を塗った紙を箱に張れば済む話やん!王子、ヴィオレ先輩、聞いて下さい。トールの奴、教室でずっとクレオはんとイチャイチャしとるんですよ。二人の空間を創って話し掛け辛いんですわ!」

 どうやらヘルハウンドの件だけじゃなく、俺等のイチャイチャ?で話し掛け辛かったらしい。

 マジで?俺、中学生とイチャイチャしてていると思われてたの?

 大人の沽券に関わるけど、ここで反論したらクレオが傷つく可能性が大だ。

 なんかクレオ凄く良い笑顔になっているし。


「ト―ル君、自分から巻き込まれに行ってるわよね」

 ヴィオレ先輩、ナイスツッコミ。

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